第56羽 メルの修行
ということでやってきた、いつもの岩場。
「わたしのことは気にしないで。いつもみたいに修行しているのを、何やってるか解説でもしながら見せてちょうだい」
そういったヴィネアさんは、すぐ側の木陰に腰掛けると、優雅に手をひらひらと振ってみせた。
「まずはランニングからです」
「ふうん、意外と普通ね」
「まあ奇をてらっても仕方がないですからね」
崖に転がっているいくつもの大岩。成人男性の身の丈を超えるほどの大きさのそれに、アイテムストレージから取り出した鎖を外れないように取り付ける。
鎖はこの街で調達したものですね。
そして用意したのは鎖が巻き付けられた大岩、それが4つ。
「あんた……、なにしてんの……」
「え? いえ、ランニングの準備を」
もう1つ鎖を取り出して腰に巻き付ける。その即席のベルトに、4つの鎖を固定した。ジャラジャラと金属が擦れ合う鈍い音が耳に残る。きちんと固定されていることを確認した。
「準備ができたので走ります」
「……ああ、うん。冗談じゃないのね……」
ランニングの距離は30km。かかる時間は大体1時間くらいですね。
走っている間、彼女は直視したくない現実とかけ離れた信じられないものを、無理やり突きつけられたかのような顔で私を見ていた。確かに絵面はあれですけど、そんな顔しなくても……。
「このランニングはスピードを抑えるのが肝です。速く走りすぎると岩が跳ねて摩擦が失われてしまうので」
「……そうなの。それゆっくりなのね……」
「さて、次は瞬発力を鍛えます」
ズリズリと大岩を引き連れて、所定の位置に向かう。
地面を踏みつけ、全力で前に跳ぶ。腰にくくりつけた岩がそれを妨げようよるのを、脚に力を入れてねじ伏せる。
そして空中を岩が追いかけてきている間に――――反転、元いた場所へ跳ぶ。
必然として、鎖が伸び切り、大岩が持っている慣性が私を引き戻そうとする。それを地面をさらに踏み抜くことでねじ伏せ、前進する。
往復を1回として、1セット30回。これを1分ほどの僅かな休息を挟んで5セット行う。
「…………お手玉の練習でもしてんの?」
「確かに……! お手玉……! みたいですね……!」
やっているのは反復横跳びの親戚みたいなもの。ただ継続している間は、私を追いかけて大岩が空中を跳ね回る。その慣性に負けないように動き続け、終わるまで大岩を地面に落さないように、跳び続けなければいけない。
瞬発力の修行は全部終わったので次の前にちょっと休憩です。
「……ふう、……はあ、……はあ」
水筒をアイテムストレージから取り出す。それを呷ると冷えた水が体に染み渡ってくる。入れた水を冷やして、温度を保ってくれる便利な水筒です。これは昔から持っているものでめちゃくちゃ重宝しています。
温かい水筒もあって、雪山なんかでは雪を入れていると溶かしてくれる。温かい水が飲めるのでこっちも便利ですね。
「ふう……」
「……あんたもちゃんと疲れるのね」
瞬発力の修行がを終わらせて同じ木陰で休んでいると、ヴィネアさんはちょっとだけ距離を取って、私の全身を眺めていた。なんだか地球外生命体を観察するような視線で。
「修行なんですから、それは当然では?」
「……なんかちょっと疑わしくて」
ヴィネアさんは視線を逸らした。……ちょっと納得しがたい評価ですが、修行なんて人に理解されなような類のものもあって当然だから……、と自分を納得させて立ち上がる。
「下半身を鍛えたので、次は上半身です」
そう言った私は、そびえ立つ崖の前に陣取った。
「あんた、まさか……!!」
「はい。――――崖を昇ります」
「に、人間じゃないわ……!! もうそれは人間じゃないわ!!」
「ちょ!? ひどいですよヴィネアさん!」
確かに魔物で鳥ですけど……、ヒト扱いはされたいのですよ。
ジトッとした目をヴィネアさんに向けた後、突き出た岩を掴んでひょいひょい登っていく。それをヴィネアさんがこわごわと見上げていた。
「……あんた、それ危なくないのよね?」
「大丈夫ですよ。私は空を蹴ることができるので」
「……ああ、色々と衝撃的で忘れてたわ」
私には落下に対する恐怖はありません。そもそも私は鳥ですし、天駆もありますからね。
と、そこで鎖が伸び切って、腕に大きな負荷がかかった。来た来た、これですよ。
「ふっ……!」
脚はバランスを保つために体を支えるだけで、上に登るためには使わない。腕だけで体と大岩の重さをを持ち上げる。
さらに、掴んだ場所が崩れないように闘気で強化を施す。私は軽いですが、大岩4つの重さもあると掴んだ箇所が崩れることもありますからね。私は軽いですが、岩の脆さには困ったものですね。
注意が必要なのは闘気で強化した箇所が、時間経過で砂になってしまうということです。急がないと落っこちてしまいます。
闘気の強化は潜在能力を引き出してくれますが、代わりに伴った疲弊が訪れます。生物なら回復しますが、無機物にはそれがなく、閾値を超えると崩壊してしまう。それが、掴んだ箇所が砂になる原因です。
――だから、私の手元で砂になる岩を見て、ゴリラを見るような目を向けるのを止めてください、ヴィネアさん……!! 誤解ですから!
心に傷を負った私はヴィネアさんにきちんと説明をした。「ああうん、わかってる。わかってるから大丈夫よ」といって、生暖かい目を向けていたましたが、本当にわかってますよね?
登って降りるのを1往復として、15往復を1セット。それを3セット行った。
これ、腕だけでなく、上半身くまなく鍛えられるのでかなり効くんですよね……。
「次はバランス感覚などを養う修行です」
読みたい展開募集は金曜日で終了しました。
皆様、提案ありがとうございました!
読者の皆様が求めているものがいろいろわかって、大変参考になりました。
送ってもらったものについて、ここでまとめようかと思ったのですが、知らない人からするとネタバレになりかねないので辞めました。すまぬ……。
もらった展開に関しては感想で返信した通りでいけると思います。見ることのできる時期は作者にもちょっと予想できないですが……。
本作についてたくさん考えてもらっていて、とても嬉しかったです。
今後またあるかはわかりませんが、もしあればそのときもまたよろしくお願いします!




