第53羽 既視感
「なっ!!? そんな、急すぎますよ。ちゃんと事情を話していなかったからですか!? すみません。ちゃんとお伝えしますから……!」
「……ごめん。今の取り消すね」
よかった。わかってもらえたんですね。
ホッとしたのもつかの間、ミルの瞳に浮かぶのは揺るぎない決意だった。
「――――パーティー解散しよう」
「……え」
再度の宣言に、私は声を失った。
ミルは苦笑していた。寂しげに、どこか自嘲するように。
「止めてくれたメルに、安心しちゃった。メルの優しさに甘えちゃった。否定してくれるかもって、どこかで思っちゃってた。――――ダメだよね、そんなのじゃ」
「せめて……理由は……教えてくれますか?」
「うん。昨日、……話しを聞いてから考えたんだ。あたし……メルの邪魔になってるなって」
「そんなこと……!!」
思わず否定しかけた言葉は、ミルの手で遮られた。
「最後まで聞いて?」
「……わかりました」
「メルはSランクを目指しているんだよね?」
「……そうです。大陸を渡るためにSランクになる必要があるんです」
「それは……友達のため?」
「……その通りです。伝えそびれていてすみません……。本当だったら最初に伝えておかなくてはいけなかったのに」
「ううん。それは良いの」
言ってもないことが当たらずも遠からずといった具合。ただ、壮大に美化されているから話しづらかった。
それでもSランクを目指していることは伝えておくべきだったろう。
「メルはすでに実力はある。後は実績さえ積めればきっとすぐにでもSランクには昇格できる」
「そんなことは……」
口ごもる私に構わず、メルは話続ける。
「『組んでいる間になにか成長のヒントが見つかるかも知れない。少なくとも座して待つよりはずっと良い。迷っているならお試し感覚ででもどうですか?』」
「それは、あのときの……」
「うん。メルがあたしを勧誘してくれたときの誘い文句だよ。『私には貴女が必要です』とも言ってくれたよね。あたしもまだ誰かの役にたてるんだってすごく嬉しかった。本当だよ?」
「なら……!!」
「――――遠いんだよ」
「遠い……?」
「うん。メルが教えてくれたおかげで強く慣れてる気がする。でも全然近づけない」
そんな風に諦めようとするミルにどこか既視感を感じていた。
昔に、似たようなことがあった。そんな既視感。
「メルは初めてあったときからすごかった。ジャシン教の幹部相手に助けてくれたし、相手が2人になっても勝ってた。そして今日はSランク冒険者のヴィネアさんにだって勝ってみせた」
「遠いよ、メル。あたしは全然あなたに追いつける気がしないんだ。」
「なにを言ってるんですかミルさん。まだパーティーを組んで一週間じゃないですか……! 諦めるには早すぎますよ!」
「メルは優しいね。でもあたし、怖いんだ」
「怖い……、何がですか……?」
「このまま一緒にいて、甘い夢を見ちゃうのが。いつかは追いつけるかもしれない。頑張れば届くかもしれない。そんな希望に縋っているうちにだんだんあたしは足枷になって、メルの重荷になってしまう」
「何言ってるんですか! そんなふうに思ったことなんて、一度もありません。ミルさんが重荷だなんて、そんなの――」
「――――でもあたしはリヒトに置いていかれた」
「!!」
思わず息を呑む。やっぱりそれは、心に刺さったトゲのように残ってしまっているんですね……。
「悲しかったけど別に恨んではないよ。ついていけなかったあたしの自業自得のせいだから」
「でももう一度置いていかれるのは耐えられないよ。あたしだけ止まった時間の中にいて、みんなが前に進んでいくのに、あたしだけ置き去りにされてしまう。そんなの……嫌だ。――それに、あたしが邪魔だったんだってその時に気づくのはもっと嫌だ」
「だからパーティーを解散するの。 楽しかった思い出で終わらせるために。せめてこれ以上、メルの邪魔にならないために。せっかく、目にかけてくれたのにごめんね……。恩を仇で返しちゃってごめんね……」
まただ。
ミルの言動が、あまりにも既視感を呼び起こす。
自分が邪魔になると思い込み、距離を置こうとする。
恩を仇で返しているのではと怯えながら、それでも離れようとする姿。
その姿が――――昔の私と重なった。
……似ている。
私が、師匠の元を去ろうとしたときのことに。まあ……私は破門なんてひどいことは言ってませんが。
気づけば私はミルを抱きしめていた。
どこか昔の自分を抱きしめているような錯覚を呼び起こす。
師匠は私に教えてくれました。その葛藤は不要なものなんだって。今度は私が伝える番だ。
「私達、似た者同士ですね」
「なにを言ってるの……?」
ミルの困惑に、私はゆっくりと思い出を語った。
「前に言ったでしょう? 誰にも勝てない時期があったって。私は、負けてばかりでした。そんな私にも……師匠がいたんです。でも私は結局師匠から離れることを選んだ」
「……どうして?」
「私が、ふさわしくないと思ったからです。師匠は高名な方でした。実力も名声もあって、弟子なんていくらでも選べる人。でも私は彼の指導を独占していた。それなのに全然成長できなかった」
今となっては師匠のおかげで、消化することの出来た思いです。でも当時は心底思い詰めていました。
「だから私は彼の邪魔をしてしまっているんだって、そう思いました」
「邪魔……」
「ええ、奇しくあなたと同じ考え方です。そして私は彼の元から離れました。恩を返せないまま……申し訳ない気持ちだけを抱えて」
「あたしと……同じだ」
ミルのつぶやきに、私はそっと頷いた。
「そして『私が弟子では、貴方の名を――――汚してしまう』。私が自分の師匠に言った言葉です」
「そんなこと、言ったの……?」
「ええ。その後師匠には怒られてしまいました。」
「それはそうだよ! 自分の弟子がそんな風に言ってきたら怒らない人なんていないよ」
「ええ、私もそう思います。ね、ミル?」
「……え?」
「教えて1週間。短い時間ですが、弟子みたいなものです。それが勝手に、諦めて辞めようだなんて許せるはずありません」
「う……」
師匠もこんな気持ちだったんでしょうか……。
「あなたには少し護身術を教えた程度です。それは基礎の基礎。まだあなたにどんな可能性があるかすら探っていないのに、諦めかけています」
「でもメルは強くて……あたしじゃ……追いつけないよ……」
「私が強い……ですか。ミルにとって強い人って、どんな人ですか?」
「え……? それは……どんな相手にも勝てて、とっても頼りになる人……かな」
「そうですね。どんな相手にだって勝てて……、どんな障害だって打ち壊して進んでいけるような人には……やっぱり憧れますよね。私もそう思います」
「そうだよね。……でもあたしのそんな力はないよ。得意な水の魔法でもヴィネアさんには勝てないし……」
「でも、私が思う強い人は違います」
「え?」
「私が思う強い人は、勝つ人ではありません。――――負けない人です」
「負けない……。でもそれて同じことじゃ……」
「違いますよ。似ていても、それは全く違うんです。負けないことは相手に勝てなくてもできるんです」
「でも、あたしは……」
「前に私はミルさんに言いましたよね。あんたは悩んでいて、そして諦めていないって悩んで、迷って、自分の弱点と向き合って、努力を始めた。……それは間違いなく成長で、もう立派な“強さ”ですよ」
「あたしの……強さ……?」
「そうですよ。だから私はあなたを仲間に誘ったんです。だから諦めないでください。負けないでください。貴女はまだ、立ち上がれる」
「それは……努力なんて……、当然のことで、あたしは今までやってこなかったくらいで……」
「何を言ってるんですか。そんな当然なことができない人、世の中にはいっぱいいるんです。それにミルさんは、魔法だって身につけてるし、薬師の知識だって身についけています。それは過去の努力の結晶ですよ」
指摘するとミルは少し照れくさそうに頬をかいていた。
「まだ組んで一週間くらいですが、私はミルと一緒に冒険者活動ができて楽しかったです。ミルさんはどうでしたか?」
「あたしも……あたしも楽しかったよ」
ポツリと答えを返してくれたミル。その答えにホッと息をもらすように笑う。
「よかった……。私の最初に受けた依頼は、例の……ゴブリン事件ですが、あの時私一人だったらきっとひどいことになってました。ミルがいてくれたからこそ達成できたんです」
そう言うとミルの目が残念そうなものを見るものに変わった。
……自分で言っておいてなんですが、ダメージが大きい……。
「力だけあったって、できないことなんてごまんとあります。……私はそれを何度も見たことがあります。ミルはミルの強さを探してみてください」
「あたしの……強さ」
噛みしめるように呟いたミルは、しかし俯いてしまった。
「……でも、はなればなれになった友達を探さないといけないんだよね? それは早ければ早いほど良いんじゃない?」
「その話もしなくてはいけませんね……。ごめんなさい。気恥ずかしくて伝えそこねてしまいました……。実は誤解がたくさんあって……」
ミルに冒険者ギルドでの誤解の件を話した。
「……そうだったんだ」
「そうなんです。あんな美談みたいなことはありません。友達を探すためとか、八面六臂の大活躍とか、そんなものは実在しないんです。ただ、友達に会いに行くだけですよ」
「あれ? ……それって結局、ほぼ事実なんじゃ……」
「…………あれ?」
「…………」
ミルからの視線が再び残念なものに変わる。
きゃ、脚色されているので! 事実でもないことで褒められるのって、嫌じゃないですか!!
「……でもやっぱり早ければ早いほど良いってところは変わらないよね?」
「いえ、そうでもないですよ。場所はわかっているので探す必要はないですし、なによりミルを放って行ってしまえば彼女に怒られてしまいます」
「怒られる? ……どういうこと?」
「あの娘は人を見捨てない人なんです。怪我している私を、あの娘は助けてくれたんです。見知らぬ私を警戒していたのに、それでも助けてくれた」
彼女のかけてくれた魔法には優しさが込められていた。
「初めてあった時、私がしてきた冒険の話をしたんです。だから次に会った時、今までどんな冒険をしてきたのか、話そうと思っています。だから――――貴女を放って行ってしまえば、きっとあの娘に怒られてしまいます」
「そう……なんだ……」
「ミルさん、あの娘に再開した時、私はあなたを紹介したいです。解散なんて言わずに、私と冒険者を続けてくれませんか?」
ミルに向けて手を差し出した。
それを受けて視線が揺れている。
「でもあたし……やっぱり戦いでは役に立てないし……」
「それはこれから改善できます。さっきも言いましたが、薬師としての知識がある冒険者なんて貴重ですよ。戦闘技術がある人はいくらいても、治療技術のある人はそうはいません。重要度で言えば、強いだけの人より上です」
「おんぶにだっこだし……」
「ミルがいるおかげで私は楽しく冒険者ができてます。こんな子どもに冒険者のいろはを丁寧に教えてくれる人は大切です。少なくともミルは私のことを軽視したり、雑に扱ったりはしないでしょう? そういう信頼できる人を探すのって大変ですよ。少なくとも私は不安に思うことなく、あなたに助けられています」
つらつらと述べられるミルの言い訳を片っ端からへし折っていけば、言葉の勢いが減って耳が赤くなり始めた。もうひと押しです……!
「ら、ランクが上がるまでの時間が増えるだけだし……」
「別に大陸を渡るのは目標であって、ゴールではありませんよ。あの娘に再開したとしても冒険は続きます。その先で貴重な治療技術持ちの冒険者が仲間であるのは心強いです。努力しているあなたなら今よりもっと強くなれてます。リターンとしては十分ですよ。さ、まだなにかありますか?」
ネガティブなことを言えば、それ以上に褒めて見せるぞとばかりに胸を張ってみせた。
ミルは顔を真赤にして「……ありません」と呟いた。
「じゃあ、良いですよね?」
そしてさらにズイッとミルの眼の前に手を突き出す。
ミルはおずおずと手を取った。
「よかった。改めまして、よろしくお願いします」
「……こちらこそ……頑張ります」
ふと、思いついたことがあった。
「――――弟子と言えばなんですけど」
「なに?」
「……魔術、学んでみませんか?」
すまぬ。遅くなってしまいました。
人間の感情って難しいですね……。未だにきちんとかけている自信がありません。そもそもこれ書く予定ではなかったですし……。ライブ感って怖いですね。見切り発車の辛いところ。
それはそうと、今章、プロットがスッカスカなんですよ。
・ミル強化・ランク上げ・襲撃1・襲撃2・貴族イベント、くらいの構想でスッカスカです。
折角ですので、こんな展開が見たい!って言うのを募集しようと思います。私の書きたいものと、皆さんの読みたいものの需要のすり合わせも兼ねて。
※もちろん必ず採用されるとは限らないのでそこはご了承ください※
今後の展開や、変えられない設定、ポリシーなどもありますので。
見れたらいいな……くらいの気持ちでいただければ嬉しいです……。あまりに詳細すぎてもNGかも……。
例えば、鳥の姿で活躍して、有名になってから身バレ! とかなら行けそう……?
期限はとりあえず6月6日(金)までとさせてもらいます。こなかったら自分でひねり出します……。
感想とか、直接メッセージとかで、大丈夫ですので楽しみにお待ちしております。