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第51羽 水流して地固まる?

 

「なんとか勝てて良かったです……」


 ヴィネアさんを地面に下ろして一息ついていると、扇で自分を仰いでいたはずのヴィネアさんが、ふいに不満げな顔を寄せてきた。


「なにそれ嫌味? わたし、始終あんたに押されっぱなしだったんだけど」


「そんなことないですよ。それにヴィネアさん、水が多ければ多いほど強くなるタイプでしょう? 長引けば不利になるのは私だったので、攻めに出るしかなかったんです」


 それでも不満そうな表情は戻らない。


「そ・も・そ・も! 今回の手合わせでは渦潮(カリュブデス)を使うつもりなんてなかったのよ!」


「そうなんですか……?」


「当たり前じゃない。はっきり言ってBランクの冒険者で、近接戦闘をメインとする者には過剰な魔法よ」


 ……確かに渦潮(カリュブデス)はとんでもなく厄介な魔法でした。

 近寄るだけで自動反応して敵を迎撃する水の渦。水に飲み込まれればもちろん一発でアウト。そして一番効果的そうな雷は対策済み。

 その渦の中心で待ち受けるヴィネアさんに向かうにつれて、水は丘のように盛り上がる。渦の範囲も広く、縦にも高いので並大抵の手段では近寄る事もできない。私のように空を進む手段がないと無理でしょうね。

 仮に上から迫る手段があったとしても、今度は無数の水の攻撃にさらされる。防ごうにも相手は水なので武器は水に沈み、絡め取られてまともな働きは期待できない。私の闘気のように魔法を拒絶する性質でもないと対応は不可能でしょう。

 それをくぐり抜けたところで今度は水中に逃げ込まれてしまう。水が鉄のように強固になる能力と、その単純に多い質量のせいで堅牢な守りを破ることは難しい。瞬間的に高火力を出す手段、私で言う戦撃と、水が戻って来る時間を稼ぐ範囲攻撃、私で言う氣装纏武(エンハンスメント)が無ければ千日手に陥り、いずれ押し切られていたでしょう。

 そしていくら水を吹き飛ばそうにも消えてしまったわけではない。押しやられた水は寄り返す波のようにいずれ元に戻る。その防御性は永久機関にも思えてしまうほど。水を消し去る手段でもないと、ジリ貧になってしまうでしょう。私は炎の魔術があったのでなんとかなりましたけど。


「ええ、今思い返しても恐ろしい魔法です……」


「なんで対応できてんのよ! おかしいでしょ!?」


「ええ、そんな事言われても……」


 できないと負けてしまいますし……。たまたまこちらに対応できる手札があっただけです。


「途中でわたしの魔法を知ってるみたいに対応してくるし。《トリアイナ》でトゲを出しまくった後と、《メイルストロム》に閉じ込めた後。反撃されたのは背筋が凍ったわ。わたしのこと、事前に調べてたの?」


「いえ、それは……なんとなく」


 似たような性質のものは昔見たことがあったので……それと同じ対策が効きましたね。経験のおかげ、ですね。一度見た戦い方については対策は立てていますので。

 師匠の教えのおかげですね。


「事前調査なして負けたのは、それはそれでムカつくわね……」


「あはは、勝負は時の運ということで……」


「……まあ良いわ。約束通り、あんたがAランクに上がったら、わたしがSランクに推薦しておいてあげる。本来必要な実績は大幅に減らせるはずよ」


「はい、お陰で時間が短縮できそうです! ありがとうございます」


「礼なんて良いわ。あんたの実力で勝ち取った報酬なんだから、これは当然のことよ」


「それでも嬉しかったので……お礼は言いますよ。ありがとうございます」


「……そ。好きにしなさい」


 笑顔で感謝を伝えると、ヴィネアさんはふいと顔をそらした。

 そんなヴィネアさんがなにか思いついたように顔をあげた。そしてニンマリと笑い、その笑みを私に向けてきた。嫌な予感が私を襲う。な、何を思いついたんです?

 警戒心から腰が引ける。


「約束のことなんだけど、最初はわたしに勝てるなんて思っていなかったわ。でも実力を証明できればSランクには推薦するつもりだったのよ。悪かったわね、甘く見ていたわ」


「いえ、客観的に見れば妥当な判断だと思いますよ」


 ……私も自分のことを"強い"とは思えないですからね。

 勝負には勝てた。ただ、それだけです。


「そう? ま、それで勝ったんだから追加の報酬くらいあっても良いと思うのよ。ランク的に見れば大金星なわけだし」


「はあ、そういうものですかね?」


「そうなのよ。あんた――――美味しいものは好きよね?」


「はい! 大好きです」


「……なら、ここらでは手に入りにくい海産物を食べに行くのはどう? 私が全部手配するから、今度みんなで海に行きましょう」


「海ですか……!」


 良いですね! タコやイカ、カニにエビ、貝類にもちろん魚も大好きです!

 海産物はとれたてほど新鮮で美味しいですからね。そんなご馳走を食べられるなんて、最高です! 想像しただけでよだれが出てきてしまいそう……!

 でも――さすがに、手合わせに勝っただけで全部お任せするのは申し訳ないですね。

 だから、そういうの抜きにして……純粋に、みんなで楽しみに行きましょうか。

 そう言いかけて、ふと目に入ったヴィネアさんの表情に思考が止まる。

 広げた扇の裏でヴィネアさんがニンマリと笑っていた。……その瞬間、再び危機感を煽られた私の脳内が高速で動き出す――!


 海産物。おいしい。 ヴィネアさん。笑う。エサ。罠? 海。負けず嫌い。水? 大量!!!!

 それらから高速演算で弾き出された私の答えは、ひとつ――


「絶っっっ対嫌です!!」


「なんでよ!!」


「だってヴィネアさんまた勝負を仕掛けてくるつもりでしょう!?」


「……なんのことかわからないわね」


「ちょっと! 扇で顔を隠したって騙されませんからね!?」


「……なんでまたわたしが勝負を仕掛けるなんて思うのよ。全然そんなこと考えてないかもしれないじゃない」


「ヴィネアさん負けず嫌いだって言ってたじゃないですか! それがいきなり海に行こうって、怪しすぎますよ!」


「……チッ。いらない事を言ったわ……」


「舌打ち聞こえてますからね……」


「別に勝負のためとは限らないじゃない。海の近くはわたしの家に縁のあるものが多いから、融通が効きやすいのよ。それで選んだの」


「……本当にそれだけですか? 海についたら勝負を仕掛けて来ないって、オケアノス家の名に誓えますか?」


「…………………………」


「ほらぁ! 絶対勝負ふっかけてくるつもりじゃないですか!」


「うっさいわね……! ウチの名前を盾に取るなんてズルいわよ! 勝負くらい別にいいじゃない、減るもんじゃないんだし!」


「減ります! 私の精神がすり減ります!! ヴィネアさん相手に海で戦うとか正気の沙汰ではありませんよ!!」


 今回の手合わせの勝てたのは対策を決め打ちしてメタを張り、渦の水量が少ないうちに勝負を仕掛けたからこそ。そうでなければもっと苦しい戦いになっていたかもしれません。

 

 それを水量無制限の海でなんて、恐ろしくてしょうがありません。無理です、ムリムリ、カタツムリ!

 第一、ヴィネアさんなら今回の戦術の対策くらいすぐ立ててくるでしょうし、そんな絶望的な勝負を受けるわけないでしょう!!


「もう! ごちゃごちゃうっさいのよ! ほら! 早く決めなさい! そして行くって言いなさい!」


「残念ですが今回はそれには従えませんね!」


「なんですってぇ……!」


「なんですか……!」


 額を押し付けて、火花を散らすように睨み合う。

 どちらからともなく腕が伸び、頬を引っ掴んだ。


「行くって言わないなら、このモチモチかわいいほっぺたを本当のお餅みたいにしてあげるわよ!」


「上等です! こっちこそヴィネアさんのハリツヤしっとりほっぺをこねこねして差し上げます!」


「あの…………」


「なに!?」「なんですか!?」


「あっいえ、……なんでもありません。ごゆっくりどうぞ……」


 2人して勢いよく振り向いた先にいたのはヴィネアさんのパーティーメンバーのメイドさん……、と執事さんとミルだった。

 ……どうやら手合わせが終わった後、崖の上から降りてきていたようです。声をかけてきたメイドさんはそそくさと下がり、残りの2人はぽかんと口を開けて呆気にとられている。


 唖然として固まる彼らの視線を受けて、私たちはようやく我に返った。

 視線を互いに戻し、客観的に自分たちがやっていることを認識すると、耳までみるみる赤くなっていった。

 緩慢な動作で手を離すと居住まいを正して咳払いをひとつ。……あの、こっち見ないでください。

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