第50羽 vsメル3
見下ろすメル、見上げるわたし。さっきまでとは真逆の構図だ。
「……上手く逃げ込みましたか」
「誰が逃げたって!? これは戦略的撤退! わたしの勝ちは揺らがないわ!」
「では……そこから引きずり出して見ましょうか。《黄陣:雷拝》」
「!!」
黄色の陣からバチバチを電撃を纏う雷球が放り投げられる。それはクモの巣のような稲妻を渦に向かって降り注がせた。
しかしーー――
「甘いわね。電気なんてとっくに対策済みよ」
海に住んでいる魔物には、電撃の効かない種がいる。彼らの体表を覆う特殊な水は、電気を通さない。私の周囲を覆う水も、それと同じ――――電気を拒絶する水よ。
「……まあそんな気はしていました」
「あら、呑気に落胆していていいの? そこはもう――――怪物の口の中よ」
「これは……!!」
重力に抑えられていた渦。それが重力に逆らい、天喰らう龍と化す。
「呑み込みなさい! 《メイルストロム》!!」
それは怪物のアギト。暴風と水流が奏でる咆哮をあげ、中心にいるメルを飲み込んでいく。
「させません! 【一閃】!!」
咄嗟に目にも留まらぬ槍撃。蒼光がひらめく。肥大化した槍撃が伸び、アギトの中心を穿った。
「逃がさないわよ! このまま飲み込んであげるわ!」
押し返された中心を覆い隠すように渦が広がる。やがてそれは空を飲み込んだ。
上も下も渦巻く水。そこはもう逃げ場のない密室。メルは行き場のない閉所に追い込まれたのだ。
その激流と暴風が宙空を蹴るメルの体勢を崩す。
「全方位を水に覆われる恐怖――――味わうと良いわ」
水の特性はなんといっても不定形であるということ。リソースさえあれば、いくらでもその姿を変えることができる。
わたしが操る水に包まれた暁には、全方位が危険区域になる。
――――こんな風に。
高速で渦巻く竜巻の内部で、触手がムチのようにしなる。水流が襲いかかり、槍が打ち出され、水弾が乱れ飛ぶ。下からは水がせり上がり、上からは滝のように降ってくる。全方位から水が情け容赦無く襲いかかる。
ただの少女相手には過剰に思える攻撃。常人なら一瞬で沈む水量。
――――だが彼女は違う。
蒼光が舞い踊る。ムチは打ち払われ、水流はかき消される。槍は貫かれ、水弾はことごとく受け流されてしまう。せり上がる水も、降る水も押し返される。
でも――――押している!!
じわじわとメルが生存している空間が、狭まっていく。わたしの水が満たしていく。
いくらメルが実力者だと言えど、いつまでもあの動きが続けられるわけではない。このまま押し切る……!!魔法で水を出し続け、使用可能なリソースを送り込み続ける。
今やメルがいる箇所は肥え太った龍の腹のようになっている。瞬間的な攻撃を続けるために、リソースを集約させているためだ。
凄まじい速度で動き回ったところで、そこは閉鎖空間。どれだけ攻撃を退けようと、何度でも襲いかかる。少しづつ、少女を中心へと押し込め、弱らせ抵抗を不可能なものにしていく。
もう、彼女は籠の中の鳥。
これで……!
わたしの……!!
勝ちだ…………!!!
「――――とでも思いましたか?」
――――《緑陣:付与》+【回舞】。
体を捻り、強風を宿した槍を一回転。密室で魔法による空気の発生は、迫る水を押し返した。
「一瞬押し返したからって……!!」
「その一瞬で十分に。《赤炎陣:焦眉》」
炎揺らめく赤の陣が槍にまとわりつく。強く輝く蒼が、炎の赤に染まった。
「【回連舞】」
その攻撃はまたしても目では終えなかった。
ただ、水が3度の衝撃を受けたことを伝えてくれた。
「わたしの水が……!?」
灼熱にさらされた水の沸騰。発生する蒸気。そしてそれによる気体の混入。
強固に1つとなっていた水流は、3度の攻撃にさらされその結合を乱されていた。渦の強度が崩壊する。わたしの操作が届かない!?
気体が混入している場所は水がないということ。いくらわたしでも、内部から生み出された水がない場所はどうにもできない……!! 塞ぐにも時間足りない……!!
そんな……攻略法が……!! 水に……炎でなんて……!!
肥えた龍の腹は切り開かれ、鳥は籠から飛び出した。そして飛び立つ先は1つ。
「――――渦はリソースの転用」
いまや細くなってしまった渦。その中にいるわたしの背後から声が聞こえた。
「私を閉じ込めるため、貴女は防御を薄くした」
さっきも。今も。
すでにわたしのことを知っているみたいに……!
「わたし達――――どこかで会ったことあったかしら?」
「熱烈なお誘い、嬉しいですよ。待っててください。すぐに手を取りに参りますから」
「おだまりなさい……!! もう勝ったつもりかしら!!」
扇を突きつけ、7本もの水流を叩きつける。
しかしこの距離で、今のメル相手には遅すぎた。するりとよけ、側面に回り込まれる。
「《緑陣:付与》+【剛破槍】!」
風をまとった強力な一撃が、破城槌のようにわたしの渦を吹き飛ばした。もはやわたしを守るものはない。
後ろへと飛び退る。 わずかでも距離を……!! そして反撃を……!!
扇を頭上へと振り上げる。
「《カタラク――――》」
しかし――――。
「貪欲に勝利を目指す姿勢、嫌いじゃないですよ」
「きゃあッ!?」
至近距離でまともな動きを許されるはずもなく。
腕を捕まれ、魔法は不発。脚をかけられて体勢を崩された。
視界が回り、地面に倒れ込む――――その前にぐいっと引き寄せられる。
「はあ……! はあ……!」
「………………」
目があった。見下ろす彼女と、見上げるわたし。
ムカつくくらい、透き通っていてきれいな瞳を睨みつける。それは何度も見せつけられた、鮮烈な閃光のような、蒼をたたえていた。
その瞳の持ち主から腰を抱き寄せられ、軽くのけぞった首元には槍を突きつけられている。
抵抗は不可能。
「随分……生意気なエスコートね……!!」
「ご満足いただけましたか? お嬢様」
ぐっと睨みつけていたが、やがて体から力を抜いた。
「……いいわ。こっからどうやっても避けられないし、わたしの負けよ。ルールはクリーンヒットだけど、……降参するわ」
「では勝負はおしまいですか?」
「ええ。――あんたたち」
「は、はい! この勝負、メル様の勝ちです!」
その宣言とともに目の前の少女から放たれていた圧が掻き消える。それこそ最初からなかったかのように。
「や、やっと終わった」
「……それはこっちのセリフよ」
「あ、ヴィネアさん、お怪我はないですか?」
「……あんた、本当にさっきまでのと同一人物なの?」
「ど、どういう意味ですか……?」
睨みつけてやれば、少女はなにがなんだかわからないと言った風に狼狽える。……あんまり気にするとこっちが馬鹿を見るわね。
「……もういいから、さっさと離しなさいよ!」
「あ! ご、ごめんなさい……!!」
わたしを抱き寄せていたメルがあわてて手を離す。もちろんわたしが倒れないように、抱き起こしてからだ。
…………まったく。
わたしは自分を扇で仰いだ。
最近地道に最新話のユニークアクセスが増えていってます。笑いが止まらねぇぜ……!
いつも読みに来てくれてありがとうございます!反応もありがとう!嬉しく思いながら確認させていただいています!
お口ワルワル煽りメルちゃんは師匠の教育の賜物ということでお許しください……。
電気を通さない水は純水です。
渦の攻略については水に空気を無理やり混ぜると、なんかバラバラになりそうかなって……。フィーリングでお願いします!




