第49羽 vsメル2
渦巻く水流が牙を剥く猛獣のごとくうねり、敵対者を威圧する。
その中心、小高くせり上がった水の丘の上。その頂からわたしは眼下を睥睨していた。その視線の先――――メルは渦の外縁に立ち、わたしをじっと見上げている。
……なにが『実力だけで討伐したと見るには、彼女は幼すぎるし、気質が向いてなさすぎる』よ。
過去の判断が、己の耳に痛い。常識に囚われすぎていたわ。
『大蛇を、歩いているときに蹴っ飛ばした石ころだとでも思っているよう』のほうが正解だったじゃない。
このレベルの実力者相手に、簡単に距離を詰めるのを許していたらすぐに負けるわ。こっからは加減なしで行くわよ。
荒れ狂っていた波が収まり、見つめていたメルが渦を巻く水めがけて一歩踏み出す。
「それはオススメできないわよ」
「!!」
刹那、水面が飛沫をあげて跳ね上がった。水流が爆ぜるように襲いかかる。
まるで獲物を見つけた番犬のように、わたしの渦潮が招かれざる来訪者に牙を剥いた。
ある程度予想でもしていたのか、メルは即座に反応。滑らかな動作で槍を振るい、襲いかかった水の触手を受け流した。
本来だったら水に飲み込まれるはずの槍は、しかし水に沈むことなくしっかりと押し返している。
さっき接近されたときに反撃したときもそうだった。あの不自然な蒼い光か、武器の特性か……。いずれにせよ、本来だったら流れを利用して巻き込む水としての利点を無効化されているのはかなり痛い。
近接戦闘を生業とする者はこれで大体無効化できるのだけど。だって水を叩いたり斬ったりなんて普通はできないでしょう?
でも――――水に決まった形なんてないのよ。
水の触手の内側から新たな触手が生え、空気を裂いて鋭く叩きつけられる。紙一重のところで、顔を傾けて回避。だが、その直後。
しなる触手に鋭利なトゲが生える。目を見開いたメルはそれすらも体を捻って回避した。
しかし――――一筋の血が、ぽたりと水面に落ちる。
メルの頬に赤い線が刻まれていた。
「よく避けたわね。クリーンヒットにはならないけど、それも時間の問題よ?」
畳んだ扇をメルに突きつける。
「わたしの渦は近づく敵対者を容赦なく攻撃するわ。それ以上かわいい顔に傷をつけたくなかったら、さっさと諦めることね。あんたはわたしに近づかなければ、有効な一撃を入れることができない。でもわたしはここから一方的に攻撃ができる」
わたしとメルの間を逆巻く渦潮が隔てている。ゴボゴボと空気を巻き込み、深海に潜む怪物のように佇んでいた。
「つまり――――こっからあんたに勝ち目はないってことよ」
メルは頬を拭い、ぽつりと呟いた。
「……それはどうでしょうね」
その声に、怯えも諦めの色もなかった。
ただ――――妙な確信があるのは伝わってきた。
どうやらまだ手段は残っているらしい。
なら、油断も慢心もなく、正面から叩き潰す。
「そう。なら――――また泣かないようにね……ッ!!」
「泣いてませんけど!?」
不服そうな顔のメルに向けて、身の丈程もある水流を2本差し向けた。
「【双槍】」
「一瞬で……!」
手元の槍が霞んだかと思えば、向かった水流は蒼の残光を置いてかき消されていた。これじゃあ水を連鎖させる連続攻撃ができない……!!
歯噛みしていると彼女はすでに次の手を打っていた。
「《赤陣》+《紫陣:連星》! 《赤炎陣》:《業炎魔槍》!!」
炎揺らめく赤の陣から巨大な炎の槍が打ち出されてきた。これは魔法――――いや、あの娘の言っていた魔術!!
違いはよくわからないけど、本質的には魔法と同じはず……!! ならわたしの水で防げる。
山なりに振ってくる炎槍に向け、渦から幾多もの水流を打ち放った。
激突。白煙が立ち昇り、水流はいくらか蒸発させられてしまったものの、打ち勝った。
「攻撃はできるみたいだけど、こんなんじゃいつまで経ってもわたしは倒せないわよ!」
反応を確認するため、メルに目を向けて――――見えなかった。視界を煙が遮っていたから。
そして渦潮から攻撃反応。こっちになにか近づいて来ている!
とっさに水の触手で前方を薙ぎ払った。
「『カマイタチ』」
薙いだ触手が断ち切られた。
煙を突き破ったメルが、体から蒼のイカヅチを迸らせて姿を現した。
同時、飛翔する風の斬撃が水の防壁を打ち付け、震わせる。
この渦を超えてここまで来たの!?
「どうやって……!?」
その答えはすぐに目にすることになる。
メルは空を蹴り飛ばして、跳んできていた。
「はあ!? 空を跳ぶなんて反則でしょ!」
「ヴィネアさんの渦も大概反則だと思いますよ」
「じゃあ大人しく撃墜されておきなさい!」
「それは――ご遠慮します!」
そんなことを言っている間に、メルはぐんぐん迫ってきている。水で作った巨大な腕で打ち払うも……避けられた。速すぎる……!!
「渦の攻撃は自動反応。攻撃されるのは、一定距離に近づいた後。こちらの動きを予想しているわけではありません。なら追いつけないスピードで動けば良い」
「そうよ! 解説ありがとう!!」
ちょこまかとスピードで翻弄し、確実に渦の自動攻撃を回避して距離を詰めてくる。わたしも迎撃に参加するも、細かい動きは目で追えない。なら、避けられない攻撃をするだけ!!
「全部まとめて貫け!! 《トリアイナ》!!」
渦のいたるところから、十本、百本、千本とハリネズミのように水槍が鋭く飛び出し、空間を埋め尽くした。
「そして――――それへの対応は避けれられない全体攻撃。白漂陣――――」
「!?」
――――《偽・拒交神盾》。
メルは脚を畳んで飛び上がり、足元に向け、傘を広げるように白の盾を展開した。避けるのではなく、防御する対応。メルにダメージはない。
まずい! わたしの手が読まれている!?
「渦潮を利用した攻撃は、リソースの転用。つまり――――その瞬間は守りが薄くなる」
全てを見通すような瞳がこちらに向けられていた。
脳内が警鐘を鳴らす。わたしは勢いよく渦の底へ潜り込んでいた。
――氣装纏武。【魔喰牙】!
ボッ!!
さっきまでわたしのいた空間が水風船をつついたように破裂する。
槍にまとっていた蒼の光が肥大化し、防御などなかったかのように空間ごと食い破ったのだ。
「ウッソでしょ!?」




