第47羽 別に悪意は感じませんでしたから
誤字報告ありがとうございました!
「さて、今度こそ本題よ。――――わたしと、勝負なさい」
そう彼女に突きつけてやれば、面白いぐらいにたじろいでいる。
――――初めにその娘を見た時、目を疑ったわ。次に自らの記憶を疑った。
なにせこれがあの大蛇を倒したっていうんだから。
夜を溶かしたようなきれいな黒髪。側頭部の両サイドから翼みたいな髪がピンと立っているのが特徴的で、澄んだ蒼い瞳で見上げてくる様子は、どこか人形じみた無垢さを感じた。
見た目だけで言うならただの小さな女の子。かわいいって注釈が付くけれど。
動きは完全に小動物じみていて。
近づけばぴくりと身を竦め、頑張って見上げてくるものだからちょっと意地悪したくなってしまった。それに逃げようとするものだからつい……ね? 壁に追い詰めてしまった。
そのあとすぐミルに回収されてしまったけれど。
抱えられたまま、脚もつかずにされるがままの姿は本当に人形のようだった。不覚にも、一度くらい抱き上げてみたいと思ったのは……内緒ね。
どうやら目立つのはお嫌いみたいだったから、そのあと2人まとめてレストランに連れ込んだ。
……だって泣きそうになるなんて思わないでしょう?
レストランで話していてもその印象は変わらなかった。食べる量を除けば、ね。あれはまさに英雄級ね……。あれで腹八分目って世界の深淵が見えたわ……。
閑話休題。
そんな小動物じみた印象が強いメル。
ただ、その印象が明確に変わったときが一度だけあった。それは冒険者ギルドで蛇を倒した事実を問いただした時。
『あんたが倒して商人を助けたんでしょう!?』
そのときメルは『ああ、あれのことか』って顔をしていたわ。
特に感慨もなく、達成感もなく、ただ過ぎゆく日常の1ページを思い出したような顔。
――――あの大蛇を、歩いているときに蹴っ飛ばした石ころだとでも思っているよう。
わたしにはそんな風に見えた。
それが事実なら……彼女はとんでもない実力者ということになる。
あの大蛇は魔法をほとんど無効化する能力を持っていたけれど、だからといって他の能力が弱いなどということはなかった。
パーティーメンバーの従者2人でもあれを倒すのは荷が重かった。だから依頼達成は不可能と判断して、逃げ帰ることを決めたのだけど。
……今思い返しても腸が煮えくり返るわ。
まあさすがに実力だけで討伐したと見るには、彼女は幼すぎるし、気質が向いてなさすぎる。
ともかく、事実として大蛇は討伐されているのだから、なにかしら大蛇に相性の良いスキルを持っていた可能性が高いと見たほうが良い。
それでも大蛇を倒したのだから将来性を見てここで繋がりを作っておくのは悪くない選択だ。
そんなことを考えていると、メルがなにか思いついたのかわたわたと弁明を始めた。
「待ってくださいヴィネアさん……!」
『では敬意と親愛を込めてヴィネアさんと、そう、お呼びしますね』
……貴族としてたくさんの人を見てきた。少なくともあれが嘘偽りない本心であることは、よく分かる。でも、そんなのはどうだって良い。
いつも結論まっしぐらと言われているわたしが話を聞いてあげているのは、少しつついてあげるだけでいい声で鳴いてくれるから。
ついつい泳がせて、表情がコロコロ変わる様を眺めてしまう。不思議と不快にはならないし、見ていて飽きもしない。
……それが理由。別に他意はないわ。
「……なに?」
「確かに私は大蛇を倒しましたが、だからといって私を倒してもヴィネアさんの望む結果になるとは限りません」
「……ん? どういう意味よ」
「私はBランクの冒険者です。そんな私をSランク冒険者のヴィネアさんが倒しても、周りは順当な結果だとしか思わないんじゃないでしょうか? ここは……例えば私がAランク冒険者になるまで待ってみるとか……」
……ああ、そういうことね。
『あんたを倒せば、ただ相性が悪かっただけでわたしが弱くないってことを証明できる!』
メルはわたしが言ったこの言葉を誤解しているのね。
「あんたが言いたいのって、今あんたに勝っても周りに証明できないってこと?」
「そうです。だから今は――――」
「じゃあどうでもいいわ」
「……え?」
「わたしが証明したいのは、周りの有象無象じゃない。
――――わたし自身によ」
そう伝えれば、メルの表情が一気に諦めに染まった。
……攻めるなら今ね。
「ねえ、……別にあんたにとっても、悪い話じゃないのよ?」
「……そう……なんですか?」
「ええ。Bランクのままならまだ無理だけど、あんたがAランクになったら、わたしがSランクに推薦してあげるわよ? なりたいんでしょう、Sランク」
「ど、どうしてそれを!?」
「結構有名よ。あんたが昔、友人に着いていった他大陸で八面六臂の大活躍をして、それを疎んだどこぞの貴族から逃がすために送り戻されて、その後会えずじまいの友人と再会するために渡航手段を求めてるって話」
そう答えれば、メルは頭を抱えてしまった。聞かれたくない話だったのかしら? 悪いことしたわね。
「…………最初の話から尾ヒレと背ビレとハヒレがつきまくって、モンスターになっています」
「まあそうよね。今より幼くして大活躍ってにわかには信じがたいもの」
わたしもこの娘を見たときに、やっぱり噂話は当てにならないと改めて思ったわ。
「でもSランクになりたいのは事実なんでしょう?」
「…………そうです」
不承不承といった具合にメルは頷いた。……まあこの娘の小動物じみた性格なら、自分から目指すようなことはしないでしょうから、他人が関係しているのも事実なんでしょうね。
納得していると、話を聞いたミルが驚いていた。
「メル……、そんな事情があったの?」
「……なに? あんた伝えてなかったの?」
「……そ、そうですね。その……言いづらくて」
メルはしどろもどろに弁明している。……こういうのって、ちゃんと伝えてないといけないんじゃないの?
「メル……、あたし――――」
何かを言い募ろうとするミルを、わたしは手で制した。それ、絶対時間かかるやつよね?
「ストップ。あんたたちへのお詫びとは言え、ここはわたしが設けた場で、わたしが話をするための場所なの。込み入った話をするなら別の場所でして」
「……わかった」
「よろしい」
不満そうではあるけれど、飲み込んだミルに頷いてメルに向き直った。
メルの方もミルが気になるようだったけれど、ミルが頷いたのを見てこちらを優先することに決めたようだ。
「わたしが望んでいるのはただの手合わせよ? 別に殺し合うわけじゃないんだから、訓練みたいなものよ」
「……くんれん」
「わたしに勝てればもちろん、勝てなくても実力を証明できればさっき言ったみたいにSランクに推薦するわ」
「……すいせん」
「目立ちたくないっって言うならあんたが場所を選んでいいわよ? わたしもギルドの地下修練場じゃちょっと狭いし」
「……ばしょえらぶ」
「どう? 今日のご飯は美味しかった?」
「……美味しかったです」
「こんど別の店に連れて行ってあげるわ。ここと同じか、それ以上に美味しいところよ」
「もっとおいしい……」
沈んでいた声が少し、明るくなる。こんなので、と少し呆れてしまった。
飴をもらったら着いていく子どもじゃないんだから……。
ハラハラとした表情で、しかし黙って聞いているミルも似たようなことを考えているんじゃないだろうか。ちゃんと面倒見てあげなさいよね。……気づいたらどこかにいなくなってそうだもの。
未だ気持ちが固まってない様子のメル向けて、意識して嗤う。これみよがしに悪いことを企んでいると、一目でわかるように。
悪いけどわたしは貴族よ。少しくらい"ズル"できるのよ?
「そうそう。そういうお店、わたしが紹介しなかったら――――断られちゃうかもしれないわね?」
「それは――――」
オケアノス家の力を使えば、冒険者数人を出禁にするくらいなら簡単。
わたしは自力で勝負をしたい質だけど、面倒事を避けるためならそれくらいやるわ。逆に言えば、これはわたしと繋がりをもって置けば、それくらいなら融通が聞くっていうメリットのアピールでもあるけど、それをこの娘に気づけってのはちょっと無茶だったからしら。
まあ、反感を持って勝負に乗ってくれるなら話が早くて助かるし。約束を果たせば関係が拗れることもないでしょう。
そんなことを考えていたら、帰ってきたのは予想外の反応だった。
「一見さん……お断りの店ってことですか!?」
思わずガクリと首を倒した。そうじゃないのよね……。
「……ええそうよ。一見さんお断りの店も紹介してやるわよ、全く……! 調子狂うったらありゃしないわ……!!」
「な、なんで怒ってるんですか……?」
「怒ってやしないわよ! ほら! 早く決めなさい! そして受けるって言いなさい!」
「答え一つしかないじゃないですか……。わかりました。……その勝負――――受けます」
ようやく望んだ答えを引き出すことができた。
全く、手を煩わせてくれたわね。一仕事終えたとばかりに紅茶で口を湿らせて、彼女に笑いかけた。
「ええ、最初から素直にしておけばいいのよ。……で、場所はどうするの?」
「……最近修行で使っている箇所が、街の近くにあります。そこでやりましょう」
「いいわ。早速連れて行ってちょうだい。待ちきれないわ」
「……え?」
「え?」
「え?」
「……なんか言いなさいよ」
「……あの、今日は戦えませんよ?」
「なんでよ!!」
「食べたもので体に合わないものがあって……」
「はあ!? なんでそんなもの食べるのよ!?」
「美味しいのでつい……」
「馬鹿じゃないの!? 自分の身体をもっと大事にしなさいよ! それで大丈夫なの!?」
「それは大丈夫です。スキルで大丈夫にしているんですが、そのスキルを使っている間は満足に戦えないんです……」
「なにそれ!? そんな変なスキルあるわけ――――」
「本当なのヴィネアさん。この前そのせいでメルの調子が悪くなって……ゴブリンに苦戦したの」
「う゛っ」
メルは嫌なことを思い出したように胸を抑えた。
「そんな馬鹿なことをやってたの!?」
言いたいことは山ほどあったけど、とりあえず飲み込むことにした。
「……もう! わかったわよ! 明日! 朝イチよ!」
「……はい、すみません」
「本当よ! 良い!? 明日は変なもん食べてくるんじゃないわよ!」
――――全く! この娘は人の調子を外すのが本当に得意ね……!
相手視点で主人公戦やったことないなとなったので、書こうとしたらそこまでいけませんでした。
明日は戦います。




