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第??話 獣ノ刻 その14

「――すべての“無意識”を、“意識下”に置き換えることじゃ」


「無意識を……意識下に……?」

 

「……うむ」


「……??」


 首をひねる私の前で、師匠はしたり顔でうなずいていた。いや、こちらは何を言っているかさっぱりわからないのですが……。


「まずは順番に説明していこう。運動音痴対策からだ。ワシら獣人は他の人類に比べて運動能力に優れているな」


「はい、それはわかります」


 頷く師匠が続ける。


「他の人類に比べて体が強靭だからということはわかりきった話じゃな。スピード・パワー・スタミナ・タフネス。どれをとっても基本的に他の人類に負けることはない。」


「まあ、そうですね……」


 その言葉にそっと目をそらした。素の能力ではスタミナで負けているから。とういうか下手すればスピード以外全て負けている可能性もある。


「獣人の強さはそれだけではない。」


「優れた身体能力を十全に扱える本能。獣人は生まれた時から効率の良い体の動かし方がなんとなく(・・・・・)わかるの。人間にとっての運動の天才が、そこらを普通に歩いているのが獣人だ。恵まれた潜在能力に、その潜在能力を十全に引き出す本能。それこそが獣人が運動能力において他の種族に勝る理由じゃのう」


「ええ、そうですね……」


 だからこそ私の異質さが際立つ。私の運動音痴は人間にとっての運動音痴のレベル。獣人からしたら、理解できないレベル。


「お前は運動音痴だ。それは覆しようがない」


「……うぐ」


「だが対策はある」


「……対策、そんなものが……?」


 一縷の望みにすがるように、師匠を見上げた。


「獣人が体を上手く扱えるのは感覚によるもの。つまるところ"なんとなく”、じゃ。だがお前にそのセンスはない。


 だから――――作れ」


「作る? いったい、何をですか?」


「新たな体系、お前専用の体の動かし方よ」


「体系を……私が……?」


「そうだ。感覚でなく、理論で体を制御しろ。その理論を今から構築するんだ。

 歩くとき、走るとき、腕を動かすとき……。力を込めるタイミング、力を緩めるタイミング、呼吸の仕方。その筋肉の動き、角度、重心の場所、体のバランス。自己のありとあらゆる動作を観測し、記憶し、一分の狂いもなく再現しろ。

 他の者がなんとなくで動かしている感覚の領域までを解き明かし、他者の及ばない深いレベルまで1つの動作について、分解・理解・再構築を行い、常にお前さんがやろうとした動きを常に体現できるようになれ。

 それができれば運動音痴なんて関係ねぇ。お前さんの体は思うがままよ」


「そんな……、無茶苦茶な……。それは、理想論です……。それに体系を作るなんて……できれば苦労しません……。私には無理ですよ……」


「いや、できるさ。魔術という新たな体系を構築したワシと――――お前さんの記憶力があればな」


「そんなこと言われましても……」


「やり方はすでに考えてある。安心しろ、ワシが師匠としてきっちり教えてやる」

 

 えぇ……と思いながらも、私は口を閉ざすしかなかった。


「次に――――戦い方のセンスについてだ。こちらも戦略の意識化が鍵になる」


「また、意識化ですか?」


「そうだ。お前には戦闘のセンスもない。だからセンスではなく、全て頭で考えて理論で動けるようになってもらう。

 武術の流派によっては、修行で技を掛け、それへの対処法を学ぶところもある。

 だがワシが言うのは、さらにその先じゃ。攻撃に対処する方法だけでなく、相手の戦術、それに対抗できる方法。敵のペースを乱し、自らの土俵に持ち込む方法。そのすべてを理詰めで判断し、実行する。

 戦闘時における最良の行動を選び取れるようになれ。

 

 そうすればお前は今よりももっと強くなれる」


「それこそ理想論じゃないですか!! できたら苦労しないですって!!」


「では聞くが――お前さん、敵に攻撃されたとき、どうやって対処するのが最善だと思う?」


「そんなの……どんな攻撃してきたかを確認して、それに対してどうすれば有利になるかを考えて動きます。それができれば苦労しませんけど」


「そうだな、悪くないぞ。だが考えていては間に合わないことがある。……試しに聞こう、4×8の答えはいくつだ?」


「え? ……32、ですが……なぜそんなことを聞くのですか?」


 師匠はそれに答えず、笑って話を続けた。

 

「お前さんは今計算をしたが……、それは考えたのか?」


「それは……」


 そうですよ、そう答えようとした瞬間、師匠の言葉が先に重なる。


「それとも――――思い出したのか?」


 「……思い……出しました。計算するよりも、早いから……」


「そうだ。考えるのは時間がかかる。だが思い出すのなら、時間は一瞬で済む」


 まるで魔法の種明かしをするかのように、師匠の声が柔らかく響く。

 

 「例えばお前さんがありとあらゆる攻撃パターンを覚えていて……、それへの対処法を持っていれば。

 

 ――――敗北はありえないと思わないか?」


「それは……」


「そうすれば、お前さんのセンスなど気にする必要もなくなる」


 それは極論だ。理想論に過ぎない。そう――――普通なら。

 私には、無数の時間がある。ヒト1人には余りある時間が。

 それは途方もなく時間のかかる試みでも、可能にしてしまえるかもしれないだけの時間が。

 私には機会がある。ヒト1人には余りあるチャンスが。

 ありとあらゆる戦い方に出会い、それを学習する機会が。


 それは私に、私だけに可能な方法。

 転生を続ける私にしか辿り着けない唯一のゴールなのかもしれない。

 でも……。


「なんだか……全部私の記憶力だよりではないですか……?」


「しょうがないじゃろ。役立ちそうな能力なんじゃから使わな損じゃろ」


「……ごもっともです」

 

 はあ、とため息をつきつつも、私は頷くしかなかった。


「魔術の方はもう少し待て。準備していたブツがもう少しで届くからな。それがあれば、お前さんの魔術の習得も進めやすくなる」


「あとはおまけとして……気合、じゃな」


「ここまで来て気合ですか……」


「なんじゃ。気合を馬鹿にすんなよ。戦ってる相手に気合が十分あるっちゅうことは、余裕があるっちゅうことだと見ることもできる。戦っている最中に余裕の表情を浮かべられるということは、それだけで相手にプレッシャーを与えられる。戦闘中劣勢になるたび苦い顔をしておれば、相手の戦略の優位性を示しているようなものじゃ。つけあがらせる隙となる」


「確かにそうですね……。それなら戦っている間はずっとニコニコしていればいいのでしょうか?」


「それも悪くはないじゃろうが……、相手を煽るのも手じゃな」


「煽る、ですか?」


「そうじゃ。例え相手の取った戦略が有効だったとしても、こんなものは効かないと(うそぶ)き、口と態度で優位を示す。相手の手が下策であることを、あたかも事実であるかのように指摘し、怒りを誘うことでミスを誘発する。これも立派な戦い方じゃよ」


「なるほど、そういうのもあるんですね……」


「まあ、これはできたらで良い。おまけ程度に覚えておけばええ。――では、修行を始めるとしようか。


 感覚を全て――――理論に落とし込む修行をな」


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