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第??話 獣ノ刻 その13

 疲労困憊で動けない私を、しょうがない、と師匠が背負ってくれました。

 

 背中の大きさと暖かさを感じ。ぎゅっと抱きしめる。

 失った大切なものに思いを馳せた。


「すみません師匠……。貴方にプレゼントしてもらった槍、壊してしまいました」


「……そうか。お前の助けにはなったか?」


「はい。……あの子のおかげで生き延びることができました」


「なら良い。役立ってこその武器だ。主を守れてあいつも本望だろうよ」


 大きな手で、ぽんと頭を撫でられる。優しさが、スッと胸に広がった。


「――――お前が無事で良かった」


「ッ!! ……はい」


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 「……ただいま」


「おかえり」

 

 師匠が返答した。慣れ親しんだ家の空気に、安堵の息を小さく吐いた。

 

 名残惜しさを感じながらも、師匠の背中から床に降りる。

 少しふらつきますが、動くのには問題なさそうですね。


「じゃあすぐに御飯作っちゃいますので、師匠は待っててくださいね」


「……は?」


「何が食べたいですか?」


「…………は?」


「えっと……私が決めたほうがいいですか?」


「………………」


 反応が(かんば)しくないのでそう聞くと無表情になった師匠がずいと歩み寄ってきた。重苦しい圧を背負った師匠。見下ろしてきたその顔から、ドスの効いた声が落っこちてきた。


「お前の治療が先に決まってんだろうが……」


「……ひゃい、ごめんなさぃ」


 思わずすくみ上がる。

 ……けっこうガチなやつでした。


 「もう傷は塞がっているはず」、なんてことを口に出せるような雰囲気でもなく、大人しく治療を受けることに。


「ほら、見せてみろ」


 まずは血まみれになった服を脱いで、体に付着したままの血を落とす。家族みたいなものだからと、わずかに感じる羞恥を押しやって背中を向けた。

 

 ――乾いた血を操作できれば楽なんですけど……。


 そんなことを考えている間に師匠が魔術を使って桶に暖かなお湯を張っていた。

 お湯を布にひたして、優しくからだを拭ってくれる。乾いて張り付いた血が、体から取り除かれていく。傷つけないようにと配慮して動く手と、暖かく湿った布が心地良い。


「……傷は残ってないな。もう治ったのか……」


「はい、気にする必要なかったでしょう? ……いたっ」


 返答の途中、手刀が頭頂部に振り下ろされた。恨めしげな視線を向けるも、彼は努めて反応せず、思考にふけっている。


「……これがお前の能力の1つか」


 帰る道すがら、魂源輪廻ウロボロスの能力について軽く話していた。


 思案していた師匠がふとこぼした。


「ところで前も怪我はないのか? 見せてみろ」


 私は自分の身体を掻き抱いた。


「……えっち」


「……お前なぁ」


 振り向いた先には呆れ顔の師匠が嘆息していた。


「わかったわかった。ワシは部屋から出ておるから、きちんと拭いておけよ」


「……覗かないでくださいね」


「はっ」


 鼻で笑いましたね……!? 馬鹿にしてますよね!?


 ムッとして顔だけで振り向けば、ニヤニヤと嘲笑う破廉恥モンスターがドアから出ていこうとしている。


「この……!!」


 タオルを投げつけると、一歩早く閉じたドアに阻まれて湿ったタオルはズチャリと落下した。ちょくちょくそういうところには行っているくせに今の反応って……なんなんですかッ!!


 ……いくらなんでも流石に腹が立ちますね。


 ドアを睨みつけていたが、ため息を1つ。……早く血を拭ってしまいましょう。私はタオルを拾いに立ち上がった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 部屋を出れば、師匠は椅子に腰かけて本を読んでいた。煙の出ていないパイプを咥えた彼が顔を上げる。


「戻ったか。それで怪我はなかったのか」


「ええ、傷1つないですよ」


「そうか、ならいいんじゃ」


「じゃあ……」


 キッチンに向かってフライパンを取り出して見せた。


「御飯作っちゃいますね」


 次の瞬間頭部に締め付けられるような激痛が走る。


「い、いだっ!? 師匠なにするんですか!?」


 眼の前には師匠の堅い手のひら。つまるところアイアンクローが顔面を鷲掴んでいたのです。


「……お前さんは何をしておるんだ?」


 ドスの効いた低くて重い声。どこか既視感のある恐ろしいトーンだ。


「朝ご飯の準備ですよ!!」


「――ほう?」


 答えを聞いた師匠の表情が、アイアンクローの指の隙間から見えた。犬歯を剥き出しにするように笑っていた。


 「よくわかった。お前に好き勝手させると碌なことにならんとな」

 

 「ちょ!? なにするんですか!?」

 

 彼がそういうやいなや私は持ち上げられ、あっという間に私の部屋のベッドに投げ捨てられた。


「……バカたれが」


「ちょっ――まふっ!?」


 抗議を口にする暇もなく、布団をかけられ物理的に遮られた。


「そこで寝てろバカ。このバカ。大バカ、今世紀最大のバカ」


 ――バカバカ言い過ぎですよ……!!


 しかしそんな抗議は布団の柔らかさと温かさに押し止められた。

 心がゆっくりと落ち着いてくる。

 帰ってきたんだ。

 その実感がゆっくりと私を包む。

 私……ここにいてもいいんですね……。

 重たい疲労感と、安らぐ心地よさに包まれて、私はゆっくりと眠りへと引きずり込まれていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

「――ごちそうさまでした」


「うむ。おそまつさま」


 フォークを置いて息をつくと師匠が鷹揚に頷いた。

 布団に投げ込まれて目が覚めれば、次の日になっていました。どうやら丸一日眠ってしまっていたようです。眠っていた私は美味しそうな匂いに意識を引かれ、空腹を訴える胃を引きずって、師匠が用意してくれていた朝食を平らげた。

 柔らかいパンと栄養価の高い山菜のスープ、それにじっくりと煮込まれた鶏肉が合わさって最高でした。どれも心にしみる、とても優しい味です。


「早速じゃが3日後には引っ越すぞ。準備を進めておけよ」


「はい、わかりました」

 

 後片付けを終え、穏やかな時間が訪れる。

 私はあえてそれを……引き裂いた。


「昨日は色々と感情任せに怒鳴ったりしてすみませんでした……」


「気にするな。それを言うなら破門などとバカを言ったワシがバカだったのよ。修行の計画ができて、驚かそうと調子に乗った。すまなかった」


「いえ! こちらこそ育ててもらったんですから!」


「馬鹿もん。それに引け目を感じる必要などないと言っておろうに。お前さんはまだ子供なんだじゃ。無理に背伸びをしておるより、少し子供っぽいくらいでちょうどよいんじゃ」


「子供っぽい……。転生者だってこと伝えましたよね……?」


「おう、聞いたな。だがワシもラベルなど気にせんといったぞ」


「じゃあ私が子供っぽいって言うことですか!?」


「そう言うておる」


「……むうぅ」


「かっかっか!! そうむくれるな。擦り切れた大人の心より、感受性豊かな子供の心のほうがよっぽど良い。感じるものが強いというのはそれから受け取るエネルギーが多いということじゃ。喜びも楽しさも、ときに悲しみも強く感じて苦しく思うときもあるじゃろう。だが、時として凄まじい爆発力を生むときがある。それはお前さんの成長につながるじゃろうて。それは大人にはない、子どもの強さじゃよ」


「そんなものですかねぇ……?」


「そんなもんじゃ。さて……これからお前さんの修行を行うが……その前に問題点をおさらいしておこうか」


「問題点……」


「そうじゃ。まずは運動音痴。簡単に言うと体を動かすのが下手くそ」


「……う」


「そして戦い方が下手くそ。センスがない」


「……うぐッ!?」

 

「ここを対策すればお前の持っているもんはもっと光るじゃろう。そしてワシはお前さんの弱点を補強する強化プランを考えた」


「ゴクリ……。そ、それは」


「それは――――すべての無意識を意識化に置くことじゃ」


「無意識を……意識化に……?」


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