第??話 獣ノ刻 その12
「――――は?」
ぽつりと、呆けたように声を漏らす。
師匠でもそんな顔をするんですね。
「『勝手にいなくなるな』といったのは師匠ですよ。だから――――待ってました。お別れです。私はあなたと別れて別の道を行きます」
呆けた表情だった師匠は、その表情を固いものに変えた。
「……これからどうするつもりだ? 行く宛は、あるのか?」
「まあ……大丈夫です。なんとかなります」
笑ってそう言った私に、師匠は地面に膝をついて頭を下げた。
!!? なぜ!?
「……ワシが、ワシが馬鹿なことを言った。すまなかった……!! お前の力を伸ばすこともできていないワシが破門などと、戯けたことを言った……!! だが待って欲しい! お前を伸ばす計画はできている! 頼む、お前をもう一度見させてくれないか!?」
「は? え? ち、違います! 違うんです!!」
頭を下げて謝罪する師匠を慌てて起き上がらせる。心臓に悪いのでやめてください。
「あなたが悪いんじゃありません。私が悪いんです。私じゃ、だめなんです。貴方の期待には答えられない……」
「……何を……言っている」
「貴方のお陰で、私は更に前に進むことができました。でも、せっかく貴方に師事しているのに、その恩恵を私は活かしきれていない……。貴方はもっと才ある弟子を取るべきなんです」
「なあおい待て。何を言っているかわからんぞ。ともかく一旦帰って、そこで話をしよう。な?」
焦ったように言葉を重ねる師匠。肩を掴んできた彼に、私は首を振って身を引いた。
「貴方は新しい技術体系を作り上げるほどの才覚ある人です。私が弟子では、貴方の名を――――汚してしまう……!!」
「ワシの名が……何だと……?」
ゾクリ、と。
陽炎のように怒気が膨れ上がる。
それは初めて見る、師匠の本気の怒りだった。師匠も人間です。怒ることだってあった。それでもここまでのものは過去に一度たりともありはしなかった。
「そんなこと……、そんなことを気にしておったのか!? これまでの修行の中で、ワシに師事している中で‼」
「それは……当たり前じゃないですか! 私はあなたの手を煩わせてばっかりで、カケラも報いれてない!」
「弟子など師の手を煩わせて、足を引っ張ってなんぼじゃろうが‼ むしろそれが本望よ、それを許容できんヤツなど師として足りておらんだろうが!!
人1人を弟子に取った程度で地に落ちるような名なら……!! 大した価値なんてありもせんわ!!
そんなもの、最初ッから惜しくもない……!! 犬にでも喰わせてしまえ!!」
「!!!」
師匠はなおも詰めかける。声が、胸に刺さるようだった。
「自惚れるなよバカ弟子が……!! お前がワシの名を汚すだと……!? お前が何を成した!? 何もだ!! 何も成していない。何にも、成っていない!!」
俯いてその言葉を受け入れる。彼の言う通り、私は、なにもできない――――
「―――お前はこれからだろうが!!」
力強い言葉に思わず顔が引き寄せられる。
「まだ独り立ちもしていないひよっ子がワシの名をどう汚す!? そんな戯言を吐く暇があるのなら、現状の打破を目指すのが先だ!! お前の成す先をワシ見せるのが先だ!! テメェで勝手に諦めて、勝手に見切りつけてんじゃねえぞ!!」
「でも……私は才能もなくて! あなたの期待にも、魔術を継ぐことも、できやしない……!!」
「何を言う……!! お前の歳でヌシほどのものを瀕死まで追い詰められるヤツなど、何処にいる……!! お前は十分凄いやつだ……!! なぜそんなに自分を卑下する……!」
「違う……!!違うんです……!! 私はすごくなんてない……! 私は……
――――私は転生者なんです……!!」
「テンセイシャ……? なんだ……それは……」
師匠の語気が急に弱まる。意味が理解できなかったのだろう。
――言った……。言って……しまった……。
胸元で握った手が、震えて止まらない。フラッシュバックするのは、これまで向けられてきた排斥する目線、異物として扱われる態度。
異端の経歴。未だ誰にも明かしたことのない自分の秘密を始めて口にした。
「なあおい、黙っててもわからんぞ。……ちゃんと、話してくれ」
観念したように頷いて、転生の事実について話した。
これまで何度も人生を繰り返してきたこと。始め方も止め方もわからないこと。人と違うところが受け入れられなかったこと。うまくいないことだらけで、てんで駄目な人間であること。
その一切合切を全てぶちまけた。
「わかったでしょう……? 私は変で、おかしくて、あなたの教えを受け継ぐに値しない、そんな人間なんです……」
沈黙した師匠。眉をキツく寄せ、何かを探すように自らの胸元に手を伸ばす。しかし目的のものは見つからなかったのか、手を下ろし大きく息を吸うに留めた。
「お前を育てて10余年になる、この時間はお前にとっては短かったか……?」
「……いいえ」
「お前と過ごしている間、ワシに見せいてた笑顔は偽りだったのか……?」
「……そんなこと、そんなことありません……!!」
「ワシとともにある時間は――――苦痛だったか?」
―――そんなこと、そんなことあるわけがない……!!
師匠のためにご飯を作った。引っ越したあとの家具の配置であーでもないこーでもないと話し合った。修行を見てもらった。喧嘩だってした。頭を撫でてくれるその手の、温もりを覚えている。。
たくさんのことがあった。忘れられない思い出がいくつもある。
全部、全部本物で。全部、全部宝物だ。
あなたと過ごす時間は――幸せだった。
そう言おうとしても、引きつる喉がそれを阻む。
「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!」
だから私は情けなくふるふると首を横に振ることしかできなかった。
それを見た師匠はホッとしたように私を抱きしめる。少し痛いくらいの抱擁は、彼の気持ちを物語っているようで。
「転生者だの、名声だの、そんなものは見えてる一部、――――ラベルに過ぎん。
大事なのはその奥にある"瓶"の中身、本質よ。ラベルなんぞに目をくらまされんな。
お前の言う"栄光"を持ったワシは、酒を食らい、女好きで、だらしのないジジイに過ぎん」
「う゛ぅ゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!」
それだけじゃない。私は師匠のいいところをたくさん知っている。言葉にできなくても、私は全力で首を振った。師匠は柔らかく微笑む。
「お前の転生者ってのも、その1つに過ぎん。ワシからしたらお前なぞ、ただのガキンチョよ」
「う゛ぅ゛ぅ゛!」
私は立派なレディです。全力で首を横に振った。
師匠は鼻で笑った。なんだこのやろう。
「ワシはお前をすげぇって思ってるし、お前はワシをすげぇって思ってる。そして共に過ごした時間は幸せなものだった。それ以上に大事なものがなにかあるか?」
……この人は強い人だ。真っすぐで、大事なものをずっと見ている。その在り方を羨ましく思う。
でも私はそんなに強くないから。彼のようには生きられない。これまでだってそうだった。
肩を掴む手を振り払って、逃げるように後ろに下がった。
俯いて、手を握りこむ。見える地面に内心を吐露した。
「貴方は天才で……、私は凡才以下……。貴方の期待に応えうることなんて……できません」
「まだ言うかバカタレ」
俯く私。
そこに真剣な熱を宿した瞳が見上げてきた。
「ワシを天才だと思うなら……ワシにチャンスをくれないか」
「私ではなく……?」
貴方に?
そう答えると、彼はなぜか力なく微笑んで手の平を私の頭の上に乗せた。
「そうだ。お前さんが自分を凡才だと言うのなら、まだそれでいい。ワシが、変えてやる。お前に意識を変えて見せる。お前さんがお前自身を信じられるようにしてやる。だから―――それまでの間は、ワシを信じろ。」
「いいか、星にだって光を反射しているだけのデカい石ころがある。お前が星になりたいって言うのならワシが成らせてやるよ。とんでもなくデカくて光る石ころにな」
「お前がワシを天才だと言うのなら、その天才を信じろ。無理だと諦める凡才を信じるな」
「私を星に……? そんなことが……できるんですか……?」
立ち上がった師匠を見上がれば、彼は獰猛に笑っていた。そして逆に問うてくる。「できないと思うのか?」と。
「お前の目の前にいるのは、これまでの魔法の常識を過去のものにし、ワシの色に塗り潰した魔術師。『万色の賢者』だぞ。
少々醜態を晒しちまったが、ワシが――――お前を勝てるようにしてやる」
誘うように伸ばされた手。
それを私は――――取った。
「……よろしく、お願いします」
「おう、任せろ」
というわけでこれから修行なのですが、過去編が長くなりすぎてしまったのでご相談があります。
この後も2人の話は続くのですが、さすがに冗長かなと言うことで、修行が一段落したところで一旦現代に戻ろうかなと考えております。
伏線はいろいろ仕込んでるんですけど、長い。多分修行終わって半分くらい。過去編は後回しにして、どっかでいつか入れるつもりです。
特にご意見などなければ、修行が済んだら本編に戻ります。




