第??話 獣ノ刻 その8
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私だって――――。
…………私は。
……私はいつだって届かない。
「はあ……、ふう……」
荒い息を吐き出しながら、ヌシを睨みつける。
何度も転生を繰り返してきた。
大切な人達を失いたくないからと、強くなることを諦めなかった。きっといつか届くはずだと、挑み続けた。
けれど才能のない私は、真の強者には届かなかった。
どれだけ手を伸ばしても、願った場所までは届かなかった。
私なんかが誰かを守ろうとするのはおこがましいのでしょうか。人の思いに応えるには分不相応なのでしょうか。
どれほど時間をかけて努力しても、無意味でしかないのでしょうか。何度私の人生を捧げても足りないのでしょうか。
それとももっと他にも何かを捧げないと――――不足に過ぎるのでしょうか。
――――きっと。そうなのでしょう。足りない。まだ、足りていない。
この世は――――残酷なほどに厳しくて。ときに凍えるくらい無情で。諦めたくなるほど理不尽なことがあるから。
でも。
立ち止まることなど、最初から許されていない。
転生を繰り返すだけの人生の中で、理不尽を見過ごして背を向けることなんて、私には、耐えられない。
愛した人々。理不尽に命を奪われた日々。あまりにも無情で、抗うこともできなかった。
その記憶が胸を灼き、激情が熱となって込み上げてくる。
耐え難いほどの震えと怒りが体を貫き、無力だった過去の自分を殴り飛ばしたくなるような衝動が膨れ上がる。
そして私は、その感情に背を押されるように、目の前の理不尽を睨み返した。
私には、足りないものが多すぎる。力も、才能も、時間も。そして、きっと覚悟さえも。
ならば――――なら。捧げてやる……!!
こんな私一人の命で足りないのなら、もっとくれてやる。
時間でも、魂でも。上等です。
弱肉強食であるというなら、喰らってやりましょう。
――――弱い私を。
そして私は、強い私に生まれ変わる……!!
そうしたら、きっと。超えられる……!! たった一人になっても、超えて見せる。
――――強者を。――――無情を。――――理不尽を。――――自分でさえ。
全部。全部、喰らい尽くしてみせる――――!!
目に見える世界が血に濡れたように赤く染まる。空は紅く、森は黒い。
それを異常と認識する余裕は、もはや私の中にはない。
体の不調から弱音を吐こうとする心に牙を突き立て喰らいついてやれば、どこかからもたらされた熱量が体に広がって、泥に沈んだように重い私の体を突き動かすエネルギーとなる。
凭れていた木から身を離し、足を踏み出した。
止めを刺そうとでも言うのかヌシが再び突進の構えを取る。
今の私は傷も治りきっていないし、呼吸するだけで痛みが伴う死に体。あのインチキ速度を避けるほどの力は出ません。しかしそんなこと言ってられない。キツいからと寝ていれば喰われるだけです。
角を地面に突き刺したヌシが発進する。
熱に浮かされた病人のようにふらつく体で、自分の血にぬかるむ地面を蹴りつけた。
それで生み出された距離はわずか数歩分。それも横にではなく、後ろです。実の所、攻撃範囲から一歩も動いてないのと変わりません。
獲物の悪あがきだとでも思っているのでしょうか。それとも最早警戒する価値もないのでしょうか。まあ、油断してくれるなら好都合……!! 変わらぬ速度で突き進んでくるヌシに射るような視線を向ける。
「《血界》―――」
暴威のままに進撃してきたヌシに。
「《β》!!」
朱色の破城槌を血の池からせり上がらせ、迫るヌシに激突させた。
「オオォォォオ!?」
避けられないなら避けなければいい。
激突が生み出した過剰な運動エネルギー。
それ受け止めた六角柱の破城槌が悲鳴のような音を立てながらひしゃげ、砕け散る。
だが、それでいい。狙いは“止める”こと。
大量出血を強いられたせいで切らされた手札ですが一時しのぎにはなります。
砕け散った欠片に意識を集中する。
「出血大サービスですよ。【血葬】―――」
肉薄し、ヌシに向けて戦撃の構え。宙空に散らばる鮮血が渦巻くように手元の槍に集う。
それは身の丈を超え、人の身では扱うことの難しいほどの大きさを持った朱槍となった。
構えに呼応するように闘気が穂先に収束する。
「【乱莫】!!」
大きさと重みを増し威力を上昇させた朱槍。
しかし見た目とは逆に速度を減じることなく襲いかかる。
鋭い呼気と共に朱槍を突き出し、ヌシの額に激突させる。槍を引き、前進しながら脇に振りかぶったそれを大きく横に振りぬいて叩きつけた。さらに地を這うように一歩肉薄し、下段から顎を全霊をかけて突き上げる三連続攻撃。ヌシの頭が大きく仰け反る。
激突による意識の空白を目指してねじ込んだ連撃は確かな手応えを返してきた。呻き声と共に顎を跳ね上げられているヌシへ向けて追撃の構えを取る。
「ぜェ……!! 【血葬:魔喰牙】!!」
緋色の光芒を放って推進した渾身の一撃は、しかし突如霞の如く視界から消えたヌシによって無意味に終わった。
「消え―――ガッ!!?」
槍を突き出したままの視界の隅、黒の何かが迫る。次の瞬間体を強かに打ち付けられた。独楽のように回転したヌシの尻尾が強襲してきたのだ。
「ゲホッ……!! 慣性、仕事してください……!!」
抉れた地面から身を起こし、せり上がってきた粘ついた血を言葉と共に吐き出す。
視界から消え去り、離れた場所に突然現れたヌシ。私が疲労困憊とは言え、戦撃の一撃を避けるのは並大抵の速度では不可能です。
まるで慣性を無視した挙動に、思い浮かぶのは突進しているときに浮遊していたヌシの体。おそらく短距離でも突進時の凄まじい加速は可能なのでしょう。それを横方向の回避に活用した。これからは体が羽になったかのような素早さを警戒しなくてはならない。
ジンジンと不調を訴える体を見下ろした。
ガードのため尾の間に咄嗟に差し込んだ左腕があらぬ方向に曲がっている。直撃前に血葬を纏っていなければもっと酷いことになっていたでしょうね。
ガードの時に散らされてしまってのか使える血の総量が減ってしまった。
「即死でなければこんなもの……!!」
槍を口にガッチリと咥えて右手をフリーにする。そして右手で左手を掴むと意を決して無理矢理正しい方向に曲げ直した。
「~~~ッッ!!!!」
槍を咥えた喉の奥からくぐもった呻き声が漏れ、目元には自然と涙が滲む。
「ッは……!! はぁ……!!」
腕を血で覆い、即席のギプスにする。骨の再生を早める応急処置だ。
ヌシはと言えば、なにをするでもなく角の間でバチバチと紫電を瞬かせている。まるでそう……力を溜めているかのような……。
高まるエネルギーにゾワリと怖気が走る。
このままなにもしないと消し飛ばされる。そんな確信にも似た予感に襲われた。
同時、ヌシの角に収束されていた紫電が弾け。
――世界が光に飲まれた。




