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第??話 獣ノ刻 その7

すみません。私用で遅くなりました。

 

 街に出るに当たって師匠から「いくつかルールを設ける」と強く言われました。


「まず1つ目が、このローブを絶対に脱がず、顔もさらさないこと」


 そういった師匠が引っ張り出したのは「私はとっても不審者です!」と全力で自己主張している、体をすっぽり覆える怪しげなフード付きのローブだった。

 ええ……、これ着るんですか? 暑苦しい上に、動きづらくて逆に目立つと思うんですけど……と抗議の視線を送っても師匠は涼しい顔。


「返事は?」


「……わかりました」


 逆に有無を言わせぬ口調で了承させられてしまいました。それに満足気にした師匠は、続けて……


「ワシのそばから離れすぎないこと。そして騒ぎを起こさず、目立たないこと。勝手に動くなよ?」


 と念を押した。


「最後に……名前を名乗らないこと。わかったか?」


「……わかりました」


 街に出るのは楽しみですが、息苦しくなるかもしれないですね……。街にたどり着くよりも前に若干憂鬱になってきていたが、街に入ってすぐにそんな気持ちは吹き飛んだ。


 師匠に連れられてやってきた街はそれは大きなものだった。今世で街にも入ったことがなかった私にはその感動は一入(ひとしお)で。


「師匠! あれ食べていいですか!!」


 まるで子供のようにはしゃぎ回ってしまったほど。人通りのそこそこある道の露天を指し示し、待ちきれないと体を揺らす。


「ん? ……ああ、構わんぞ。ただ量は抑えろよ、お前はありえんほど食うからな」


「わかってますよ! 夕食分は別に残しておきます!」


「そうじゃねぇよ……」


「おじさま、これ3つくださいな」


「お嬢ちゃん元気だねぇ! よし!おじさんがおまけしてあげよう!」


「わあ……!! ありがとうございます!! はい、一個、師匠の分です」


「お、おお」


 時折サービスを受けつつ、街の通りにある店の商品を食べ歩きして、時折師匠にも戦利品を渡しながら師匠の財布を軽くしていく。

 めぼしいものを粗方食べ尽くした私は満足感に息を吐いていた。


「……ふう。満足しました」


「いや、どんだけ食ったんだお前さん……」


「腹5分ですよ。これ以上は夕飯が入る分が少なくなってしまいます。抑えておきましょう」


「まだ入るのかお前さん……。ワシはしばらく時間をおかんと食えんぞ……」


 満足した私は、師匠が引いているのにも気づかずにお腹から訪れる幸福感に浸っていた。


 その後はウィンドウショッピングで店を冷やかしたり、大道芸を流し見しつつ、師匠と一緒に街を練り歩いていく。そうして赴くままに歩き回っていると、気づけば人通りはまばらになり、横道の先に薄暗い路地がのぞいていた。


「おや?」


 ふと、その路地の奥で何かが動いたような気がした。


 何でしょうか……? よく見ようと通路を覗き込んで目を凝らしたとき、ポンと頭に手を載せられた。手の主は師匠。片方の眉を上げ、顔に僅かな呆れを滲ませて私の正面に立った。


「おい、何やってる。時間はまだあるが今日は無限じゃないんだぞ。ほら、こっちだ」


「あ、はい」


 急かすように腕を引く師匠に連れられてやってきたのは町外れ。かすれて文字が見えなくなった看板を吊り下げた店に入る。


「わあ……!!」


 扉をくぐって目にしたのは、ずらりと並べられた武器や防具だった。ここは……武具屋……?

 人好きのする笑顔を浮かべた店長さんが店の奥から現れて、いらっしゃいと歓迎してくれた。三角のもふもふした耳が、頭上でピンと立って主張している。犬の獣人の方でしょうか。

 外観に反して綺麗に並べられ、手入れも行き届いているのが伺える。良いお店ですね。


「お前さんならここが良いだろうと思ってな。せっかくだ、好きに見ると良い」


 そう言われて向かうのはもちろん槍のコーナーだ。いろんな槍が並べられているのを見て、気分が高揚する。

 一言で槍と言ってもその種類は多岐に渡ります。

 私が使っている長い棒の先に穂先がついたオーソドックスなタイプの槍。馬上からの突撃だけでなく、地上での進行も止められることのない円錐形の重厚な突撃槍(ランス)。投げることに特化した軽量型の投槍(ジャベリン)。槍に斧が付属されることで増した攻撃力と汎用性が魅力の斧槍(ハルバード)。突くことではなく、遠距離から斬ることを求めた薙刀(グレイヴ)。そこに攻撃を受け止めるために刃の背に鉤爪が加えられた鉤薙刀(フォシャール)。など、どれも魅力的で、見ていて飽きない。


 私が使っているのは癖のなく、比較的軽量な通常の槍ですが、他の子達もとても魅力的で見ていて飽きません。


 あちこち眺めて、その姿形や特徴のある活用方法などに想像を巡らせながら楽しんでいると、一振りの槍が目に留まった。


 形状は癖のない基本タイプ。装飾などが施されておらず華はなく素朴だが、しっかりした作りで、目立たないが磨き上げられた槍身が美しくある槍。シンプルイズベストを体現したような一本。

 思わず目を奪われてじっと見ていると師匠が店主に声をかける。


「おい、これをくれ」


「あいよ」


 店主さんに要求したのは私が見ていた子。店主さんは嬉しそうに揉みてをしたあと代金を受け取り、商品の受け渡しの準備を始める。その子を選ぶとはお目が高い!


「師匠もこの子の良さに気がついたのです? 徒手空拳ばかりではなく、師匠も槍の良さに目覚めたのですね……!!」


「何言っとるんだお前は……。お前の槍捌きを見たあとでワシが槍を使うわけなかろう」


 呆れを滲ませた師匠が、「毎度あり!」と声を上げた店員さんから槍を受け取った。

 店主に感謝を告げた師匠に連れ立って店を出たところでふと顔を上げる。


「……じゃあその子はどうするんですか? 師匠が会いに行っている女性のだれかにでもあげるんですか?」


 そう聞けば師匠から白い目を向けられてしまった。


「……プレゼントで槍を貰って喜ぶような女はお前さんしかしらんわ」


「じゃあ誰に渡すんですか?」


「今言ったじゃろう。これを渡して喜ぶようなやつは一人しかおらんとな」


「え……? それって……」


「そうじゃ、ほら」


「この子を……私に?」


「おう、プレゼントだ」


「でもこんな高そうなもの……!! それをましてや私になんて……」


「ガキンチョが金の心配など百年早い。それにしばらく大して使ってないから余っておる」


 それに……、と師匠がタバコの入っていないパイプを口に咥える。


「今日でお前を拾って10年だ。プレゼントがなくては締まらんだろう。―――10歳の誕生日、おめでとう」


「師匠……!!」


 私を見つめる師匠の目は優しげに細められていて。

 胸がぎゅっと熱くなる。

 

 私はそういえば、と思い出していた。最近師匠の出費が何故か減っていたことを。


 あの遊び人な師匠がお店もお酒もタバコも止めていて――――その理由が、これだったのだ。

 申し訳なさと嬉しさが一度に押し寄せて、思わず涙ぐんでしまった。


「ありがとうございます! ずっと……! ずっと大事にします……!!」


「ずっとは無理だろうが……せいぜいそうしろ。高いからな。修行だ訓練だとあんまり槍に負荷をかけるなよ」


「もちろんですよ」


 何が楽しいのかタバコの入っていないパイプを咥えながら、悪どい笑みを浮かべる。


「ちなみに気になるお値段はお前が使ってる槍の……ざっと10倍ってところか」


「じゅっ!?」


 予想を大幅に上回る値段に手元の槍を呆然と見つめた。さっきまではキラキラと輝いて見えたこの子が、威嚇するようにギラギラとした何かを発しているように感じられてわずかに怯んでしまう。


「あんまり無茶すると……前の槍みたいにボロボロになっちまうかもな?」


 カラカラと笑う師匠の言葉に思い至る。前の子も雑に扱っていたわけではありませんが……より一層大事に扱わなければ……。具体的にはもっとメンテナンスの時間を増やそう、と。


 住処に帰るまで恐る恐る槍を運ぶ私の姿に、師匠は満足げに笑っていた。


「まったく手のかかる奴だ……」


 その日の夕飯は豪勢なごちそうで、とても楽しい一日でした。思わずいつもよりたくさん食べてしまったら、なぜか師匠はありえないものを見たような顔をしていましたが。


「なんて食費のかかる奴だ……」


 それからしばらくして。

 修行中の私の手元を覗き込んだ師匠は満足そうに頷いた。


「うむ、ちゃんと手入れはしておるようじゃな」


「もちろんですよ、私をなんだと思ってるんですか?」


「……途方もない槍バカ」


「そんな……急に褒められると……照れます……」


「褒めてないんじゃよなぁ……」


 師匠は遠くを見るような目で、ため息をついた。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



 それから二年が経ち――――


 壊れかけていた槍は丁寧にしまい込み、新たに買ってもらった槍を操って修行漬けの日々送る。訓練だけでなく、手入れもこれまで以上の時間を割いていたのでその槍身は曲がることもなく、曇ることもなく私の期待以上の働きをしてくれました。

 

 しかしその曇りのない槍身が映す私の顔には、影が差していた。


 気づいてしまったのだ。


 訓練の合間にふと、何気なく。けれどその違和感は、一度芽を出すと、日に日に大きくなっていった。

 否定しても無視しても、心のどこかで育っていたその疑念は、やがて押さえきれないほど膨れ上がった。


 ついにその日、私は覚悟を決めて問いただした。


「師匠……」


 口の中はカラカラに乾いていた。呼吸すらうまくできないほどの緊張の中、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「あの……、最近魔術の修行を行っていないのですが……」


 恐る恐る聞けば「ああ……」と今思い出したように答えた。


「魔術はもう良い。少なくとも直近では特に訓練する必要はない」


「――――え?」


 比喩抜きで息が、止まった。


 そんな気はしていた。覚悟はしていた。していた……つもりだった。それでも何を言われたのか分からなかった。きっとまだ甘い妄想にすがっていたのでしょう。


 ――――彼から魔術を伝授してもらえるはずだと。


 魔術は師匠が生み出したもので、私はそれを引き継ぐのを期待されていたはず。それが……、『もう良い』と言われた。 つまり私では……継ぐに値しない、期待に応えられることは……ない、と。そういうことなのでしょうか。


「お前さんは先に体術の基本から熟して行くのがよかろう。魔術は後でもいいわい。できんものはしょうがないしな。今できることをさらに伸ばした方が良いと判断した」


 師匠の言葉は優しかった。理屈だって通っていた。


 それでも私には――――ただの慰めにしか聞こえていなかった。


 気づいたときには自室の布団の上にいて。

 あの後師匠と何を話して、それから一日をどうやって過ごしたのか。その記憶はどこにもなかった。


 ただ、残っていたのは、胸を締めつけるような感情だけ。


 ……まただ。また、自分の能力が邪魔をする。どんなに努力をしても、どんなに時間を捧げても、自分が思い描く場所には決してたどり着けない。そんな自分が嫌いで仕方がない。

 仰向けになったまま天井を睨みつけても、見えるのは深い闇ばかり。なんの光明も見えては来ない。真っ暗だ。


 ……そういえば今日は天気が良かったですね。天井の向こうではきっと……星が輝いているのでしょう。


 戯れに天井に手を翳してみても、決して星空が見えることはない。そんなことが起こることなどあり得ない。


 壁があるのだから当然だ。

 隔絶されていれば、星を掴む真似事すら許されていないのだと思い知らされる。


 ……遠いなぁ。


「私……だって」


 その言葉は腕が落ちたパタリという音と共に、静かに消えていった。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ 



 魔術の修行がなくなって、私はより一層槍の修行に打ち込んだ。


 じわりと浮かび上がる焦燥感。なにかに追い立てられるような圧迫感。さりとて槍を無理に扱って、壊してしまうわけにはいかない。槍の修行で気を紛らわせるわけにもいかず。


 鍛えるためではなく、体をイジメるためだけの走り込みや筋力トレーニングを師匠に隠れて追加して。


 修行の時間を縫って師匠の不在に部屋へ潜り込んで、魔術について収められた本をこっそりと読んだりもした。

 勝手に侵入するのを申し訳ないと思いつつも、それでも諦められなかった。しかし成果は得られなかった。いくら知識を増やしたところで、魔力の扱いが平凡な子供以下の私では、それ以前の問題でしかなかった。


 何をやっても前に進んでいる気は一向にしなかった。暗い森の中で、歩く度に草木が絡みついて進むほどに雁字搦めになっていくような気分だった。


 そして決定的となったのが、今回の件。


 突然の――『破門』。


 突きつけられた私の弱さの一端、「運動音痴」であるということ。

 どれだけ探しても獣人の中にそんな欠点を持つ者などいない。

 例外は私だけ。私は、落ちこぼれ以下の出来損ないでしかない。


 こんなのでは師匠の弟子には相応しくない。


 思えば、しばらく前から考えてはいた。

 それでもこの生活が好きで心地よくて、手放すのが怖くてしょうがなかった。


 心中で言い訳をして、ズルズルと引き伸ばしてしまった。

 

 でも――――ようやく踏ん切りがつきました。これでも遅すぎたくらいでしょう。


 私では、彼の期待にはいつまで経っても応えることなど出来はしない。それなら、彼を自由にするのが良いのではないのでしょうか?

 こんな小娘がいなければ、彼はもっと自由に生きられる。彼ほどの人物なら、後継者など自分から願うほど現れるはずだ。その時に私は邪魔でしかない。


 なら離れよう。大丈夫、もう、一人で生きていくことができるくらいには育ててもらいました。今までだって一人で生きることなんて、何度だってあった。今回たまたま手元に転がり込んできた幸運が、これまでの普通に戻るだけ。


 たった。

 それだけです。


 育ててくれた御礼ができないのは心苦しいけれど、それでもこのまま迷惑をかけ続けるよりはずっと良い。


 これ以上彼の邪魔にならないようにこれまでの住処から飛び出して。

 思いを断ち切るように地面を蹴り飛ばして。

 胸から溢れてくる思いを押さえつけて。

 

 だけど――感情は、止められなかった。


「う……!! ふぐぅ……!!」


 自分の胸を殴って、無理やり飲み込もうとした。

 けれど、駄目だった。

 止めどなく溢れてくる。こぼれてしまう。

 

 もっと才能があれば……。

 もっと強ければ……。

 彼の期待に答えられたのに……!!

 彼の弟子に相応しいと……胸を張れたのに……!!


 私だって……。


 私だって……!!


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