第??話 獣ノ刻 その2
あけましておめでとうございます。今年も拙作と主人公をよろしくお願いします。あ、ついでに作者も。
それとブクマ700突破しました。ありがとうございます!
「そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか!!」
師匠のあまりの言いぐさに憤慨していると、こいつ全く分かってないといわんばかりにやれやれと首を振った。ものすごく腹立ちますね……。
「良いか? ワシはお前を拾うまでに数多の獣人に関する様々な事を調査していた時期がある。その中で運動音痴の獣人は存在しなかった。一人もだ」
「そ、そんなこと……」
「あるんだ」
私の言葉を切って断言した師匠の顔は確信に満ちていた。
師匠は普段だらしない面が目立つ人です。その代わりと言ってはなんですが、戦いの技術に関しては群を抜くレベルで高ですし、大事なところで不義理を働くことはありません。そんな彼が言っているのですから、覆りようのない何かがあるのでしょう。
「いいか。我々獣人には獣の本能の力が宿っている。その力は目には見えないが常に我々獣人に働き、影響を与えている。だからワシはその力を調べ、さらに引き出すように研究と修練を重ねてきた。お前はその本能の力が弱いばかりか、寧ろあり得ないレベルで発揮されていない。体を扱い切れていないのだ」
師匠の言葉が私の心に突き刺さる。
……それは私が転生した獣人だから? それとも単に才能がないだけ? いえ、その両方でしょうか……。転生をする私が異物なのでしょうか……。
しかもと師匠は言葉を続ける。
「お前の種族はなんだ?」
「獣人のチーターです……」
「その特徴は?」
「高い瞬発力と動体視力、柔軟性を備えています」
「うむ、それは素晴らしい点だ。素早さは獣人でも群を抜いているし、目も悪くない。受け身も上手く、怪我もしにくい。……それで、弱点の方は?」
「……スタミナが致命的にありません」
「うむ、全力で戦うと一分かからずバテるな。修行に使う時間も相応。休憩をなんども差し込まねばならん。まともに修行は出来ん」
師匠の言うとおり、修行に割り当てられる時間が前世と比べて激減しています。スタミナがすぐに尽きて動けなくなってしまうのです。
もちろんスタミナの訓練はしています。確かにスタミナの量はジワジワ成長している……はずなのですが、訓練した分瞬発力が強化され、同時に消費スタミナが上がってしまってイタチごっこ。活動時間は全く増えません。
「チーターの獣人のポテンシャルは確かに高い。だがその代わりにチーターの獣人が戦いで大成する事は稀だ。なにせ訓練にかけられる時間が他に比べて極端に短い」
「……それは」
「そこに加えてお前の運動音痴だ。普通の師では鍛えることなど出来んだろう。破門も宜なるかな。当然のことよ」
「…………」
目を瞑って腕を組んだ師匠に私はなにも言い返すことは出来ませんでした。
師匠の判断はまあ……当然なのではないでしょうか。こんな役立たずを十年も側に置いて世話まで見てくれたのです。才能もない私はきっと邪魔でしかなかった。破門されても仕方がないのです。
これ以上彼の側に居ても迷惑になってしまいます。邪魔にならないように静かに消えましょう。私は一人でも大丈夫。これまで生きてきた記憶がありますから。
今までありがとうございました……。今までの十年、思い出される師匠との記憶を締め出して。
部屋を出た私は最後に閉じかけた扉の隙間から師匠を、もう一度だけ見つめてそっと扉を閉めた。
一人しか居なくなった部屋に再び声が響く。
「うむ、……まあ今言ったのは”普通の師”の話。ワシはもちろん格別の師だ。お前が運動音痴ならそれはそれでプランならある」
「お前がそれでもと望むなら破門は取りやめてやっても良い。他者よりは時間も根気も必要になる茨の道だ。進む覚悟はあるか? 代わりにと言ってはなんだが……酒を飲むのと街できれいなお姉ちゃんに声をかけるのを止めるでないぞ?」
「……まあ……少し言い過ぎたかもな。ワシはそれだけお前に期待を……ん? バカ弟子? どこ行った?」
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「はあ……! はあ……!!」
走って走ってひたすらに走り続ける。小屋を出た私は、気づけば槍一本だけを掴んで当てもなく駆けだしていた。
自分にもっと才能があればとか、師匠の期待に応えられなかったこととか。そんな嫌な思いを振り払うようにひたすらに走り続ける。
スタミナはなくてもスピードは高い。直線でなら師匠にも負けません。周りを見ず、何も考えずに走り続けて、気づけば深い森の中。空も見えず、右も左も分かりません。
乱れてしまった息を整えながら辺りを見渡した。
「はあ……! はあ……! ここは……?」
迷ってしまったのでしょうか。
いえ、とかぶりを振って苦笑を溢す。
行く当ても帰る場所もないのです。ゴールが無いのならば、ここがどこだか分からずとも迷ってないのと変わりません。次いで、湧き上がってくる感情に唇を引き結ぶ事で蓋をする。
大丈夫。私は大丈夫だから。
ただ一つ、持ち出した槍を握り直し、一歩踏み出した所で周辺に地響きが起きた。それは断続的に発生していて、まるで足音のよう。
「まさかここは西の森ですか……?」
私が住んでいた所は人里離れた場所ですが、少し離れた場所にある西の森には誰も近寄りません。なぜなら危険だから。
そこまで考えて思わず冷や汗が流れる。予想が正しいならこの地響きは……。
巨木をなぎ倒し、さらに巨大な影が姿を現した。
「森の……ヌシ」
全てが筋肉で出来ているのではないかと見紛うほどの強靱な四肢、脚に備えられた鋭利な爪。それに支えられた巨体は黒い体毛で覆われている。頭部には全てを刺し貫くが如く二本の鋭利な大角が生えていて。一目で本能が警鐘を鳴らすような危険な存在。
それが私を見下ろしていた。




