第三十七羽 初依頼
商業都市アルダックからほど近い平原で二つの影がにらみ合っていた。
「……グウウゥゥゥ」
片方は緑の肌をした小鬼のような姿だった。貧相な棍棒を敵に突きつけている。歯を剥き出しにした醜悪な顔で、背筋に寒気が這い上がるような言いしれぬ危機感を抱きながら敵を睨み付けていた。
「……ううううぅぅぅぅ」
片方はまだ幼い少女。目元を潤ませ、上気した頬がどこか艶めかしい。呼吸は乱れ、首に巻いたマフラーが何かを訴えるように荒ぶっている。
逆に表情は必死さを感じさせるもので、歯を食いしばって唇を真一文字に引き絞り、眉間に筋が入るほど表情を硬くしている。武器のはずの棒は杖のように地面に突かれ、脚は内股になって震えるばかりで役目を果たせていない。そんな少女からは全てを拒絶するような威圧感が迸っていた。
うなり声を上げる両者は、訪れた毛色の違う危機から全く動く事が出来ずにいた。
その一歩離れた場所から声が掛けられる。
「あの……メル……? 大丈夫?」
「うううぅぅ……!!」
少女はゆっくりと首を横に振る。まるで抱えた爆弾を刺激しないようにしているかのように。
流れるはずのない脂汗。しかしそれがダラダラと流れているような錯覚すら感じている少女は事が始まった時へと現実逃避気味に思いを馳せた。
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食べられなかった野菜も摂ってうきうき気分で朝食を終えた私達は店を出た後、冒険者ギルドに向かって依頼を受けに行きました。とりあえず雑談がてら冒険者としての状況を伝えてみました。ミルの冒険者ランクはCでした。
「メルってBランクだったの? もっと上かと思ってた」
「冒険者としての経歴は短いので妥当ですよ。色々あってランクが高いだけですよ。依頼をこなした回数も全然なので、基礎から教えてもらえると助かります」
「……そっか、全然やってないけどBなんだね……」
「……ミルさん、どうしました?」
「ううん、なんでもない。今日は両方が何ができるかの確認のために、比較的簡単な依頼を受けようか」
「ええ、妥当ですね」
互いが何ができるかもわからずに難易度の高い依頼に挑むのは愚策。しっかりとできることを確認してから徐々に難しい依頼を目指すのがよいでしょう。
う~んそれにしても、なんだかお腹が重いような……。いつもより食べたせいでしょうか。ちょっと変ですね……。
「……う?」
そんなことを考えながら冒険者ギルドに入ったところで、いくつもの視線が突き刺さってきた。
「どうしたのメル?」
「いえ、なんでもないですよ? 行きましょう」
視線の量に気づいていない様子のミルに笑顔を返す。わざわざ教えて不安にさせる必要も無いですからね。
これは多分円形広場で暴れていた事が噂程度には広がっていますね。あの場で戦っていた冒険者の人達は突っ込んできた私の姿を見ているはずなので。話を聞いた人は私の容姿から半信半疑で様子見といった所でしょうか。
お腹痛くなってきた……。
依頼を受けて早く出ましょう。私の胃の平穏のためにもそれが良いです。
ミルから簡単なイロハを聞いて、依頼が掲示されているクエストボードにやってきました。
冒険者のランクはGが一番低く、上はSまで。番外として英雄級が設けられていますが、それこそ埒外の能力が求められます。クエストボードもランク分けされており、BランクやCランクの掲示場所にグリフォンとリッチとかの強そうな魔物の討伐依頼がありました。今はそれではなく依頼最低ランクのFを見ています。
ちなみにGランクの依頼はありません。Gランクは新人の仮登録であり、試験依頼を熟せばその日にFに上がります。便宜上Gランクが存在している訳ですね。
高ランクの冒険者があまりに簡単な依頼を受けることは推奨されていない様なのですが、今回は顔合わせの為特別ということで受付をやっていたルマーさんに許可を貰いました。
そして向けられる視線の中そそくさと冒険者ギルドを脱出して、向かっているのは東の平原。西にはしばらく進むと私が住んでいたヴィルズ大森林広がっているので近寄らないほうが良いらしいです。そうですか……。
受けた依頼はゴブリンの討伐と簡単な薬草の採集。現在は両方を探しながら歩いている所……なのですが、冒険者ギルドを出た辺りからお腹の痛みが全然治まりません。視線からは逃れられたのでしばらくしたら治ると思ったのですが……。もしかしたら別の理由だったかも知れません……。
「どうしたのメル? 顔色が悪いよ?」
「……実は冒険者ギルドに入った辺りからお腹が痛くて」
「大丈夫? とりあえず胃薬出しとくね?」
「ありがとうございます。頂きますね」
こんなこともあろうかとミルが取り出したのは胃薬。指で摘まめるサイズの丸薬でした。アイテムストレージから取り出した水と一緒に飲んだのですが、しばらく経っても一向に収まりません。
「辛いようなら今日は出直そうか?」
「いえ、最初の依頼で躓くわけにも行きませんし……」
「……無理はしないでね? ……そういえば野菜を食べたせいだったりしない?」
「いえそんなはずは……」
ないはず。そう言おうとして、ふと思い至ったのはまだご飯を消化するのには案外時間がかかると言うことと、追憶解放を解除したのが食事直後だったということ。これは……やったのでは……?
「あるかも……」
「え!? うそ!?」
「いえ、多分なんとかなるので大丈夫ですよ」
追憶解放を解除したのが原因なのならもう一度追憶解放すれば良いじゃない。ヨシ! 追憶解放:普人族。
「今大丈夫なようにしたので時間が経てば収まるはずです」
「ほ、本当? ……何かあったらすぐに言ってね?」
「もちろんです」
それからしばらく。東の平原を歩き回りながら薬草を八割ほど集め―――私の腹痛は一向に治まることはありませんでした。
ヤバい。お腹が痛い。ヤバい。ヤバすぎて内心冷や汗が止まらない。本物の冷や汗が流れているかもしれない。
もう一度追憶解放しても予想通りに腹痛は一向に直らなかった。一度起こった反応は止まることなく。
もう私のお腹は『こいつヤバいヤツなんやろ? だすよ?』とばかりに暴れ回っていて言うことを聞かない。止めるんだ、今はお前がヤバいから。
マズい。非常に不味い。もう初依頼がどうとか言っている余裕はない。乙女の尊厳というか、人としての尊厳が死ぬ。
「メル? 今日は一端帰ろう? また明日頑張れば良いよ」
「そ、そうですね。すみませんが今日は出直しましょうか。流石にちょっとマズいです」
心配そうに様子を伺うミルの言葉にありがたく同意させて貰う。私は腹痛を気にしながら歩いていたため気づきませんでしたが、ミルが誘導してくれていたのか思ったよりも街に近いです。
そして歩き出したときにヤツは現れたのです。そう、ゴブリンが……!!
誤字報告ありがとうございます!
実は書いてるうちに思いました。全く中身がないと。なんでこれ書いたんやろ…。しかも長いし…。




