第三十一羽 分かつことなく
「はあ、はあ。白蛇聖教です! そこのジャシン教! おとなしくしなさい!! ……あれ? もう終わって……うん?」
四つの大通りの一つから鎧を着た騎士達がガッシャガッシャとこちらに駆けてきていた。その先頭にいたのは頭部にウサミミを生やし、巨大なハンマーを担いだ女性。愛嬌のある可愛らしい顔立ちの女の子で、傾げられた首に釣られて耳も倒れています。
その女の子が私の《壁空》の中にいるミルを見つけたと思ったら怒濤の質問攻めを始めてしまいました。
「ねね、君はどうして結界のなかにいるの? 閉じ込められたの? てか君かわいいね、名前は? 何歳? どこ住み? てか白蛇聖教入らない?」
「え!? ……え!!?」
「あの……トコト様、気になるのはわかりますが今はそれどころでは……」
何やってるんでしょうかあの人……。着いてきていた他の騎士の人達に諫められています。仕事して下さい? いや、急いできてくれたことは息が上がっていることからもわかるのですが……。
「……白蛇聖教に捕まるのはごめんであるな」
「今のは結構効いたでござるよ……」
「……本当にしぶといですね」
ウサミミ騎士に目を奪われている間に、血を流していた二人は起き上がっていた。それどころか巻き髭はシャボンを幾つも生み出していた。……見逃したのはあのヒトが衝撃過ぎるせいです。
「《黄陣:誘岐連》」
「《毒霧操》」
「……カーク流二刀」
「動くなジャシン教!!」
増えるシャボンを破壊すべく電撃の魔術を放つ。大多数を弾けさせ、二人に迫ると行った所で舞っていた毒霧を集めたものに遮られ、散らされてしまった。巻き髭はクロスした二刀を地面に差し込む奇妙な構えを見せ、いつの間にやらこちらに走ってきているウサミミ騎士は鋭く制止の声を投げる。
「……む。まだ手札を……」
「《泡沫華斬》!!」
この場に散らばっていた全ての毒霧を集めた危険な壁に僅かに躊躇をした時には、巻き髭が剣を振り上げていた。
爆発するように吹き上がったエネルギー。地面を削りさっき落ちた粘液を巻き込みながらV字の斬撃が迫る。うえ、斬撃がネトネトしてます……。シャボンの魔法、やっぱり厄介ですね……。
「神妙にお縄につけぇ! どっせい!!」
そこに飛び込んでくるウサミミ騎士。全体重を乗せて打ち据えられた巨大ハンマーは斬撃を消し飛ばし、石畳を砕いて大地を露出させるほどのクレーターを築いた。というか、むしろ衝撃が押し返して逆流していきました。
街の破壊……。私の努力……。全部パア……。
あまりの威力に白目を剥いていると、ウサミミ騎士は悲鳴を上げました。
「うわ!? なんかかかった!?」
ウサミミ騎士はネトネト粘液濡れに。ばっちいです。それはそーなりますよ。慌てた様子に呆れた表情で見ていましたが、今はそれどころではないと気を引き締め直す。
また二人とも姿が見えなくなっています。
「気をつけてください! あいつらは地面から飛び出して奇襲を仕掛けてきます!」
「オッケー!!」
どこから出てきても対処できるように警戒していると、離れた地面から土が強固に固まった巻き貝のような渦巻き状になったものが飛び出した。
……なぜあんな離れた位置に? なにか仕掛けてくるような気配もありません。
まさか―――逃げる気ですか!?
その思考と同時に走り出す。『瞬動』の効果で速度を一歩目からトップスピードへ引き上げ、今だけは地面の破壊も気にする事なく全力で脚に力を込める。
あの巻き貝状の魔法からは強い魔力を感じます。私達から離れて位置に飛び出したのが逃げるためだとしたら、あの魔法の目的は時間稼ぎの為の防御。その間に不思議な道具を使って転移するつもりでしょう。
あの巻き貝を破壊するために一点突破の強力な一撃がいる。『闘気燃焼』は……火力を上げるために時間がかかる。それでは間に合わない。
準備の時間が必要なく、私が今打てる全力の一撃……!! ならばと闘気に鬼気を混ぜ込んでいくが……足りない。
「追憶解放:鬼……!!」
一歩踏み込む度に石畳が捲れ上がる。前髪が一房、紅に変じて、額からは2本の鋭い角が覗く。その角へと周囲から何かが吸い込まれていくような感覚が訪れ、鬼気が膨れあがった。
地面を蹴りつけ飛び上がり、三角コーンのようになっている巻き貝の先端に上から狙いを付け、『天駆』で空を蹴りぬいて、さらに『無明金剛』の穂先を突撃槍へ変化させる。
「鬼気……【堕鬼羅】ァ!!!」
1本の槍と化してその天辺から巻き貝の中に突撃した。かなり強固、おそらく残り全ての魔力をつぎ込んだのでしょう。しかし、壊せる……!!
「「な!?」」
天井を貫き、地面に『無明金剛』を刺しかます。降り立ったのは丁度二人のど真ん中。真上から墜落してきた私に驚いて両者身を引いたようですね。
そして丁度―――エセ忍者が結晶のようなものを握り砕いた所でした。
砕ける結晶。視界がグニャリと歪んだ。いや、空間が歪んでいる。これが転移の魔法……!!
「タラバン……!!」
「……間に合わんである、行け」
「……!!」
エセ忍者が手を伸ばすものの、巻き髭はそれをつっぱねる。悔しそうに手を引き戻したエセ忍者が空間の歪みに身を委ね―――
「【一閃】」
蒼の闘気が形を成そうとしていた魔法を貫いた。なにかが砕けるような音と共に歪んでいた空間が元に戻る。
「……は?」
「無効化しました。一人は……寂しいでしょう? 大丈夫、これで離れることはなくなくなりましたよ」
転移の魔法が無効化されるとは思っていなかったのか、呆然とする両者。
そんな大きすぎる隙を見逃すことなくアキレス腱を切り裂き、膝が落ちたところに顎をカチあげ、後頭部を叩きつけて顔面から地面に埋めた。
メリィさんが帰るときにも、家を襲撃された時にもこの道具は見ていました。既に魔法となって効果を発動しているものを無効化するのは難しいですが、封じられていたものが再び形を成そうとしていた途中なら構成も緩い。私の闘気であれば、壊すのは可能です。
指をくわえてタダ見送るだなんてとんでもない。
倒れた二人が再び動き出す気配はありません。巻き貝状の岩も力を失ったように崩れ落ちていく。この勝負、終わりですね。
なぞのウサミミ騎士が増えた……。さっきまでプロットのどこにもいなかったのに……。
エセ忍者の地面潜行は限定的な空間系のスキルなので潜っている最中に転移しようとすると、変な干渉がおきてアボンする可能性があります。
なので一回外に出る必要があったんですね。




