第二十三羽 油断大敵
「油断大敵でござるよ」
「うわっ!?」
抵抗も許されず掴まれた足が地面に引きずり込まれる。少年は首まで地面に埋まり、入れ替わるようにピスコルが立っていた。なにをどうしたのかドラゴンフラワーに巻き込まれたはずの男は、傷一つなく無傷。
「ま、まって?」
「良い子は眠っているでござる」
「ノティス!!」
逃げることも許されず涙目になる少年ににっこりと笑いかけたピスコルは、頭をがしりと掴む。そして手のひらから雷光が迸った。
「ひきざんきらい……」
頭から煙を上げた少年はそんな言葉を残して首がクタりとうなだれた。
「死んじゃえ!!」
「おっと」
「おりゃりゃりゃりゃ!!」
シスター姿だったジャックが、軽装の短剣使いの姿に変身してピスコルの背後から襲い掛かった。それに反応したピスコルは直刀を取り出して短剣の素早い連撃を次々といなしていく。短剣の攻撃はかすりもしない。それどころか、反撃で少しずつ傷跡が増えていく。
「それなら……!」
スピードでは無理だと判断して短剣を投げつけたジャックがバックステップで後ろに下がる。光を放って変身したのは、最初の巨大なハンマーを持っていた姿だった。
「どっせい!!」
全力で振り下ろされたハンマーは素早いピスコルに避けられ当たることはなかった。しかし、ジャックの狙いは別にあった。それがもうもうと上がる土煙でピスコルの視界を制限することだ。
「もらった!」
これならば当たるはずだと、視界の塞がったピスコルに重たいハンマーの一撃をお見舞いする。しかしピスコルは余裕をもってその一撃を防いでいた。動揺すらしていないピスコルの様子に、ジャックは思わず冷や汗を流した。
「この程度で当たると思ったのでござるか?」
「ーー俺を忘れてもらったら困るぜ」
「なに!?」
そこに負傷していたバターンが後ろから奇襲を仕掛けた。ピスコルはハンマーを受け止めている状態。避けることはできない。『衝拳』と呼ばれるバターンの拳はその名の通り衝撃をまとい、並みの相手なら一撃で体の内部からズタボロにできる。
そんな拳が逃げ場のないピスコルに見事命中しーーバターンは拳に違和感を覚えた。人を殴った感触がしない。まるで、乾燥した細長い何かが束ねられたものに手を突っ込んだような……。
土煙が晴れたそこにいたのは。否、あったのは。
「巨大な……藁人形……?」
「いつのまに……!? さっきまで話をしていたのに!?」
「は?」
二人は奇妙な音を藁人形から聞いた。音の先には細長い紐。先っぽからはジジジジジと火花が散っており、その先は藁人形の中に伸びている。それがなにかを理解して二人の顔が青ざめた。
「ま――」
爆発、炎上。声を出す間もなく、二人は藁の中に仕掛けられていた爆弾に巻き込まれてしまった。
「いやー、拙者特製の火薬はさすがの威力でござるなぁ」
背後の爆炎に目をくれることもなく、散歩でもしているかのような気軽さでピスコルは歩みを進めていく。煙が晴れたそこには黒焦げの人影が二つ。ピクリとも動かない。
固唾をのんで戦闘の推移を見守っていた者たちはその結果に青ざめた。
高ランクの冒険者がいるのならジャシン教の鎮圧もだいたいすぐに終わる。
そう、だいたいだ。だいたいということは終わらない時があるということ。それは幹部の誰かが襲撃に加わっている時のはなし。
絶望の時間が開始された。




