第二十二羽 円形広場
「な、なに!!?」
突然の爆音に身を竦ませたミルは次いで立ち上がる。そのまま手をきゅっと握りしめて、周囲の様子を窺えば、建物から煙が上がっているのが見えた。
店の中の他の客もそれを指さして口々に何か言っているようだ。
そんな状況でどこからともなくジャシン教がわらわらと姿を見せ始めた。
「さあ、祈りの時間だ」「ジャシン様に祈りを捧げろ」「喜べ、お前達は贄だ!」
(これ……! ジャシン教の仕業!?)
ここは巨大な円形広場の一つ。東西南北に大通りがあり、広場を円形に囲むように建物が軒を連ねている。その広場の中心にジャシン教が現れたのだ。
いきなり現れたジャシン教にすぐ側の人たちはポカンと時間を忘れたように固まり、油の切れたブリキ人形のような動きで数歩下がった。そして大きな悲鳴をあげながら逃げ始めたのだ。
ジャシン教はなんどもいろいろな場所で襲撃を起こしている。恐怖は刻まれていた。
ミルは広場を囲む建物の窓に張り付いた状態で、焦燥感を募らせていた。
(マズいよ、このままだと被害者が大量に……!!)
飲食代を机に叩きつけるとすぐさま荷物をひっつかんで外へ駆ける。防具は身につけていないが、幸いにも武器は持っている。魔法を使って撃退の援護や、怪我人の救助くらいは出来るはずだ。
店を出れば逃げる人の流れに逆らって同じようにかけていく人が何人か見える。恐らく同業者だ。
それはそうだ、ここは大きな広場で休日をゆっくり過ごすのに人気のスポットの一つだ。人が多い分、冒険者が紛れている割合も上がる。
街中での緊急事態に冒険者が手を貸せば、かなりいいボーナスがギルドから渡される。それもあってこういう事態で冒険者がすぐに集まるのも珍しくはないのだ。
街を破壊するため思い思いに魔法を放つジャシン教。狙いも付けられていないそれは大半が人のいない見当違いの場所に飛んでいく。それでもまれに魔法の先に逃げ惑う人がいて。
そのまま着弾するのを黙ってみているわけもなく。
「《アクアランサー》!!」
杖を振るい、水の槍が打ち出される。見事に間に割り込んで魔法を相殺することに成功した。
「早く逃げてください!!」
「あ、ありがとう!」
沈んでいた気分のところにお礼の言葉をかけられ、不謹慎かもしれないが必要とされる感覚に少しだけ心が軽くなる。
「まだまだ!」
気合いを入れて危険そうな魔法を次々打ち落としていく。正面戦闘は苦手なのでサポートに徹しようという判断だ。
そんな中一番先頭で走っていた冒険者がジャシン教に遂に到達した。
「毎度毎度人様の平和を乱しやがって! 食らえ!」
振りかぶられた拳が突き出される。空気を震わせる衝撃とともに何人ものジャシン教が宙を舞った。その張本人は素早いフットワークでジャシン教に接近して次々に制圧していく。
「あれは『衝拳』のバターン! Aランクの冒険者だ! これなら楽勝だ!」
別の場所で戦っている冒険者が叫んでいるのがミルの耳に入った。どうやら彼はAランク冒険者。未だCランクの冒険者であるミルには遠い存在だ。
ほっと息を吐く。
高ランクの冒険者がいるのならジャシン教の鎮圧もだいたいすぐに終わる。これなら白鱗騎士団や衛兵の到着を待つまでもないかもしれない。そんな安心感はすぐに打ち破られることになった。
「グアアァァっ!?」
突如上がった悲痛な叫びに自然と視線が引き寄せられる。さっきまでジャシン教を軽々と吹き飛ばしていた男性が膝をついて右腕を抱えていた。
「困るでござるよ。彼らは貴重な人員。まだまだ働いて貰わなければいけないというのに……」
直ぐ側に人影。バターンと呼ばれた男性をまるで脚をもがれた虫でも見ているような冷ややかな目で見下ろしていた。
「ま、まずいぞ! あれは『奇殺術』のピスコル、最強の暗殺者と言われるジャシン教の幹部だ!!」
円形広場で戦っていた冒険者の間に動揺が走る。そんな動揺を吹き飛ばすように巨大なハンマーを抱えた女性が突っ込んでいった。
「ぶっとびなァ!!」
「おっと。物騒でござるね」
力任せに振るわれるハンマーを、男性の横に立っていたピスコルがバックステップで避ける。叩きつけたハンマーで地面をバキバキに砕いた女性の体が一瞬光ったかと思えば、先ほどまで露出だらけだったビキニアーマー姿ではなくなり、まるで魔法使いの様なローブと帽子、杖を持った姿になってた。
変わったのは見た目だけではないようで、先ほどまで大した魔力を感じなかった女性から杖に魔力が集められていく。
「食らうと良いわ! アタシの魔法! 《ドラゴンバスター》!!」
集った魔力が竜の顎門を作り上げ、ガバリと大きく広げられたそこから魔力の奔流が吐き出された。
「そんな見え見えの攻撃、当たらないでござるよ」
見たから回避余裕ですとばかりに、軽々とジャンプしたピスコルの足下を魔力が通り過ぎていく。無駄になるかに思われた魔法だったが、その先に割り込む人物がいた。
「ひひひ! 足し算、足し算!」
悪戯っぽい笑みを浮かべた少年が、抱えた巨大な壺を魔法に向けると――なんと魔法が吸い込まれていった。
「来た来た来たァ! 今日の足し算は《ドラゴンバスター》と――」
そこで少年が壺の中に何かを放り込んだ。
「きれいな《お花》!! 結果はなにかな!?」
選ばれたのはお花でした。掲げられた壺からなにかがペッと吐き出される。それはとても小さな花の種だった。一体何が起こるのかとその場で見ていた全員の時が止まる。
…………え? と。
「はずれ!? そんなー」
頭を抱える少年をよそに花の種は根を出し、葉を出しあっという間にムクムクと成長していく。そしてつぼみを蓄えた花は――――魔力で作られた巨大な竜の顎門を咲かせた。
「そんなのありでござるか!?」
ピスコルが着地する前に成長を終わらせたドラゴンフラワーは真上にいた彼をバクンと挟み込んだ。魔力の塊である竜の頭部は大爆発をおこして、周りに爆風を吹き散らすことになった。
「ひひひ! やったー。大当たり!」
小躍りして喜ぶ少年をよそに魔女服の女性が光る。次の瞬間そこにいたのは、シスターの服を着た女性だった。
「治療をします。腕を見せて」
「ああ、……助かる」
「『仮装』のジャックと『加算』のノティス! 二人ともAランクの冒険者だ!」
「やった! これならジャシン教の幹部といえど……」
その時小躍りする少年の足元の石畳から腕が生え。
「え……」
がしりと脚を掴んだのだった。




