第二十羽 まさにパーフェクトプラン
「《橙岩陣:合塞掌」
拳を握り込み、陣を五つ重ねた魔術を発動する。ズズズ……と盛り上がった地面が二つの手の平を作り上げ、縛り上げられた巻き髭おじさんを前後から合掌するように挟み込む。やがてできあがったのは手の平に埋まって顔だけをさらした巻き髭の愉快なオブジェだった。
「ヨシ!」
チーターに『追憶解放』した影響で生えている尾を揺らしながら手の平に近づく。叩いて確認すれば強度はコンクリート並み。意識が戻っても簡単には抜け出せないでしょう。愉快なオブジェを安置して、人のいなくなった詰め所から出る。
爆発の方向は……あちらですか。この方角なら途中にモルクさんのお店がありますね。様子を見ていきましょう。
爆発が起きたとは言え、それ以外の場所は人がまだ歩いています。急いでいるとはいえそんな街中で全力疾走すれば危険です。なのでチーターに『追憶解放』している訳ですね。屋根に飛び移りつつそんなことを考える。
そこでふと思いついた。
……今なら鳥に戻っても良いのでは?と。
私が鳥に戻るのを避けているのは、人の姿と鳥の姿を結びつけられ、日常生活で不必要な注目を浴びるのが嫌だからです。私の羽があちこちで散見されるほどなぜか神格化……とまではいかないですけどそんな感じで見られているので、バレたときの私の心労は胃に穴を空けるでしょう。
いやだ……、もう神格化されたくない……。ゾンビが蔓延る終末世界で身近な人を助けるためにあちこち走り回っていたら、いつの間にか一大組織の神輿に仕立て上げられた時の記憶が……! うごごご……!!
そのくせゾンビが異能のような特殊な力を使い始めたと思ったら、一部の人間も異能に目覚め始めて争いが激化したり、私が宗教を牛耳るヤバいヤツだと思われて襲撃されたり……。
いやだぁ……、私はトップの器では無かったんです……。お腹痛い……。
……はっ!? 今はそんなこと考えている場合ではありません。
ともかく『私=蒼い鳥』の等式が成り立たなければなんともない訳なのですよ。足場を壊さないように配慮した瞬間的な速度なら『追憶解放』状態のチーターの方が上ですが、最高速度なら鳥の方が上です。
と言うわけで、人通りのない裏路地に降りて、人目は……ありませんね、大丈夫です。人化を解除して……、翼を大きく広げて伸びをする。
トーヴさんにああいった以上爆発地点に私が現れないのは不自然……、というか不義理を疑われます。それは流石に避けたいので到着するときに人化しておけばいいでしょう。
さて。全速力で行きましょう。脚に力を込め、大空へと羽ばたいた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「さあ、ジャシン様にその身を捧げるのだ!!」
「その身を捧げる幸運に歓喜するといい!!」
黒いローブをまとい、いかにもといった格好をした者達が街中で思い思いに魔法を放っていく。めちゃくちゃに放たれたそれらが着弾した場所は崩れ落ちていく。それは今までの日常を暗示しているようで。
あちこちで火の手が上がり、悲鳴がそこらから聞こえる。怪我人も少なくない数だ。まさに地獄絵図と言った様相を成している。
そんな中、建物の中に籠もり危険が去るのを待つ選択をした者達がいた。そんな者達をジャシン教達が見逃すはずもない。集まった複数人が次々にその建物へを魔法を打ち込んでいく。
「マズいですモルク会長!! そろそろ防犯用の簡易結界が限界です!! このままだと……!!」
(……立てこもりは失敗だった? 私も逃げる方が良いとは思った。しかし―――)
そこでチラリと店内を見渡せば、店の中が埋まるほどの人数がモルクの事を見つめていた。明らかに人数が多い。爆発音が響く度に不安そうに縮こまった人たちから小さくない悲鳴があがる。
(タイミングが悪すぎたね。商品を補充して販売を再開した当日に襲撃とは……。職員もお客様も普段より多い。この人数で逃げれば被害者がでる可能性が高いから、助けが来るまで籠もった方が良い。幸いうちは大きな商店だから防犯対策もしっかりしているから大丈夫だと……そう判断したけれど……)
助けは未だに現れない。このままでは近いうちに結界を突破されて……ジャシン教に襲われるだろう。その未来は考えなくても明るくないことはわかる。
「きゃあぁ!?」
「会長!!」
店が大きく揺れ、上がる悲鳴。切羽詰まったダラムの声を聞いて嫌な汗が額に浮かぶ。
(こうなったら攻撃が止んだタイミングで一斉に飛び出す? 何人かは生き残れるはず……)
自分でも破綻しているとわかりきった考えを口にしようとしたとき……。
「ぎゃあ!?」「なんだあいつ!!」「すごい速度だぞ!」「打ち落とせ!!」「無理だ! 狙いが―――うわああぁぁ!?」
突如として攻撃がやみ、ジャシン教のものとおぼしき悲鳴が上がっていく。しばらく何かを殴るような鈍い音がしていたかと思えば、やがてその場に静寂が訪れた。
「……ど、どうしたんだ?」「助けが来たのか?」「でもだれの声も聞こえないわ……」
全員の不安が最高頂に達したとき、沈黙を保っていたモルクが動いた。
「…………」
「会長!?」
勢いよく扉を開けたモルクへダラムが悲鳴を上げる。しかしモルクはそれを気にとめることなく、外の様子を窺った。目に入ったのはあちこちで倒れ伏すジャシン教と、その中心で静かに佇む蒼い鳥の姿だった。
深い空を溶かし込んだ様な色。艶のある綺麗な羽をしている。大きさは……目線と一緒くらいだろうか。大型の生物が多い魔物にしては小さい方だ。こちらを見つめる姿からは、魔物であるのに気品すら感じられるほど。
「君が……これを?」
「会長! 危険です、下がって下さい!」
言葉がわかる確率は低いだろうに思わず聞いてしまっていた。そこへダラムが駆け込んできてモルクを後ろに庇う。
しかしモルクは危険だとは全く思っていなかった。だってこの美しい鳥はこんなにも優しい目をしているのだから。
「あ……」
何かを確かめるように見つめていた鳥は、羽を広げると飛び立った。その姿を恐る恐る店から出てきた人たちも見つめていた。
「あれは……蒼い鳥……?」「まさか……あの羽根飾りの……?」「助けてくれたんだ!」「ありがとう! 蒼い鳥様!!」
この日、街の各所で蒼い鳥の姿が確認され、凄まじい速度でジャシン教を制圧していった。その強さは並みの冒険者を遙かに凌ぎ、実力者でも冷や汗をかくほどだったという。
この日、蒼い鳥が正式な記録として観測された初めての日となる。まるで人を助けるかの様な行動に、その真偽はともかく多くの民衆から一定の支持を集めることとなった。半年前の騒動もそれに拍車をかけたのだろう。それがもたらす結果はまだ誰も知らない。
そして渦中の本人はと言えば……。
(ヨシ! これなら私個人が目立つことはなく、迅速に人助けも出来る。完璧な計画ですね!)……だなんて考えていたのは誰にも知るよしはなかった。
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