第十九羽 適材適所
「これでよし……と」
気絶させたジャシン教の教団員たちを受け取ったロープで縛り上げて地面に転がした。一般団員は大して強くないので問題はありませんが、問題は幹部だというタラバンという巻き髭の自称ジェントルマンのおじさんです。タダのロープでは暴れられたときに心もとないので、少し心配です。
昔はもっと強固な拘束用道具もアイテムストレージにあったのですが……、消耗品はもうほとんど使い切ってしまっているのですよね。補充の手段がないので手元にあるのは、使いまわしが利くようなものと記念の品くらいですね。あのバーベキューセットとか。
ともあれ死人が出なくてよかったです。あの巻き髭おじさんは結構強かったので。
二刀流ゆえの手数の多さは厄介で、連撃をよけることではなく防ぐことを選択させられてしまいました。まあ彼は私が女で子供だからと油断していたので、相手に手札を使わせることなく倒すことができましたけど。着地狩り狩り、初見だと結構うまくいくんですよね。
楽ができてよかったです。
二刀流って難しい技術なんですよ……。昔槍で真似したら、槍と槍がぶつかって手が痺れてしばらくうずくまっていたことがあります。見ていた人には長いものでやるもんじゃないと呆れられました。もう二度とやりません。
おっと、閑話休題。
クレアさんとグルーヴくんに支えられる形で立っているトーヴさんに声をかける。
「トーヴさん、怪我の具合はどうですか?」
「ああ、クレアの魔法のおかげで大事ない」
「さっきも言ったけど、動くと両脇から内臓が飛び出るわよ」
「重症じゃないですか……」
出るのが遅かったですね。……失敗しました。
「回復薬が倉庫にあるだろう? 後で返すから貸してくれ。寝てるやつらにも使えば動くことくらいはできる」
「それはいいけど……」
「さっき奴は仕事の時間が迫ていると言っていた。つまりまだなにかがあるということだ。ここで寝ていては……」
――――ドゴォォォォン!!!
「「「!!?」」」
そこに突如として爆発音が響き渡る。はじかれる様に音の方角を見れば、もうもうと煙が上がっている。……髭が言っていたのはこれのこと?
「クソっ!! ぐっ!?」
「トーヴ!?」「分隊長!?」
額に皺を寄せて走り出そうとしたトーヴさんがすぐさま蹲った。痛みによるものでしょう。残念ですが彼の怪我はすぐに動けるようなものではありません。
「トーヴさん、無理に動かないでください。……クレアさん、ここらへんで安全な場所は?」
「ここがそうよ。結界を張る魔道具が設置されているから一番安全」
「……門を開けた瞬間にでもなければ、入ってこられない程強固なものだ。あのタラバンが我々が見回りに出るタイミングを狙っていたことからも、奴らも容易には突破できないと考えてのことだろう。……クソッ」
拳を握りしめて懺悔するように溢すトーヴさん。侵入を許してしまったことをかなり気にしているのでしょう。
「グルーヴくん、回復薬をもってきてくれますか。トーヴさんに使う分です」
「わ、わかった」
コクコクと頷いて走っていたグルーヴくんの背を見送り、向き直ってトーヴさんに提案をする。
「トーヴさんは回復薬を使ってから、住民の皆さんの避難誘導をしてください」
「それは……、しかし今襲われているかもしれない民を放ってはおけない……!!」
「代わりに私が向かいましょう。私一人では避難誘導をするのは人手が足りませんし、隊の皆さんを残していっても隊長のあなたがいなければ普段通りの連携をとるのは難しいでしょう。ここに必要なのは私ではなく貴方です。適材適所ですよ」
「……わかった。すまない」
「はて? なんのことでしょう」
本当は自分が向かいたいのでしょう。トーヴさんはそれを押し殺して、私の提案が理に適っていると判断し、承諾してくれました。
彼は善意のままに騎士になったタイプの方です。……できれば彼の思う通りにさせてあげたいですが、また激しい戦闘になりでもすれば危険です。
私の血を分けるにもこの昼間では効果が薄いし、量を増やせば済むものでもありません。それに今日知り合ったばかりの他人の血を、体に受け入れろと言っても気味悪がられるばかりで拒否されるでしょう。
かといって休んでいろと言うのも酷です。暗い部屋で蹲っていても嫌な考えばかりが浮かび上がってくるものです。動いていれば何も考える間もなく、落ち着く時間が得られるはず。
「トーヴさん、囚人を収容するような場所はありますか?」
「……街の衛兵が駐在している詰め所は近くにもあるが、収容施設は一カ所だけでほぼ確実に爆発地点より遠い。この爆発で詰め所も人が出払っているはずだ」
「むぅ……」
……迷う。収容所に向かっている間に事態が悪化しないとも限らない。しかし……いや……やむを得ませんね。
「その詰め所の場所を教えて下さい。この巻き髭をそこに置いていきます。結界のなかで暴れ回られては詰みですし、外に置いておくにしても解放されて直ぐ側で暴れられると避難どころではありません」
「……見張ってないと逃げられる危険性はあるが、今は側に置いておく方がリスキーか。わかった、それで頼む。場所は……地図を見せよう。ここだ、行けるか?」
「ええ、ありがとうございます。雑兵は置いていきますが大丈夫ですか?」
「ああ、あれなら暴れてもウチの隊員なら問題なく押さえ込める」
「了解です。任せました。クレアさん。裏口の場所に連れて行って下さい。行きがけの駄賃代わりに裏で待機しているらしい教団員を潰していきます。気絶した教団員の捕縛を任せても?」
「え、ええ。わかったわ」
これで……もう見落としはありませんかね?
「なあ……」
「おや? どうしました、グルーヴくん」
そこにはいつの間にか戻って来ていたグルーヴくんが回復薬を抱えて所作なさげに立っていた。
彼はなにか言いたげに何度も口を開いたり閉じたり視線を彷徨わせたりした後、口をつぐんでグッと言葉を飲み込んで。
「馬鹿なこと言ってごめん、助けてくれてありがとう。気を付けて」
「……ええ、こちらこそありがとうございます。グルーヴくんも皆を頼みました」
……きっとこの子は強い騎士になれる。
だってこんなにも力強い瞳をしているのだから。




