第十八羽 臆病な少女
誤字報告ありがとうございます!
引き続き少年視点です。おそらく最後。
臆病だと思っていた少女が目の前に自分を守るように立ちふさがる。それは青天の霹靂であった。だって、彼女が強いだなんてグルーヴには欠片も予測できていなかったのだから。
尻もちをついて見上げることしかできない中、少女の棒と巻き髭の二刀がぎりぎりとせめぎあう。
「お、お前……」
「グルーヴくん、怪我はないですか?」
「あ、ああ……」
「おっと助かったのであるよ。思わず殺してしまうところだった。まあしかし……、剣を抜けば子供かどうかなど関係ないのであるよ?」
「それは戦場の理でしょう……!! 襲っておいた身でよくもそんな口を……!! その実力なら怪我をさせることもなく制圧できたはずなのに……!!」
「それは正論ではあるが、吾輩がその正論に乗る理由もなし。ガール、君の前にいるのはタダの剣士なのである。聖者ではない」
「これだから狂信者は……!!」
少女の声からは強い怒りがうかがえる。顔はこちらから見えないけれど、きっと険しい表情をしているのだろう。それは想像に難くなかった。
「おっと」
少女が一瞬身を引いたことで、勢い余った巻き髭が僅かに前のめりになる。その僅かな隙へ振り抜かれた棒を巻き髭は二刀で受け止めつつ、後ろに飛び退った。
「――ここはいいところです」
一転して少女の声が優しさを孕む。先ほどまでの怒りが嘘のように。
「『不幸を排し、幸運をもたらそう。誰もが幸せになる権利があるのだから』。信じれば幸せになれるなんてベタベタな教義。言葉にするのは簡単でも、それを実行するのは難しい。建前にするだけでなく結果としてここに示しています。ここの子供たちはみんなが彼らなりの幸せをつかんでいる」
「………………」
「それをあなたたちが壊す権利なんてどこにもない…………!! 弱肉強食の理なんてここにはいらない。あなた達はこの場にそぐわない……!! 今すぐ消えて下さい」
グルーヴは、彼女が施しに酔っていると思った自分を恥じた。
彼女は哀れみや同情ではなく、ここが好きになってくれたから支援をしてくれたのだ。もっと笑顔を見たいと思ってくれたから食料を分けてくれたのだ。
そんな彼女の言葉は、巻き髭の行動に影響を与えることはなかった。ヤツは嘆息して肩をすくめただけだった。
「……もう、お話は終わりかね? そろそろ仕事の時間が迫っているのであるよ」
「……ええ、もう……なにもいうことはありません」
少女も言葉を届けるのを諦めたのだろうか。会話を切り上げた。代わりにピリピリとひりつくような空気が辺りに満ちる。
クレアもグルーヴも言葉を発することも動く事も出来ない。まるで空気がのしかかってくるような感覚に襲われているのだ。
もうすぐ2人が激突する。だがグルーヴは僅かな不安を覚えていた。
グルーヴも馬鹿ではない。この短時間で少女の実力が及びもつかない場所にあるのはわかった。少女の口から、グルーヴは弱いから怪我させることなく制圧できるだろという旨のことを言われたときはさすがに胸を抉られたが。
ともかく少女はビックリするほど強い。それでも果たして、この巻き髭を相手にして無事に済むのだろうか。相手はジャシン教の幹部、それもトーヴ分隊長相手に一刀で圧倒していた二刀流の使い手だ。
きっと厳しい戦いになるだろう。もしかしたら酷い怪我を負ってしまうかもしれない。それが酷く心配だった。
「少しはできるようであるが……なに、殺す気まではない。我輩はジェントルなのである。しばらく眠っているといいのであるよガール」
「女性に紳士的なのは結構ですが―――」
「ひょうッ!!」
と、奇妙なかけ声を上げるとコマ送りに見えるほどの速度で距離を詰める。後ろに引き絞った二刀を目にも留まらぬ速さで次々と突き出せば、連続する金属音。少女は……無傷。
グルーヴはまたも驚愕した。あれを全部防いだのか!? と。
「ぬぅ!?」
一瞬見えた巻き髭の顔は僅かに焦燥感が浮かんでいるようで、対する少女は涼しい顔。
連続の刺突を切り上げた巻き髭は、二刀を右にそろえる。半身の姿勢から少女に狙いを付け、カニ歩きの格好でかっ飛んでいった。
「カーク流二刀・《横断幕》!!」
それを冷静に見据えた少女は、勢いよく迫る二刀の横切りを上に飛ぶことで軽々と避けて見せた。グルーヴには見事な回避に見えたが、巻き髭はそうではなかったようで表情がニヤリとしたものに変わる。
同時に二刀を正面で鋏のように構える独特の構えを見せた。
「動けぬ空中に身を躍らせるとは愚かなり。カーク流二刀……!!」
巻き髭の言葉にグルーヴは息を飲む。そうだ、人は空を飛べない。つまりこの攻撃を少女は避ける事ができない。
無慈悲にも地面に着地しようとする少女へ巻き髭が迫っていく。斬撃が少女を切り裂く未来を幻視して。
「まっ―――」
「《断交差》!」
捉えたもの全てを裁断する二刀の挟撃が。
とん、と。
空を軽やかに踏みつけた少女の脚の下を通過する。
「!!?」
―――【蓮下】
三度の殴打音。
驚愕の表情を顔に貼り付け見上げることしかできない巻き髭の顔面に、蒼の光を弾けさせた棒が連続で突き刺さる。
「―――些か油断しすぎでは?」
地面に降り立った少女が冷たく見下ろす先には。
白目を剥いた顔面をボコボコにされ、後頭部から地面に埋まった巻き髭の姿がそこにあった。
「……つ、強え」
「さて」
そして勝者となり、自らの強さを知らしめた少女がジャシン教の教団員に向き直る。
「今降伏するなら痛い思いをしなくても済みますよ?」
教団員に動揺が走る。それはそうだ。あれだけ強さを見せつけていた巻き髭がこうも一方的に討ち取られたのだから。ヤツらが狂信者でもどうするべきかは迷うだろう。
「グルーヴ……」
「! トーヴ分隊長! 無事ですか!?」
「まあな。クレアに治療を受けた。問題ない」
「何言ってるの。あんまり動くと両脇から内臓がポロリよ?」
「おい笑わせるな。傷が痛むだろう」
「私のせい!?」
「それにしても……彼女は凄まじいなグルーヴ。まさかとは思ったが……」「無視!?」
「分隊長は彼女の強さに気づいていたのですか?」
「ふむ……。そうだな、初めて会った時俺を見てどう思った?」
初対面の時の事は記憶に刻み込まれている。失礼だが、見回りに来た分隊長の顔が怖くて泣いてしまったのだ。
「……ちょっと怖かったです」
「ああ、大抵の子供は俺の顔を見ると泣く。だがあの娘は俺を見ても泣かないどころか欠片も動揺していなかった」
「!!」
「胆力がある娘だと思ったが……その後今度は戦うのが怖いと言っていただろう。戦う恐怖を知っているのは、当たり前だが戦ったことがあるヤツだけだ」
「分隊長も……?」
「ああ、俺だって怖いさ。今だって死にかけた記憶を夢に見ることがある。だが俺は戦うのをやめない。彼女だって戦っている。なぜかわかるか?」
先ほど巻き髭の剣が迫ってきた時の恐怖は筆舌に尽くしがたい。あそこで少女が割って入らなければ、死んでいた。その恐怖に打ち勝つことなど……。
「……わかりません」
「……お前もよく知っているだろう。失う恐怖を知っているからだ。失う方が怖いからだ」
そうだ、……思い出した。極限状態で頭から吹き飛んでいたけど、さっき震える手で剣を握って突撃したのは、守りたいと思ったからだった。失いたくないと思ったからだった。
丁度そこで向こうの話も終わったようで、少女が目にも留まらぬ速さで通り抜けた後には、ジャシン教の教団員は全員顎を仰け反らせて宙に打ち上げられていた。
相手にもなっていない。
「残念です。そのまま大人しくしていなさい」
……気にくわない。彼女の足下にも及ばない自分の弱さが気にくわない。
「分隊長……、オレもっと強くなりたいです」
「……そうだな。強くなろう」
【蓮下】……下段三連突き。
人間の感情表現って難しいね……




