幕間 その1 モルク
「……確かにものすごい速度だ」
彼女がちょっと自慢げに残していった言葉に同意する。
屋根上を次々と飛び移って、ぐんぐん小さくなっていく少女を見送ったモルクはそう溢した。
偶然出会い、命を助けられることになった彼女は不思議な人だった。
どこか長い経験を経た年上の先達のような雰囲気を漂わせたかと思えば、見た目通り幼い子供のようはしゃぐ姿も見せる。そして合って半日も経っていないような相手を積極的に助けようとしてきて。
つかみ所がないようで、その実まっすぐな少女の在り方に魅せられていた。もちろん人としてだ。
実力だって目を見張るほど。Sランク冒険者パーティーを敗走させた魔物を1人でそれも一撃で倒した彼女はまだ余裕があった。つまりあの強さでまだ上があると言うことだ。
彼女の実力、人格共にモルクは興味を抱いた。折角の出会いなのだから、自分にできる限りのサポートをしようと思っている。もちろん打算もある。彼女とつながりを作って、それを太くすることができればきっと自身にとって利益となるはずだから。
あの歳で今の強さだ。これからまだまだ成長していくだろう。世間知らずなところも鑑みると、住んでいたところから出てきたのは本当に最近。それも人と遭遇したのは自分が最初だ。一番に仲を深めることが出来たのは望外の幸運。この幸運を取りこぼさないように努力を忘れないようにしないと。幸運は努力なしでは掴み損ねてしまうことが往々にしてあるのだから。
ただモルクには、彼女を利用だけするつもりはなかった。助けられた恩がある。時には利益度外視で動く事も考えている。商人とは信用と信頼の元に成り立つ職業だ。それを捨ててしまえば、後に待っているのは破滅だけ。なにより彼女を裏切るのは自身の矜持が許さない。
もちろん彼女を手助けして、利益も得るのが理想だけれど。
彼女にも優しさだけでない強かなところがある。私を助ければ自分の利益になり得る可能性があることをしっかりと視野に入れていた。まるで手痛い実体験に基づくような、そんな思考。
打算もありきの協力体制。助けるだけでなく、自信の損得も勘定することが出来るくらいには賢い娘なのだ。まあ彼女は打算のほうがおまけのような気もするけれど。
まだ彼女とは出会ったばかり。知らないことはたくさんあるけれど、これから知っていけば良い。しばらくはこの街を拠点にするだろうし。
しばらく彼女から目が離せないだろう。
そう結論づけて扉を通って冒険者ギルドの中に戻った。
そういえば、人の姿から見た目が変わっていたけれどあれはスキルの効果だろうか、なんてそんな益体もない事を考えながら。
戻ってみればダラムとルマーが話に花を咲かせているところだった。彼女たちはちょくちょく合っては何かをはなしているそうだけど。
「あ、会長。メルさんのお見送りですか?」
「そうだよ。あっという間に見えなくなっちゃった」
「本当ですか? やっぱり早いんですね。まだあんなに小さいのに……。さすがはヴィルズ大森林近くにいただけはありますね……」
「うん?」
ヴィルズ大森林? あの魔境がどうして話に出るのだろうか。
「あれ、会長彼女から聞いていないんですか?」
「いや、最近住んでいるところから出てきたって話しか聞いてないけど……」
「モルク様、先ほどフィスクジュラの討伐データを確認した際に冒険者カードの記録を更新したのですよ」
カードをギルドでスキャンすれば、全てのログが残ることになる。冒険者なら皆知っていることだし、彼らに一定時間接しているものなら自ずと知ることになる。常識だ。
「さっき彼女の他の討伐記録をカードから直接確認しようとしたとき、カードを抜き取られてしまったのですが、少々気になりましてログを確認させていただきました。その彼女の討伐記録にヴィルズ大森林中層の魔物が無数に記録されていたのですよ。凄まじい数です。これを正式な依頼として狩っていたらすでにAランクの大台です。彼女があの魔境に住んでいたとしても驚きませんよ。しかもフィスクジュラを倒せるほどのBランクの冒険者なのに名前をきいたこともない。彼女は何者なんですか?」
「ちょ、ちょっと待って?」
知らない情報が多すぎる。頭痛を抑えるようにこめかみに手をやった。
「……私も今朝初めて会ったばかりなんだ。短い時間だけど接してみた感じでは悪い子ではないと思うんだけど……」
冒険者カードを持っていたとは聞いていたけど、Bランクの冒険者だなんて一言も言ってなかった。実力的には不思議ではないけれど。むしろランクとしてはSランクでも問題無いくらいだと思う。でもそれならそうと言って欲しかった。
しかもヴィルズ大森林の魔物を大量に狩っていたなんて。
鬱蒼と広がっているヴィルズ大森林は地図などなく、全体像ですら把握できていない魔境だ。その要因の一つに天帝が縄張りとしていることが挙げられる。まあ、天帝がこの大陸を根城にしているおかげで他の帝種は寄ってこないのだけれど。
それはともかくヴィルズ大森林は川を上っていけば上っていくほど、深層の方へ近づいていく。浅層ですら中堅の冒険者ですら命の危険があるのに、中層なんて。
「そうなんですか……。でも友達を探すために大陸を渡ろうとするなんてやっぱり悪い子ではないですよね」
「友達?」
なにそれ知らん。
聞いてみればなるほど、面白い話だった。
記憶も定かではないほど幼い頃の友達……。きっとその子はかなり有力な家の貴族、もしくは白蛇聖教関係者。メルさんはとても良い娘だ。きっとその子の親にも気に入られたのだろう。
相手が北の大陸出身なのか、元から南の大陸に住んでいたのか。それは分からないけど、元から南の大陸に住んでいたのなら探すのは茨の道だ。なにせどこの大陸に行ったのか分からないのだから。
でも彼女が名を上げていけば……。その友達の目に留まる可能性も高くなる。それこそ他の大陸にも渡れる程ならばさらに可能性は上がる。
冒険者カードに記録された無数の討伐記録。それはきっと帰ってきてからずっと、強くなるために狩ってきた彼女の集大成だ。そう考えれば彼女の強さにも納得がいく。
それにしても他大陸に渡れる程の貴族なら名が知れているはずだけど、少なくとも私は知らない……。これでも有力者の名前は全部覚えているし、他大陸の有力者くらいなら頭に入れているのだけれど。
そうなるとやっぱり彼女の出自が気になってくる。少なくとも庶民の出ではないはず。あの礼儀正しさと所作から伺える気品は貴族の出身だろう。目立つのを避けようとするのはそれが理由か。訳ありかな……。
「ルマーさん、この件は彼女が公表しようとしない限り内密にしておいてくれるかな」
「え? ……それはもちろんですがどうしてですか? これだけの数、他のBランク冒険者が挙げる戦価の18倍はありますよ。依頼での討伐ではないとはいえ、さすがにランクアップの評価に影響が出る量です」
「どうにも本人が目立つのを避けているようだからね」
「……訳ありですか?」
「さあ、それは分からないけど……、彼女の実力ならこれを公表しなくてもきっとすぐ目立つことになるだろうし、本人の意向に任せるよ」
「……それもそうですね。わかりました」
……まあ、彼女が何者かなんて関係ない。これから知っていけば良いし、人助けをするほどのお人好しだとは分かっている。彼女が嘘をついていないことは分かるし、出会ったときに何かに追われているような素振りはなかった。悪人ではないはずだ。
それはそれとして興味とは関係なく色々問いただす方が自分の、ひいては商会の身を守るためにも必要かも知れないとは少し思った。
今みたいに爆弾情報を突然投げられるのは……さすがに困るので。
まあ次に話すのは明日か明後日以降だろう。それまでに他の仕事を消化しつつ、話の内容はゆっくり考えればいい。
そう考えていた時期もありました……。
二時間と少々の内に「取ってきましたよ!!」と駆け寄ってきたのには心底驚かされた。目立ちたくないと言っていたが、本当に隠す気があるんだろうか。
モルクは彼女から目が離せないと、別の意味で思った。
主人公はしっかりしているようでちょっと抜けてます。ご愛敬と言うことで。
冒険者カードの討伐記録は
>帰ってきてからの数年の討伐数×
>半年の討伐数〇




