第10.5羽 死線、交えて
マニアワナカッタ……。
すみません……。
分割したので話数が変ですが気にしないでください
元々体の大きな蛇だ。狭い崖を埋め尽くすには十分な長さがある。
その長い胴体をうまく使って、落ちないように頭部の方を支えているのでしょう。
空中であれほど動けたタネはわかりました。だからといってどうしようもないですが。
問題なのは地面を蛇が埋め尽くしているせいで平坦な場所がないことです。
つまり滑歩が使えない。それでも後ろからは蛇の顎門が迫ってくる。
それでも後方から蛇の顎門が迫ってくる。悠長に考える余裕はない。ただ、前へ進むしかない。
鱗で埋め尽くされた死地に向かうと同時、下から蛇の頭部が突き上がり、追いついてきました。
途端に寝そべっているだけだった胴体が蠢き出す。まるで、不規則な大波のように。
まともに当たれば砕けるのは波の方ではなく私の方ですけど。
動いていない胴体を足場にして蹴り、風を叩いて加速する。
滑歩は使えないですけれど、やっぱりこっちの方が普通に飛ぶより速いです。
目の前の胴体が跳ね上がって狙ってくるが、動きは鋭くない。
崖下を回り込んでいるため、無理な動きはできないのでしょう。
足の裏で衝撃を受け流し、サーフィンのように滑っていく。まともに受け止めれば砕かれてしまいますが、うまく使えば加速になります。翼がある分、人がやるよりもバランスを取るのは容易でしょう。
正面から大口を開けて食らいついてくる蛇を、背面で飛び越える。ちょこまかと逃げ続ける私に業を煮やしたのか蛇は怒りの咆哮を上げた。
蛇の猛攻を捌き続け空中に身を躍らせた私に、胴を使ったなぎ払いが襲いかかる。
――これも受け流せば……、え?
翼で空を叩いて勢いの向きを微細に調整して避けたはずだった。その技術に狂いはなかった。
しかし――血飛沫が舞う。
――なんで……?
蛇と接触した部分が抉られたような熱を訴える。
見れば全身の鱗一枚一枚が僅かに浮かび上がり、カミソリのようになっていた。
いままで使って来なかったのは、格下に使う気はなかったけれど埒が明かないから、といった具合でしょうか。鬼の力がなければ、一発でバラバラに切り裂かれていたでしょう。
崖の上は蛇の体で埋め尽くされている。
無理だ。接触すること自体が不可能になったこの状況で崖の上に居続けることはできません。
飛んで逃げるにも速度が足りない。つまり活路は下にしかない。
白に赤が滲んでいく。
先ほどの攻撃は直撃していない。それでも受け流しとは言えない弾き飛ばされ方をした。ダメージは芯まで通ってしまっている。
痛みで硬直した私に、蛇が追撃を仕掛ける。
――《ウィンド》……!!ぐぅっ!!
動かない体を、無理矢理、風で吹き飛ばす。ほとんど自爆に等しい。それでも命はつないだ。
稼げた僅かな時間。痛みに抗いながら気合で体を動かす。
崖下に潜り込んだ獲物に、当然蛇が追いすがる。地獄の追いかけっこが、森から場所を変えて崖を巡る形で再び始まった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
――何度降りて登るのを繰り返したでしょう。
ドゴッと何かがはね飛ばされた音がした。
崖下から飛び出した私を、蛇が背後から弾き飛ばし、追走劇は終わりを告げた。
――何度降りて登るのを繰り返したでしょう。
糸の切れた凧のようにクルクルと風に弄ばれる。
舳先のような崖には幾重にも巻き付いた蛇の胴体で埋め尽くされた。
不安定な体を支えられる様になったからか、二周目からは崖下で追いかけてくる速度が上がってしまいました。
幸いなのは巻き付いている部分は体を支えるためにあまり動かせない事と、崖上を埋め尽くしていた胴が下に回ったおかげで減り、足場ができた事ですね。
それでも、カミソリのようになった蛇に何度も接触し、全身は血まみれだった。
――意識が……もう……。
強烈な衝撃と出血で、視界が白む。
眼下で勝ち誇ったように大口を開く蛇。
私を飲み込もうとするその姿を、朧げに見つめた。
――ここまで……でしょうか。
じわじわと敗北感が心に広がっていく。
弱気からか、走馬灯のように遠い記憶のことが浮かんできた。
私は武家の生まれだった。家族の中で一番弱かった。才能は皆無だった。虐げられることはなかったが、それでも期待を裏切っていると思っていた。
転生してからは更に酷かった。弱かった私とその家族は食い物にされることが非常に多かった。
今の私があるのは幾多の人生において、それが嫌でひたすら努力を続けてきたからだった。
――今回は、無茶を通したからマシですよね。
そんなふうに、わずかに自分を慰めたとき。苛立ちを隠そうともしていないお母様の顔が浮かんだ。
『死んだら殺しに行くからな!!』
――……ふふ。無茶苦茶いいますね。 もう少し、頑張ってみます……!!
閉じかけていた目を、力を込めて開く。項垂れていた翼で、再び空気を掴む。風に弄ばれるばかりだった体が、ぐらつきながらも体勢を立て直した。大丈夫、まだ……動ける!!
大口を開けたままの大蛇を見据え、大きく息を吸い込む。
体力を、魔力を、鬼気を。残った全てに気合を押し込んで、紅蓮の闘気を練り上げた。
――行きますよ……!! 【崩鬼星】!!!
私の全霊を乗せた紅蓮が、蛇の顔を照らす。この技がもう一匹の蛇の喉を抉った光景を思い出したのか、大蛇は咄嗟に口を閉じて、頭突きで受けとめようとした。
まあ、関係ありません。私の勝ちです。
最大の一撃が地面に突き刺さった。
もちろん蛇には傷1つ着いていない。
最大の一撃が不発に終わったと思ったのか、大蛇の表情に喜色が滲んだ。
……喜ぶのはまだ早いですよ?
一拍を置いて轟音。そして浮遊感。蛇の表情が、驚きに染まる。
理由は簡単です。崖を登るときに放っていた多量の踵落しと、追いかけてくる蛇の激突、そして私の最後の一撃。
――それらすべてが積み重なり、崖そのものを崩したのだ。
巣での一匹は喉を切り裂いてなお動くことができていました。確実に殺せるかわからない以上、これがベストです。
……ただ計算外だったのは、意識が朦朧としていたため、激突地点が予定よりも前過ぎて私も一緒に落ちていることですね。
もうまともに飛ぶ体力もありません。
落下する私に、鋭い殺気が突き刺さる。……まだ私を狙ってくるのですね。
巻き付いた岩に囚われ、逃げることもできないのに。時間的にこのまま岩と水の底でしょう。
それでも、私を殺そうと、執念を燃やしている。
――私は食えないって言いましたよ?
ここで死に怯えるのではなく、私を殺そうとするあなたに敬意を込めて、最後のお相手をいたしましょう。
体が鮮血のオーラに包まれる。動かなかったはずの体に今一度力が宿る。限界など知ったことかと力を無理矢理引き出していく。正真正銘最後の一撃。落下中の大蛇に避けるすべはない。
――そんなに欲しいなら食べられるか試してみてください!! 身を削る出血大サービスですよ!! 【崩鬼星】ッ!!!!
そして私は襲いかかってくる大蛇めがけて、一陣の流星となる。
激突の後、巨大な水しぶきを弾けさせ、共に濁流の中へと飲み込まれていった。




