第五羽 受け継がれる伝統
「すまない、この依頼の受け付けを」
「はい、承りました。こちらですと―――」
受付らしき場所で、男性に笑顔のウサギのような耳を頭頂部に生やした女性が対応をしている。巨大な剣を背負った強面の男性にも物怖じした様子も無い笑顔の女性。慣れたものと言わんばかりだ。
辺りにも武器をぶら下げた人や鎧を着込んだもの。尖った耳を持つ流麗な見た目のものや獣の尾を持った人物など様々な人種で賑わっていた。
ここは冒険者ギルド。命知らずの向こう見ずが集まる場所。世界各地に存在するそのうちの一つ。
そんな場所に扉が開く音が。釣られて目が向いてすぐに戻るだけのいつも通りの光景。それが今日は少し違った。
入ってきたのはまだ幼さの残る少女だった。
冒険者ギルドに入った瞬間向けられる視線の圧をものともしていない。タダ鈍いのか、それとも大物なのか。全員が全員、前者だと判断した。それも仕方のないことだろう。なんだか抜けて見えたのだから。
ニヤリと笑みを浮かべる人物がいくつかと、それに呆れたように肩をすくめるもの。
数人の冒険者が席を立つと悪どい笑みを浮かべて少女に近づいていく。
彼らは少女を貶めようとしているわけではない。ただ教訓を与えようとしているのだ。ここから先は遊びで進むような場所ではないのだと警告するために。
―――というのはタダの建前であり、子供を脅かし、その反応を楽しむダメな大人の遊びのようなものになっていた。一応効果があるのでギルド側も積極的には止めようとせず、余計始末に負えない。
昔、された事があるように少しだけ脅かす。まだ覚悟のない者を追い返し、それを見た大人は酒のつまみを得る。歳を経て冒険者になった者がその話を聞いて、面白がって昔された様に……と、そんな悪趣味な無限ループが脈々と受け継がれていた。受け継ぐなそんなもの。
少女が何かを探すようにざっと室内を見回して、迷うように置かれたテーブルの間を縫って進んでいく。正面にある受付にまっすぐ向かわないのを見て少々訝しむ者がいたが、ルールや利用方法がわかっていないのだろうと結論づけた。
一番近くにいた1人がふらりふらりと進んでいく少女に横から手を伸ばし。
「おい、嬢ちゃん……、あれ?」
その手が偶然空を切った。当人の認識では届くはずだった手が少しだけ届いて居なかった。不思議に思ったものの、目算を誤ったのだろうと結論を出した。
結果として捕まることなく進み続ける少女。
ふらりふらりと。机や椅子、歩いている人を時に大げさに避ける。あちこち迷うように全くまっすぐ進んでいかない、不規則な歩みの少女を止めようと、同時に伸ばされた手。
「おっと」
「お? 悪い。……あ」
それが偶然にもぶつかり、少女に触れるのを邪魔し合う結果となった。手を引っ込めて謝罪をし合っている間に少女は既に先へ。2人は顔を見合わせた後、決まり悪そうに頭をかいて席に座りなおした。
なおも進み続ける少女の前に1人の冒険者が立ち塞がった。
「嬢ちゃん。ちょっと―――ん?」
そのまま声をかけ、引き止めようとしたとき。件の少女が左前を向いて、面白そうなものを見つけたような表情をした。視線の先が気になってしまった冒険者は言葉を途中で止め、思わずといった様子で振り返る。そこにはなんの変哲も無い壁があっただけだった。
なんだったんだ。いったい何を見ていたのだろうかと。疑問を浮かべながら顔を戻した正面に―――既に少女はいない。
「は?」
どれだけ目を凝らしても正面には影も形もない。まさかと思った時、後ろから声が聞こえた。
「お姉さん、ちょっといいですか?」
弾かれたように振り返った先には、カウンターにいた受付嬢に話しかけている少女の姿があった。
幼さの残る少女は偶然にも全ての手をを躱してカウンターにたどり着いてしまったのだ。
―――――――――――――――
「いらっしゃいませ! お嬢さん、冒険者ギルドをご利用かな?」
笑顔で対応してくれるウサミミお姉さんに隠れて、少し息をつく。
ふう。なんとか捕まらずにすみましたね。
悪意は感じなかったので何かされていたとは思いませんが、時間を取られても面倒なので全部避けちゃいました。
最初の人は重心をずらした歩き方で、予想を外して通り過ぎ。
次の二人は彼らのスタート地点を見て、ふらふら歩く私に向かわせることで距離を調節してぶつかるように誘導して。
最後の人は別の場所に注意を向けさせる小技をつかって。
まあ上手く行って良かったです。
それにしても受付のお姉さんの対応が子供に対するものなのですが……。何度転生しても幼く見られるのは変わらないですね……。
身長とか体型とか、成長曲線がずっと同じなんですよ。うぼぁー。なんでぇー。私の瞳からスッと光が失せた気がしました。
「はい、依頼を受けたいのですが……」
「あっ、冒険者の方……。んんッ、わかりました。依頼の受け付けには冒険者カードが必要となります。冒険者カードはお持ちですか?」
「ええ、ありますよ」
良かった、子供のお使いじゃないと理解してくれたようで、ピンと耳を立てた後冒険者対応モードに変わってくれました。
冒険者カードを持っている事を伝えたときはお姉さんはちょっと意外そうな顔。これも私の見たが幼く見えることは原因ですかね……。
まあ慣れてますよっ!! これまでの人生でも見た目で実年齢より少し下に見られることは良くあったのでっ。別に大体の人生で童顔だったなんて事実はありませんので悪しからず。
フレイさんとの思い出のマジックバックから取り出して渡した冒険者カード。なんだかちょっと豪華な輝きを放つそれを受け取って確認していたお姉さんが目を見開き、息を吸い込んで―――
「これは―――むぐ!?」
「―――お姉さん落ち着いてください」
大慌てで受付の上に身を乗り出して口を塞いだ。ここの人は叫ぶクセでもあるのでしょうか?




