第??話 人ノ刻 Ⅱ その6
ブクマ400突破!!みんな、ありがとうございます!
長いです。いや、ホントに。
『魂源輪廻(Ex)』。私が今世で得たスキル。いえ、元々持っていたと言うのが正しいでしょうか。
転生を始めた最初からこの能力を、私は持っていました。そして今世で『スキル』という形になり、今になってようやく使えるようになった。
私に記憶を持ったままの転生を強制させるスキル。そして、今までの前世で得た能力を今世で引き出せるようにする能力。
私の血が棘の生えた鞭にと成り、竜を縛り上げたのは『吸血鬼』の力を引き出したから。
他にも『鬼』の力と、『人間』だった時の力も感じます。
今の私の身体能力は今までの比ではありません。
ドラゴンは血の鞭に縛られて動けないでいる。
今のうちに……。
体を起こし、クラリオンさんに向き直る。
「クラリオンさん、お願いがあります」
「う、うん。なんでも言って?」
「血を分けて欲しいのです」
「へ? 血を?」
「そうです」
本当だったらドラゴンはから血を貰おうと思ったのですが、奴の血からは嫌な匂いがします。おそらく毒、もしくは病。
そんなものが含まれた血を私が飲めば、戦いどころではありません。さらに体調は悪くなるでしょう。
吸血鬼といえど血を流しすぎました。増血する為にも血を吸う必要があります。
「さっき使えるようになった私のスキルの効果です。血を貰うことでパワーアップすることができます」
「ホント!? スキルを扱えるようになったんだ!! いいよ。わたしの血で良ければ使って」
こんな時なのに私がスキルを扱えるようになったことを我が事のように喜んでくれる。
肝が据わっているのか、それとも心の底から私の事を祝ってくれているのか。破顔する彼女に自然と笑みがこぼれた。
「ありがとうございます。それでは失礼して……」
「え? ちょ、ホルンさん!? 顔が近――――」
クラリオンさんの肩に手を置き、引き寄せる。首元に口を近づけ、柔らかい肌に歯を差し込んだ。
「ふ、ぁっ!?」
吸い付けば、口の中に甘い甘い砂糖菓子のような液体がとろりと広がっていく。……おいしい。
「ん……ちゅる。……くちゅっ、じゅる……はむ……」
「ぁ……待っ……これ……すご……」
飲み込めば、乾いた体に染み渡っていく。なくなっていたものが埋まっていくようで、その感覚が心地いい。もっともっとと引き寄せればクラリオンさんも腕を背に回して抱きしめてきた。吸血行為は痛みを与えません。そのせいでしょうか。
「んぅ!? ……や、ぁふ……い、ぅ……」
……これ以上は血を吸い取るのは危険ですね。
「……じゅずずッ!!」
「んん!?」
名残惜しさから最後に一際強く吸い込めば、クラリオンさんは驚いたのか体をビクリと震わせた。
無理をさせてしまったのか、クラリオンさんの頬は上気していて。立ち上がって口元を拭った後でも、こちらをぽやっと見上げていた。
「クラリオンさん」
「ぁ、はい……」
「痛くなかったですか?」
吸血行為は痛みを与えないはずですが、一応の確認です。
「ううん、全然。……むしろ」
良かった。言葉を濁して俯いてしまったクラリオンさんの首筋にもかみ傷はなし。これは私の唾液の効果ですね。吸血鬼の強い再生能力は、血に込めることで他者にもかなりの効果を見込めます。それとは別に、唾液には常に微弱な再生効果が含まれています。なので吸血鬼は口内炎になりません、がそれはどうでも良いですね。
吸血によって高まった再生効果を、なくなった左肩に集める。するとみるみる内に腕が復活してきた。
「腕が……治った……」
「ええ、貴女のおかげです」
驚いているクラリオンさんに感謝の笑みを向けると、彼女は顔を紅くして俯いてしまった。疲れているのでしょうか。かなりギリギリまで血を吸ってしまったせいですね。おそらくあまり動けないでしょう。
再生した左の手首に槍の穂先を当て、傷を付ける。流れ出した血に力を込め。
「《血界:Δ》」
地面に零れ落ちた血が半透明の三角錐の結界を作り上げる。
「これは?」
「外から入ることは出来ず、中から出ることは出来るちょっとしたバリアです。安全が確保できるまで、出ようとしないで下さいね? 大した強度ではありませんが、少なくとも流れ玉や余波で壊れることはないでしょう。私は――――」
周囲がオレンジに照らされる。血の鞭に捕まっていたドラゴンが、炎で自分ごと血を焼き払ったのだ。炎の中から歩み出てきたドラゴンが私の姿を捉え、睨みつけてくる。それに臆することなく私も睨み返した。
「あれを喰らってきます」
「き、消えた……!?」
先手必勝とばかりに地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。今の私の速度は、スキルなしで戦撃を使った時と同等。クラリオンさんからすれば、消えたように見えたのでしょう。パワーも比べ物になりません。
しかし、ドラゴンは巨体。威力が高くても、鋭い針で突かれた程度でしょう。私の前世にはそれを覆す技術がありました。それが『氣装纏武』。武器に闘気を押し込み、解放することで擬似的に巨大化させる技術。
ただ、私はそれを習得できませんでした。
「血葬:――――」
なので私は代替えする技術を獲得しました。闘気よりも扱いやすく、持続時間も長い。血をまとわせる技術。デメリットはダメージで形が壊れること、使いすぎると貧血になること、威力が低めなことでしょう。
それが『血葬』。
「【一閃】!!」
巨大化した朱槍が無色透明な闘気をまとって突き出される。これまでと比べ物にならない威力。鱗を貫き、血をまき散らす。しかしドラゴンも痛みに呻きながら翼で反撃してきた。
「ぐっ!?」
横殴りの衝撃。受け止められず、地面を転がっていく。
さっきまでだったら重傷だったでしょうが、今は前世の力で強化されているので軽傷で済んでいます。それも吸血鬼の再生能力で回復しました。
地面を転がる私に迫るドラゴン。跳ね起きつつ、牽制の遠距離攻撃。腕を振るう。
「《ディープ・ライン》×5」
血で作られた細長い光線。それが5本ドラゴンに向けて打ち出される。それはまさにドラゴンにとって針のようなもの。気にせず突進してくる。強固な鱗に阻まれ、金属音と共に4本が弾かれた。
うち一本は杭のように鱗の割れた部分に刺さったものの、ドラゴンは痛痒にも感じていない。しかし。
「《リベリオン》」
「グオォォォ!?」
その刺さった一本が、突如として無数の針を発生させた。まさに体の中に無数の針を刺されるような状況。体内からの痛みにさしものドラゴンもたまらずたたらを踏む。
地面を蹴りつけ、姿がかき消えるほどの速度で接近。
「【血葬:回舞】!!」
空中で舞うように一回転。巨大化した薙ぎ払いがドラゴンに襲いかかる。だが、それはドラゴンの翼に阻まれた。しっかりと受け止められている。
……私の動きが見えていますね。確実に今の私の速度が補足されている。
血葬を維持しながら隙を作り出そうと攻撃を加えていくものの、その全てが対処される。思えば私の攻撃がまともにダメージを与えられたのは意識外の不意打ちばかりでした。動きは鈍重ですが、目は良いようですね。
突きだした槍が腕に受け止められる。引き戻した所で、ドラゴンが体を捻り一回転。尾で周囲をなぎ払った。たまらずガードしたものの、後ろに押し戻されてしまう。
「危ない……!」
距離が開く。地面を滑りながら転けない様に下に目をやった次の瞬間、足下に巨大な影が。
弾かれるように見上げればすぐ真上にドラゴンが。近い!!
跳躍し、振り上げた腕を叩きつけてきたのだ。すぐさま対抗するように左腕を振り上げる。
「《ネイル・ゴア》!!」
空を引き裂くように振り上げられた爪から、五本の斬撃が生み出される。鬼の怪力のおかげでドラゴンさえ持ち上げる事ができるものの、今回はドラゴンに軍配が上がった。
血で作られた斬撃は砕かれ、ドラゴンの鋭い爪で切り裂かれた。
「!!?!?」
急所は避けたものの声にもならない悲鳴が漏れる。体がズタズタに引き裂かれ、地面に崩れ落ちた。再生を急ぐものの、それごと焼き尽くそうでもいうのかとドラゴンが口元の熱を集めていく。このままでは動けるようになる前に焼き尽くされてしまうでしょう。多少の火傷なら問題なく再生できますが、灰になってしまえば流石に復活できません。
急いで地面の血だまりに干渉する。
「け、《血界:β》……!!」
戦いの最中でまき散らされていた私の血。その血だまりの内三つがボコりと盛り上がると巨大な六角柱が地面からせり上がり、斜め下から突き上げた。
ブレスを発射するためにタメを作っていたドラゴンは避ける事ができない。三カ所から胴体を挟み、圧迫。口元の熱は霧散した。
怪我の再生もそこそこにドラゴンに向けて走り出す。痛みは我慢!
「【血葬:魔喰牙】!!」
使い勝手の良い、高速突進攻撃。距離を潰し、鮮血の槍を叩き込む。ドラゴンはいまだ三つの六角柱に挟み込まれ、抜け出そうと藻掻いている。好機!!
「【血葬:烈坑閃】!!」
単純な突き。それが6回、ドラゴンの巨体に突き刺さる。痛みに悲鳴を上げるドラゴンに追撃。
「【血葬:乱莫】!!」
前に踏み出して、片手で槍を突き出す。さらになぎ払い、地を這うほどに踏み込んで突き上げた。三連撃。
怒濤の連続攻撃を叩き込んだ所で、ドラゴンの鱗が輝き出す。これは……熱!? 咄嗟に後ろに飛んだところで、感じた熱が急上昇。ドラゴンを中心に、大きな爆発が巻き起こった。自爆……!?
「熱っ……!!」
かなりの熱量で爆風を浴びただけで火傷を負ってしまった。爆風だけでこれなら、《結界:β》は蒸発させられたでしょう。
「はぁ……、はぁ……」
爆心地では未だ炎が立ち上っている。周りの植物が燃え広がり始めた。今は近づけない。火傷の修復速度を早めるために力を送り込もうとしたところで、炎の中から凶悪な顎門が飛び出してきた。
「まず……!?」
左腕に噛みつかれた。そのまま持ち上げられ、地面に叩きつけられた。衝撃で吹っ飛び、同時に腕が食い千切られる。
「ぐ!? あああッ!!」
このくそドラゴン、また私の左腕を……!! 地面を転がるのが止まったところで顔を上げれば、ドラゴンが左腕を咀嚼していた。少しでも体力を回復させようと言うのでしょう。さっきの自爆で結構ボロボロになっていますので。
「腕、美味しいですか!? なら、食らえ!! 《リベリオン》!!」
「グオォォォ!?」
ドラゴンの口の中、そこにある私の血に干渉し、四方八方に棘を発生させる。口の中は針地獄。悲鳴と共に私のものでない血がこぼれ落ちた。食べようとするからです。私は美味しくないですよ?
腕を再生する。
……そろそろ吸血の効果も途切れそうです。またクラリオンさんから血を貰うわけにもいきませんし。結構ギリギリまで吸ってしまいました。
時間をかけると不利です。さっきの自爆で炎が木に燃え移った。早く終わらせないと、火事で死ぬことになります。一気に攻める……!!
殺意を滲ませて突進してくるドラゴンに、こちらも駆け出す。
距離がなくなり腕が振り下ろされる。でも避けない。普通に戦撃を使っては見てから防がれます。だから、カウンターを狙う……!!
「【血葬:乱莫】!!」
振り下ろされる腕を突き、薙ぐことで威力を減らす。そして最後の突き上げで腕を弾いた。
「【血葬:魔喰牙】ッ!!」
がら空きの胴体に突貫。巨大な朱槍がドラゴンの肉を抉り、血をまき散らす。ドラゴンはそれを受け止めて、反撃に左爪で切り裂いてきた。……ぐ!! 想定内……!!
距離が空かないように踏ん張り、さらに血を操って自分の体を押さえつけその場に無理矢理留まる。
「【血葬:烈坑閃】……!!」
お返しに六連撃の突き。ドラゴンの左腕をボロボロにしていく。戦撃が終わり動きが止まったところに、頭上から翼が叩きつけられた。
頭への衝撃に意識が飛びそうになる。舌を思いっきり噛み、痛みで無理矢理覚醒。……想定内!! 口元から血が零れる。
「【血葬:双爪】!!」
ドラゴンの顔を左右から叩きつける。鱗が砕け、血が飛び散る。左から迫ったドラゴンの右爪に体が深々と刺し貫かれた。
「がッ、ァァァアア!?」
左半身に大量のカミソリでも突っ込まれたような激痛が襲いかかる。左腕、動かせない。左脚、千切れそう。左目、見えない。……想定内ッ!!死ななければ全部、想定内ッ!!!!
体重を前に傾ける。爪の切れ味は鋭い。それが逆に助けとなり、切り裂かれながら爪から逃れることに成功。もちろん激痛。そんなものは関係ないとばかりに動かない左半身を無理矢理動かすため、戦撃を発動する。
「アアァァァっ!!【血葬:魔喰牙】ッ!!」
重傷。でも治せるから問題ない……!!後先考えない突撃。激突の衝撃が周囲に響く。その時ドラゴンが僅かに後退した。痛みでは無く、恐怖で。得体の知れないものを見たような目で。今更遅い……!!
切り裂かれた左半身から零れた大量の血に干渉する。
「《血界:α》……!!」
血だまりが膨れあがり、巨大な顎門を形成する。ドラゴンを左右からトラバサミのように咥え込んだ。隙をさらしたドラゴンを締め上げ、歯を肉に食い込ませる。
地面に落ちながら体を修復する。もう一歩、動ければ問題ない……!!
燃える木に照らされる中、地面に降り立ち、抜け出せないドラゴンの胸に狙いを定める。脚を止め、体をねじり上げる。溜めた力を闘気と共に解放した。
「【血葬:剛破槍】ッ!!!!!」
巨大な朱槍が胸部の鱗を砕き、そのまま貫こうとしたところでその進行が止まった。
「この!?」
ドラゴンが両腕で掴んで受け止めたのだ。今も血の顎門に挟まれて弱っているはずなのに……!!しかも。
「押し返される……!?」
命の危機に火事場の馬鹿力でも引き出したのか、戦撃が力負けしている。なにせ命がかかっています。ドラゴンだって必死です。槍にまとわれていた透明なオーラが不調を示すように、不規則な点滅を繰り返す。
このままでは戦撃が失敗する。そうなれば、少しの間動けない。そんな隙を晒せば瞬く間に食い殺されてしまうでしょう。その後は――――クラリオンさんの番だ。そんなこと許せない。
「負けられない……!!」
闘気が周囲の炎より濃い紅蓮に染まる。今ある力を全部使う。ない力も引きずり出す。押し返されていた朱槍が再びジリジリと進み始める。それどころか加速し始めればドラゴンの焦りの色が濃くなった。そして均衡が一気に崩れる。
「はあああああッ!!」
気合一閃、血葬にさらに血を送り込んで巨大化させる。抑えようとする腕を弾き飛ばし、逃げることのできないドラゴンの鱗を貫いた。そのまま背中から巨大な朱槍が姿を現す。致命傷だ。
抜け出そうと藻掻いていたドラゴンが遂に動きを止める。
終わった……。
トラバサミのようになってた血が形を失いパシャリと地面に落ちた。
「はぁ……、はぁ……」
突き出したままだった槍が手から滑り落ち、地面に倒れこむ。眠い、疲れました。
パシャパシャと何かが走ってくる音がする。
「ホルンさん!!大丈夫!?」
……クラリオンさん?良く、見えないですね……。これは、抱き起こされたのでしょうか。
「すごい傷……!!腕の時みたいに治せないの!?」
……ん。傷の修復に意識を割く。
「力が足りないみたいです……」
「なら! さっきみたいにわたしの血を吸ったら……!」
「……ダメですよ。これ以上は貧血で倒れてしまいます。それにもう体力自体が残っていないので、あまり意味がありません」
「貧血なんて言ってる場合じゃないよ! 火が……!!」
クラリオンさんの声に焦燥感が滲んでいる。
焦げ臭いと思っていたらそれですか。ブレスや自爆の炎が回り始めたのでしょう。全く、迷惑なドラゴンですね。
「ホルンさん!? 聞こえてる!? 返事をして!」
なにか、言ってますか? よく、聞こえません。
「意識が……!!」
夢現のところに、口の中になにか突っ込まれた。薄らと目を開けるとそれはクラリオンさんの指だった。血が出ている。
「クラリオンさん……?」
「起きた!? 寝ちゃダメだよ!!」
「火が、危ないですよ? 先に逃げてください。後から、追いかけます……」
「それは無理そうだってことくらい、戦えないわたしにもわかるよ……!!」
クラリオンさんが私を背負う。
「必ず連れて帰るから。貴女がドラゴンに勝てるくらい強いって皆に教えるの。わたしの友達はホントは凄いんだって!! だから、こんなところで死なせない……!!」
「ふふ、それは素敵ですね……」
「そうだよ。だから一緒に逃げるよ」
「…………」
「ホルンさん?」
「…………」
「……ッ!! 諦めないから……!!」
人一人を背負って森の中を進む。広がった炎が後ろから迫ってくる。もう、ベースキャンプの方へは向かえない。
「はぁっ……、はぁっ。ゲホッ!ゲホッ!」
「…………」
ひたすら炎から逃げるように歩いていく。煙に巻かれて、呼吸が辛い。ドラゴンの脅威から生き残ったのに、勝ち残ったのに、炎で死んでしまうなんてそんなの嘘だよ。
気づけば一面燃え盛る炎。どこがで木が倒れる音がする。近い。
「ゲホッゲホッ!! はっ……、はっ……」
「…………」
デコボコした地面に足が取られる。上手く進めない。
貧血なうえ、疲れで脚が震える。関係ない。彼女は傷だらけで戦った。
汗が滝のように流れる。炎が近い。煙で息が苦しい。目が霞む。
「きゃあ!?」
突然、燃え盛る木が倒れてきた。
それに驚いて避けようとしたら、足がついてこずに倒れてしまった。その時の衝撃で背中から落としてしまう。
「うう……。ケホッケホッ、ホルンさん、どこ!?」
煙に視界を阻害され涙を出しながら辺りを探す。そして倒れたまま動かない彼女の姿を見つけた。結構な衝撃だったはずなのに目を覚ます様子も無い。嫌な予感を押し殺して口元に手を当てた。
「そんな……、息が……。いや、ちょっとだけ……」
ほんの少し息がある……気がする。どっちにしろ危ない状況。護身用のナイフで指を切って、口に含ませた。口の中は乾ききってカサカサだった。きっとこの熱のせい。
「まだ、終わってない……!!」
動かない彼女を背負い直して、立ちあがろうとする。しかし、押しつぶされるように倒れ込んでしまった。
「うぐっ!? ……あっちに」
足にうまく力が入らない。そのまま這って進み、そこにあった岩を支えにゆっくりと立ちあがる。事態は一刻を争う。止まってなんていられない。火の粉が舞う中、進み続ける。
「は……ぁ、は……ぁ、……あっ!?」
前を見据えて進んでいるとずるりと足が滑った。段になっていて踏み外してしまったのだ。そのまま坂を転げ落ちる。
「う……う」
ようやく止まった所で目を開けた。すぐ前には彼女の顔が。思い出されるのは初めて会った時のこと。あの時もこんなに顔が近かった。
違うのは、双方が煤にまみれて泥だらけで。そして彼女がまるで眠っているようであることだろうか。
彼女は……すごい人だ。編入して数日で、初めて見た彼女の槍捌きに見惚れてしまった。後で聞いたけれど、彼女は槍のスキルを持っていなかった。
スキルがないのに、あれだけの槍捌き。Sランクスキル持ちに槍の腕を認められた。スキルがないのに、彼女は努力を辞めなかった。スキルなんて無くても彼女は槍を振るうのが唯々好きだった。楽しそうだった。
スキルなんて無くても彼女はドラゴンに立ち向かい、守ってくれた。
そしてスキルを得た彼女はドラゴンを打倒して見せた。彼女はスキルがあっても無くても、本質は変わらなかった。
スキルなんて無くても彼女は強かった。その心が。とても。
わたしは『キセキ』を得るまでスキルがないのがコンプレックスだった。スキルを得た後は皆が気にかけてくれた。わたしの『キセキ』を認めてくれた。
でも、わたしは? わたしは、そこに必要? 皆が見ているのは、『わたし』? それとも『キセキ』?
そんな時見つけたのが彼女だった。スキルがなくても槍と向き合っていた彼女は。『キセキ』じゃなく、『わたし』を見てくれた。
スキルなんて関係なく槍を振るっていた彼女の背中に、スキルに縛られない生き方を教えてもらった。
人は『スキル』じゃない。『心』なんだって。彼女ならスキルの強すぎる光にわたしが隠されてしまっても、きっと見つけてくれる。
そんなすごい人をこんな所で失いたくない。
倒れた彼女の手を握る。
「絶対に――――諦めないから……!!」
枷が外れる。体からなにかが抜け出していく感覚と同時に不思議な光があふれ出す。光は留まること無く広がり続け、光に触れた炎が消え、森は元に戻っていく。
「居たぞ!! こっちだ!!」
そして十分ほど経った後。炎が消えて元通りになった森の中。
捜索隊を指揮したユークリウス・トラペッタが見つけた時には二人して安らかな寝息を立てていたという。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
私はドラゴンとの戦いを生き残った。もう無理だと思っていたけれど、クラリオンさんに助けて貰ったのだ。彼女は傷と煤だらけになりながら私を運んでくれたという。彼女の頑張りが無ければきっと私は生きていない。それにお礼を言えば、なぜか彼女は泣いていた。わたしこそありがとうと、声を上げて泣いていた。
それからは怒濤の展開が続きました。私達のクラスが王子と同じクラスにされたり。私が実家の言うことを聞かなければ勘当されたり。路頭に迷った私をクラリオンさんのご両親が家に迎えてくれたり。メイドになってみたものの仕事が出来なくて先輩に怒られたり。クラリオンさんからのスキンシップが心なしか増えたり。気づいたら実家が没落してたり。
でも彼女の言葉に比べれば些細なことでした。
「わたし、スキルのランクが人の価値を決める世界を変えたい」
「確かにスキルは、すごい力を持ってる。でも大事なのはやっぱりその人本人だと思うから」
彼女は冗談で言っているのでは無かった。だから私は彼女を諭す。
「ユニさん。スキルは今や貴族の権力と切っても切れない関係です。貴族、王族までが強く反発するでしょう。殿下が敵に回る可能性も高いです」
「それにスキル至上主義は私達が住んでいる国だけではなく、世界に広がっています。最早人の営みから切っても切れない常識なのです」
「それでも変えたいと言うのなら――――」
「――――このメルヴィ。これより貴女の障害を貫く槍となってみせましょう。それで良いですか?」
「うん、ありがとう。メルさん」
そんなある日の昼下がり。結果がどうなったかはまた別のお話。
ただ一つ言うのなら。彼女が駆け抜けた「キセキ」は今なお、歴史に刻まれている。
女の子同士の健全な治療行為がありましたが問題ありませんね(確信)。
ドラゴンが演習に現れた明確な理由はありますが、本編には関係ないので端折りました。
主人公は基本的に人から血を吸わないです。元人間なので。
今回発覚した主人公の弱さ。
・戦略眼がない。戦闘の流れの構築が下手。
・戦撃の発動準備が下手。発動までが遅い。
この弱点を吸血鬼の再生力でゴリ押ししました。
主人公のスキルは世界の規格みたいなものが違うので、上手く発動していませんでした。
・主人公のフルネームは「メルヴィ・ホルン」。メルです。
残りのおまけは、主要な人物紹介と主人公の技の説明くらいです。しばらくありません。
ここまで呼んでくれた皆さんは是非、ブクマと評価をお願いします。評価は下の方にある☆です。
それではまたね!




