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第??話 人ノ刻 Ⅱ その4

 

 野外演習。

 学年ごとに決められた時期に、ちょっとした遠征に出る伝統行事です。目的としては、野外でのサバイバル技能の向上。


 野外演習の場所は学院近くの森なのですが、その森はクラリオンさんが住んでいた村の近くだそうです。とは言えクラリオンさんは森に入ったことは無いらしく、土地勘はないそう。

 『キセキ』の発現の原因となった病気は完璧に除去されたそうなのでそこは心配がないそう。クラリオンさんが言っていました。彼女のスキルの力でしょうか。


 五人一組のグループで行動し、一年次は安全のために追加で監督生が付きます。

 戦闘系のスキルを所持していない人も参加させられます。これは戦闘スキル持ちに守らせる訓練、非戦闘員は守られる訓練をするためだそうです。


 朝一でスタート地点まで学年全体で向かい準備を整え、昼前にスタートします。

 各グループで順次出発。定められた目的地へ向かい、スタート地点まで戻る事で野外研修は完了となります。


 グループは同じクラスの人と組むことになるので、殿下達と組むことはありません。彼らのクラスは人数不足だったので、いつも居る四人だけでグループになっていました。


 私のグループは私とクラリオンさん、そして戦闘スキル持ちの3人の男子です。私は戦闘スキル持ちでは無いので、非戦闘員として扱われています。自分の事ながら情けない……。


 同じグループの男子三人はクラリオンさんに良いところを見せようと躍起になっています。私は……みそっかすですね☆。……はあ。


 監督生の方は少し離れた場所でこちらを観察しています。余程の事が無い限り介入はしないそうです。介入されるような事態になると成績に響きます。

 まあこの森は弱い魔物しか居らず、介入するような事態が起きるのはこれまで片手で数えられる程度だとフールート様が言っていました。サバイバル訓練とはいえ、貴族もいるので危険性を下げに下げてほぼ慣習のようなものとなっています。なので魔物に遭遇することも無く、帰還できるほど簡単なのです。……そのはずだったのですが、現在問題が。


「おい、本当にこっちであってるのか?」


「わかんねえよ!!」


「高い木のせいで空もまともに見えないから方角も確認できないぞ!?」


「ねえ、ホルンさん。これって……」


「ええ、クラリオンさん。これは……」


 私達、絶賛迷子中です。


 さてどうしたものでしょうか。監督生は沈黙を保ったままです。

 目的地が記された地図は早々に彼らが確保しています。最低ランクスキル持ちの私に渡すわけも無く。

 自信満々に突き進んでいく彼らの背中に着いて行くしかありませんでした。まあかく言う私も地図は読めないのですが。

 これなら方位磁石くらい持ってきておけば良かった……。簡単と聞いていたので油断しました。


「どうするんだよこれ!!」


「は? 地図持ってたのお前だろ!!」


「全く……。この結果が成績に響いたらどうしてくれるんだ」


 現在彼らは誰に責任があるか、なすりつけ合っている所です。言い争っているのを見ていても埒があきません。


「あの……」


「あ?」


 睨まれてしまいました……。


「誰か木に登れば良いのではないでしょうか? そうすれば空を確認できるかもしれません」


「は? 五月蝿ぇぞ、Exランク如きが」


「ただの足手まといの君が命令しないで欲しいな」


「……すみません」


 にべもなく断られました。とりつく島もありません。


「ちょっと皆、酷いよ!?」


「しかしですね、クラリオンさん。こいつは現状ただのお荷物。貴女はSランクスキル持ち、守る価値は十分すぎる程ですが、こいつは……ねぇ?」


「…………」


「そんなの……!!」


 向けられた視線から顔を逸らせた所で、別の男子が声を上げた。


「そうだ!!お前が登れば良いんだ」


「そりゃ名案だ。これでお荷物から脱却、グループの役に立てるって訳だ」


「っ! あなた達―――」


 男性二人からの提案に声を荒げそうになった、クラリオンさんを手で押しとどめる。


「わかりました、やりましょう」


「ホルンさん……」


「いえ、良いんです。私が役立たずなのは事実なので」


 何かを言いたそうだったクラリオンさんの視線から逃れるように背を向ける。直ぐ側の大木を見上げてどうやって登ろうかを考えた所で――――ゾクリと背筋が凍るような危機感を覚えた。


「伏せて!!」


「――――え?」


 咄嗟に叫ぶもこの場の誰も反応できていない。そうしている間にも上空から何かが急接近する。


「ッ!!クラリオンさん!!」


 私に出来たのは側に居たクラリオンさんに抱きついて地面に倒れ込む事だけだった。

 私達の上を巨大な何かが通り過ぎていったと思えば、湿っぽい、ぐちゃりという生々しい音が耳に入ってきた。ああ、そんな……。


 地面に倒れたまま顔を上げると、さっきまでいた男子三人の姿は無く少し離れた場所に大きな血だまりが三つ。きっと彼らはもう……。


 また、守ることが出来なかった。確かに彼らは酷い人たちでした。私を差別して、罵倒する。そんな酷い人たち。それでも死んで良いはずなんてなかったのに……。


 彼らが作り上げた血だまりの先。そこにはこちらに背を向けた巨大な何かがいた。


 強靱な四肢に、背には巨大な翼。長い尻尾に、暗い森の中でも反射光が見える鱗。

 竜だ。

 伝説でしか聞いたことのないドラゴンがそこにはいた。


「ホ、ホルンさん……」


「ッ!!」


 私を呼ぶクラリオンさんの声でハッと我に返る。彼女は恐怖に震えていた。そうです、今は彼女を逃がさないと……!!


 反省なら後でいくらだって出来る。それこそ私が死んだ後でも。だから今はクラリオンさんを……!!


 その時何かをグチュグチュと貪っていたドラゴンの、血走った目と私の目が交差した。


「っ!!走って下さい!!」


「う、うん!!」


「ゴアアアァァァアァァアァ!!」


 あれには私では勝てない……!!生き延びるには逃げるしかない。

 クラリオンさんの腕を引っ張って走り出してすぐ。口に含んでいた何かを飲み込んだドラゴンが地を震わせる咆哮を上げる。


 もっともっとと何かを求めるように。狂ったように私達に向けて走り出した。


「クラリオンさん、『キセキ』は!?」


「ごめんなさい、まだ使い方が……。きゃっ!?」


「こっちに!!」


 地響きをさせながら追ってくるドラゴンの走る速度は私達より速い。なぜか飛んでは来ないのが救いです。

 普通に走っても追いつかれてしまうので、大きな木の間を縫うようにして逃げていきます。なんども轟音が鳴り響き何かが倒れる音がこだまする。

 日の光すら通さないほど多く巨大な木が、ドラゴンにぶつかる度にへし折られているのです。巨木は壁にはなりませんが、障害物としては機能しています。少なくとも速度は落としてくれているはず、そう思わないとやっていられません。


「はあ、はあ、はあ……!!」


 慣れない全力疾走にクラリオンさんの息が上がってきた。彼女を担いでも私の力では共倒れ……、そうだ!!


「クラリオンさん、上に跳ねるように走って下さい。……そうです、そのまま。今から私が引っ張ります」


「わっ!?」


 走っている時は両足は地面に付いていません。その滞空時間が延びるように走ってもらいました。そして浮いている間に私が引っ張って距離を稼ぐ。

 クラリオンさんはまるで鹿が走るようで。

 彼女が地面に脚を着くときに転けないように注意しなければなりませんが、これで大幅に速度アップ。

 これなら逃げ切れ――――そんな!!?


 目の前に影と共に降ってくる巨体。ドラゴンだ。次々と木がへし折れる音と共に地面に激突。


 痺れを切らしたのか、跳躍したのでしょう。進行方向を塞ぐように地面に激突したドラゴンはこちらに向き直る。


 口元がヤケに明るい。炎が漏れている?。これは噂に聞く――――ブレス!?マズい!!


「くっ!?」


 炎が発射されるのを見る前にクラリオンさんを抱き上げ、全力で横に跳躍。近づいてくる熱源。無情にも吐き出された炎の範囲は広く、逃れることは出来そうもない。


 せめてクラリオンさんだけでも……!!と投げ飛ばそうとした。その時。

 炎と私達の間に何かが滑り込んできた。


「絶対に防ぐ……!!」


 巨大な盾を地面に叩きつけ、盾を強化するように透明な障壁を展開した。その障壁は今にも私達を飲み込まんとする竜の炎を完全に遮断していた。


「あなたは……!!」


 監督生の方!生きていたんですね!!


 両手で盾を押え続けている監督生の方が振り返った。炎に照らされた横顔で叫ぶ。


「ここは俺が時間を稼ぐ!! だからすぐに応援を呼んできてくれ!!」


「そんな! 置いてはいけません!! 私も手伝います」


「悪いがお前じゃ足手まといだ!! 俺を死なせたくないなら、その子を連れてさっさと行け!!」


「……ッ!!」


 ここでも、私の弱さが足を引っ張る……!! 唇を噛みしめ頷いた。


「わかりました。ベースキャンプの方向は?」


「このまままっすぐだ! 行け!!」


「すぐに助けを呼んできます。クラリオンさん……」


「う、うん。先輩、頑張って下さい……!!」


「まかせろ……!!」


 悔しさを振り切って後ろに駆け出す。私では助けられないから、せめて急いで応援を……!!

 クラリオンさんの手を引いて前へ前へと駆けていく。どうか死なないで……!!


 その願いは奇しくも嫌な形で実現される事となる。


 それから走って数分は経ったでしょうか。薄暗さが消え、日が差す程度には森が浅くなった。明るさ的にきっともう少しでスタート地点に、ベースキャンプにつく。


 希望を抱いたそこに。


 まるで何かに投げつけられた様にして目の前に着弾するものがあった。それは。


「そんな……」


「ゲホッ。……悪い。大して持たせられなかった……」


 砕け散って持ち手だけになった盾が指に引っかかり、握りしめられた様にして体中の骨を折られた監督生の人だった。この人がここにいると言うことはつまり――――。


 土埃を上げて絶望が背後に舞い降りた。

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