第??話 人ノ刻 Ⅱ その3
人気のない校舎の死角に金属同士が何度もぶつかり合う音が響く。
「このッ!!【一閃】!!」
「ふむ、こんなものか?」
練り上げた闘気を踏み込みと同時に爆発させ、加速。透明なオーラをまとった槍で高速の突きを放つ。
それを見切った相手は私が戦撃を発動する頃には懐に踏み込んでいて。
「……参りました」
渾身の一突きは誰もいない空に威力を霧散させ。技後硬直で隙だらけの私の首に添えられた剣に、槍を降ろして降参を宣言した。
学院内の秘密の場所に珍客が来るようになって数日。気まぐれに訪れたザンクス・オーボエ様との手合わせ。回数にして十数回。未だ勝利数、ゼロ。……もう、泣いても良いのでは?
「ホルン嬢。不利になったときに無闇と、戦撃だったか?それに頼るクセは直っていないようだな」
「うぐ……。申し訳ありません」
「確かにお前の戦撃には一撃で戦況をひっくり返すだけの威力がある」
一度だけ、オーボエ様に戦撃を当てたことがあります。
オーボエ様の胴体にきれいに吸い込まれていった私の渾身の一撃。穂先を潰した訓練用の槍とはいえ、人体を容易く骨折させる程の威力。
ですが彼の「金剛体(S)」の前にはかすり傷でした。
「金剛体(S)」はその名の通り、体を信じられないくらい硬くするスキルです。金属の壁など比では無く、伝説に聞く竜の鱗と良い勝負が出来るほど硬いそうです。
私の戦撃はその「金剛体(S)」を使ったオーボエ様にかすり傷を負わせた程度。オーボエ様は驚いておられましたが、私は泣きました。だってこれ効かないなら私勝てないじゃん……。一応吹き飛ばして時間稼ぎは出来ます。
「だが使い方がダメダメだ」
「……ダメダメ」
「お前の槍捌きはSランクスキル持ちのそれに近い。槍を振るう鋭さ、重心の移動の滑らかさ、次の技に移る時の流れ。全てが高レベル、まさに芸術のようだ」
「あ、ありがとうございます」
「だが、戦撃に移るときに流れが途切れる。端的に言うと全部死ぬ」
「……全部死ぬ」
あまりの言い様に私の瞳のハイライトも死にました。
戦撃に上手く繋げられない原因としては一つ。私の演武の中に戦撃に移る動作は存在しないから。
私の演武は最初の人生で教わったものです。私の祖先から代々受け継がれてきたものだったのですが、その中に戦撃の動きは含まれていません。
こうなったら演武の中に戦撃も盛り込むべきでしょうか?
「Sランク級の動きが急に途切れてぎこちなくなり、スキル無しよりも酷い動作になる。流れをぶった切って不自然な動きで構えを取るうえ、透明なオーラを出してから技に移るまでの時間が長い。まるでこれから技を使いますよと教えているレベルだ。追い込まれた時に戦撃に頼りがちなクセと相まって、慣れればサルでも避けられる。寧ろ使わん方が時間稼ぎになる」
皆さん聞きました? 私の戦撃、サルでも避けられるんですって。
……ちにたい☆
「ちょっとオーボエ様!! ホルンさんとっても落ち込んでしまったじゃないですか!!」
「ぬぐ……。しかしだな、クラリオン嬢」
「しかしもカカシもありません!!ホルンさん、おいで?」
「クラリオンさん……!!」
「よしよし」
木陰で椅子に座って見学していたクラリオンさんの膝にふらふらと引き寄せられる。私からは見えませんが、クラリオンさんはきっと慈愛の表情で。
私の髪を優しく撫でてくれる感触に、私の傷ついた心が癒やされていくのを感じます。
貴族の令嬢にあるまじき醜態ですが、もうなにも考えたくありません。うぼぁー。
クラリオンさんに撫でられて、現実を忘れる事数分。
「すみません。つい、お見苦しいものを……」
「ふん。貴様が醜態を晒すのはいつもの事だ」
この……!!苛立ちを押し隠して、ニッコリと微笑み返す。
今のはクラリオンさんの横に座っていたユークリウス・トラペッタ様。毒舌王子め……!!正体表しましたね……!!
「トラペッタ様!!」
でもクラリオンさんは私の味方です。嫌われると良いです。もっと言ってやって下さい!!
「何だクラリオン嬢? 課題を増やして欲しいならそう言うと良い」
「……ごめんなさい。ホルンさん、私は……無力です……!!」
そんな!?瞬殺!?
クラリオンさんは毒舌王子との貴族としての礼儀作法の勉強に戻ってしまった。世界は……残酷ですね。
「続きを良いか?ホルン嬢」
「う、受けて立ちましょう……!!」
「よし、まあ後は戦い方だな。これは感覚的な話なのだが、とにかく下手だ。何故そこでそうする?という場面が多々ある。……ミストロイ」
「はいはい。交代ですね」
打って変わって、説明役に躍り出たのはミストロイ・フールート様。常識人枠なのですが私の勘が囁いています。この人は腹黒メガネだと……!!
「ホルン様? 何か余計なことを考えていませんか?」
「いえ、なんでもありませんよ?よろしくお願いします」
「……コホン。まず、ホルン様の戦い方には戦略が存在していません。全て行き当たりばったり。近接戦闘が得意でない私でもわかるほど酷いものです。攻めるべきでないところで突っ込み、押すべきところで躊躇する。そんな場面が多々散見されました。こればっかりは自力で学んで貰うしかありません。正直なところ、ここに関してはザンクスとはレベルが違いすぎて、手合わせでは吸収出来ないでしょうし、ザンクスから解説して頂くのも難しいでしょうね」
「戦い方を上手くする……。もう少し考えてみます。ありがとうございます」
どうやれば良いのか全っ然わかりません。攻撃してはいけないタイミングで攻撃している? どうやって判断すれば良いんですかそれ?
何度も転生する中で槍は振り続けてきましたが、やはり戦闘回数はそれと比べると圧倒的に少ないです。槍を振るのは毎日やってきましたが、戦闘は毎日していたわけではありませんから。
決して少ない回数ではないはずなのですが、私の成長速度では足りなかったということでしょう。なにかコツがつかめるまでひたすら努力するしかないでしょうね。
不完全燃焼だったのか少し離れた場所で素振りを始めたオーボエ様。それを見て元の場所に戻っていくフールート様。手に持った紙を見てウンウン唸っているクラリオンさんと、呆れた表情を浮かべるトラペッタ様。そして離れた場所で、気に背を預けて目を閉じているシェイド様。
少しは仲良くなれたと考えてもいいのでしょうか?少なくともクラスの人たちよりはずっと良いのは確実ですが。
これもクラリオンさんのおかげですね。……少し前までだったらこんな光景はあり得なかったでしょう。
訓練用の槍を気に立てかけ、振り返る。
「すみません。私は少々お花を摘んできますね」
「おい」
お手洗いに向かおうとしたところで、木陰で静寂を保っていたトロン様から声をかけられた。
「なんでしょうか?」
「花ならここに沢山あるぞ?」
彼は真顔で側の地面を指さした。その言葉にキョトンとする。何を言っているのかわからなかった。
一拍の後、その場にいた全員のジト目が彼に突き刺さった。
「な、なんだ。何故そんな目をする」
「……ミストロイ」
「……はぁ、承知いたしました」
頭痛をこらえるように頭を抱えたトラペッタ様がフールート様に声をかける。それを受けて非常に不服そうなフールート様がトロン様に耳打ちをした。
そうすれば彼はギョッとしてこちらに振り向いた。
「花を摘む」とはお手洗いのこと。そして彼はここに花があるぞと言いました。つまり彼は「ここで用を足せ」と言ったことになるのです。
「へんたい……」
「な、違う……!!俺は……」
その言葉の続きを待たずに私は駆け出した。
シェイド・トロン様。彼は普段物静かで、出来る男の雰囲気が漂っている。実際有能ではある。
だが彼、実はかなりの天然だ。
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中途半端に手を伸ばしたままの格好で固まるシェイドの背中に、ユークリウスが冷たい視線を送る。
(全く、世間知らずめ。あれさえ無ければ……。もっと世間の常識を学んでこい)
そこで彼はふと思い出した。
「そう言えば……」
「どうしました? トラペッタ様」
ユークリウスが呟いた言葉に、ペンを動かしていたユニが不思議そうに顔を上げる。
「いやなに、そろそろだと思ってな」
「そろそろ?」
「ああ、学年別である野外演習の時期だ」




