涙の夜は明ける事なく、喜びの朝が来る事は無い
『だが、彼らの最も重い罪を罰する事は出来なかった。
その罪とは「馬鹿だった事」だ。
とは言え、陪審員が彼らを死刑にする事を決めるまでに、
たった一四分しかかからなかった』
マイケル・ベイ監督「ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金」より
何故……こんな事になってしまったんだ?
俺達は……「関東難民」が多く住んでいる団地に……穏当な交渉に出掛けただけだった。
まぁ、万が一の為の護身用に、金属バットに、サバイバル・ナイフに……あと、暴力団やテロ組織が、ここ1〜2年で軒並潰れたせいで、仕事がなくなってるそっち系の連中から買った拳銃や「呪符」ぐらいは持って行っていたが……。
どうやら……団地は、もぬけの空のようだった。
しかも……奴らが居た……。
「うわあああ……っ‼」
野口が拳銃を撃つが……北米連邦あたりの映画やドラマで良く観る光景を本当に目にする羽目になった……。
拳銃を扱い慣れてないヤツが、オートマッチク式の拳銃を撃ったら……排莢の際のスライドで……自分の手や指を怪我するって、アレだ……。
野口の目の前に居る銀色の狼男は……銃弾は外れたか……当たっても効いてないらしく……野口が顔に付けていた暗視ゴーグルは、あっさりと外され……。
「お前……今、何時だと思ってるんだ?」
まず、味方の内、一名が拘束された。
「おりゃあっ‼」
続いて、堤が手持ちの呪符を全部発動させ……。
「ごるぁっ」
「ぐりゅうっ」
何匹もの悪霊が、奴らを襲……あれ?
「オン・バサクシャ・アランジャ・ソワカっ‼」
えっ? あのスレッジハンマーを持ってる強化服のヤツ、「魔法使い」だったの?
おい、魔法使いなら……魔法使いらしい格好しろよっ‼
呪符によって呼び出された悪霊達は、あっさり消え去り……並のサラリーマンの一ヶ月分の給料ぐらいの金を取られた呪符は……結果的とは言え何の役にも立たなかった……。
俺が子供の頃、世界は大きく変った。
魔法使い・超能力者・改造人間・変身能力者……能力の源・強さ・種類・使い勝手がそれぞれに違う「普通の人間にない『特異能力』を持つ者達」が山程居る事が判明したのだ。
いつしか、多くの国で、特異能力犯罪を対象にした警察が創設され……現場に出る可能性の有る軍人や警官は「精神操作」系の特異能力への対抗訓練を受け、魔法や超能力を防ぐ「護符」を持つのが当り前になった……。北米連邦あたりでは、「警官のバッジ」が「簡易式の護符」を兼ねているらしい。
だが……特異能力犯罪は防ぐのが困難だった。あまりにも様々な「特異能力」が有り過ぎて、特異能力犯罪者を逮捕出来ても、特異能力による犯罪である事を裁判で証明出来るとは限らず……そして、有罪に出来ても、刑務所に押し込める事が可能とは限らず……場合によっては死刑にしたくても殺し方が判らない……そんな事も日常茶飯事となった。
そんな警察に代って治安を担うようになったのが……正体を隠して活動する違法な「正義の味方」「御当地ヒーロー」だった。
もちろん……奴らは……自分達が「正義の暴走」ってのをやらかす可能性を認識しており……その対処もしてるつもりだった……。
問題は……その対処方法が「行き過ぎたポリコレ」だった事だ。
奴らは……奴らが「社会的弱者」と見做したクソ野郎どもの味方になる事が多かった。
例えば……俺達、善良な一般人が、町の景観を害するホームレスに、穏当な手段で、この町から出て行ってくれるように交渉をしたとする。
だが、もし、それが奴らの目に止まれば……奴らは俺達をブチのめし……その時たまたま俺達が手にしていた、俺達の私有財産である金属バットやサバイバルナイフを何の法的根拠も無く「没収」していくのだ。
今夜だって、そうだ……。
俺達は、この団地の住民を部屋から引き摺り出し、冷い地面に正座させて、基本的人権の1つである「居住移転の自由」を行使して、携帯電話もロクに使えない火山灰だらけのかつての住所に、そろそろ戻ってくれないと……俺達は何もする気は無いが、昔から地元に住んでる人達の中には、気が荒いのが居るんで、身の安全は保証出来ないぞ、と平和的に命令する……たった、それだけの事以外は、何もやるつもりなど無かった。
なのに……何故か、情報が漏れて……住民の代りに居たのは……奴らで……。
気付いたら……俺以外は……全員、拘束されていた。
だが……俺は……仲間を見捨てるようなゲス野郎なんかじゃない。
「俺が囮になるっ‼ その隙に逃げろっ‼」
俺は、手足を縛られて、地面に転がされている仲間に向かって、大声で叫ぶと……逃げるフリをして走り出し……。
だが……進行方向に、1人の正義を騙る変態コスプレ野郎が居た。
小柄だ……中学生並の体格。
勝てるかも知れない……。
俺は……日本刀……実は、ウチの祖父ちゃんのモノなんで、持ち出した事がバレたら色々とマズいんだが……を抜き突撃。
所詮、俺は素人だ。刀で斬り付ければ、当たらないし、下手したら、自分の刀で自分が怪我をする可能性は良く判っている……。
突きだ。
これなら……相手からすれば点にしか見え……点にしか……しか……。
そのチビは、ゴッツいナイフを抜き、俺の突きに合わせて……うそ……サラリーマンの年収数年分ぐらいの値段の名刀じゃなかったのかよっ⁈
壊したらどころか……持ち出した事がバレただけでエラい事になる伝家の宝刀は……あっさりと……縦に切り裂かれた……。
「あのさぁ……2つほど疑問なんだが……お前が囮になったとしても、お前の仲間が逃げられる状況には思えなかったし、自分から『俺が囮になる』なんて大声で叫んだら囮の意味が無いと思うんだが……何をするつもりだったんだ?」
「う……う……うるせえ……チビ……齢上の男には……敬意を払え……っ」
だが、俺を叩きのめしたチビは……やれやれと云う感じで……とんでもない事を言い出した。
「こんなのが息子とは……ここの市長の政治方針は賛同出来ない事ばかりだが……同情だけはするよ……」
おい、何で知ってる?
「待てっ‼」
その時、助けの声がした。
「また、君か?」
白いプロテクター付のコスチューム。
白地に旭日旗を思わせる赤い太陽のマークが描かれたマスク。
行き過ぎたポリコレに取り憑かれた挙句、俺達、善良な一般人に危害を加える凶悪な自称「ヒーロー」とは違う、数少ない俺達を守護ってくれる「真のヒーロー」の1人である「クリムゾン・サンシャイン」だ。
「何をしている? 君達のような圧倒的な力を持つ者が、力無き者を一方的に叩きのめすなど……君達の正義に反する筈だ」
「すまない。その冗談は聞き飽きた。何度言えば判る? こいつらは、自分より弱い者を一方的に叩きのめそうとしているゲス野郎どもだ。私達を爆笑させたいんなら、そろそろ、新しいネタを考える事を推奨する」
「僕は真面目な話をしてるんだぞ。彼等にも人権は有る筈だ」
「判った……どうせ……こいつらを警察に引き渡しても、この馬鹿の親のコネですぐに釈放されるだろう……。何度繰り返しても同じである以上、あとは……君に任せよう」
「理解していただいた事を感謝する」
「なら……君にも理解して欲しい事が有る」
「何だ?」
「真の悪は……『馬鹿が力を手にしている状態』だと云う事だ。こいつらのような阿呆な小悪党こそが……いずれ、世の中に大きな害悪をもたらすだろう……」
「君の言っている事が……仮に正しいとしても……彼等を守護る者が1人ぐらい居ても良いだろう」
「ねぇ、ところでさ……そろそろ、ボク達の仲間にならない? 給料も出るよ」
その時、別の変態コスプレ野郎が、クリムゾン・サンシャインに声をかけた。
声からすると若い女……。身長は……一七〇㎝より少し高いぐらい。若干の「外人訛り」。
「すまない……。君達の事は尊敬しているが……それでも君達のやり方に全面的に賛成は出来ない。今回は断わらせてもらう」
だが……俺を叩きのめしたチビは……去り際に、クリムゾン・サンシャインの肩をポンと叩くと、意味深な事を言った。
「君の個人情報が漏れているらしいのは……君も知ってる筈だ……。これ以上、危ない橋を渡るな。我々も君のやり方に全面的に賛成出来る訳ではないが……君の事は尊敬している。君を失ないたくは無い」