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8.カロンの実

休憩が終わり、アイゼルの指示で山菜採りが始まった。

一気にすべて採ってしまうと、野が荒れてしまう。採りすぎないように気をつけながら、せっせと山菜を摘んでいく。習うより慣れろというもので、メモを取らなければ忘れてしまうかも…と思ったのは杞憂に終わり、レイナはすぐにどれが食べられるものなのかわかるようになった。

ワラビに似ている“ジュサイ”、菜の花に似ている“ユッカ”、シイタケに似ている“ジャンダケ”など、名前が違うのは覚えるのに苦労するが、玲奈時代に食べたことがあるものは見た目でだいたいわかる。頭の中で(ジュサイ、ジュサイ…)とつぶやきながら採取して脳に名前を叩き込んでいく。

昼休憩にバオンを食べ、午後も引き続き山菜を採り、そろそろ引き上げようという頃にはだれのカゴも山菜でいっぱいになっていた。葉ものは塩でもんで保存できるし、キノコは日もちする。半分くらいは乾燥させれば当分食卓がもつだろう。みんなホクホクとした表情だ。


「先生! この先にカロンの生っている場所があるんだ。ちょっとだけ取ってきちゃダメかな?」


帰り支度をするアイゼルに、トーマが尋ねた。

アイゼルは、カロンか…とつぶやき、トーマの方を向いた。カロンが食べたいというトーマの気持ちはわかるらしい。


「どのあたりだ?」

「この池まで続く小川を、ほんの1ショウ行ったところだよ」


1ショウというのは、だいたい家2軒分くらいの距離で、つまりすぐそこということだ。池にチョロチョロと注ぐ小川沿いなので迷うこともない。アイゼルはそれならば、という風に頷いて許可を出した。

子ども達が歓声を上げ、トーマのあとに続く。レイナもトーマに引っ張られて小川沿いを歩いて行った。

本当に家2軒分ほどのすぐ近くに、群生している低木があり、その木に指先ほどの小さくて丸い、赤い実がたくさん生っていた。

トーマは実をひとつもぎると、ほいっとレイナの口に放り込んだ。突然のことに驚きながら思わずかみしめると、ぷつりと皮がはじけてじゅわっと甘酸っぱい味が口の中に広がる。サクランボに似た味だが、粒が小さい分もっと濃厚で、野生みのある味だ。

思いがけぬおいしさに目を見開くと、トーマが得意げに笑った。


「なっ、うまいだろ!」


もぐもぐしながらレイナがコクコクとうなずくと、トーマが「これを食べさせたかったんだ」と照れくさそうに言った。


「トーマ兄ちゃん、赤くなってる! レイナに惚れてやんの!」


ませたちびっ子達がはやしたてる。

コラ! と少し怒りながらトーマが子ども達の頭を小突くが、本気ではない。照れ隠しのように怒るトーマに、レイナはくすぐったい気持ちになってふふ、と笑った。

家にも土産にできるように、カロンの実をどっさり摘んでいく。カロンはこの季節にしか生らないから、みんなこの機会を逃したくないのだ。


「あっ」


ちびっ子のうちの1人が、欲張って採りすぎた分を手からこぼしてしまった。小さな実はボロボロと落ちて、いくつかは小川に流れ、いくつかは小川と足元の間の泥の部分に落ちてしまった。


「あーあ、もったいねぇ。泥がついた部分は洗っておけよ」


トーマがあきれながら、ほらよと泥に落ちた部分を拾い上げる。レイナもしゃがんで一緒に拾い、小川で泥をすすぐ。


「なんでぃ。レイナは本当にきれい好きだなぁ。そんなに一生懸命洗わなくても、ちょっとの泥くらい平気だぜ!」


強がりたい年頃なのか、8歳くらいの男の子がそう言って泥のついた実をざっと拾ってばくばくと口に含んだ。


「バカッ! せっかくうまいのにもったいねぇことするな!」


トーマが慌てて止めるが、ときすでに遅く、男の子はうげぇと実の一部を吐き出す。泥がついた部分がかなりマズかったようだ。

レイナも驚いて、竹の水筒を差し出す。


「泥のついた部分を食べたら、お腹を壊すかもしれませんよ。お茶で口をゆすいで…」

「茶ですすぐなんてもったいないことできねぇよ! これくらいの泥、平気だよ!」


美人のレイナに見つめられて恥ずかしくなったのか、男の子はますます強がる。先ほどいくらかの実は吐きだしていたとはいえ、それでも泥の部分をかなり飲み込んでしまったはずだ。レイナは不安になりながら、トーマを見上げた。


「…まぁ、ちょっと吐き出したから大丈夫だろ。お前、腹が痛くなったらビャク草飲むしかないんだからな」


トーマが呆れたように言うと、男の子はゲッと青ざめた。ビャク草だけは避けたいらしい。「俺、腹が痛くなっても寝て治すからな…」と呟いている。


「そろそろ戻ろうぜ! 遅くなると先生に置いて行かれるぞ!」


トーマのかけ声で、子ども達ははぁいと返事をしながら戻っていく。レイナは、この世界の人たちはどれくらい泥を食べても平気なのかしらと不安になりながら来た道を戻った。

アイゼルは、「遅い、なにをしていたのだ」とかなりご立腹で、帰り道はみんなびくびくしながら静かに山を下った。レイナは念のため、再度しんがりを務めて目についたビャク草を少しずつ摘んで行った。


その夜は、マオが腕をふるって山菜料理をつくってくれた。明日以降にも食べる大事な食糧だが、レイナががんばって採ってきたご褒美と、子どもたちがみんな結婚して家を出て、レイナを入れて3人しかいないこの家では今日くらい贅沢してもすぐになくなったりしないから、というのがごちそうの理由だ。とっておきの味噌を使ってキノコを炒めたものや、保存していた大事な干し肉と山菜を一緒に炊いたものなど、レイナはこの世界に来てから初めて口にするものばかりだった。


――味噌があるということは、やっぱり中華圏っぽいなぁ。きっと醤油もどこかにあるんだろうな。


ゴマ油を使ったキノコの味噌炒めは、油と味噌のコクが合わさって箸が進んだ。干し肉と山菜の蒸し物も、じゅわっと肉のうま味が口に広がっておいしい。ティズの酒も進んでいるように見える。珍しくマオもティズと一緒に酒を飲み、楽しい夕餉となった。

夕食を食べ終えてお茶を飲んでいると、家の外がなにやら慌ただしいようにガヤガヤしている。


「こんな時間になんだろうね。どこの家も山菜採りで浮かれてんのかね」


ほろ酔いの自分は棚に上げて、どっこいしょとマオが立ち上がって外を覗くと、血相を変えた村人の男性が駆けてきた。


「おい! ビャク草を持ってないか!?」

「ビャク草? だれか腹痛(はらいた)なのかい?」

「ただの腹痛じゃねぇんだよ! グジが吐くわ下すわで、死んじまうかもしれねぇ!」


マオの顔色がサッと変わる。グジは、泥がついたカロンを食べてしまった子どもだった。

レイナは泥のついたカロンを口に放り込んでいたグジを思い出し、心臓がばくばくし始めた。


――やっぱり、食中毒になった


食中毒にはいろいろあるけれど、大体どのように対処すればいいか知っている。

その知識を使うべきかどうか悩みつつも、レイナは立ち上がった。


「あの、私、ビャク草を持ってます」


レイナがビャク草をのせたザルを持って戸に向かう。


「おお! でかしたレイナ! 悪いがすぐに来てくれ!」

「はい!」


レイナはマオ、ティズとともにグジの家に向かった。走りながら、レイナの頭の中で「自分とこの村の人たちの違いについてよく考えるように」と言ったロイの言葉がこだましていた。


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