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6.ジオ村での暮らし

この世界にやってきた日からマオの家に厄介になって、ひと月が過ぎた。

やってきた頃はちょうど雪解けが終わった初春の頃だったようだけれど、今は新緑が茂る気持ちのよい季節だ。この世界にも春夏秋冬があるらしい。

初めてやってきた翌日、ロイに呼ばれたレイナはここでの決めごとや今後のことについての話を受けた。


レイナが滞在することになったジオ村は、偉大なる王の統べるシン国のなかで13に分かれた州のうちのひとつ、東端のミセン州の比較的新しい村であること。ミセン州の首長は収穫量を増やすために積極的に開墾を行っており、ジオ村もそのひとつであること。ロイとアイゼルは、医師兼指導者として首長から村に派遣され、この夏の終わりまで滞在する予定であること。そしてアイゼルがロウダを倒すときに見せた不思議な力は村の者には秘密にすること。


「ロウダの倒し方は、みんなが知っていることではなかったのですか?」


目をぱちくりさせたレイナが尋ねると、ロイが答えた。


「村の人たちは、アイゼルがロウダを倒せることは知ってるよ。そもそもロウダは大きいとはいえただの獣だから、数人でかかれば倒せないことはないんだ。やつらの弱点は火だから、たいていは松明を使う。でもアイゼルは、特別な力をもっていて1人で倒せる。村の人には罠を仕掛けるのが上手だとか戦闘能力が阿呆みたいに高いんだとか言い含めているけど、実際は君が見たように特殊な力を使っている。そしてその力は、なるべく人に知られない方がいい」


言っていることはわかるかな? とロイがレイナを覗きこむ。人に知られてはまずい能力ということだろう。かなりファンタジーな現象だったことを思い出し、レイナは頷いた。ロイはそれを見てさらに続けた。


「それから今後のことだけど、アイゼルは君がこの村に居つけばいいと思っている」

「アイゼルさんが、ということは、ロイさんはそうではないということですか?」


レイナが尋ねると、ロイは困ったように笑った。


「アイゼルのことは、できたら先生と呼んでくれ。—そうだな。僕は、どちらかというと君がここで生きていくことには不賛成。君は、こういう村で生きていける人じゃないと思うな」


探るような目でこちらを見られて居心地が悪く、レイナはたじろいだ。


「…おっしゃる意味がわかりません」

「そのままの意味だよ。片田舎の村に住み着くには君は聡すぎるし、頭がよすぎる。いろいろなことを知りすぎている、と言ってもいい」


アイゼルの特殊能力のことを言っているのだろうか、と考えながらロイを見上げる。


「ただまぁ、きかんぼうのアイゼルは君をここに置いていきたいようだ。君もどうやらここで生活しようというつもりらしい。僕にはそれを止めることはできないからね。基本的なことを教えてあげよう」


仕方なさそうにロイが笑う。この人は、どこまでを把握しているのだろうか。手に汗がにじむのをそっと服の端でぬぐいながらレイナはロイを見つめた。


「このジオ村は、3年ほど前から開拓し始めた新興の村だ。見てわかるように、山を切り崩して段々に土地をならし、村を大きくしている。初期からいる者は段々の上の方に家を持っている。君が滞在するマオの家はいちばん上にあっただろう?」


今朝、マオの家から水汲みの手伝いのために出たとき、見晴らしのいい高台にいるようだと感じたのを思い出した。高揚したのもつかの間、その後段々を下って川で水を汲み、また最上段の家に戻るのは骨が折れたのだ。


「この村に最初に入植し、みなを指導しているのがティズと、その妻のマオだ。ここは3年前に開かれたばかりで、まだ水田もできていない。少しずつ木を切り倒し、野を焼いて畑にしている。採れた野菜やたまに罠にかかる獣の肉を街で売って、なんとか生活しているんだ。目標は、この夏の終わりまでに水田をつくり、来年の春から稲作ができるようになること。僕らは、開墾の指導や、冬のロウダ被害や栄養失調に悩まされる村人を助けるために派遣された。この冬にロウダの倒し方や罠の仕掛け方を教えて、今はアイゼルが食料にできる山菜を教えたり、水田づくりの指示をしているところなんだ」


だから、とロイは少し厳しい目をしてレイナを見た。


「僕らがここにいられるあと数か月の間に、君がこの村にいるのがふさわしくないと感じたら…そのときは、僕らと一緒に村を出てもらいたい。君も、自分とこの村の人々との違いが苦しくならないかをよくよく考えた方がいい」


なんとなく、ロイはすべてお見通しなんじゃないか、という気がした。けれど決定的なことは口にしない。そしてそれは、暗にレイナにも求められているのだ。本当のことを口にしてはいけない。ここで生きていくのなら、過去のことは話さずにこの村になじむように努力するしかないのだと。


険しくなったレイナの表情を見て、ロイはにこりと笑った。


「まぁ、難しく考えなくてもいいさ。まだ時間はあるしね。まずは、この村の暮らしに慣れてみることだ。マオのいうことをよく聞いて、困ったことがあったら僕に頼りなさい」

「わかりました。ロイさん、ありがとうございます」


レイナは頭を下げて、また段々のいちばん上にあるマオの家に戻っていった。


それから今は、ひと月が過ぎている。

マオの家での暮らしは順調だ。初めは気を遣ってくれたマオも今では本当の娘のように接してくれている。朝、夜明けとともに起きて、まず山の下の川まで水汲みに行く。これがかなりの重労働だ。水汲みにはティズも同行し、川でできる限りの魚を釣ったり、食べられそうな山菜を探す。これが朝食になる。

街で買った貴重な米を食べられるのは朝だけだ。採ってきた山菜と一緒に粥のように炊く。魚がある日はごちそう、という感じだ。

朝食を食べたら、村の男たちは二手に分かれる。川の近くまで下りていき、水田づくりをする者と、木を切り倒して土地を広げる者だ。どちらも重労働になる。

女たちはその間、畑の世話をする。たいていの若い女は幼子を背負ったままだ。レイナは畑仕事を手伝いつつ、よちよち歩きで目が離せない子ども達の面倒を見たり、休憩のときに茶を淹れてみんなに配ったりをする。昼にはマオと一緒にバオンを蒸す。そうしているうちにあっという間に時間が過ぎ、日が沈む前には撤収だ。夕食はバオンと汁物だったり、バオンをつくるのと同じ粉から麺をつくって茹でたりする。たいていは山菜や畑で採れたクズ野菜をおかずや汁物にして食べるが、たまに山で獣が罠にかかっているとその肉が食べられる。そんな日はティズもとっておきの蒸留酒を出して、パーティのような雰囲気だった。


たしかに、日本にいた頃とはまったく違う暮らしだ。玲奈は肉体労働なんてしたことがなかったし、実家にはお手伝いさんがいて、料理もろくにしたことがない。末っ子だったから、小さな子どもの面倒を見るのも初めてだ。食べ物に困ったこともない。けれど、不思議といやな気持ちはしなかった。


――これが新しい人生なのだとしたら、償いのためにあるのかもしれない。


雨ニモ負ケズ、という詩を思い出す。前回の人生では自分勝手に幕を閉じて、いろいろな人に迷惑をかけてしまった。これが新しい人生なのだとしたら、せめてつつましく、真面目に働いて人々の役に立ち、人生をまっとうしたい。

一心に働いているうち、そんなことを考えるようになった。マオやティズを始めとした、村の人々の温かさや朗らかさにも救われた。


――一生懸命、ここで働いて生きていこう。


そうレイナが決意し始めた頃、事件は起こった。


新しい世界にで生きていくことに決めたレイナ。けれど、そう簡単にはいきません。


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