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4.温かいバオン

すみません、予告詐欺でした。

すべての小石を取り除いて濡れた布で足を拭くと、ロイはレイナの足の傷に少しずつ薬草を塗っていった。塗られた瞬間、少しだけスッとする。ハッカのようなものだろうか、とレイナが思っていると、小屋の外から元気な子が聞こえた。


「先生! ロイ! 夕食をもってきたよ!」


そう言ってずかずかと恰幅のいい女性が入ってくる。黒くて油っけのない髪の毛を後ろでひっつめにした丸顔で、歳は結構上に見えた。小脇にいい匂いのする湯気立つ籠を抱え、空いた方の手にはなにやら服のようなものを持っている。


「きれいな女の子を先生が助けてきたっておっとさんから聞いたんだけど…思ったとおりね。2人が女の子に乱暴するなんてこれっぽっちも思っちゃいないけど、それくらいの年頃の娘に布を巻いただけってことはないでしょう。うちんとこの娘のお下がりを持ってきたよ」

「ああ、そうか。そういうことには気が回らなかったな。ありがとう」


ロイが肩をすくめると、女性は呆れたようにため息をついた。


「さぁさぁ男の人たちは出て行って! あたしが着替えさせるから」


ほらほら出ていった、とロイとアイゼルを追い出すと、女性はこちらに向かってニコッと笑った。


「不安かもしんないけど、あの2人は狼藉(ろうぜき)なんて働かないから安心おし。とても腕のいいお医者さまたちよ。あたしはマオ。この村のもんよ。嫁に行った娘の子どもの頃の服があったから、あんたにやるわ。さぁ、立ちあがって」


気づかうような優しい手でマオはレイナがまとっていた布をそっと外し、前掛けのような布をレイナに胸に当てて背中で紐を結んだ。下半身には短い巻きスカートのようなものを巻く。見ず知らずの人に裸の状態で着つけされるのは躊躇したが、着方がわらかないのだから文句は言えない。玲奈だった頃も着物を着つけられることはあったので、似たようなものだと思ってされるがままになった。

マオは時おり目をすがめ、レイナの体を探るように見たが、下着をつけ終わると安心したように前合わせの服を着せた。綿でできているのだろう。麻のようなチクチクとした感覚がなく、着心地がいい。腰のあたりに帯紐を巻き終えると、「はいできた」とマオがおなかをポンと叩いた。


「さ、これでもう大丈夫だ。ごはんを食べたら、ウチに来なさい。しばらくはウチで預かることになるだろうから」

「あの…ありがとうございます。とてもよくしていただいて…」


レイナが礼を言うと、マオは眉を上げた。


「おや、きれいな言葉遣いだね。妓楼から逃げたんじゃないかっておっとさんが言っていたが…やっぱりそうなのかい?」


先ほどから言われる妓楼、というのは、きっと水商売のお店だろうとレイナは考えた。自分の言葉遣いは、この場所では丁寧すぎるようだ。教育を受けた者の言葉遣いで、妓楼ではそういった教育がされるのだろう。


「たぶん、違うと思います…でも、よくわからないんです。気がついたら山にいて、アイゼルさん…先生、に助けていただきました。でも本当に、どうしてここにいるのか、自分が何者なのかも私にはわからないのです」


妓楼にいた、と話を合わせると、そこに戻されてしまうかもしれない。水商売を思わせる場所に向かう可能性は避けたい。かと言ってどこから来たと言えるはずもなく、レイナは慎重に言葉を選びながら話せるだけのことを話した。


マオは悲しそうに「そうかい」と呟くと、持ってきたカゴから蒸しパンのようなものを取り出してレイナに差し出した。


「辛いことはむりに思い出さなくていいさ。ここは色んな人を受け入れる村なんだ。さ、バオンをお食べ」


蒸しパンはバオンというらしい。まだ少し温かいバオンを受け取ると、レイナはひと口かじってみた。

肉まんのようにやわらかい生地に甘味を感じて、レイナはようやく気持ちが落ち着いていくのを感じた。急におなかが空いていたことを思い出す。食べ進めると、中から塩味の野菜が出てきた。野沢菜のような味で、長野のおやきに似ている。無心に食べるレイナに、マオは「まだあるからゆっくりお食べ」というと、小屋を出ていった。


食べながら、レイナは考える。

玲奈の体が生きているとすれば、これは脳内でつくり上げられた夢の世界のようなものだ。それならば別にいい。けれど、もし転生のようなことが起きており、現実なのだとしたら。玲奈が死んで、レイナとして別の体に宿ってしまったのだとしたら、この体の元の持ち主はどこへ行ったのだろうか。レイナが追い出してしまったのか、それともこの体も急にこの世界に現れたのか。わからないことが多すぎる。

仮にこれが現実で、見知らぬ世界にやってきてしまったのだとしたら、この先もレイナとしてこの世界で生きていくしかないのだろう。もう一度死ぬのは怖かった。ロウダに食われそうになったことを思い出すと、足が震える。死ぬのが怖ければ生きていくしかない。身よりもなく、自分の歳さえわからないレイナには気が遠くなるような現実だったが、バオンの甘さとマオのやさしさを思い出し、どうにかこの村で働かせてもらおう、と考え始めた。

次回こそ、ロイ視点です。

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