26.薬師見習いの誕生
「私とアイゼルさんが…兄妹!?」
村を出ていくまであとひと月ほど、というある日、レイナは悲鳴を上げていた。
夏の間じゅう、レイナはロイからたくさんのことを教わり、今では簡単な読み書きや国の基本知識が身についた。
今日は今後町に出たときに売れるように、これまで採集した薬草を天日干しにする作業をしている。小屋の脇の一角に木の板を張って、草を重ねて並べたら薬草用の文鎮のようなおもりを載せていく。そのうえに麻布を張る簡易的な干し場だ。
薬草がつまれたザルを取り落としそうになりながらレイナがロイを見ると、にっこり笑ったロイがうん、と頷いた。
「村を出たら、僕らはひとまずセンリャンに向かうわけだけど、センリャンまではここからだいたいひと月ほどの旅程になる。その間、ずっと野宿というわけにはいかないから、街道沿いの小さな町々を渡っていくんだ。小さな町には宿屋がない場合もあるし、あったとしても部屋数が限られるから、僕ら3人が同じ部屋ということもありえる」
「それをカモフラージュするために兄妹のフリをすると…?」
「そう! レイナの国では20代、30代で結婚をすることが多いみたいだけど、この国では15歳を過ぎたら結婚できるって話はしたよね。10歳頃には婚約が決まっていることもよくあるから、レイナの年頃で男性たちと旅をしているというと不躾な目で見られることもあるし、場合によっては不埒な輩に手を出されかねない」
レイナは綺麗だからね、とロイがアイゼルに同意を求めると、ふいっとアイゼルが目を逸らした。いたたまれない気持ちになりながら、レイナはたずねる。
「ロイさんと兄妹というのは、変でしょうか?」
「僕の見た目は、南の出身というのがわかりやすいんだよ。このあたりの人たちよりも少し肌が黒くて、背も低いし骨も太いでしょ。レイナは色が白くて線が細いから、南の出身というのには無理があるんだよね。アイゼルは王族の血が混じっているからか色も比較的白くて細身だし、血縁があるならその二人の方が自然かな」
なるほど、と思いつつ、レイナは頭に浮かんだ疑問を口にする。
「あの、ただの妹、というだけではお荷物だと思うのです。町にはこれまでのお二人のことを知っている方もいますよね? 突然妹がくっついてくるようになったというのは、ちょっと違和感がないでしょうか」
ロイがうーんとうなりながら天を仰ぐ。その間もせっせと薬草を干す手は止めない。今干しているのは、グジの食中毒騒ぎで活躍したビャク草だ。ビャク草は乾けば独特の臭みが消えてこうばしい香りになるが、生乾きの今はまだドクダミのような苦い香りが漂っている。
照りつける太陽は暑く、レイナは額を伝う汗を手の甲でぬぐった。むせるようなビャク草の匂いが鼻に飛び込む。
「たしかに、馴染みの宿屋もあるんだよなぁ。これまでは遠縁のばあさんの家に預けていたけど、ばあさんが亡くなったので引き取ることにした…という筋道で考えていたんだけどね。やっぱり無理があるだろうか」
レイナは、ここふた月ほど考えていたことを口にすることにした。
「あの…いろいろ考えていたのですが、私もこれからこの国で生きていく術を見つけた方がいいと思うのです。お二人はこれからも私を旅の道連れにしてくださると言いましたが、いつまでも旅を続けるわけではないでしょう? 王位奪還の際に、王宮に連れていっていただくのはご迷惑だとも思いますし…。先々のため、手に職を付けたほうがいいのではないかと考えているんです。そこで、なのですが」
レイナはいったん、薬草の入ったザルを足元に置いて、二人に向き直った。
「私を、薬師見習いにしていただくのはどうでしょうか?」
「え??」
「なんだと?」
突然のレイナからの申し出に、ロイとアイゼルは思わず手を止めてレイナを見やった。
「そなた、読み書きもようやくではないか。前世で学んでいたのも、商家の娘としてのことで、医学の心得はないだろう? 教えるには先が長すぎる。そんな面倒ごとには反対だ」
「それはそうなのですけど…これでも前世の学校では、基本的な衛生知識や植物に関する知識も学んでいますし、どうにかなるんじゃないかな、と…」
保健体育や生物の知識程度で専門職になろうだなんて大それたことだとわかりつつ、レイナはすがるようにロイを見た。なんとなくアイゼルよりもロイの方が賛成してくれそうだと思ったのだ。
レイナが自分から目を逸らしたことに気づいたアイゼルは、じっとりとロイを見つめる。まるで「まさかこんなに面倒なことに賛成はすまいな?」という目線だ。
ロイはふーむと手を顎に当ててつぶやいた。
「悪くない提案、かも?」
「は?」
「本当ですか!?」
ぴゃっとはしゃぐレイナに対して、アイゼルの声は不機嫌そのものだった。
「私はごめんだぞ。基本的な文字や数字がやっとの娘に一から薬草の知識を仕込むなど気が遠くなる。やるならロイが教えるんだぞ」
「…アイゼル、それってもう賛成じゃない? レイナもアイゼルに教えてもらう気はないと思うけど」
「そうですね、アイゼルさんに教えていただくのは想定していなかったですね…」
「……」
それはそれで納得いかなそうなアイゼルを無視して、ロイがレイナに向き直る。
「レイナがこの国で生きることを前向きに考えてくれてうれしいよ。未来の可能性は複数あった方がいいから、その考え方にも賛成だ。むしろ君に考えさせてしまってすまなかった。マレビトである君は、もし街中に紛れ込んで生きていくことができたとしても、結婚したり普通の店で働いたり…というのは難しいんじゃないかと思ってたんだ。薬師なら普通じゃない知識があっても違和感はないし、女一人で生きていくことになっても周りも変に思わない。これまで遠縁のばあさんに預けていたが、ばあさんも亡くなって、身寄りがないまま嫁入りできるかもわからないので薬師見習いをすることにした…すごくいい!」
「じゃあ…!」
「うん! レイナ、君は今日から薬師見習いだ。僕の持ってるだけの知識を教えてあげよう。あ、アイゼルは別になにもしなくていいから」
「ありがとうございます! よろしくお願いします! アイゼルさんにはご迷惑おかけしません!」
「そ、そうか。まぁロイがよいならよい。好きにしろ。私はなにもしないからな!」
拗ねた様子のアイゼルが薬草を干す作業を再開すると、レイナとロイは顔を見合わせて笑った。ロイがススッとレイナに近付いてきて声をひそめる。
「ああ言ってるけど、アイゼルって面倒見いいから。多分ちょっとは自分もレイナに教えたいと思ってるはずだ…」
「おい、なんの話をしている?」
「いや? ビャク草の重ね方の指南。僕はレイナの先生だから」
得意げにドヤ顔をするロイをにらみつけるアイゼルの顔は、レイナが今まで見たなかでいちばん子どもっぽく、少年のようだった。




