23.ミンヒの呪い
「やはりあなたでしたね、ミンヒ」
メディナがそう言いながら馬車から降りた。ガウスも追うようにして降り、メディナとミンヒの間に立つ。
「メディナ様、これまでの恩を忘れ、このような無礼をお許しください。ですが、どうしてもここを通っていただくわけにいかないのです」
覚悟を決めたミンヒは、まっすぐにメディナへ刀を向けた。かばうようにユンとガウスがメディナの前に立つ。
「ミンヒ、なぜ…」
「ユンにはわからない。息子も夫もメディナ様にかくまわれてのうのうと生きて、ロイはアジール様とまるで兄弟じゃない。私の夫と息子がどんな目にあったか、知らないとは言わせない」
ロイはアジールの側に移動し、ぎゅっと抱きしめた。馬車の中には2人しかいない。「アジールを守りなさい」とメディナに言われた言葉を思い出し、庇うようにアジールを腕の中に入れる。アジールはガタガタと震えていた。ロイも震えながら、馬車の外の様子をうかがう。
泣きそうな声でミンヒが叫んだ。
「夫も息子も、ハンレイ州の者に殺された。メディナ様は、守ってくれなかった。このままではヨウロウ州の両親も兄も妹も、みんな危ないわ…私は、あなたたちを殺してでも残された家族を守りたい!」
ロイは驚いて思わずアジールを抱きしめる腕に力がこもった。ミンヒの夫と息子は、ロイも子どもの頃からよく知っている。家族ぐるみで仲がよかったのだ。2人とも半年ほど前に流行り病で立て続けに亡くなった。助けられなかった、とガウスが落ち込んでいたのは記憶に新しい。まさかその2人がハンレイ州の手にかかっていたとは信じられなかった。
メディナは悲しそうに顔をゆがめた。
「あなたには、本当に申し訳ないことをしたと思っているわ。そうね、私のせい。本当に、ごめんなさい」
地面に膝をつき、こうべを垂れる。滅多なことでは王族が膝をつくことはない。メディナの謝意は最上級のものだった。
「ミンヒ、あなたの気持ちは痛いほどわかるわ。でも、それでも…メディナ様とアジール皇子をお守りするのがヨウロウ州からここまで着いてきた私たちの役目。どんな理由があっても、私たちの主に刃を向けることは許されないわ」
ユンがそう言いながら手を前に突き出す。
「縛せよ!」
ユンの手から光る縄のようなものが伸び、ミンヒの体を縛り上げた。ユンとガウスはヨウロウ州の首長一族の傍系だ。メディナやアジールほどではないが、念力を使うことはできる。
――でも、母さんの力だと、縛の術も長くもたない…。
外の様子をうかがいながら、ロイはそう思った。実際、ユンの首筋はすでに汗でびっしょり濡れている。ミンヒは刀を取り落としたが、拘束が解けるのは時間の問題だ。
「私を拘束したってむだよ。すでに王宮へ早馬を出している。あなたたちが王宮から抜け出したことは、まもなくリーリン様に知られるわ」
ミンヒがこちらをにらみつけながら言った。ここでミンヒを殺しても、リーリンの出す追っ手はすぐに追いついてしまうだろう。馬車はメディナの念力を最大限使って動かしているので、そこまで速くは走れない。仮に追っ手をまけたとしても、ハンレイ州がヨウロウ州へ攻め込んでくるだけだ。そして、腹心であったミンヒが裏切ったということは、ヨウロウ州内に裏切者がいてもおかしくないことを意味していた。
「そう。ヨウロウ州へ行くこともできないのね」
メディナが悲しそうにつぶやき、立ちあがった。ガウスはメディナをかばいつつ、ユンの肩に手を置き、かすれそうな低い声で尋ねた。
「そろそろもたないだろう。いいか」
ユンがびくりと肩を上げて振り返る。先ほどの強い口調とは裏腹に、今にも泣きだしそうな目をしていた。しばらくガウスを見つめたのち、メディナに目をむけると、メディナはゆっくりと頷いた。あきらめたようにユンはぎゅっと目を閉じて、「ええ」と言った。
ロイはかたずを飲んでその様子を見守った。心臓が早鐘を打つ。今からなにが起こるのか、予感がした。呼吸が浅くなるが、父から目をそらせないでいた。
ガウスはゆっくりとミンヒに近づき、大きな手でミンヒの頬をつかんだ。
「ミンヒ。残念だ…あちらで、家族と会ってくれ」
ミンヒはわかっていたようにガウスを見つめ、ふと笑った。悲しいほど冷たい瞳だった。
ガウスは懐から丸薬の入った紙を取り出し、ミンヒの口に無理やりねじ込んで飲み込ませた。ミンヒは抵抗せずにゴクリと飲み込み、すぐにうめき声を上げ始めた。
ユンが拘束を解くと、みるみるうちにミンヒは泡を吹いた。白目をむきながら崩れ落ち、胸を押さえて声にならない声を上げると、やがて動かなくなった。死んだのだ。
ロイは人が死ぬ様を初めて見た。父と母が人を殺すところも、初めて見た。自分が生死の分かれ目にいるのだとやっとわかったようだった。キーンと耳鳴りがし、自然と呼吸が浅くなっていく。
ミンヒは、生まれたときから可愛がってくれる親戚のお姉さんのような人だった。ミンヒの息子ともよく遊んだものだった。半年前にミンヒの夫と息子が亡くなったとき、ロイは両親とともに喪に服した。2人を埋葬される間、ミンヒは気丈に振舞っていたことを覚えている。
けれど、そのときにはもうミンヒの心は決まっていたのかもしれない。覚悟を決めたその様子が、気丈に見えていただけだったのかもしれない。
ミンヒは亡骸となってその場に横たわっていた。亡くなったミンヒを悼むようにその場にはしばし静寂が訪れたが、ややあってユンが口を開いた。
「亡骸を、埋めなければ」
静かにミンヒに近づき、ユンが跪く。遺体を持ち上げようと両腕でミンヒを抱き寄せた瞬間、ミンヒからググッと黒いもやのようなものが飛び出し、ユンの胸に直撃した。
「うぐっ!?」
「ユン!」
ユンがミンヒを取り落とし、ガクリと倒れる。みるみるうちに、蔦のような模様がユンの体を覆いつくした。
「死の呪いよ! ミンヒの遺体から離れて!」
メディナが叫ぶとガウスの顔がさぁっと青ざめた。
死の呪い――それは、受けた者を無条件で死に至らしめる、自らの命を使うことでしか成し得ない呪いだった。




