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19.並行世界

ロイを教師にこの世界のことを学ぶと、レイナにはいくつもの気づきがあった。

まず、地理のこと。当然だが、地理によって気候は違う。北のハンレイ州は寒く、南のヨウロウ州は温暖というように、東西南北によって気候が違うということは、この世界も地球とほぼ同じ惑星だということだろう。事実、太陽も月もある。


「そうなると、この世界とあちらの世界は、たとえば遠い銀河系であるとかいうわけではなくて、もっと表裏一体な…パラレルワールドみたいな世界なんでしょうね」

「パラレルワールドってなに?」


ロイがわくわくしながら聞く。これではどちらが先生なのかわからない、と思いながらレイナは答えた。


「ええと、並行世界、という考え方です。ある地点までは一緒だった世界が分岐して、そこからそれぞれ並行するような形で存在するという考え方で…私のいた世界では、パラレルワールドは物語の題材に使われることもあるんですよ」

「物語ってことは、基本的には存在してないってこと?」

「…と、私も思っていましたけど、似た惑星や風土に似た文化、そして似た種族がいるということは、並行世界って考えるのがしっくりきます」

「ある地点から分岐するということは、もしかしてハン王の建国と関係があるのかな」


この世界で初めて念力を得て、マレビトを呼び寄せたというハン王。たしかに、その存在さえなければ、少し髪の色や目の色が違うくらいで、大きく異なる世界とは言えなさそうだ。


「食べ物なんかも、共通するものはあるの?」

「そうですね、たとえばジュサイは、私の世界ではワラビと呼ばれていた山菜によく似ています」

「なるほど。よし、それじゃレイナがいた世界とこちらの世界は並行世界、って案を仮採用しよう。とすると、もしかしてレイナ、これから起こる未来も知ってるのかな?」


レイナはうーん、と考え込む。中国史はあまり得意ではなかったし、次々に国が入れ替わるので正直日本が使節を送っていた隋の時代あたりからしか国名はわからない。ただ、この国はすでに建国から1000年経過しているようだ。中世ごろにそこまで長く続いた中国王朝をレイナは知らない。


「おそらく歴史は分岐した地点から変わっているので、私の知っている未来とは違った結末になるでしょうね。文明の進度は似るのかもしれませんが」


ロイは飴色の瞳を残念そうにしょぼくれさせた。王宮から逃げている身のアイゼルやロイにとって、この先の歴史展開を知ることができるのはかなり有利だっただろう。


「まぁ仕方ないな。レイナが知っていることは、王宮にいるマレビトも知っているということだし。それよりさっきのギンガケイ? の話なんかも気になるんだけど」


「あぁ、何時間でもレイナの話を聞いていたい…!」とロイが足をジタバタさせる。子どものような仕草に、レイナは思わず吹き出した。


「もう、これじゃロイさんの方が生徒じゃないですか!」

「だって、こんなに未知なことってないよ。王宮にいた頃は僕も子どもだったし、マレビトを見かけることはあっても話を聞く機会なんてないんだから。それに」


ロイは少し口をとがらせて頬杖をつき、レイナを見た。


「それにレイナ、中身は25歳なんだろ? 僕より年上じゃないか」


普段はしっかり者のロイの拗ねた表情に思わずドキッとする。そういえば、ロイはまだ20歳だ。この国では15歳が成人だし、10代で結婚するのが普通だから立派な大人扱いされていたけれど、日本ではまだ大学生くらいかと思うと一気に微笑ましい気持ちになる。


「ちょっと、レイナ? なんかニヤニヤしてない?」

「あ、ごめんなさい、なんというか…弟がいたらこんな感じだったのかなと」


レイナは慌てて顔の前で両手を振って弁明した。末っ子だったレイナにとって、妹や弟の存在は少し憧れでもあったのだ。

レイナの発言に、ロイは「弟…」と言って固まって。


「すみません! 失礼でしたよね!? こんな子どもに弟だなんて…!」

「いや、違うんだ」


ロイは先ほどまでの子どもっぽい表情を引っ込めて、穏やかにほほ笑んだ。その表情には、どこか切なさが混じっている。


「僕はアイゼル…アジール皇子のことを、ずっと弟のように思って生きてきたから。もちろん、身分が違うから恐れ多いことなんだけど、乳兄弟でもあったしね。ヨウロウ州は、温かい気候だからかおおらかな人が多くてね。僕の母とメディナ様も幼い頃から仲がよくて、本当の姉妹のような2人だった。だから第1夫人の宮では、僕とアジール皇子は兄弟みたいに育てられたんだ」


ロイの瞳がどこか遠くを見つめる。亡くなった母や、メディナ様のことを思い出しているのだろうか。その切ない表情に、レイナの胸はぎゅっと苦しくなった。


「ずっと兄のようにふるまってきたから、弟なんて言われるとびっくりしちゃって。不思議な人だね、レイナは。マレビトなのに、マレビトらしくない。少女に見えるのに、僕らよりずっと大人なんだね。それに…メディナ様に似ている」

「え、ど、どのあたりが…?」


レイナはわたわたと驚きながらたずねた。強い念力をもち、第1夫人としてアイゼルを産んだというメディナ様。そんな人と、どこが似ているというのだろうか。


「まず、見た目がよく似ているんだよ。ヨウロウ州の人って、どちらかというと骨太でがっしりしていて、僕のように肌も浅黒い。僕の両親もそうだったよ。でもメディナ様は首長一族のお姫様だからずっとお屋敷にいらっしゃって、とても色が白くてほっそりしていらした。そして、漆黒の黒髪が美しかった。レイナの髪と、とてもよく似ている」


レイナは思わず自分の髪の毛を手に取って見た。キュッと引き締まった艶のある黒髪で、我ながら美しいと思う。どうしてこの姿でこの世界へやってきたのかは、未だにわからない。


「それに、とてもお優しくて優雅なのに、いざというときには非常に決断力のある方だった。レイナが初めてこの村に来た日…レイナはこの小屋でバオンを食べながら、ある程度ここで生きていく決意を固めていただろう? そのときの瞳の強さがメディナ様にそっくりだったよ。アイゼルがレイナを邪魔に思いながら殺せないのはそのせいだと思うな。君が小屋に来ているときには注意深く寄りつかないのも。きっと君を見ていると母君を思い出してしまうんだ」


ロイは悲しそうな表情で顔を伏せた。母やメディナ様、アイゼルへの気持ちが痛いほど伝わってきた。小風がロイのグリーンの短髪を揺らす。マレビトである自分の存在が、いつか2人の助けになれば、とレイナは思った。


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