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17.お父さんとお母さん

しばらく抱き合って泣いたあと、3人は赤くなった目をこすりながら、照れくさそうに笑ってそれぞれ仕事に向かった。

ティズは今日も水田づくりに向かい、マオとレイナは畑に向かう。


畑に着くと、レイナは周囲の人々からのひそやかな視線を感じた。昨日のグジの食中毒騒ぎが広まっているのだろう。レイナがてきぱきと聞いたことのない方法で対処し、アイゼルやロイの小屋に泊まったことは知られているようで、ひそひそと噂話をする人が多い。レイナがその人たちに目を向けると、みんな気味悪がるようにサッと顔を背けた。

人と違うことをするというのは、こういうことだ。日本でも同じようなことはある。けれど、とくに情報もなく、多様性があまりない社会では、ことさらに異物を受け入れることはできないのだろう。改めて、受け入れてくれたティズとマオには感謝しかない、と思っていると、マオが声を張り上げた。


「さぁ、今日もやるよ! レイナはあたしと一緒にこっちの畑で作業しようね」


レイナを目の届くところに置いて、好機の目にさらさないように気遣ってくれているようだ。今までも、きっと見えないところそうして守ってくれていたのだろう。

ありがたくレイナがマオの後ろについて行こうとすると、走り寄ってくる足音がした。


「あのっ…夕べは、ありがとうね」


振り返ると、ジーアだった。周囲の注目が集まり、ジーアは居心地悪そうにするが、意を決したように大きな声で言う。


「今朝、ロイがグジを連れてきてくれたんだ。すっかり熱も下がって、今日1日寝てりゃ大丈夫だって。レイナが正しいことをしたって!」


周囲の人々が顔を見合わせ、一斉にレイナに視線を向ける。

レイナは少したじろぎながら、「それほどのことは…」とかぶりを振った。

ジーアはそれを手で制して続けた。


「正直さ…私も周りと一緒だよ。あんたのこと、気味悪く思ってた。マオが受け入れたんだから文句は言わいが、恐ろしくきれいな顔で、毎日髪の毛洗ってお姫さまみたいに気取っててさ。あんたがビャク草をさっさと渡してくれなかったときは、こりゃ終わりだ、グジはこのまま死んじまうんだって思ったもんさ」


淡々と語るジーアの言葉に、周囲の人が少し居心地悪そうにする。レイナにはあまり実感がなかったが、やはり初めから異質に見えていたらしい。


「だけど、あんたのおかげでグジは助かったんだ。もうあたしにとっちゃ命の恩人だよ。あんたに足を向けて寝らんない。グジにもレイナのおかげだってよく言って聞かせてきたよ。本当にありがとうね」


ジーアの真剣なまなざしが、レイナの胸を突いた。異質なものが排除されやすいこの村で、周りの目があるなか、これだけのことを言ったジーアはよほど勇気を出したに違いない。マオも驚いたようにジーアを見ていた。レイナはジーアに応えるように一歩進みでた。


「ジーアさん、こちらこそありがとうございます。グジが助かったよかったです」


レイナが微笑んでジーアに言うと、周りの人々も少しずつ、「昨日はすごかった」「レイナは医者になれる」などと口々に言い始めた。


「あんたたち、調子のいいこと言うんじゃないよ、まったく」


マオが呆れて注意するが、その顔はどこかうれしそうだ。レイナもうれしくなって、にこにこ笑う。村人たちもバツが悪そうに笑い始め、この日の作業は和気あいあいとした雰囲気のなか行われた。


日が暮れてくると、畑の作業は撤収だ。

今日採れた野菜を深いカゴに入れて背負い、段々を上がろうとすると、段々のいちばん下から大きな声がした。


「おおーい! レイナ!」


よくとおる声にその場にいた者が一斉に振り返る。水田づくりに行っていた男たちが戻ってきたようだった。先頭でトーマが大きく手を振る。


「おい、だれかに悪口言われてないか!? 大丈夫か!? 俺がやっつけてやるからな!」


正義感に満ち溢れたトーマの発言に、一瞬辺りが静まり返り、次の瞬間爆笑が起こった。


「トーマ! あんた、お姫さまを守る兵士かなんかのつもりかい?」


マオが大声で返してからかうと、トーマははっと我にかえってみるみる顔を赤らめた。どうやらティズや、父親のソーマにそそのかされていたらしい。「じいちゃんも父ちゃんもひどいや! こう言えっていうから!」と大きな声で言い訳をしている。

ティズとソーマは顔を見合わせてにやりと笑った。


「まさか、息子の嫁に父さんの娘をもらうとはなぁ。ちょっと難しくってこんがらがっちまうな」

「おい、レイナはだれにもやらんぞ」

「まったく、いつからそんなに親バカだい」


ソーマはティズの長男で、トーマの父親だ。トーマの嫁にレイナを、となると自分の父親に頭を下げることになるようで、確かに複雑な関係になる。

レイナはあわあわと顔の前で手を振った。


「あの、私トーマさんと結婚するんですか!? すみません、そんなことになっていたなんて知らなくて…!」


この村を出ていくことになるのに、どうやって断ればよいのだろう、とレイナは慌てる。それを見たトーマはさらに真っ赤になり、「バカ親父! そんな話してないだろ!」と噛みつく。


「おや? 俺はお前がレイナに惚れてるもんだから、親父に頭下げるかって腹ァくくってたんだけどな」

「だから、レイナはだれの嫁にもやらんと言っているだろ!」


ティズがまったく、と息を吐いてレイナを見上げた。


「レイナ! トーマはいいやつだが、俺はお前がどっかへ行っちまうなんて考えるだけで寂しくて寂しくて、許せねぇよぉ」


ティズが涙をぬぐうふりをすると、周囲の男どもが一斉にドッと笑った。「ティズ爺や、年取って急に可愛い娘ができてバカになっちまってるな!」と周囲の男がはやし立てる。

けれどレイナは、それがティズの本心であると感じた。本当はレイナに出て行って欲しくないのだ。レイナも、ティズとマオを本当の両親だと思ってこの村で生きていけたら、どれだけよかっただろう。


「なぁ、ずっと俺の娘でいてくれるかぁ?」


芝居がかったそぶりでティズがレイナの目を見る。レイナはたまらず、こう叫んだ。


「当たり前でしょ! …お父さん!」


ティズは虚を着かれたように固まった。今度こそ本当に、ぶわっとティズの瞳に涙が浮かぶ。


「おいおい、父さんいい年して泣くなよ」

「だってレイナがよぉ、お父さんてよぉ…」


ソーマに呆れられながら、ティズがおいおいと泣いた。「まったく、年取るとすぐに弱っちまうんだから」とソーマがティズの肩をたたく。


「こりゃ、今夜も酒が止まらないね」


振り返ると、涙ぐんだマオが呆れるように笑っていた。

レイナはもう一度ティズを見て、それからマオに向かって言った。


「じゃあ、腕によりをかけなくちゃね、お母さん」

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