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15.生き直しの人生

「それで、そのあとはどうなったの!?」

「ロイ、そなた楽しんでいるだろう…」

「こう見えて人の醜聞は好きな方でね~」


ロイが好奇心を隠しきれないような瞳でレイナに続きを促す。アイゼルはため息をつき、「どの世界でも似たような話はあるものだな」と呟いた。


「そこからのことは…あっという間で、」


レイナは2人に気を遣わせないよう、一気に話した。


「譲治さんに事情を話して、私はあなたと結婚したいと言ったんです。譲治さんも、初めは一緒に乗り越えようと、父のところへ足を運んで、結婚の許しを請うてくれました。でも…越えられなかった。父が譲治さんに嫌がらせを始めたんです。譲治さんのお母さんが勤め先をクビになるように手を回して。譲治さんのお母さんは長年働いていた会社から突然契約を切られて、なし崩し的に朝から晩まで低賃金のパートタイムを始めたのですが、無理がたたって体調を崩して、すぐに死んでしまった…。元々、体が丈夫な方ではなかったみたいです。譲治さんは私のせいでお母さんを亡くした挙句、お母さんが抱えていた借金の返済に追われるようになりました」


レイナはそこでひと息ついた。ロイはさっきまでの好奇心を引っ込めて、ゴクリとつばを飲んで続きを待っている。アイゼルは心なしか辛そうな表情だ。


「…本当にあっという間の出来事で。父はそのタイミングで、譲治さんへ手切れ金を申し入れました。私と別れれば、借金を肩代わりするだけでなく、今後の生活や、会社での出世も約束すると。お母さんを亡くして憔悴した譲治さんは私にはなにも言わずにそれを受け入れました。…でも、私は納得できなくて。会社帰りの譲治さんを待ち伏せして、どうして勝手に決めるのと、譲治さんに詰め寄ったんです。歩道橋の上で言い争いになって…気づいたら、私は譲治さんを階段から突き落としていたんです。本当にあっけなく、譲治さんは亡くなりました。私は父が手を回したので殺人ではなく事故ということでお咎めなし。なにもなかったように、家業を継ぐように言われて…。耐えきれず、自死を選びました」


今でも目に焼きついている。どうして、と強く胸元を押しただけだった。あっけなく、譲治は足を滑らせた。あ、と思った次の瞬間に譲治は転がり落ちていき、階段の下に血の海が広がっていくのを呆然と見ているしかなかった。

この恋がかなわないとしても、譲治の母親を結果的に死なせてしまったとしても、きちんと2人で話し合いたかったのだ。けれど譲治は、母親が死んでからは話し合いの席につくことはなかった。


「…冷静に考えれば、譲治さんが私と別れるのは当たり前ですよね。たった1人の肉親の、最愛のお母さんを亡くして、その原因となった私の顔なんて見たくもないはずなんです。私は最後の最後まで、譲治さんのお母さんを悼むより、譲治さんに自分のことを見てもらうことを優先していた。そのことに、彼が亡くなってから気づきました。本当に、甘えていたんですよ。私、人の気持ちなんてわからない、父と同じ側の人間だった」


話ながらレイナの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。


「このまま、なにごともなかったような顔をして家を継いでしまったら、父と同じ心のない人間になってしまう。譲治さんのお母さんが亡くなっても、心のどこかで私のせいじゃないって思ってたんです。原因は父で私じゃない、不幸が重なっただけだって。自分がそんなに冷たい人間だったことにもびっくりしたし、優しいと思っていた父の冷徹な側面を見てしまったこともショックでした。この家で、父の考えに染まりながら生きていくことはできない、死んで違う世界に行きたいと強く願いました」


ロイがはっとした顔をする。


「死ぬときに、違う世界へ行きたいと思ったの?」

「ええ。この世界でこれ以上生きても、自分がろくでもない人間としてしか生きられないと思ったから…。もちろん、死んだら終わりなんですけど。ここではないどこかへ行きたい、と思ったんです」


レイナがふにゃ、と笑う。ぐずぐずに泣きながら、自分を自嘲するように笑う姿は痛々しかった。


「なるほどね。おおよその事情はわかった」


“パートタイム”や“ホドウキョウ”など、よくわからない言葉もあったが、だいたいの事情は通じた。アイゼルとロイは痛ましい表情でレイナを見る。


「…こんな私と一緒に過ごすなんて、嫌じゃないですか? 私、本当はものすごく身勝手な人間なんです」

「たしかに、呆れるほど身勝手だな」


アイゼルが言った。ロイは少々気まずそうにアイゼルの袖を引いたが、言葉ではたしなめない。「身勝手」ということには同意するようだ。


「私はそなたのような人間が嫌いだ。自分のことしか考えずに生き、周囲を犠牲にする。挙句最後は死に逃げたとは呆れてものも言えない。だが…」


アイゼルは少し考え込むように顎に手を当てて、首を傾げた。


「それではなぜそなたは、この村で一生懸命働くのだ? 自暴自棄になって死んだのなら、いつこの村から抜け出して再び自殺してもおかしくはない。しかしそなたは、この村では人の言うことをよく聞き、懸命に働く。困っている人を見て見ぬふりせず、現に今はこうしてグジを助けた。その動機はなんだ?」


アイゼルの瞳がするどく光る。なにか魂胆があるのではないか、とレイナを見据える。

レイナは、しばしの沈黙のあと答えた。


「…これも、身勝手な理由だと思うんですけど」


意を決したようにアイゼルをまっすぐ見る。


「生き直し、だと思っているんです」

「生き直し?」


レイナが頷く。


「はい。私は一度、身勝手な理由で死にました。大勢の人を犠牲にし、迷惑をかけて、自分の人生から逃げてしまった。この世界で新たな人生を歩むことがわかったときは、絶望もしました。けれど…これは、神様がくれた機会なのかもしれないって。たくさんの人に迷惑をかけた分、この世界でやり直したいんです。人のために働きたい。だれかの役に立ちたい。なにより、自分のことしか考えていなかった過去の自分を恥じているんです。この人生では、自分のことばかりじゃなくて、自分以外の人を思いやって生きていきたいんです!」


興奮して頬が紅潮したレイナを見て、アイゼルは目を見開いて固まっている。

ロイはぽかんと口を開いたあと、しばらくして肩をゆらしはじめた。


「やり直したいって…ははは!あはははは!」

「…ロイ、村の者が起きてしまうだろう」


涙を流しながら爆笑するロイを今度はアイゼルがたしなめた。


「いや、だって、やり直したいって。いやぁ、思った以上におめでたいというか、純粋というか…うんうん、君、たしかにちょっと自分勝手だけど、いい意味でバカというか、まっすぐなんだなぁ」


ちょっとおめでたすぎる、と言いながらロイが涙をぬぐう。


「自殺して新しい世界に来て、そんなに純粋に前向きになれるものかな? いや、本当に不思議だったんだよ。他のマレビトと違って、君は全然知識をひけらかそうとしないし、不便な暮らしに腐らずになじむからね。いやぁ…まさか元お嬢様とは。そしてそれを恥じて後悔しているとは。ぷっ…くくくっ」


ひぃひぃ笑いながらロイが話す。なにがそんなに面白いのかとレイナは少しむくれた。


「あの、私は真剣なんですけど…」

「そなたが真剣であれば真剣であるほどバカバカしい。この世界は尼僧の寺ではないのだぞ」

「こちらにもお寺があるのですね…」


アイゼルやロイは、マレビトらしからぬレイナのふるまいにはなにか裏があるのでは、と思っていたらしい。とくにアイゼルは深く疑っていたそうだ。そこに今日の食中毒騒ぎがあり、ようやく本性を現したと思って捕獲したら、「過去を恥じてやり直したい」という出家後の尼僧のようなことをいうので、脱力させてしまったらしい。


「そんな大層なことなんて、私考えていません…」

「うんうん、よーくわかった。君が知識を使って権力を得ようとしない理由もね。元々権力者の側にいたのなら、せっかくなので権力を手に入れてやろう、という気持ちは起こらないよね」


はぁ納得、とロイが言う。レイナは首をすくめて「権力者というほどでは…」と言ったが、「罪状のもみ消しなど権力者以外の何者でもない」とアイゼルにぴしゃりと言われてしまった。


「ま、事情はわかったよ。君に悪意や危険性がないのもね。悪意どころか…うくく、懺悔や償いの人生みたいなもんだね。わかりました。じゃ、話していたとおり、夏の終わりには僕らと村を出よう」

「え? 待ってください! 話の内容によっては私がこの村に残るということもあり得たんですか!?」


2人に試されていた可能性に気づき、レイナがうろたえる。


「いや、その可能性はない。そなたに悪意やたくらみが見えたら、大変心苦しいが事故に見せかけてそなたを殺すことを念頭に置いていた」


ひっ、とレイナが息をのむ。ロイが「人を殺すのは当たり前のことじゃないから」と言ったのは嘘だったのだろうか?


「嘘を言ったわけじゃないよ。すごく心苦しいことだし、本当にそんなこと滅多にないよ。ただ、ぼくらお尋ね者になりかねないからね。生きるか死ぬか、という場面ではそういうこともあり得たってこと。でもまぁ、レイナは大丈夫」


ロイがニコリと笑ったのを見て、レイナはゾッとした。この2人に殺される可能性があったと思いたくなかった。


「というわけで、ティズとマオにはレイナから話しておいて。もちろん僕らの身の上やマレビトであることは伏せて」


伏せてしまったら話しようがない、と反論しかけたレイナを、アイゼルが手で制した。


「案ずるな。あの者らはすぐに理解する」


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