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14.西園寺玲奈の身の上③

清算しなさい、と言われたところで、どう譲治に切りだせばいいかわからなかった。


翌日、腫れた目を隠すようにうつむきながら出社する。自席について、PCのメールに目をとおしながら顔を伏せた。


本当は心のどこかでわかっていた。西園寺家に生まれたときから、家のために生きてきたのだ。「彼と結婚させてやりたかった」と言ったように、父は最大限、玲奈の気持ちを汲み取ってくれたし、愛されているとも感じる。優しい両親なのだ。だからこそ玲奈は、両親への恩を感じて、これまでその恩を返すように生きてきた。今までそれを辛いと思ったことはない。なに不自由なく育ててくれて、恵まれているとさえ感じていたのだ。だからこそ、譲治と別れろと言われたことが、堪えていた。


…親に反対されたから別れたいなんて、言えない。でも、家を捨てることもできない。


また瞳に涙が溜まり、慌てて指でぬぐう。今は仕事中だ。考え事をしている場合ではない。そう思ってPCを見ると、杉咲から社内チャットが来ていた。


[おはよう。玲奈ちゃん、なにかあった? 木村くんと喧嘩した?]


杉咲はどうやら玲奈の表情が暗いことに気づいていたらしい。真後ろに座る杉咲の表情は見えないが、玲奈はありがたくてまた泣きそうになった。


[すみません、ご心配おかけして…。喧嘩じゃないんです。でも、ちょっといろいろあって…]


玲奈が打ち返すと、杉咲からすぐに返事が来た。


[そっか。よかったら今日のお昼一緒に行かない? 私でよければ話を聞くよ]


杉咲の心遣いがうれしくて、玲奈は迷いながら、お願いします、と返事をした。

昼休み、杉咲と連れ立って、他の社員があまり来ない隠れ家的な店に向かう。無言で席につく玲奈の顔をうかがいながら、杉咲は店員に注文した。


「すみません、本日のランチセット2つで。…ごめんね、勝手に決めちゃった。玲奈ちゃん、なにがあったの? もしかして、おうちのこと…?」


気づかわしげに顔を覗き込む杉咲のやさしさに耐えきれず、玲奈はぶわっと泣き出した。


「ごめ、なさ…めい、わくを、かけっ…ひくっうぐ」


杉咲が慌ててティッシュを差し出し、「玲奈ちゃん、私が泣かせてるみたいっ」と言うと、玲奈ははっとして、周囲の様子をうかがいながら差し出されたティッシュを受け取って鼻をかんだ。


「あの…ごめんなさい、でも、ほかの人にっ…話せなくて」

鼻をすすりながら話す玲奈の手を上から握り、杉咲は笑った。


「わかった、わかったよ。落ち着いて。じつは昼食後2人とも社外打ち合わせってことにしたんだ。14時に戻れば平気。時間はたっぷりあるから、話してみて」


忙しいさなかに杉咲が時間を割いてくれたことを知り、玲奈は申し訳なさとありがたさで死んでしまいそうになりながら、昨日父と話したことをぽつり、ぽつりと話した。

すべて話し終えたときにはランチセットのパスタがすっかり冷めてしまっていたけど、杉咲は構わず最後まで聞いてくれた。


「…そっか。うん、そうだよね。もしかしたらそういうこともあるかもって、玲奈ちゃんが3年で辞めるって聞いたときに思ったの…でも玲奈ちゃん二女だから、自由にできる可能性もあるんじゃないかって期待もあったけど。ごめんね、盛り上がって2人をくっつけたの私だから、私にも責任あるよね」

「そんなことないです! 杉咲さんは全然悪くなくて、私が甘かったんです…。私も、二女だから大丈夫かななんて、甘い見通しで譲治さんと付き合い始めちゃって…。もっとちゃんと、考えればよかった。でも、考えても好きになってたと思うし、あんまり意味なかったかも…」


気持ちを吐き出した玲奈は、やっと落ち着いて、水を一口飲んだ。

杉咲は、フォークを手にとり、すっかり固まったパスタをくるくる回しながら聞いた。


「ねぇ、玲奈ちゃんは木村くんと別れるしかないって思う?」


玲奈も同じようにフォークを手に取ったまま、考える。


「別れたく…ない、です。でも両親のことも大切なんです。父が認めてくれるのがいちばんなんですけど…」

「じゃあさ、お父さんに反抗する勇気、ある?」


考えたこともなかった選択に、玲奈はたじろいだ。

父への反抗など、生まれてから一度も考えたことがなかった。反抗したいと思うほど欲望もなかったし、じゅうぶん恵まれていると思っていたからだ。


「考えたこともなかったですけど、でも…譲治さんと一緒にいたいなら、そうするしかないですよね。どうしよう…」

「お父さんもね、玲奈ちゃんのこと可愛がっているし、手放す気はないと思うの。つまり、そんなにその男といたければ勘当だー! って方面にはいかない気がするのよね。もうここまで英才教育しちゃってるわけだし、期待もかけられてるんでしょ? もう少し粘ってみたら、根負けするかもよ?」


粘る、という選択肢が自分では思いつかなかった玲奈にとって、それは唯一の希望の光のような案だった。


「玲奈ちゃん次第な気がするなぁ。あと、結婚したい気持ちがあるってこと、木村くんに話してないでしょ? 1人で抱えちゃダメよ。案外木村くんが結婚とか考えてないかもしれないし…」


譲治が自分との結婚を考えてないかもしれない、という可能性を提示され、玲奈はまた泣きそうになった。杉咲が慌てて身を乗り出す。


「可能性ね! 可能性はいくつもあるから! ていうか、そんな不真面目な態度で付き合ってるなら私が認めない! もっといい男がいるってことよ! えーとつまり、木村くんも玲奈ちゃんと結婚したいなら、2人でお父さんに認めてもらうようにがんばればいいし、木村くんにその気がないなら、早めにわかってよかったと思ってすっぱり次に行けばいいのよ。コトは結構単純よ」


杉咲がまくしたてると、玲奈は少しずつ気持ちが落ち着いてきた。たしかに、今のところは玲奈1人が結婚したいと思っているだけだし、父から一方的に別れなさいと言われただけだ。これからできることがまだまだある、と思うと、少しだけ元気が出て、急におなかが空いたように感じた。

玲奈と杉咲は、それから冷えたパスタをつつきながら父をどう説得するかをあれこれ話し合った。



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