13.西園寺玲奈の身の上②
翌日のランチを機に、杉咲と譲治と仲良くなった玲奈は、自然と2人と一緒に終業後に飲みに行ったり、休みの日にバーベキューしたりと仲を深め、譲治と恋仲になるのにそう時間はかからなかった。杉咲の後押しもあって付き合い始めた頃には、玲奈は自分の出自なんて気にならないようになっていた。両親も、ほろ酔いで遅くに帰ってきたり、休日に外出したりする玲奈に対してとくになにも言わなかった。
…二女だし、お父さんの会社はお姉さんが継ぐし、私は意外と自由にしていいのかもしれない。子会社の経営を任される予定だけど、譲治さえよければお婿さんに来てもらうこともできるはずだし…。思っていたよりも、人生自由にできるのかも。
譲治と付き合い始めて2年経ち、杉咲のおかげで社内に仲のいい人たちも増えて生き生きし始めた頃、玲奈はぼんやりとそんなことを考えていた。
西園寺家は、男でも女でも長子が継いできた家系だ。また、長子以外の子どもを外に出すことも基本的にない。女なら婿をとり、男なら嫁をとる。長子が基幹事業を引き継ぎ、弟妹が子会社を引き継ぐことで権力を分散し、基盤の安定をはかってきた。長子より弟妹が優秀な場合は争いの種にもなるが、玲奈の姉の遥香は成績優秀で気が強く、まさに経営者というタイプで、その心配はない。
…譲治は経理ができるからどんな会社でもやっていけるし、今の会社に入社できるのだから、実際優秀だ。お父さんも、わざわざ反対はしない…かも。
自分に言い聞かせるようにそう考えていた玲奈は、ある日の夕食後、父に呼ばれた。
今の会社に勤めてあと半年で3年になる。修業期間は3年と言われていたから、そろそろ家業を引き継ぐという話だろう。玲奈もそれに対して異存はない。ただ、結婚するなら譲治がいいというだけだ。今まで結婚のことや譲治のことはとくに親に話してこなかったが、今日はいい機会かもしれない。少し緊張しながら、玲奈は父の書斎に向かった。
ドアをノックして書斎に入ると、父が食後のウイスキーを飲みながら待っていた。バカラグラスに大きな氷がカラン、と回る。玲奈は父と向かい合うようにソファへ腰かけた。
「玲奈、仕事の方はどうだ。役員の佐々木くんからは、大層がんばっていると聞いているが。帰りが遅い日もあるな。無理してないか?」
玲奈の務める会社は、父の旧友の佐々木が役員に名を連ねている大手メーカーだ。家業に連なる会社だと周囲が正当な評価をしづらいので外部の会社、ただし良好な関係を築けているところ、という条件で、いわば佐々木のところに預けられたような状態だった。
「大丈夫。みなさんとてもよくしてくれるし、やっと社内の人とも関係が築けてきて、今とても仕事が楽しいの」
「そうか。周囲と関係を築いて働くというのは、経営者に必要な能力だ。遥香はワンマンタイプだからそこが心配だよ。玲奈は引っ込み思案だから、よく周りと協力するといい。うまく働けていそうでよかった」
父が相好を崩してウイスキーを口に運んだ。
「ただ、うまくいってるところで悪いが、今の会社は3年という約束だったね。来年度からは、ウチの子会社に入ってもらう。いいな?」
「ええ。そういう約束だったもの。3年でいなくなるのに申し訳ないくらい、たくさん勉強させてもらったわ」
「はは、実は佐々木に引き留められたよ。玲奈は縁故採用の腰かけとは思えないくらい優秀で、社への貢献度も高いし、西園寺家の令嬢があれだけやるのだからって周りの士気も高まるってね。そんなに優秀なら、なおさら早くウチに戻さなくてはな。佐々木には悪いが、こちらに戻ったらいろいろ便宜をはかってやりなさい」
「きっと社交辞令よ。でも、うれしい。これからもいい関係でいたいわ」
玲奈はそう答えて、父の様子をうかがった。佐々木の言っていたことは、あながちお世辞ということでもないのだろう。かなりの上機嫌だ。今なら、譲治のことを話せそうだ。高まる緊張を押さえるように、両手を膝の上でぎゅっと組んで話しかけた。
「…ねぇパパ。あのね、私…お仕事はパパのいうとおりにやっていきたいと思っているわ。お姉さんを支えるつもり。それでね、その、いずれは結婚もすると思うのだけど、実は今、お付き合いしている人がいてね…。まだ、具体的にはそんな話は出ていないんだけど、あの…私はその人と結婚したいなと思っているの。今度紹介してもいいかしら?」
恐る恐る父の顔を見ると、父は相変わらずニコニコと笑っていた。
「そうか、玲奈ももうそんな年か…。玲奈は美人に育ったしなぁ。私としては寂しいけれど、恋人もできるだろうね」
反対はされなさそうだ、とほっとして玲奈が笑うと、父は言葉を続けた。
「でもね、玲奈。結婚は諦めなさい。調べさせてもらっているよ。木村譲治くん、経理部の子だね。あの会社に新卒で入れるなら、優秀なのだろう。佐々木からも、人柄は悪くないと聞いているが…家柄がね。家格のつり合いが取れそうにない。私もこんなことは言いたくないんだけどね。代々続くわが家のような家には、相応の相手が必要なんだよ。彼とでは結婚はうまくいかないだろう。悪いが、きりのいいところで別れなさい」
玲奈は目の前が真っ暗になるのを感じた。心の底がひんやりとして、さっき感じた緊張とは違う鼓動の高鳴りを感じる。思わず息を止めていたのに気づかず、苦しくなってハッ、と息を吐きだした。
震えながら父を見つめると、父は改まった様子で、まっすぐに玲奈を見た。
「玲奈、彼と結婚させてやりたかったのは本当だよ。できるなら、娘の愛する人と一緒になってほしい…親なんだから当然だ。だから彼を調べた。彼の家は両親が離婚し、幼いころから母親が女手一つで育てたみたいだ。母親の両親は亡くなっていて、きょうだいもおらず、身よりがない。それでも彼はいい大学を出て、一流企業に入社したんだから、立派なお母さんだと思うし、彼も真面目だろうと思う。ただ、そういう家庭で育った人が、わが家に婿入りできるだろうか?」
言っている意味がわからなくて、玲奈は父から目をそらす。父は玲奈に言い聞かせるように言葉を続けた。
「わが家にとっての結婚はね、命綱を増やす行為でもある。互いの家に危機があったとき、助け合って関係を深め、そうしてこの家はここまで大きくなってきた。財界、政界と根強い関係を築いてきたからこそ、今安定した地位を築けている。ここまで大きくなった企業には、社員みんなに飯を食わせるという責任がある。だから、私は嫁や婿に来る人の家にはある程度の財力や権力を求めるし、それを崩すことはできない。…わかってくれるな」
父は立ち上がって玲奈の肩に手を置いた。いつの間にか涙を流してうなだれる玲奈の頭をなでる。
「あと半年だ。今の会社を辞めるまでに、清算しなさい」
そういうと、父は書斎から出ていった。玲奈はこぼれてくる涙をぬぐうこともできず、息を殺して、家族が眠りについたあとも暗い部屋のなかで1人泣いた。




