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12.西園寺玲奈の身の上①

「私の名前は、西園寺玲奈、と言います」

「サイオンジレイナ?」


問いかけるロイに、レイナが答えた。


「それが、私のかつての名前です。私は、とある国の、とある一族からなる裕福な家の二女に生まれました。生まれたときから、いずれ婿をとり、家を支えることが決まっていた私は、その事実を疑問に思ったことはありませんでした。けれど…人生とはわからないものですね。私は、家のために働き始めてから、その事実を降りたくなってしまったのです」


レイナは続ける。


「これは、西園寺玲奈の話です」


―――――――――――――――――――――――


旧華族の家柄で、日本経済に君臨する西園寺財閥。

その本家には、ある不文律があった。


『子どもが男でも女でも、家から出さない。嫁または婿を取り、同族の絆を強めて財閥を発展させる』


西園寺家の二女に生まれた玲奈には、生まれたときから『婿を取って家を支える』という人生が定められていた。それに疑問を抱かぬまま、4歳年上の姉を支えるために生きてきた。


親のいうとおりに小学校から大学まで良家の子女が在籍する私学に通い、優秀な成績を収めて卒業した。そして、親の言うとおりの会社にひとまず就職した。

いずれ経営陣に加わる娘として親の決めた会社で働き始めた玲奈は、働き始めて3か月した頃、会社のエレベーターで1人の先輩社員と乗り合わせる。玲奈が縁故入社の殿上人であることなど知らない無邪気なその先輩の名は、譲治だった。


「お疲れ様。さっきの会議、一緒だったよね。新入社員?」


明るい口調ではきはきと話しかけられて、玲奈は驚いた。同じ部署の人は、玲奈が縁故採用のお嬢様だと知っていて、あまり馴れ馴れしく話しかけてこない。一歩引いた距離を感じて、玲奈はそれが寂しかった。


「…はい。5月に経営企画部に配属になりました。西園寺玲奈です」

「入社していきなり経営企画部か! 優秀なんだね。経理部の木村です。入社4年目。俺は営業部の経理担当だから、経営企画との絡みは普段なくて。さっきみたいな大きい会議じゃないと顔合わせないよね。1年目だと、えーと、営業部には大山くんや長谷川さんがいたと思うけど、もう仲良くなった? 入社同期っていいよね!俺の同期だと…あ! 経営企画にいる杉咲! あいつ同期なんだよ。今度杉咲と一緒にランチ行かない?」


一気にぺらぺらとよく回る口で話されて、玲奈は気圧された。玲奈の周りにこんなテンションの人は、今までいなかった。小学校から大学まで私立の一貫校で、大学時代も内部生の友達と過ごしていれば、自然と周りはお金持ち特有のおっとりした人ばかりになる。なかにははきはきとした元気のいい人もいたけれど、こんなに積極的な男性と話すのは初めてだった。

玲奈の様子に気づいた譲治が、はっとした表情で、申し訳なさそうに眉根を寄せる。


「ごめんごめん、ちょっと勢いよすぎたよね。俺の部署、なかなか新入社員入らないから後輩と接点なくてさ。俺も仲良い後輩欲しい―! って思ってたんだよね」


いたずらっぽく笑われて、つい玲奈もつられてふふ、と笑った。


「大丈夫です。私もまだ仲のいい先輩があまりいないので、ランチぜひ行きたいです」


玲奈がそう答えたところで、エレベーターが4階についた。経理部のある階だ。譲治が降りて、こちらを振り返る。


「よかった! 急に誘ってゴメンね。あとで杉咲に社内チャットしとくから。じゃあ、お疲れ様!」


明るい表情で譲治が去っていき、エレベーターのドアが閉まる。久しぶりに、気軽な会話をした、気がする。譲治の言うように、新卒で経営企画部に配属というのは、かなりのエリート路線だ。コネ入社とはいえ、やがては経営者となる玲奈は今が修行どきで、『親の七光り』と言われないように気も張っていた。夜は毎日遅くまで働いて学生時代の友人と会う暇もなく、かといって社内では孤立しがちで、入社して3か月経つのにだれかとランチをしたこともない。

今日は社内の大きな定例会議で、この日のための資料づくりに奔走していた玲奈は、一気に肩の力が抜けたようにホーッと息を吐いた。今日からまたがんばれそうな気がした。経営企画部のある10階にエレベーターが到着し、よし、とこぶしを握り締めて降りる。

自席に戻ると、今まであまり話したことのなかった3つ上の杉咲が近づいてきた。


「西園寺さん、定例会議お疲れ様。初めてで大変だったでしょ。木村くんからチャット来てたよ。明日一緒にランチ行かない?」


杉咲はにこり、と笑って言葉を続けた。


「実は今まで、西園寺さんを誘ったら、逆に気を遣わせちゃうかな、と思ってたの。でもずっと気になってたのよ。新入社員なのにがんばりすぎで、ハラハラしてたから。嫌じゃなかったら、ランチくらい一緒に行こうよ」


玲奈は、自分の心の中がどんどん晴れていくのを感じた。そんな風に思わせていたのを知らなかった。たしかに、いじわるされたことも陰口を聞いたこともない。自分の方が、出自を気にして勝手にがむしゃらになっていたんだ…。玲奈は杉咲の目を見て、入社してからいちばんの笑顔で答えた。


「はい…はい、ぜひ。うれしいです、行きたいです」


杉咲もうれしそうに笑った。


これから西園寺玲奈の話が続きます。2~3話ほどお付き合いください。

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