4話
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「ヨミ様、旅行に着ていかれるドレスはどれになさいましょう?この青い刺繍が入った物なんて、ヨミ様の白い肌によく合われるかと」
アナ含む屋敷のメイド達が大量のドレスを次々に部屋へ運び込んで来る。旅行の準備をすると言ったらいつの間にか外商を頼んでいたようだ。誕生日祝いということで皆がみんな奮起しているらしい。
――別に必要ないのに。
誕生日当日である6月12日までいつの間にか10日を切り、屋敷には連日代わる代わる人が出入りするようになった。それまでは毎日教養を身に付けるための学習に追われていたのに、ここ数日は他の貴族達との付き合いに時間を割かれている。
――本当に謎だ。理解出来ない。
この世界に生まれてこれで12回目になるのか。記憶を思い出してからは2回目だが、誕生日というものにはどうしても慣れない。
ただ生まれたというだけなのにどうしてこんなに騒ぐのか。それも自分じゃない、他人のことであるというのに。
――お祝いって。
前世では誕生日を祝われたことは無かったし、そもそも生まれてきたことを祝福するという概念が無かった。周囲の子達の誕生日での様子や読んでいた本の情報で存在自体は知っていたが、実際に自分に向けてそういう催しをされるとなればいよいよ現実感が無い。
「ヨミ様、どのドレスになさいますか?」
「あ、えっと、じゃあその青い刺繍の物で」
「素敵ですね!でしたら合わせる靴は――」
正直、持ってる服で十分だ。新しいものは必要ないし、ドレスも綺麗だとは思うが欲しいとも思わない。成長期の今購入したってすぐにサイズが合わなくなる未来が目に見えている。誕生日だという理由でわざわざ新調する理由が分からない。けれど、彼らが厚意でそれらを用意してくれていることを知っているから、無下にも出来なかった。
――自分らしくない。こんなのは。
どうすれば良いか分からない。
昨年もそうだった。誕生日を迎え祝われる度に複雑な気分になる。居心地が悪い。苛々してストレスが溜まる。
どうしてこんなに無駄な祝い事をするんだ。おめでたいことなど何一つ無いと言うのに。
フェルドと温泉の話をした時は平気だったのに、屋敷の者や他の貴族から祝われるのはどうにも複雑だった。
フェルドはあの時疲れていた。疲れていたから彼を休ませようとした。あの旅行の提案は彼のために行ったものだった。
けれど今はどうだ。
目の前にある人達からの厚意を、僕は受け取ることしか出来ない。返せないのにだ。それが僕にとってどれだけの苦痛であるか彼らには分からないだろう。
僕は今彼らに借りを作られている。一方的にだ。頼んでもいないのに。
――手間がかかる。
「ヨミ様!髪飾りはいかがなさいましょう?ドレスに合わせたお色味ですとこの薔薇の簪などがお似合いになるかと」
「えっと、そ、そうですね。ではそれにします」
全員にこの借りを返すのは簡単なことではないのだ。今回誕生日を祝ってきた人間は貴族以外の人間含めて優に3桁を超える。それら全員をリストアップして一人一人に借りを返していくとすると余裕で一年はかかるだろう。そうしているうちにまた次の誕生日だ。
昨年も大変だったのにまた今年もその作業に追われるなんて、面倒なことこの上ない。誕生日なんて来なければ良いのに。
――ああ、もう!皆イカれてる。こんなに手間のかかることをどうして平気な顔して出来るんだ!
「ヨミ様、調度梅雨の時期ですので傘も用意したいのですが、どのような柄のものがお好みですか?」
「いや、えっと」
「そうですよね!実際ドレスと合わせて見なければ判断がつきません。一度全て試着して合われていきましょう!」
「エ゛っ!?」
結局僕は、旅行の服を選ぶだけに丸一日もかけてしまった。僕は正直全然楽しくなかったけど、周りの人達は笑っていて、嬉しそうで。
そんな彼らを見てどういう訳か僕は、ほんの少しの罪悪感を覚えた。
――旅行、気軽な気持ちで提案したけれど。
こんなに大層な形になるとは思ってもみなかった。
キリが悪くなりそうだったので一旦切ります。
今回短いです。
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