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22話




収穫祭の2日前から、フェルドはクレリア王国の隣国のヴァリス国へ移動し、その国の貴族達との商談をいくつか重ねていた。

ヴァリス国は外交を活発に行う文化であるため比較的商談は進めやすいが、異国の地で、異国の者として初対面の人間に何かを売り込むというのは非常に疲れる。スレイマン家の規模であればこちから動かなくとも案件から勝手にやってきてくれるはずなのに、何故一番ストレスのかかる取引先の拡大をフェルドに一任されているのか、もはや意味が分からなった。

最初の方は商談の同席のみ依頼されていたが、ここ最近は現地の市場調査と売り込み先の貴族の選定まで頼まれるようになったので、時間がいくらあっても足りない。

フェルドの仕事速度が異常に速いのは、より多くの仕事を処理するためではない。割くべき項目に時間を割き、スレイマン家の価値を高めるためにあるのだというのに。

「収穫祭は3日前か……」

体感時間としては一週間以上前だ。次にクレリア王国に戻ることができるのはいつだろうか。大量の資料を目の前にフェルドはため息をついた。

野心などない。

名を残したいとも思わない。

ただ、自分の代でスレイマン家が淪落しなければそれでいいのに。

「フェルド様」

今後の動きを整理するため机に伏せていると、フェルドの執事であるマルクが神妙な面持ちで声をかけてきた。

「どうかしましたか」

「お仕事の件ではございませんが、少し」

「仕事と無関係なら後にしていただけますか」

「それが、ヨミ様の件で」

「ヨミ?」

フェルドは訝しげに眉を顰め手を止めた。

「ヨミに何か」

尋ねると、マルクは至極言いづらそうに口元を歪めた。

「収穫祭で正妃様より、辱めを受けられたと」


╴ ╴ ╴ ╴ ╴


収穫祭でヨミが正妃ユリアから吐かれた侮蔑の内容を一通り把握したフェルドは、生まれて初めて怒りで視界が揺らぐのを感じた。それはそれは猛烈な怒りだった。

何の事情も知らない外野が、一体どういう了見でヨミを否定しているのか。

ヨミの本当の性格を知らない人間に彼女を語られることがフェルドには度し難かった。

「両親はなんと?」

「それが」

マルクは言葉に詰まったよう俯き、唇を噛んだ。

「婚約の解消を視野に入れられているとのことです。クレリア王国で王族から害意を持たれることは、その家の没落を意味しますので。大変慎重になられているようです」

「なら、ヨミとの逢瀬は?」

「外堀が冷めるまで控えるよう、指示をいただいております」

「……」

フェルドには、こんな時自らの保身のことしか考えることの出来ない大人達がただ憎かった。ヨミの評価を下げることになった要因は、フェルドとヨミの逢瀬頻度の少なさ、そしてお互いの情報共有不足にある。これは完全にスレイマン家側の失態なのだ。サーティウス家との交流を疎かにせざるを得ない日程を組み、一方的に逢瀬の回数を減らしてしまった。

本来スレイマン家がサーティウス家に謝罪を入れるべき案件にもかかわらず、両親は遠回しに彼らを見捨てろと言っている。

フェルドにはただ全てが許せなかった。

許せなくて気持ちが悪い。起こった事象を整理するたび、最悪の展開に頭痛がした。

「クレリア王国へ戻ります」

「いけません、フェルド様」

「……王族が何だというんです」

「フェルド様」

「ヨミのことを何も知りもしない人間が、彼女を無害な傀儡のように扱うんだ。その心根で彼女がどれだけ傷付いているかも知らずに。彼女が、今までの評価を得るためにどれほどの努力を積み上げて来たのかも知らずに」

フェルドの憤りは、それはそれは甚だしいものだった。マルクは今まで見たことのない彼の感情的な様子に息を呑んだ。フェルドは机の上の書類をそのままに、自身の荷物をトランクへまとめ始めた。

「ご主人様からは、しばらくヨミ様とお会いすることは控えるようにと命が出ております」

「どう考えても悪手でしょう。スレイマン家と良好な関係を築くことが出来ていないと誤解されたから評価を落とされた。ならば、それが勘違いである事実を示せばいい。ヨミとの逢瀬を絶ってしまうことは、僕がその事実を認めたことと同義になる。そうすれば今度こそ取り返しがつかない」

「そのような簡単な話では――」

「簡単な話でしょう」

フェルドは瞳孔の開いた目でマルクを睨みつけた。

「こんな簡単な話が分からないのか」

……スレイマン家が淪落しなければそれで良い。

しかしそのためにヨミを苦しめる必要があるのなら。

フェルドは思った。

そのような家なら、自分自身を削ってまで守り抜く価値は無い。


フェルドとマルクのやり取りを聞きつけた他の配下達が、ばらばらと数名部屋に入ってきた。フェルドはまとめ終わった荷物を手に持ち、「馬車を出してください」と言った。

「明日は重要な商談が控えているのですよ。明日だけではありません。このヴァリス国へ一体なんのために来たのか、この出張へどれほどの利益がかかっているのかフェルド様が一番よくお分かりでしょう」

「ええ、あなた方が一生遊んで暮らせる収益が手元に入るでしょう」

「ならば」

「商談の流れは既に組んでいます。座組通りに進めていただければ成約できます」

「フェルド様!」

フェルドは立ち止まった。

これほどまでに腹を立てたのは嘘偽りなく人生初めてであるため、自分でも意外に思うほどだった。

「あなた達がヴァリスでの商談を全て失敗に終わらせるよりも、サーティウス家との交流が絶たれた時に生じる損害の方がスレイマン家にとっては大きい」

「!!」

「本当にこの家の未来を考えて仕事をされているなら、今すぐ馬車を出していただけますか」

「しかし、お父上様から――」

「父は僕が説き伏せます」

配下達は目を見開き硬直した。

「過去、僕が他人を説得出来なかったことがありますか」

フェルドは誰とも目を合わせることなく言い切った。

すでにその視線の先はクレリア王国の方角を向いており、小手先での説得は意味を成さないと悟った配下達は項垂れて馬車を呼んだ。

今回の件の裏側には、フェルドの頭脳に頼り切りの仕事をしてしまった自分達にも責任があることを彼らは少なからず自覚していた。

「馬車はお出しいたします。しかし、直接ヨミ様の場所へ向かわれるのではなく、まずはご主人様からの承諾をお取りくださいませ。そうしなければ……恐れいりますが我々の首が飛ばされてしまいますので」

「ええ、分かっています」

フェルドは礼を告げなかった。

そのまま言葉少なに馬車へ乗り込むと、焦燥のままに父親のもとへ向かった。

サーティウス家との交流を絶つことは、王族から見放されるリスクを確実に回避することができる一方で、サーティウス家とともに築いてきた事業を丸ごと切り捨てることになる。これはスレイマン家にとって大きすぎる損失だ。

存在し得るかも分からない危険を恐れ圧倒的な財を切り捨てるか、問題の根本解決を試み莫大な資産を守りきるか……。将来を見据え考えた時、どちらが正しいかなど考えるまでもない。

父親を説き伏せ、その結果自分がクレリア王国へ向かう許可を下されることはフェルドには分かっていた。分かっていたからこそより苛立ったのだ。

目先の利益、目先の保身。

そんな合理的でないもののために、フェルドは真っ直ぐにヨミに会いにいくことを阻害されているのである。



❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋



収穫祭での一件以降僕は両親から外出禁止を言い渡されてしまったが、もともと出不精な性格なため以前とほとんど変わらない毎日を過ごしている。

あの出来事からいつの間にか5日も経過してしまった。

両親は毎日喧嘩をし、僕のことを腫れ物として扱うようになった。確か小説の中のヨミ・サーティウス・ベルリナも、親から毛嫌いされている設定だったように思う。

僕が物語の中で見たヨミも同じよう収穫祭で王妃様から侮辱を受けたのだろうか。だとすると、流石にその件はシノアの物語の中に一行でも記されるべきだろう。

もし物語には存在しないシナリオであるならば、僕がヨミに転生してしまったことで何か歪みが生じ、一番最悪な形で表に現れた……?

ヨミのように傍若無人で我儘に振舞っていればこのような結果には至らなかったかもしれない。そんなことを考察するたび僕はやり切れない気持ちになった。

一人になると良くない方向へ思考を回してしまうのだ。涙が枯れたあとの僕は殆ど思考の廃人だった。

「ヨミ様」

ベッドの上でアザラシのようにくるくるが回っていると、外の者から何か伝言を受けたらしいアナが僕へ近づいた。

「……何でしょう」

「その、1階にフェルド様がお越しです。それもお一人で。ご主人様達がお先に面会されています」

「フェルドが?」

「急いでヨミ様をお連れするようご指示を受けまして」

僕は驚きの反動でベッドから降りた。

婚約破棄の申し出だろうか。まだ学園にも入っていないのに。

「さ、先にお化粧する時間をいただけますか。せめて口紅だけでも。髪も梳かして……」

「お、お手伝いします!」

僕とアナは慌てふためき身だしなみを整え始めた。何の取り付けもなくフェルドがこの家を訪ねてきたのは初めてのことだ。完全に油断していた僕は、ほとんど寝巻きに近い格好で一日を過ごしてた。まともなドレスを身に付ける気分にならなかったというのもある。

まだ化粧も完了していないうち、僕の寝室の扉が三度ノックされた。

「ヨミ。フェルドです」

「ふぇ!?」

まだ見た目の準備も心の準備も出来ていない。しかし今の自分の立場――婚約破棄を阻止しようと抗うべき自分の立場で、フェルドを何分も待たせるわけはいかない。

服は諦めるとして、髪は梳かして。

椅子にかけられたブランケットを肩に羽織ると、僕は転がるように扉を開けた。

「あの、フェル――」

フェルドは、僕が一言目を言い終わるより早く頭を下げ、「申し訳ございません」と言った。

「え?」

「スレイマン家側の考慮不足により、ヨミに辛い思いをさせてしまいました。申し訳ございません。謝罪だけで済む話でないのは理解しています。自体の回収はスレイマン家にて行います」

「フェルド、お顔を上げてください」

混乱とともに僕が言うと、フェルドはゆっくりと顔を上げた。酷く疲れた表情をしている。目の下に出来た濃い隈が彼の今の精神状態を表しているようだった。

「ま、まだ私も状況が掴めていなくて、座ってお話しませんか」






続き書きたくてか仕方がないのですが、少しここまでの内容を推敲します。

ブックマークをしてくださっている方、いつも本当にありがとうございます。

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