表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

17話




クレリア王国の王室では、週に二度、家族全員で食卓を囲う晩餐会が開かれる。ヨミと数ヶ月ぶりに言葉を交わした今日がその日で、エリックはぐるぐると思考を回しながら食事の間へ向かっていた。皇太子のエリックを含め、兄弟は全員で6人いる。そのうち王子は4名で、姫は2人。ルカス以外の兄弟からはそれなりに懐かれている。第2王子ルカスはエリックの存在を快く思っておらず、そのことを包み隠すこともしていない。

食卓につくと、三男であるシーザが目を瞬かせながらエリックを見た。

「珍しい。時間前だ」

「仕事が一段落ついたからね。シーザは?勉強の方は順調?」

「全く。俺はやっぱり剣を振るう方が性に合っています。兄上のように何でも器用に出来たら良いのに」

エリックは笑いながらシーザの頭を撫でた。

「僕はむしろ剣の腕は空っきしだ。お前の才能は凄い」

「でも、いくら剣技を磨いたところで父上がつくる平和な世では不要でしょう。ここから先、世の中が便利になればなるほど知識が権力になることは分かっているのです」

今年で13になるシーザは、不得意な勉学へ逃げずに向き合ってはいるものの、成績に伸び悩んでいる。対して、得意分野である剣の腕は既に王城の講師の力量に並びつつあった。

「平和な世の中にも武力は必要だよ、シーザ」

エリックは言った。

「クレリア王国の軍力が圧倒的であるからこそ周辺国はこの国に喧嘩を売ってこないし、政治家は戦争の開始など気にせず国の政策を考えられる」

エリックとシーザの会話を聞いていた四男、アルトが口を挟んだ。

「エリック兄様、〝くるま〟の話、してください!」

「いいよ。ここじゃ長くなるからまたあとで」

「はい!」

大きな眼鏡をかけた10歳のアルトは、自動車に対して非常な関心を寄せていて、ほとんど毎晩エリックの寝室にやってきては車の仕組みや最新の発明品について尋ねてくる。ただ、政略的な方へ話が向かうといつもすぐに眠ってしまうので、本質が技術者向きなのだろう。

アルトの極端な好奇心をエリックは心から大事に思っていた。

――兄弟の中で最も各分野のバランスが取れているのはルカスだ。

「ルカス兄様、今日は遅いのですね」

次女のモアナが顔を上げ言った。

「確かに、珍しいな」

「今日はルカス兄様とエリック兄様が逆ですね。通常であれば、ルカス兄様の方が早くいらっしゃいます」

恬淡な口調のモアナにエリックは肩を竦めた。兄弟でそんな会話をしているうち、ルカスが食事の間の扉を開けた。

「今日は珍しく直前ですね」

「あぁ、色々集中しているうちに忘れてしまっていた。間に合って良かったよ」

弟2人へ微笑を向けるルカスを眺めながら、エリックもまた微笑んだ。ルカスとエリックの確執は相変わらずだか、その一方で、ルカスは他の兄弟とは大変良好な関係を築いている。

指定時間になると、国王陛下と正妃ユリアが部屋の扉を開いた。

「揃ったか」

テーブルを囲っていた全員がその場に立ち上がり、慇懃に頭を下げる。陛下は堂々とした足取りで指定の座席へ腰掛けた。王と妃が席に着いたのを確認したあと、子供達はバラバラと着席した。

食事会の始まりである。

国の最高権力者である父親に認められるため、兄弟達がどれだけ努力を積んできたのかエリックは知っている。やや緊張した面持ちで父親を見つめるシーザとアルトを見ながら、エリックは複雑な心境に陥った。この子達の緊張を解す努力を、国王陛下は本来行うべきなのだ。

陛下は子供達をぐるりと一瞥したあと、最後エリックへ顔を向けた。

「収穫祭の準備は完了したようだな。よくやった」

「例年の型に倣い進めたに過ぎません」

「そう簡単なことではない。別事業を進めながら完遂したんだ」

上機嫌に盃を傾ける父親を見て、エリックもまたつられて笑い返した。収穫祭の準備を担ったのは今年が初めてだ。例年の担当はそれぞれ二週間も準備期間を要したというが、蓋を開けてみれば想定より複雑性の高い内容ではなかったため、エリックは約2日で全ての段取りをつけ自身の仕事を終わらせた。

エリックには、昨年までの担当者達が何故あれほどまでに準備期間を必要としたのか理解が出来なかった。

しかしその一方で、他の高官達から見たエリックの処理能力の高さもまた、彼らの理解の範疇を超えていることをエリックは知らなかった。

「来年は、ルカスと一緒にやろうと思っています」

エリックがルカスに目を向けながら言うと、陛下は手に持っていたグラスをテーブルに置いた。

「いや、今後は別の者をお前の右腕に推薦してみようと思っている」

「別の者?」

エリックは訝しげに眉を顰めた。視界の端で、彼と同じようルカスが頬を強ばらせる。

「スレイマン家の長男の話を聞いたことはあるか。随分前から噂は聞いていたが、どうやら〝ホンモノ〟らしい。一度破談になりかけていたナルタ国からの石油輸入の件、商談に同席していた14歳の少年が機転でひっくり返したんだ。才に恵まれた者同士、話が合うのではないかと思っている」

「スレイマン家……」

フェルド・スレイマン・ディークの才覚については、エリックも配下伝いに耳にしたことがある。

陛下は頷いた。

「それにその少年は絹の名家であるサーティウス家の令嬢と婚約関係にある。サーティウス家の事業は時代の逆風を受けにくいものばかりだからな。両家がこのまま順当に家族関係を持てば、繁栄が確約された大規模の血族ができあがるだろう」

「……意外ですね。父上が王族以外の氏族に興味をお持ちになられるとは」

「才能のある人材を我が国で育てたいだけだ」

エリックはその瞬間の自分の頬が、傍から見ただけでは気づかれないレベルに引き攣ったのが分かった。この頬の絶妙な引き攣りは、ルカスを執拗に国務から遠ざけようとする父親に向けたものだろう。ただ、それとは別に、フェルドとヨミの婚約関係が国の最高権力者の口から触れられた事実が不思議に重たかった。

「スレイマン家のご子息が、父上にも目にかけられるほどの人材だとは知りませんでした」

エリックは言った。

ヨミのことは友人として大事に思っている。友人の結婚は祝うべきである。そう理解しつつも、せり上がる違和感は拭えなかった。

会話の終わりを示唆するため前菜に口を付けると、国王陛下もまた口を閉じた。二人のやり取りを聞いていた妃が、今度静かに開口する。

「しかし、許嫁の令嬢の素行についてはあまり良くない噂を耳にしたことがあります。大きな血族になるのであれば警戒をしておいた方が良いかと。実際、質の悪い奥方の蛮行により淪落した貴族は少なくありません」

「良くない噂?」

反射的に食い付いたエリックに妃は目を瞬かせた。ヨミに対して間接的に〝質の悪い〟と表現されたことを不快に思う。

「スレイマン家のご子息との婚姻は、子息へ一方的に熱中していた令嬢が半ば強引に引き結んだものであると伺っています。スレイマン家に訪問をした際できた怪我に対して責任を取るよう令嬢本人が迫ったのです。最終的に婚約を受けたのはスレイマン家ではありますが……人格者であるかどうかは、このような噂が流れている事実を元に慎重に確認したほうが良いでしょう」

「噂は事実なのですか?」

それまで会話に加わっていなかったルカスが口を開いた。

「調査の者を回したところ、概ね事実だと」

エリックは唇を結んだ。珍しく顔を顰めるエリックを見て、国王陛下は怪訝に眉を寄せる。

「年頃の令嬢にしては珍しく、社交会も積極的には参加されていないようです。重要な催しには出席するようですが」

皇后のユリアは隣国のヴァリス国の第一王女だ。幼い頃から王族としての英才教育を施されてきた彼女は、誰よりも厳然に「人格」という言葉を重んじている。母親は非常に温厚で素晴らしい人だが、だからこそ、知識以上に人柄を評価する部分があり、その評価には彼女の主観が幾分か含まれていた。

「僕はそう思いません」

エリックは言った。

「サーティウス家のご令嬢と話したことがあるの?」

「いいえ」

「なら、どうしてそう思うの」

「お母様も、その令嬢と直接会話をしたことはないでしょう」

ユリアは口を噤んだ。

「スレイマン家の子息に婚約を迫ったという話も、もう4年も前のことです。たった一度の事象、それも随分前の出来事でその人物の価値を下げるのはお母様らしくありませんよ。むしろ、必要な社交のみ行う今の令嬢の姿勢は僕には好感です」

「エリック兄様も社交が苦手ですからね」

「兄様はむしろ必要な社交にも顔を出しませんよ」

クスクスと笑いながらシーザとアルトが顔を見合わせた。ユリアは咳払いをし2人を睨んだ。

「私は……ヨミ・サーティウス・ベルリナ様は、お母様の仰られる通りのお人柄だと思います」

それまでずっと黙り込んでいた次女のカンナが、しどろもどろ視線を泳がせながら開口した。今年で12になるカンナはどちらかというと落ち着いた性格で、食事の場での発言は珍しい。

「噂というのは案外あてになります。実際、フェルド様はサーティウス家のご令嬢のことをあまり好いていないと言われているのです。通常婚約関係にある貴族は少なくとも週に二、三はどちからの家を訪問されていますが、あのお二人は二週間に一度程度だそうです。きっとフェルド様は令嬢のことを好きではなく義務として付き合っていて、嫌な結婚を強制されているのです。サーティウス家と繋がることで築かれる財産に目がくらんだ大人達によって。そうだとしたら、あまりにも可哀想です」

「随分詳しいんだね、カンナ」

エリックが言った。存外冷たい口調になってしまったため、カンナは肩を震わせエリックを見た。今度はエリックが慌てた。

「怒っているわけじゃないんだ。ただ、逢瀬の回数が少ない理由には多忙も含まれているんだろう。国外の貴族との商談にまで同席しているんだ。普通の貴族の子息とは婚約者に使える時間が違う」

居心地悪そうに唇を窄めるカンナに、エリックはよく当たる直感を働かせた。

どうやら、カンナは噂のスレイマン家の子息のことを恋愛的に気にしていて、ヨミとの関係が憎たらしいのだ。しかし、それはヨミのことを好き勝手言って良い理由にはならない。それも国の最高権力者である国王陛下の前でだ。エリックは困ったように眉を下げたあと、陛下へ向き直った。

「食卓での憶測はやめましょう。それよりも僕は、やはりルカスと共に国務を行いたい。父上がその少年に目をかけている事実は分かりますが、ここにいるルカスも非常に優秀だ。それに、確かスレイマン家の子息は今年で14でしょう。半年後にはどちらにせよ王立学園に入学します。学業と国務を強引に両立させるのは気の毒だ」

〝いつかはルカスに王位を〟この意識を常に持っているエリックは、少しでも早くルカスに実績を積ませたかった。しかしそんなエリックの期待を裏切るよう、対面に座っていたルカスが開口した。

「兄上のお言葉はありがたく思いますが、私もしばらく学業に専念しようと思っています」

「え?」

驚いて硬直するエリックとは目を合わせずルカスは言葉を続けた。

「父上、王立学園へ入学する許可をいただけますか」


╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴


「ルカス!」

食事会が終了してすぐ、エリックはルカスの腕を掴み呼び止めた。王立学園と言えど、クレリア王国の王族が学園へ入学し生徒として通った実例はかつて無い。生まれた時からこの国の最高水準の教育を施されてきた王族にとって、一般貴族と同じ学舎で学業を行うことの利点がなかったからだ。

それ以上に、王族を必要以上に神格化しているこの国では、王家の人間がそれ以外の氏族と接触しすぎることを避けてきた。

――ルカスが貴族の子息令嬢達と交流を重ねることは、彼が王になる上で確かに必要だ。

しかし、ロズウェル学園で学業に専念してしまえば、最低でも4年は国務へ費やす時間を削られる。その間、エリックとの間に生じるハンデは計り知れない。

ルカスが学園に入学してしまうことは、王になる可能性をほとんど放擲することに等しかった。そして国王陛下はそんなルカスの申し出に二つ返事で許可を降ろしたのだ。

2年前、エリックから同じ頼みを受けた時は断固として弾き返したにもかかわらず。

「待ってくれ、話がしたい。今ならまだ撤回が効く」

ルカスは不快げに眉を顰めながら振り返り、エリックを一瞥した。

「その話なら結構です」

「どうして王立学園へ入学するなんて言ったんだ。ルカスは王になるために研鑽を積んでいるんだろう?なら――」

「兄上には理解できませんよ」

エリックが台詞を言い終わらないうち、ルカスは言下に言い切った。

「は?」

「俺がどれだけ努力をして、世間が身の丈以上に俺を評価しようと……」

言いながらルカスの唇が悔しさに震えていることにエリックは気づいた。激しい悲しみが空間へ微弱な振動をもたらす。その悲しみを薙ぎ払うよう、ルカスは荒々しく吐き捨てた。

「兄上がどれだけ世間から嫌われようと、どうせ王位を継ぐのは皇太子である兄上だ。この国の国王は……父上は世論を見ない。才能と血筋だけを見ている」

「それを、そんな家習を覆すために、お前は頑張ってきたんだろう」

「ええ、よほど滑稽だったでしょう」

「ルカス、僕は、お前に王になって欲しいと思っている。僕とルカスの期待する未来は、合致しているはずなんだ」

ルカスはエリックから掴まれていた腕を激しく振り払った。

「本当は、兄上の顔を見ることさえ苦痛だ」

「……」

「王になることを諦めたわけではありません」

エリックは顔を上げた。

「兄上には分からない。俺は貴方のことを自分の理解者だと思ったことは一度もない。ましてや、家族だとも思っていない。俺のことを知ったような口をきくのはもうやめてくれ」

「僕達は家族だ」

エリックの言葉は、もうルカスの耳には届いていなかった。しばらくの沈黙の後、ルカスは暗号でも読み上げるよう無機質に言葉を吐いた。

「俺は、王族じゃない」






ブックマーク、評価ありがとうございます。

励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ