表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

11話





結局僕達は旅行の日程を三日も延ばした。

その間、先日の雷雨は何だったのかと思わされるほど不思議によく晴れて、快晴になったアッシュラウ峠の空を眺めながら、フェルドは「曇らないですね」と笑った。ようやく曇り空の夜が訪れた最終日の夜、僕達は約束通り天体観測に向かったのだけれど、見上げた空はやっぱり嫌になるほど真っ黒で、星なんてものは一つも見つけられなかった。

僕が「真っ暗ですね」と言うと、フェルドは「そうですね」といいながらのんびり空を見上げた。けれど穏やかで、結局僕達は随分長い時間何も無い空を眺めていた。


旅行以降、僕達の関係性はゆるやかに変わっていった。フェルドは以前よりもリラックスした様子で話すようになったし、訪問の際は必ずスレイマン家から少年向け小説を持ってくるようになった。僕は毎回それを有難く受け取り、次回フェルドが訪れた際長々と本の感想を述べた。


そんな日々を続けるうちに時は驚くほど淡々と流れ、僕達はいつの間にか14歳になっていた。

そう、僕が例の学園に入学し、たった1年で破滅への道のりへ追いやられる絶望のターニングポイントが目前に迫っているのである。その未来を防ぐためにこの2年で僕がどれだけのことを実行できたかというと、正直全くのゼロに等しい。小説内でのヨミは王立学園に入学する遥か以前から傍若無人な悪行を続けていたと描写されている。半分屁理屈のような進捗確認にはなるが、〝悪い行いをしないように努力することをしていた〟というのが僕の現状だ。

肝心のフェルドとの関係性については、原作よりは随分まともに構築できていると自負しているが、実際には判然としない。フェルドからロマンス小説のような言葉と吐かれたことは一度もないし、相変わらず合理的で血の通ってない会話が恬淡と続けられている。

本の話題だけが、僕達の行う唯一の私的な会話だった。


今日もそう。いつものごとく、最近の社会情勢や流行が予測される商売の会話で逢瀬の時間を消費したところで、僕はようやっと自分が本当に関心を持っている書架の話題を取り上げた。お決まりの流れである。

「あの小説は次章へ続くようですね。刊行当初からもう3年も経過していますが、新しいものはまだでしょうか」

「僕も探したのですが、生憎」

「探してくださったのですか?フェルドもあの物語を読まれていたのですね」

「僕は読んでいませんよ。前回来た時も君が続編を気にかけていたので調べたのです」

「……感謝いたします」

僕が俯きがちにそう言うと、フェルドは静かに目を細めた。彼は最近この不思議な表情をよくする。困っているような笑っているような、なにを考えているのか良く分からない不思議な表情である。

「君に読書以外の楽しみはないのですか?」

「読書以外?」

「君と同年代の他の令嬢は、流行の装飾や舞台演劇、オペラ鑑賞を楽しんで、活字を読むとなれば教養書くらいのものだと聞きました」

「……苦言なら間に合っていますが」

フェルドの言いたいことを僕はよく理解していた。同年代の他の令嬢は毎日のように街へ出て、娯楽の限りを尽くした豪奢な遊びを行っている。そしてその派手な散財の一団に大抵僕は参加していないので、フェルドは僕に友達が一人もいないのではないかと心配しているのだ。

「苦言ではありません。疑問です。僕は僕といる時間以外の君を知らない。それに君からはいつも書物の話しか聞かないので」

「他の令嬢との交流ももちろん続けています。ご心配なく」

「楽しいですか」

「当然。充実した交流をしていますよ」

フェルドは少し呆れたように眉を下げた。

僕はそんな彼の静かな圧力が気に入らなくて、少しムッとしてフェルドを見返した。

「私、社交会にはきちんと顔を出しています。礼節と笑顔をもって他貴族のご令嬢達と会話を交わしています」

「個人的に仲に仲良くなった方はいらっしゃるのですか?」

「……」

僕が黙り込んで庭の方へ目を向けると、フェルドも同じくコーヒーを片手に花壇の薔薇を見やった。

これ以上追求するつもりはないらしい。そんなフェルドの様子に僕は少ししゅんとしてしまった。

〝友達〟という存在を、僕は前の人生含めて一度も作ったことがない。自分に友達が出来るイメージも沸かないし、自分が誰かに友達だと思われる感覚も全くもって想像できない。

友達が欲しくないわけではなく、純粋に作り方が分からなかった。分からないので、社交会で他の令嬢から親密に声を掛けられても会話が上滑りして、〝誰かと群れることを好まない令嬢〟として遠巻きに眺められるようになってしまった。

ヨミ・サーティウス・ベルリナは幸いとてつもなく美貌に優れているので、必要以上に愛嬌を振り撒かなくとも、周囲は勝手にヨミという令嬢の性質を都合の良いように解釈してくれた。自分でも自覚できるほど、僕は今この国の同世代の貴族令嬢達の憧憬を集めているらしい。

しかしフェルドは、友達も作らずお気に入りの書架を本棚へ並べ続ける僕を快く思っていないようだった。

「フェルドの面子を潰すような真似はしていません」

「ええ、分かっています。君が良いなら良いのです。ただ、友人を作りたくても作れないように見えたので」

「貴方にはお友達がいるの?」

「いないように見えますか?」

「正直」

「……いますよ。多い方ではありませんが」

フェルドは言いながら少しだけ笑い、僕の方へ目を向けた。微笑の混じったフェルドの視線に耐えきれず俯き加減に紅茶をすすると、彼は優しいため息をついた。

「君は、数多の貴族令嬢の中で一番器用だと思うし、一番不器用だとも思います」

「……どうでしょうか」

友達なんて必要ない。僕はただ、今所持している莫大な富と権力をもっとずっと圧倒的になるまで築き上げたいだけ。噂集めや信頼の構築が将来の自分の身を守るために重要なことは分かっている。僕がフェルドから婚約関係を一方的に解消され国外へ追いやられる未来は刻一刻と迫っているのだから。

ただ、その上で僕には他人との無闇矢鱈な交友にメリットを感じられなかった。心からの愛情なんてものはこの世に存在しない。友情だって、その瞬間は本物に感じていてもいつ翻るか分からない。他人と仲を深め結び付きを強める行為は、自分の心臓に突き付けられた刃物の切っ先を研ぐ行為に等しいように感じていた。

なら、友達なんていらない。誰かとの親しみなんて、僕の求める完全無欠の幸福には邪魔でしかないのだ。

僕が何も言わず紅茶のミルクを足していると、不意に顔を上げたフェルドが言った。

「10日後の王城には行かれますか?第二王子様の誕生祭が催されますが」

切り替わった話題に安堵しながら僕は頷いた。10日後は僕たちの暮らすクレリア王国で次期国王を期待されている第二王子の生誕祭だ。王族の生誕祭には何度か参列をしたことがあるのでどうということはないのだけれど、今年は国内だけでなく同盟大国の王族も複数名参加すると噂が出ており、注目度の高い催しではある。恐らくそのレベルの階級になると同じ会場で食事を共にすることさえないだろうし、一般貴族達には姿さえ確認できないのだろうけれど。


……クレリアの王族は、国の立ち上げに関わった4つの氏族により構成されている。

ノクターナ家、フォリシア家、ドレアス家、セリオス家の内、最も莫大な資産を持つノクターナ家の君主がこの国の最初の王になったらしい。4家は娘息子を結婚させることで血族としての繋がりを持ち、圧倒的な財を築き上げていった。クレリア王国では、その4家以外の家系の血が王家に入った過去は数え切れるほどしかない。

ただ、それ以外の国の王家とは親交を続けており、現に今の皇后様は元隣国の第一王女様である。遺伝子的な豊かさも保持しながら、クレリア王国の皇室は圧倒的な身分を確立しているのだ。

そのような事情から、この世界では王族とそれ以外の貴族の間に絶対的で分厚い地位的な壁がある。僕が前世読んだことのある他のロマンス小説では第一王子の婚約者として公爵令嬢があてがわれたりもしていたけれど、この世界ではむしろそれは王家の血筋に異物を注ぎ込む行為に等しく、よほどの異例が生じない限り他国の王族との婚約が良とされていた。これは建国当初から定められている王家の不文律のようなものだ。

絶対的な決まりではないけれど、ほとんどそれに近い暗黙の了解が王族の婚約にはのしかかる。

――王家に入ることができるならそれ以上のことはないけれど、公爵令嬢である僕が歓迎されることは万が一にもないだろう。貴族間には細かい序列が存在するが王族からしてみれば真の貴族はその4家のみ。

僕らのような王家と繋がりを持っていない人間は別の氏族として〝一般市民〟呼ばわりされている。そして、だからこそ王族の所持する資産は凄まじい。特にクレリア王国はこの世界で最も莫大な富を有する大国で、教科書通りであれば、この国の総資産の約70%は王家が独占している。細かい数字へ換算したって僕の懐には1銭も入ってこないので確認したことはないが、つまるところとんでもないお金持ちなのだ。この世界では王家が「正」と言えば明日から天動説が主流になるだろうし、「不可」の烙印を降ろされたが最後、神様だって処刑に回される。極端な例ではあるが、この国では悲しいことに法律でさえ国王の気まぐれに敵わないのだ。

僕はカップの奥に沈んだ色の細かい茶葉を無心で眺めながらフェルドの問いへ頷いた。

「ええ、もちろん。フェルドもでしょう?」

「伺いますよ。伯爵以上の貴族は特に、参列しなければ一族の顔が立ちませんから」

王家に嫁ぐ未来は不可能だが、スレイマン家とサーティウス家が結ばれれば僕らの資産はこの国の氏族の中で一番の規模に到達する。すると僕達は王族から特別な称号を授かり、王城へのほとんど自由な出入りが許されるようになるのだ。これこそ僕の欲しい幸福。現実的に僕が目指すことのできる最大級の地位の獲得である。

「フェルドがパーティーへ参列するのは珍しいですよね。お嫌いなのかと思っていました」

「そうでしょうか」

「お好きなの?」

「好きとか嫌いとか、そういう感覚で赴いたことはありません。ただ……まあ、そうですね」

どことない倦怠とともに頷くフェルドの様子を観察しながら、彼らしい反応だなとぼんやり思う。フェルドは大勢の人の出入りする場所を嫌うので、本当は今回の盛大なパーティーも行きたくはないのだろう。

僕に対して散々友達作りの圧をかけておきながら、フェルド自身は特定の友人との交流以外は意図的に遮断している。

「始まったら終わりは来ます。もしかしたら新しいお友達ができるかもしれませんよ」

僕が紅茶を啜りながら偉そうに言うと、フェルドは吹き出しながらこちらへ視線を向けた。

「そうですね。〝ヨミに〟初めての友人ができる大事な機会になるかもしれません」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ