第一話 転生
俺は片桐走馬、19歳のニートだ。
大学には行っていない、というか行く金が無かったので行けないという方が正しいな。
両親は競馬で大負けして、闇金に手を出して、何千万という借金を作って、俺を施設に捨てたらしい。
小中は友達も出来無かったが、いじめられる事も無かったので大して覚えていないが、父の日と母の日は辛かった記憶はある。
高校は唯一出来た友達が病気で亡くなったが、しっかりと卒業まで頑張った。
死ぬ前に言われた「俺の分まで頑張って生きてくれ」という言葉に背中を押されたからだ。
高校卒業後は就職活動をしたが、何処の会社も「名前が……」と言って不採用。
結局職に就けなかった。
片桐走馬。普通の名前だと思うかもしれないが、この「走馬」の読み方は「ギャロップ」だ。
本当にクソ親だと思う。
そんな訳で俺は面接無しの即採用のブラックなバイトで稼いだ少しの金と生活保護で貰う金で暮らしている。
何故こんなことを考えているかというと、今コンビニで立ち読みしてる雑誌にキラキラネームで苦しんでる人が、親の許可無しで名前を変えることができる記事があったからだ。
(俺も変えようかな……)
そんな事を考えていると、駐車場に入ってくる車が窓ガラス越しに見えた。
その車は止まること無く速度を上げ、ガラスを突き破り、本棚を突き破った。
ひしゃげたボンネットが俺の腹に殴るようにして突っ込み、衝撃で後ろの陳列棚にぶつかる。
頭に火で炙られるような痛みと共に意識が薄れてきた。
そしてガラスの降る音に被せるように頭の中に直接に語りかけるような声が届いた。
《神:アリシアの管理者権限が行使されました。管理番号:Mー1546379802のデータをバックアップします。保存しました。》
は? 神? データ? 何の事だ?
こんな時に何なんだよと思いながら俺の意識は途絶えた。
◆ ◆ ◆
俺が気が付くとそこは白い空間だった。
光源が無いにも関わらず、明るい不思議な空間だった。
『聞こえる~?』
どこからか声が聞こえてきた。
「はい」
「コンビニで事故って死んだの覚えてる?」
死んだ?
だが、コンビニに突っ込んできた車といい、この白い空間といい、信じるには十分な気がする。
だが、ここは何処なんだ?
『ここは冥界って言ったら分かるかな?』
心を読まれた事に驚きながら状況から察するにこの人は神か何かの類いだと察した。
「はい」
『じゃあ、話は早いね。今からあなたは転生します。剣と魔法の世界にね。良いよね?』
「はい?」
『じゃあね~』
問答無用じゃねぇか。さっきの質問の意味は何だったんだよ。
「あのっ……」
俺の声は届く事無く、目の前が真っ暗になった。
《個人番号:Mー1546379802のバックアップデータをワールドネーム:アクロスに移行します。アバターにバックアップデータをインストールします……》
という無機質な声を最後に……
◆ ◆ ◆
周りには禍禍しい木々と生い茂る草、紫色をした葉から漏れる日の光。
俺は森に居るようだ。
(俺、マジで死んで転生したのか……)
まぁ前世に未練と言えば……別に無いな。
まぁ、落ち込んでても仕方が無い。
俺は周りの様子を見る為に立ち上がろうとした。
だが、立ち上がれなかった。
俺は、金が無くて買えないヘッドギアとVRMMORPGに憧れて読んでいたVRMMO系のラノベでよくある元の体とアバターの体とのギャップにより、体が思うように動かせないと言うのを思い出しながら、自分の新たな体を見た。
スラリと長い足、その先にある木漏れ日に照らされた綺麗に蹄。
ん? 蹄?
俺はこの足に見覚えがあった。
俺は馬に転生したようだ。
◆ ◆ ◆
俺は記憶の中の膨大な数のVRMMO系のラノベと比較的少ないながらも読んだ事のある異世界転生系のラノベの知識と脳をフル回転して今の状況を把握した。
そして色々気付いたことがある。
一つ目、歩くのがムズい。
そりゃそうだ。少し前まで二足歩行だった奴が四足歩行を直ぐに習得出来るわけが無い。
二つ目、視野が広い。
馬の視野は人間に比べて広い。
最初は少し酔ったが、慣れれば便利だ。
三つ目、これが一番重要だ。
ステータスが見える。
なんとこの世界にはステータスがあるのだ。
何となくステータスと念じたら出てきそうだったので、試すと本当に出た。
これが俺のステータスだ
【名前】ー
【種族】スモールホース
【レベル】1
【種族レベル】1
【ステータス】360
・HP100/100
・体力100
・攻撃力20
・物理防御力20
・魔法防御力10
・素早さ40
・精神10
・知力50
・魔力10
【スキル】無し
【種族スキル】暗視 危険察知
【加護】女神の加護
こんな感じだ。
名前は無いらしい。前世の名前では無かった。
自分で付けることは出来なかった。
誰かに付けて貰うのか?
俺は白馬なので家畜になることは無さそうだ。
種族はスモールホースというらしい。
小さい馬、そのまんまだな。
ステータスは比較対象がいないので保留。
魔力はあっても魔法は使えないようだな。
試しに水が蹄から出る様子を思い浮かべたが無理だった。
イメージが出来れば無詠唱で出来るとかいう事故が多発しそうな世界ではなかった。
スキルは後天性、種族スキルは先天性だと思う。
暗視は多分暗いとこでも目が見えるやつだろう。
危険察知は文字通りだと思う。
女神の加護の女神というはあの人だろう。
効果は書かれていないが、効果を見たいと念じると、詳細が見られた。
〈女神の加護〉経験者
成長率向上 経験奪取レベル1 無限成長 火事場の馬鹿力 本能解放
経験者? いえ、未経験です。
まぁ、そんな事はさておき。
成長率向上と無限成長は文字通り、成長率を向上して無限に成長するという意味だろう。
しかし、経験奪取って何だ?
これも詳細を見てみよう。
〈経験奪取〉対象を喰らう事で相手のステータスを少し奪える。
最初はレベル1だから少ないかもしれないが強くなりそうだ。
対象を喰らうのは……考えないでおこう。
〈火事場の馬鹿力〉体力が百分の一になるとステータス超大幅上昇
強そうだが百分の一が残るという状況は嫌だな。
〈本能解放〉本能を解放する
文字通りかよ!!
まぁ、このテキトーな説明文はさておき森を進んでいこう。
俺はステータスという前世ではゲームの中でしか考えられないものに感動しながら、これから起こる事に楽しみと不安を感じながら森の中を歩き出した。
◆ ◆ ◆
俺は今、喰らう対象を植物にして経験奪取を使うとステータスどうなるのか試している。
残念ながら変化は無かった。
やっぱり魔物を喰わないといけないようだ。
正直自分がどれだけ強いのか分からない状態で魔物と戦いたくない。
転生の時にはっきりとした強さを示して欲しかった。
神と話せたのだから強いのかもしれないが、神が大勢いるとかだったら自分だけが優遇されてないかもしれないから不安だ。
そんなことを考えながら森を散策しているとタイミングが良いのか悪いのか、カサカサと何処からか音が聞こえた。
思わず後退りすると右後ろ足にムニっという嫌なもの踏んだ感触を感じて前に飛び上がった。
恐る恐るさっきまで右後ろ足があったところを見ると、青黒いスライムと思しきものがあった。
まさか魔王だったりしないよね、と思いながら右前足でそのスライムをつついてみる。
動かない。ただの屍のようだ。
そこで俺は経験奪取を思い出した。
経験奪取を使うには対象を喰う必要がある。
水羊羹みたいな味がしますようにと願いながらそのスライムを喰らった。
味はしない。
そこで俺は先程草を喰ったことを思い出した。
野菜を食べるような感覚だったので味なんて気にしてなかったが、味はしなかった気がする。
多分俺は……いや、魔物には味覚がないのかもしれない。
正直味覚が無いのは嫌だが、不味い魔物の死体を喰って嫌な思いをするよりはマシだろう。
本来の目的を忘れてはいけないな。
ステータスがどれだけ伸びているのか確認しないといけない。
(ステータス!)




