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純文学/ヒューマンドラマ集

多様性スクランブル

作者: 兎束作哉


鈍色の空を僕達はどんな思いで見上げているのだろう。

 

人混みに紛れながら自分の気持ちを隠し、皆と同じつまらないツイートをしては、同調の返答を返す。電子機器の端末の画面を滑る指は、どんな重みがあるのだろう。軽くなめらかに滑る画面に浮かぶ文字は誰がかいたものなのだろう。自分はかいていない。そう、自分じゃない。

青になった交差点を皆が動物のように群がって一斉に歩き出す。皆に流され行き先も分からない僕たちは一体何処を目指し歩いて行くのだろう…


 青い信号は点滅しやがて赤へと変わりカウントダウンを開始する。交差する白線は、人が通らなければ意味をなさない。白線は一気に動き出した鉄の塊で隠されふまれ汚れ、そして薄く消えていく。

 いつ時も、皆電子端末を片手に何かをつぶやいている。

 

 或る人は、興味の或る記事を読んでいるのかも知れない。

 また或る人は、誰かのつまらないツイートを見てつぶやきを返しているのかも知れない。

 見えないところで行き交う言葉はどれも空っぽで形のしっかりとしないものばかりだ。

 其れでも僕らは、それらを手放せずに現実から逃げるように其れを使う。僕らは電子の世界で、本音と本心を隠したがいを責め合い傷つけ合う。



 あの人もやっている。

 あの人の顔は見えないから。



 軽い気持ちは他者を傷つけ知らないところで泣いている。

 電子の世界は顔の見えない箱で或る。真っ白な箱の中で自分の都合のいいように解釈し、重みもない指を動かしては根拠もない言葉をつぶやく。

 消すことはできない。



 雨が降る。

 

 地上にいる人間は大抵傘を出して雨をしのぐ。突然のことで傘もない人間は鞄やらで頭を隠しながら屋根のあるところに走って行く。

 端末に雫が落ちてくる。

 地上は一気に冷め、黒いアスファルトは体に刺さる雨に悲鳴を上げる。

 僕らは同じ屋根の下で同じような言葉をつぶやいて、電子の世界に溶け込んでいく。


 

匿名:雨が降ってきたんだけど~びしょ濡れだよ

匿名:天気予報外れてんじゃねぇか

匿名:当てになんねーな

匿名:明日も雨らしいよ




 皆が皆、各々思うことを電子の世界で投げ込み同調の返答を返す。

 端末を滑る指は湿気のせいで鈍くなり、端末の電源が切れれば苛立ちため息をつく。


 雨が降る鈍色の空を見上げる。

 学生は勉学に励み、社会人は必死で仕事をする。

 年寄りは何をするのだろうか、孫と触れ合う。また、趣味に没頭しているのだろうか。

 子供は保育施設ではしゃいでいるのだろうか。

 電子の世界から外れた僕らは何を思うのだろうか。

 止まることのないこの世界で僕らはどう生きているのだろうか。

 大人の言いなりになったりしていないだろうか。嫌われないために嘘をついているのではないだろうか、偽っているのではないだろうか。


 雨はやまなかった。



 ファーストフード店でノートを開いた僕らは何のために勉強に励むのだろうか。

 将来のため、それともそれをしなければならないからだろうか。

 動かすその腕は何を思う?

 走らせるそのペンは何を描く?

 黒く塗られる白いノートは何を写す?

 雨で濡れ、滴の垂れたガラスに映った自分は何とも情けない顔をしていた。隣にいた男も、女も自分と同じようなかおをしていた。量産された人形のようで、皆同じ顔をしている。


 何を思う。

 その瞳に何をうつす。


 僕らは量産され誰かに人生を操られている操り人形(マリオネット)なのだろうか。


 同じ顔、同じツイート、つまらない言葉…

 僕らに今求められているものは何なのだろうか。

 ガラスに映った僕らはよく見れば違う顔をしているのに、未だにそれに気付けないでいる。同じ言葉で、誰かの言葉を借りて生きている。


 其れが正しいのだろうか。

 本当にそれがしたいことなのだろうか。



 僕らにはまだその答えははっきりと見えない。

 見えないのに、見えた気持ちになって根も葉もないことを言い、誰かを傷つけ、言い合いになって。最後に傷つくのは自分だと未だに分からない。


 どうしていきたい。其れを追求しなければならない。

 電子の世界は僕らの世界に溶け込み、侵食を始めていた。僕らは電子の世界を心のよりに生きている。現実とは何処か違う、その世界に魅了され自分を偽り守るために使っている。

 それでも、その世界で傷つく人がいる。



 何故か――――



 電子の世界。其れもまた僕らが生きるこの世界の一部で在り、現実世界と隣り合わせの、一番近い存在だから。

 電子の世界では僕らは存在の理由がなくてもそこに存在することができる。誰かが、自分の存在を引き立て、知らないうちに有名になっている。


 だが、現実ではそうはいかない。

 自分の存在を示すには、自分から行動しなければならない。自分の意見を言うこと、自分の思いを語ること。自ら行動し、自ら悩むこと…それが、現実世界で生きる僕らの役目。そして、僕らが世界でここにいると存在を示すための絶対に不可欠な力。

 


 多様性が求められる今の時代。


 また、電子の世界が僕らの世界に溶け込み生活に必要になってきたこの時代。

 僕らが今すべきことは何なのだろうか。

 僕らは、電子の世界でもすれ違い、現実世界でもすれ違いながら生きている。この世界で息をしている。



 誰かにそんな自分を見つけてもらいたいのか。

 自分という存在を知ってもらいたいのか。

 今は何も分からない。



 すれ違い、見つけ合い、互いに存在を認め合う。僕らは皆違う。電子の世界で偽りの自分で強がっていても、本当はちっぽけで何も知らない小さな人間なんだ。


 何も分からなくていいし、知らなくてもいい。


 だから。だから、僕らは探すのだ。本当の自分を。

 何をしたいのか、何が好きなのか。悩み苦しみ、また笑い励まし合い。人と触れ合うことで自分を創り上げていく。人は一人で生きていけない。



 

 雨はまだやんでいなかった。


 この鈍色の空を、隣にいる君はどんな思いで見上げているのだろう。

 きっと、僕とは違うことを考えているのだろうね。



 多様性。

 交差する交差点にまた人が群れ、各々違う場所へと向かって歩いて行く。

 僕らはすれ違ってはいても、同じ空の下で、違うことをそれぞれに思いながら生きている。

 僕らは、多様性スクランブル交差点をいつも行き交って、自分を探している。

                     


                                 多様性スクランブル(語り)


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