決闘
(兄さん、勝負だなんて、こんなゴツいゴブリン相手に勝てるの?)
(いやまあ、策はあるよ。奏音にも手伝ってもらうけど、いいか?)
(そりゃいいけどさ……)
「で、勝負のルールは?」
「ナグりあうだけじゃ、あきませんの?」
「それじゃあ2対2で、こっちはパートナーとして妹と組む。アンタももう1人と組んでくれ。味方を含めて誰かを殺したら負けで、相手のいずれかを気絶させるか降参と言わせれば勝ち、というルールでどうだ?」
「コロしたらマけ?テカゲンせえ、ってコトかいな」
「全力で来ていいさ。だけど俺たちは殺しあいに来たんじゃない。お前たちも勝って食料が欲しいだけだろう?それともなにか?相手を殺さないように勝つというのが難しいのか?」
「ぐぬう」
「必要以上に相手に怪我をさせるな、ってことだよ。それと、俺たちも実力差がありすぎると思えば降参するさ」
「……それでかまへんわ」
「よし!」
殺したら負けを認めたことで、これで即死は避けられたかなと思う。なぜなら、勝負をふっかけてきたのは首領だからだ。わざわざ勝負してきて反則負けする馬鹿はいないだろう。殺すのが目的でなければ。
新しく出てきた領主うぜえ、殺すしかない、とかいう気があったなら、そもそも寝ている間に刺客を送るなどしてきただろう。しなかったということは俺たちを殺す価値は無いと考えているのだ。
2対2にしたのも死ぬリスクを減らす目的だ。打ち所が悪ければ死ぬだろうが、奏音の魔法で生存率は高まるはず。奏音を参加させたのは、この勝負の埒外で奏音に危害を加えてくる可能性を潰したかったというのもある。
正面から当たって勝負であれば、俺と奏音の魔法がある限り、なんとかなるだろう。勝てる見込みもある。
と。そこまで計算はしているが、奏音に怪我をさせてしまう可能性も高い。ゴブリンは力の強さを重んじる種族と見て、最善手を尽くしたと思うが、俺としてはやはり奏音が戦うというのは気がかりだった。
「勝負は来週……とはやっぱいかないか。今からって言うんだろ、いいぜ、やってやる」
「フン、スコしはクウキがヨめるんやな」
先送りはできなかった。逃がさないとばかりに、めっちゃ怖い顔で迫られたので。
「だが、せめて外に出ようぜ。ここは狭すぎる」
「いいだろう」
「それから観客として全ゴブリンを集めてくれ。陸ゴブリンも、全員だ。その方が盛り上がるだろ?」
首領がゴブリン達を集めている間に、俺は奏音と作戦を立てる。
(兄さん、いのちだいじに!)
(わかってるよ)
こんなの作戦じゃねーよ!解ってる。殺さない死なないを最優先に行動する。間違っても、ボス相手に即死魔法連発するゲームのAIのようなことはしない。
程なく、サチコやキクオも含めて陸ゴブリンも全員集められたようだ。相変わらず俺にはゴブリンの顔の判別はできないのだが、300人弱が集まっているようだ。もうちょっと人数居ると思ったのだが、こんなもんか。
この勝負の目的は2つ。1つは首領に領主の実力を見せること。ゴブリンは実力社会。ならば実力があれば従うということだ。
もう1つも似たようなモノだが、陸ゴブリンにも領主の実力というものを見せつけておく。陸ゴブリン達にはこの後、森の外で真夏を乗り切ってもらわなければならない。俺が指導する生活改善策を実行するにあたり、なるべく説得力を持たせておきたい。
「さて、はじめようぜ」
「くくく、わしのジツリョクもシらぬもんが、あほやな。おうじょうせいや」
「手加減してやる。殺さないようにしないとな」
「ぬかせ!」
首領は棍棒を持っている。トゲなどはついていないが、先端はサッカーボール大の太さで全体的にゴツイ。ザ・鈍器とも言うべき形状だ。油断はできないが俺の頭にクリーンヒットしない限りは即死はないだろう。
首領の相方の獲物は斧のようだ。首領の相方に選ばれるだけあって、体格は十分でゴブリンにしては大柄だが、身長は150cm程度というところか。
俺たちはいつもの装備だ。
ゴーンと銅鑼のようなゴングがなり、開始を告げる。
と同時に、オオオと雄叫びをあげて首領ゴブリンがダッシュをかける。あの巨体からは想像できないような速度で突っ込んでくるが、不意を突かれなければどうということはない。
俺は開始直後に魔法を既に発動していた。地面に対して。
一瞬で首領が踏み出した足元は沼地と化していた。首領はずぶりと片足を取られ沈み込む。身体を支えるためにもう片足も沼地に突っ込み、気が付けば下半身まで泥に埋まっていた。
「ぐおっ……!」
急に落とし穴に落ちたようなものだというのに、バランスを崩して倒れたりすることなく耐え切ったのは首領の体幹がしっかりしているということだろう。だが鍛え抜かれた自慢の身体も胸下まで沈み、先ほどまでの軽快な動きが制限され、鈍重という言葉が似あう動きとなっていた。
よし。望外に初撃が上手くいったので、俺は心の中でガッツポーズをする。開始5秒で主導権を握れたのは大きい。
首領の相方は1歩も動かず、静観している。沼にも嵌っても居ないが、罠にかかった首領を見ても動かないところを見ると、手を出すなとでも言われているのだろうか。
ちょっと相方が不気味ではあるが、俺は随分と目線が低くなった首領を見下ろし、追い討ちをかける。今度は沼地を氷に変え、ガチガチに首領の下半身を固める。
「これでどうだ!」
重たいとはいえ流体の泥から個体の氷になったので、胸から下が固められ、さらに首領の動きが制限される。加えて氷が体温を奪い、筋肉を動かなくし、皮膚感覚もなくなってくるはず。だが、低い位置から、諦めの悪い声が聞こえて来る。
「まだまだ!」
なんとまだ動けるというのか。ゴブリンは人間と血液の色が違い、少し青っぽい。もしかすると低温に強いのかもしれない。
チラと首領の相方を見れば、目を瞑って祈るようにしており、やはり手を出してこないようだ。距離もあるので引き続き無視しておく。
首領に向き直ってみれば、氷がピキピキと音を立てている。深さは100cm、奥行きは30cm以上もあるというのになんという膂力だろうか。
氷が割れて這い上がってくれば彼我の力の差は歴然である。距離を詰められれば棍棒が猛威を振るうに違いない。俺たちの素人の剣術では勝てないだろう。
俺は最終手段を使うことにした。正直なところ、少しでも首領の生命力を読み間違えば殺してしまい手段だ。あまり使いたくないが仕方ない。
「これならどうだー!?」
俺は割れかけた氷の体温を奪う効果は諦め、氷をさらに錬成して今度はジュラルミンに作り替える。今度こそ首領の下半身はガッチガチに固定された。
ちなみにジュラルミンはアルミの合金である。アタッシェケースに使われるくらい軽くて硬くて丈夫という特徴がある。鉄鋼とかでもよかったのだが、比重が軽い方が氷からの錬成がしやすかったのだ。
下半身が固定され這い出される心配がなくなったが、さらに追撃する。適当な土を削りとって錬成し、首領の頭の上に大きな鐘を作り出した。寺にあるような立派な鐘が降ってきて、地面のジュラルミンと盛大にぶつかり、凄まじい音を響かせた。
胸まで埋まっている首領に覆い被さるように鐘が着地したので、上は青銅、下はジュラルミンの棺となって首領を完全に沈黙させた。
これで首領は上から下まで身動きが取れなくなったはず。
「おーい。降参するか?」
鐘の外側から声をかけてみる。が、反応がない。
「コウサンします」
首領の相方からギブアップ宣言が出た。結局この人は何もしていない。
「我々の勝利で構いませんね?」
「はい」
あっさりと負けを認めてくれたことに俺は心底ホッとする。緊張が解けた兄を見て、奏音も笑顔を見せた。ああ、そういえば奏音も特に何もさせてなかったな。
ともかく命のやりとりはやっぱり嫌だなと思うし、なにより無事に決闘が終わったことを喜び合った。
俺は慎重に鐘を土に戻し、ぐったりしている首領の様子を伺う。
「良かった。生きてる」
首領は気を失っていただけだった。どうやら鐘が空から降ってきて地面に激突した際に、離れたいた俺たちにも凄い轟音が響いたが、鐘の内側は反響したのか輪をかけて酷かったらしい。
続いて下半身を地面に縛り付けていたジュラルミンを土に戻す。土に戻しただけなので、まだ首領は胸から下が埋まったままだ。そのままの体勢で奏音が治癒する。
「……!!」
「お、目が覚めたか」
暴れるかと思ったが、大人しくしている。どうやら気を失っていたことに気づいたようで、結局何もしなかった相方に何が起きたか聞いている。
「ナニがオコったんや?」
「アンタを金属の箱に閉じ込めたんだ。箱を閉めたときの衝撃でアンタは気を失っていた」
「おマエらのそのアヤしげなチカラはなんや?」
「詳しくは秘密だが、これが神様から頂いた魔法だ」
戦う前は余裕ぶっこいてコチラのことを良く見もしなかったのに、首領が訝しげに俺を上から下まで値踏みするような目で眺めてくる。
それ以上、魔法の説明をしない俺に対して、呆れたのか、それとも実力を認めたか。ようやく目線から解放されたので、これからのことに話題を変える。
「さて、じゃあ2倍の量でよろしく」
「マ、マて。二バイはあかん」
ん?首領が突然焦り始めた。俺は理由がわからないまま冷静に言葉を返す。
「あかん言われましても。約束は守ってもらうぜ。部族を説得するのはアンタの仕事だろ。それとも何か?森ゴブリンは約束を守れないのか?」
「イ、イヤ、それは……。せ、せや。サイショから二バイだった。そういうコトでっしゃろ、それでタノんます」
「最初から?この勝負は関係なく?まあアンタがそれで良いなら。俺は結果が変わらなければ何でも良いが」
「セットクはするから、な。それで……」
首領が言葉に詰まったので、疑問に思っていると周囲がざわついていた。
(兄さん、大きなゴブリンが来た)
これだけのゴブリンが集まっている中、奏音の索敵が特別に反応するような奴が来たというのか。
ざわざわとしたゴブリンの群衆を割って、1体のゴブリンが、この闘技場と化した広場に現れた。一瞬、ゴブリン、でいいんだよな?と不安になるほどデカかい図体だ。
目の前まで来たソイツは、ガタイの良い首領と比べても子供に見えるくらいの体格差がある。俺も腰がひけそうになるのを我慢するので精一杯だった。
首領がホブゴブリンであるなら、このデカいのはゴブリンロードいやゴブリンキングと呼ぶべきだろうか。ゆうに3mはある。
「ゲェッ!!シュリョウ!!」
叫んだのは先程から様子のおかしい首領だった。首領がシュリョウと呼ぶ?なぜだ?違和感を感じる俺たちを他所にそのデカブツは声を荒げる。
「このアツまりはなんや!そこの……ワレはニンゲンやな?ワイのシュウラクにナニをしにキた?」
「ワイの集落ぅ~?」
どういうことだ?分かっていないのはどうやら俺たちだけらしかった。
2020.01.13 三人称視点を一人称視点に変更。いくつか加筆しました。ゴブリンたちの一人称をワテからわしに、ワシからワイに変更しました。