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両親転生  作者: 八神ひろ
18/34

首領

 翌朝、夜が明ける頃に目覚めた。奏音かのんも珍しく一緒の時間に起きた。


「しかし、こんなところでも寝られるものね」

「そうだな」


 お互い笑い合う。実際よくもまあ知らない家で、しかも軟禁されているような状況で寝られたなと思う。


 奏音もこの数日で随分と度胸がついてきたものだ。あんまり図太くなったら、俺としては妹が可愛くなくなるかもしれない。でもまあ、ファンタジーの国で生きる上には、このくらい図太くないとな、とも思う。必要なスキルだから良し、ってことで良しとしよう。


「んじゃ、ベッド以外は全部土に戻しとくか」

「え?もう?」


 着替えて、顔を洗ったら、トイレと洗面台を土と床に帰してしまった。風呂の水も含めて全部だ。そうしないと、俺の魔法が恐ろしく便利だと気付かれそうだからね。って言っても、この程度はバレても問題ないかなと思う。


 それよりも、俺たち兄妹の魔法の生命線は《車》だ。本当に便利な魔法だが、《車》に触れておく必要があるのだけが欠点で、これがバレれば俺たちに良からぬことを仕掛けてくる奴がいるかもしれない。


 残念ながらこの島に車は殆どない。もしかしたら手押し車くらいはありそうだが、今のところ俺が魔法で作った車以外に車らしいものを見たことがない。つまりは、俺たちが身包みを剥がされた瞬間、ただの未成年になってしまう。


「まあ別に魔法が使えなければ魔法が無いなりに冒険を楽しむつもりだけど、なるべくは魔法が使える状況を維持して安全を保ちたいよな?」

「疲れ知らずが当たり前になってきちゃったから、それもそうね」

「奏音、昨日も思ったけど、お前、魔法に頼り過ぎじゃね?」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「今のところそうだけど、いつかは魔法力的なものが尽きたりしないか心配だよ」

「兄さんは心配性なのよ」


 俺は心配性というか最悪の想定をして、できるうちにできるだけの対策を取っておきたい性分なのだ。とりあえず今後の安全のために、いくつか保険を掛けておこうと思い立つ。


 俺も妹も魔法を発動するキーとして、これまではミニカーをポケットに忍ばせていた。が、これはちょっと不自然過ぎるし、昨日サチコに襲われた際に、とっさに魔法が使えなかったこともあるので、常時《車》がモチーフの何かにれていたい。そうすれば、魔法発動までのタイムラグをなるべく減らせるはずだ。


 ということで、自転車を小さく掘り込んだ、だけどはたから見ても意味ありげな水晶を作成する。普段はこの水晶をポケットに忍ばせておく。これは、他人に見られるためのおとりアイテムのつもりだ。俺たちは特殊な水晶によって魔法が使える、もしくは魔法が増幅するのだと見せかける。


 その囮の水晶が魔法の発動キーだと見破られ、万が一取り上げられても問題ないようにするために、予備を用意しておく。俺はF1カーがモチーフの腕時計を身に着けることにした。奏音には風車がモチーフのペンダントを身に着けてもらう。この現代日本人から見ればさりげないアクセサリーを常に肌に接触した状態にし、常に魔法が発動できるようにしておくのだ。


 まあ、ゴブリンたちにとっては、どれもこれもが普通ではないので水晶が囮として機能するのか、若干怪しいものだが……。そのうえで、今まで通りミニカーも逆のポケットに入れておく。こいつはぶっちゃけ保険である。


 ちなみにミニカーのように《車》そのもののミニチュアでなくても、はっきりと《車》であることが認識できれば良いみたいだ。モチーフとしてはっきりとあしらっていれば、水晶だろうが時計だろうが、しっかりと魔法を使うためのキーとなってくれるようだ。


 さらにさらにダミーとして指輪もお揃いではめておく。これはフェイクだ。《車》もわざとあしらったものにしない。ちなみに指輪だけは奏音のデザインだ。猫をあしらったものにしたが、俺には似合わないので、ちょっと恥ずかしい。


「しかし結局朝まで見張りすら来なかったな。この部屋、牢屋代わりなんだろうけど、別に壁が格子になってるわけでも無いし、窓も無いし、今何時か分かりづらくて困るわー」

「時間は、時計見ればいいんじゃない?ってその腕時計合ってるの?」

「多分な。しかし部屋に閉じ込めておいて、見回りもなしに何時間も放置ってどうなんだろ?」

「逃げられるとか考えなかったのかなあ」


 俺の魔法で普通に逃げられそうなんだけど、そこまで頭が回っていないのかもしれない。なにせ集落を見た感じ1000年は昔の技術しか持っていない感じである。


「実は、首領としては適当にあしらいたいだけかもな」

「そうだねー。私たちのこと歓迎するって言ってたのに、差し入れの一つくらい有ってもいいと思うよ?」

「昨日も言ったがそりゃ無理だろう」

「んじゃ、実はこのまま餓死して欲しいのかな?」


 食べ物にも困っていないので暢気のんきなものである。気合い入れて準備万端整えたのに、首領様からお呼びもかからない。良い加減「歓迎するって言ったじゃん」と奏音が文句を言いに部屋を出ようかとする頃にようやくゴブリン達が動き始めた。


「っと、ようやく来たみたいよ」

「了解」


 奏音かのんの索敵スキルが、接近するゴブリンに反応する。俺の腕時計は10時を指していた。


 下っ端らしきゴブリンがわらわらと10人ほど、鍵を開けて部屋の中に入ってくる。ゴブリン達は部屋にあるベッドを見て驚いていた。俺としてはベッドは見られても良いと思っていたが、はてどうやって説明しようかと考えることをすっかり忘れていた。えーと、適当にけむに巻けばいいか。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る。おそれ多くも領主様だぞ、領主様がお休みになる部屋なのだ、だから自動的に寝床ねどこはこうなるのだ、わはは」

「兄さん、もうちょい設定ちゃんとしようよ……」


 俺が魔法で作った印籠いんろうを見せつけると、ゴブリンたちは目を丸くしつつも、納得したらしい。


(なんだ、あれで納得するなら、印籠だけじゃなくて天蓋付きのベッドでも作っておくべきだったか?)

(おーい。私は御隠居でもお姫様でもないんだけど~~)


 こそこそと言い合う二人に、気を取り直したゴブリンたちから「デろ」とだけ命じられる。


 彼らは多分昨日出迎えてくれたカズオ一派だろう。が、俺にゴブリンの顔を区別できる能力は無い!


 いつの日か見分けが付くようになるのだろうかと頭をひねっていると、牢に閉じ込められたことに不満を持っていると勘違いされたようだ。彼らは含んだような笑いとさげすむような目を向けてきた。


「シュリョウさまにおアいになるのだ、オトナしくしていてモラおう」


 俺たちは大きな木でできた手枷てかせを付けられた。両手を前に固定され、刀もとりあげられて、ちょっと心許こころもとない。


 しかしながら両手が使えなくても、腕時計とペンダントを身につけているので魔法は使えるので全く問題ない。早速準備が役に立ったようで、こんなかせはあって無いようなものだ。とりあえずは大人しく従っておこう。


 使いのゴブリン達に連れられて、ずんずんと集落を進んでいく。しばらくして、俺たちは集落の奥の一際大きな建物に着いた。その建物の大部屋には、1体の熊みたいにガタイのいいゴブリンが鎮座していた。


(うおっ、デケえ)


 今まで出会ったゴブリンは基本的に背が人間の成人に比べて小さかった。が、このゴブリンだけは180cmくらいはあるだろうか。良くは分からないが、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンとか言う奴だろうか。


 椅子に座ってなお、デカい。横幅もデカくて、態度が悪いというか、大柄おおへいに足を広げて座っているからそう感じるのかもしれない。俺は不思議と見上げている気持ちになった。


 そのガタイの良いゴブリンが眼光鋭く俺たちに声を放ってきた。


「ようキはったな、わいらのシュウラクへ」


 良く響き渡る声だ。偉そうだが、俺も負けじと声を張ってこたえる。


「初めまして。俺は拓人」


 続けて俺は宣言する。


「こっちは奏音。俺の妹であり、この国の領主だ」


 適当に流そうとしている()()のある首領に対して、タダでは帰らないことを。


 最初から喧嘩腰なのは、一晩軟禁されたからだ。別に妹の立場を殊更強調する必要は無いし、そもそも俺自身は何者でも無いのだが、妹の威を借りてでも対等以上だと示しておかないと、とついついガタイの良い相手に張り切ってしまった。


 口調もタメに近いが、舐めてもらっては困る。が、これは単に失礼な奴には失礼で返すという大人気ない性格が出てしまっただけだ。


 お付きのゴブリンであるカズオに着席を促され、ゆっくりと座った。奏音はてっきり、俺の態度にハラハラしてるんじゃないかと思っていたが、何かニコニコしてる。ちょっと怖いぞ。


「ハナシをしにきた、イうてましたな。ナンのヨウで?」


 さっきから若干関西なまりな話し方が耳につく。しかし名乗りもしないのか、失礼な奴。いや、怒らせてしまったかもしれないな。しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。俺は首領に真っ直ぐに姿勢を正して、まずは遠回しに抗議をする。


「その前に、まず、昨晩俺たちが休んだ場所についてきたい。なぜあのような部屋に閉じ込めたんだ?」

「ハテ、トじコめたつもりはありませんがな」

「鍵は掛かっていたよな?」


 突っ込んでも素知らぬふりか。


「窓もない部屋に軟禁と言っても良い状況だったと思うんだが、まあいいだろう。では他に窓のある客間はこの集落には無いってことかい?」

「わいとしてはごくイッパンテキなヘヤをアてがったというニンシキですわ。ナンかフツゴウでも?」

「ではアンタが普段使っている部屋と昨晩俺たちを、今晩は交換してくれないか?アレが一般的だったんだろ?ならあそこでアンタが寝ても構わないと言うことだよな?」

「ニンゲンヨウは、あのヘヤしかおまへんで。シカタないんとチャいますかな~」

「ではこのかせは何のために?これもアンタは普段から客人に使ってるってのか?」

「ニンゲンフゼイがギャアギャアとウルサいでんな。ヨウケンはそれだけでっか?」


 畳みかけるように俺が詰問しているつもりなんだが、全然気にも留めていないようで、その後もはぐらかされた。話は通じるが、相手にしない気らしい。そういえば最初から適当に話して帰らせる気マンマンだったな。


 しかし態度も悪いし完全に上から目線の困ったちゃんだ。


「兄さん、ここは私が」


 秘策があるのか、妹が名乗り出た。奏音が前に出たことがきっかけで思い出したけど、そういえば昨晩に二人で役割分担をしようと話していたわ。俺が鞭で奏音が飴で行こうという話をね。


 ついつい、偉そうな奴だと言い負かそうとしてしまうので忘れてたわ。


「兄さんが無遠慮で申し訳ないです。後程反省するように厳しく言っておきます」


 のっけから、俺がディスられてるけど、これも作戦の内だ。……作戦だよな?


「……しかし、兄さんも皆さんの集落の行末を案じているひとりです」


 あ。良かった。奏音のことは信じていたからね!


「さて、森ゴブリンの皆さんは突然陸ゴブリンさん達がやってきて、集落の人が増えすぎて困っている様子。私はお節介だと思いますが、その問題の解決をしに来ました。人が増えたのに、狩りで獲れる獲物が少なくなって食べ物が不足しているのではないですか?」

「そうでんな。コトシはエモノがスクないみたいでんな」


 お。俺が高圧的に話したのとは違い、乗ってきた様子。このまま俺は大人しくしておこう。


「そこで、おかゴブリンの皆さんには元の持ち場である東の平地に戻っていただきましょう。そうすれば森ゴブリンさん達は自分の分だけの食べ物を確保すれば良くなり生活が楽になるんじゃないですか?」

「あかん。ヤツらにはわいらのイエもショクリョウもワけアタえたんや。そのブン、ハタラいてモラうのはアたりマエや」

「うーん。でも、このままじゃあ皆さん飢えてしまいます。それに陸ゴブリンさん達にとっては、この森の中では生きづらい様ですよ。それぞれ得意とする土地に戻るのが良いと思うんです」

「あかん。あのリクチもアタえてやったイエのカわりにワテらのものになっとる。タダではカエせへん」


 ありゃ。やっぱ全否定だ。しかも、こっちは領主だと言っているのに、勝手に自分の土地にしやがっている。したたかというか、神が任命したというだけでは領主と認めていない感じか。


「それならこれからどうするつもりですか?」

「あんさんにはカンケイのナいコトやな。さあ、これイジョウはムダでっしゃろ。おカエりネガおうか?」


 奏音は取り付く島もないことに次の言葉が出てこないようだ。ここは俺がでしゃばるしかないか。


「待ってくれ。話には続きがある。まずアンタがたは、ロードが神の御告げで任命されたにも関わらず、この土地を自分達のものだと思っているんだな?」

「アたりマエでっしゃろ」


 やはりな。そもそも話の出発点として、妹の立場を認めていないのだ。だが、話の糸口は見えた。


「わかった。それは御告げと言えども、昔から暮らす人達に優先権があるのは自然なことだと俺も思うし、住んでいる人達が自由に土地を使えなくなるのは由々しきことだと俺も思う」

「センゾダイダイのトチやからな。ハナシがワカるやないか」

「だが、どこまでがアンタらの土地かはハッキリさせよう。どこまでが自分達の土地だと思っているんだ?」

「ゼンブ」

「全部というと?」

「このセカイ、ゼンブ、わいらのもんでっせ」


 オイオイ。そりゃ強欲すぎやしないかね。ゴツい身体を持つからって強気に出過ぎてないかな?まあいいさ。ようやく俺のペースになってきたな。


「それは凄い。じゃあその事を、エルフ達に伝えてくるよ」

「!!」


 キクオの話を総合すれば、エルフの方が格上っぽいのは分かっていた。俺たちを軽んじるのは気にも留めないだろうが、エルフを軽んじるのは危険だと森ゴブリンたちは思うだろう。


「それでもいいんだな?」

「エ、エルフはカンケイない」

「関係無い事は無いだろう。この森の少し南にエルフが住んでいるんだろう?エルフが暮らす場所も貴方がたの土地だと言うんだろ?」

「エルフのスんでいるトコロは、チゃう。それとこれとはベツや」


 強欲が裏目に出たな。


「さっきと言うことが違うじゃ無いか。それじゃあ、この島の外には人間が70億人住んでいるんだが、その人間が住んでいる土地もアンタのものだと言うのかい?」

「ナ、ナナジュウオク……?!」

「そうだ、ここに住む全ゴブリン合わせて300人くらいかな?その2000万倍以上も人間が住んでいる。その人間相手に喧嘩したいかい?」

「シンじられんな。あんさん、ウソをツいているんちゃうか!」

「嘘は言っていない。俺たち人間はこの暑さの中でも育つ作物を作ることで、もしくは比較的暑さの穏やかな場所に移り住み、気が付けばこの島の外のあらゆる場所で暮らしているんだ」


 エルフの次は人間を軽んじるのは危険だと感じてもらおう。


「俺たち人間はこの島を壊しつくす程の力も持ってしまった。正直なところ、俺も人間が怖いくらいだ。だから簡単に敵に回すようなことは言わない方が良い。これは御告げを受けたロードからのお願いだ。俺たち人間とゴブリンは仲良く暮らせる」


 首領は黙って聞いている。


「そのために、森ゴブリンの土地の所有権は、アンタたちが暮らすこの森だけだと言ってくれないか。この森の南側にはエルフが住んでいる。この森の北側には俺たち兄妹が住んでいる。だから、エルフが住む場所より北側で、俺たちが住む場所より南側に限定させてくれないか。そうすれば誰も喧嘩せずに済む」


 彼らは強欲だが、俺たちも強欲になってはいけない。神から国を戴いたとは言え、既に暮らしている人達の生活は奪ってはいけないだろう。だから、先住民として土地の所有権は認める。ただし、この周辺だけだ。


 そして代わりに彼らへの利益も提示する。


「喧嘩しないなら、俺がアンタたち森ゴブリンに、食料を提供する。俺たちは幸い、十分な食べ物を持っている」


 魔法で作り出すものではあるが。


「アンタたちが陸ゴブリンたちに提供した食べ物の2倍を提供しよう。アンタたちが陸ゴブリンたちに貸した家も返そう。これなら喧嘩も無いし、森ゴブリン達が十分に夏を乗り越えられるだろう」

「ちょっとマてや。カッテにハナシをススめんな!」

「で、ここより東側の森を抜けたところに広がる平地があるだろう。そこは元々陸ゴブリンが暮らしていた土地だ。そこは陸ゴブリンの土地としたい。彼らには彼らだけで自立して生活して欲しいんだ。陸ゴブリンにはアンタがたの獲物は獲らせないことを約束しよう。そうすればアンタの獲物が減ることもない」

「そりゃそうだが」

「アンタがたからすれば、食糧も生活も楽になる。しかも、今まで陸ゴブリンが消費してしまった食べ物については倍の量を俺たちが提供する。倍だ。どうだ?悪くないだろう?」

「……ジュウバイ。それならノんでやる」


 よし。乗ってきた。これなら話ができる。強欲なのは承知の上だ。


「だめだ。2倍だ」

「オカゴブリンどもにはイエもカしアタえてんねん。このカりをどないする?ジュウバイだ」

「なら3倍だ。陸ゴブリンをもっと手厚く保護していれば考えたが、病人も休ませず働かせていると聞いている。奴隷のような仕打ちをしているのを差し引けば3倍が限度だ」

「それはヤツらがワルいんチガうか?モトモト、ゼンインがシにそうだったんや。せめてゴバイはダしてもらわんと、ブゾクにシメしがツかんわ」

「死にそうでも受け容れることを選んだなら、死なせないように怪我しないように病気をしないように生活させなきゃ意味がないだろう。3.5倍だ。これ以上は譲れない」

「ヤツらはニげた。そのペナルティがヒツヨウでんな。ヨンバイにしろ」

「逃げたのは一人だけだが、事実ではあるな。わかった4倍だ。これで陸ゴブリンは全員解放だ」

「まあええでっしゃろ」


 なんとか話はまとまったかな。


「4倍の食糧は一気に持ってきても良いが腐らせるだけだ。後で部下にでも、いつどれくらいの量を持ってくればいいか指示を出してくれ」

「おう」

「それから、これは御告げを貰った人間からの忠告だ」

「なんや?」

「毎年、毎日、同じだけの食料となる獣が居ると思うな。沢山獲れた時は保存して半年後に食べられるよう工夫にしろ。それからそもそも狩りすぎも良くない。若い獣は繁殖して次の世代を産み育ててから狩ることを心がけろよ」


 ゴブリンたちが窮地きゅうちに立たされているのは、おそらくこの暑さが原因だろう。


 神様が地球の太平洋にこの島を配置するまで――つまり俺たちがこの島に来た6日前まで――は、この島はもう少し涼しい土地だったのだろう。陸ゴブリンの育てていた作物などから、俺はそう考えている。だが、急激に温暖化した。その結果、作物が育たなくなり、獣が減ったと考えている。


 サチコとキクオが話す内容からすると、彼らがこの温暖化に遭遇したのは、6日前などではなく数か月前という感じであるのが少し気になるが、食糧難になっている原因は間違いないだろう。


 いずれにしても、狩猟がメインの森ゴブリンは獣と共生するしか生き残る道がない。ならば、狩りつくさぬように調整することは必須なのだ。できれば家畜を育てることを覚えさせたい。


「ムズカしいことをイうな」

「食料となる獣だって何かを食べなきゃ繁殖できない。獣が食べるものを把握し、その食べ物が無くならないように気を配れ。そうすりゃ、長生きできる」

「だから、ムズカしいことをイうな」

「困ったことがあれば俺たちが相談に乗る。俺たちは敵じゃない。味方でも無いかもしれないが、仲良くここで暮らしていけるようにしたいと思っている。先程も言ったが俺たち人間がこの世界に70億人も繁栄しているのは、食糧を1年を通して確保する知恵を身につけたからだ。特に食糧の保存の仕方や食糧の増やし方は色々と策を持っているんだ。頼っていいぞ」

「いまはいらん」

「そうか。邪魔したな」


 よし。とりあえずは陸ゴブリンが食べた4倍の食糧で手を打てた。そんなに大した量では無いはずだ。もちろん俺の魔法で出して運び込むつもりだ。


 言葉は悪いが奴隷を買う金額としては破格の費用で交換できたと思う。そして俺は陸ゴブリンを奴隷にするつもりは無い。


 結局森ゴブリンが――というより首領が――恐れていたのは、土地の所有権を失うことだったのではないかと思う。彼らは自分達の土地が、ぽっと出の領主に奪われるのではないかと恐れていたのだと思う。


 そりゃ、俺でもいきなり「領主です、土地と妹さんをください」なんて言われたら「土地と娘はやらん」と言うだろう。


 俺たちは神様が作ったこの島とここに暮らす生物達が6日以前はどこでどうなっていたのかは知らないが、彼らは彼らで昔から暮らしていたはずだ。首領にしてみれば部族をまとめあげて、さあこれからだ、という時に後出しじゃんけんで生活をかっさらう者たちが現れれば警戒もしよう。


 だから、土地はそのまま森ゴブリン達の物とした。妹は領主と呼ばれているが、俺たちは別に土地が欲しい訳じゃない。ただ、森ゴブリン達が土地を預かるなら、責任をもって安定的に幸せに暮らして欲しいと願うばかりだ。そして俺たちは皆で仲良く暮らしていく手伝いがしたい。


 この首領が考え無しに軟禁したのは失策だと思う。正直理解不能だ。だが俺の話を知らぬ存ぜぬで押し切ろうとしたこと、そして奏音を全否定したことから何とか話し合いの糸口をつかめてよかった。


 さて、残りは陸ゴブリン達をどう生活させるかだな。と俺が次のことを考えていると。


「マて」

「まだ何か?」

「わいとショウブせい。わいがカったらジュウバイにしてもらう」


 は?納得したんじゃないのか?


「じゃあ俺たちが買ったら3倍、いや2倍に減らしてもらう」

「きまりだな」


 かくして俺は首領と闘うこととなった。

2019.12.17 首領の話し方がおかしかったのを修正

2020.01.10 三人称視点を一人称視点に変更、首領の一人称をワテからわしに変更、全体的に見直し(話の本筋は変えていません)

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