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両親転生  作者: 八神ひろ
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森ゴブリン

 そのゴブリンの名は、キクオと言った。


 彼はゴブリンで、森に住んでおり、そして男だった。一触即発の雰囲気もあったが、奏音かのんが名乗って事なきを得た。


 御告げの効果、様々(さまさま)である。敬われている分、この島に平和と安寧あんねいをもたらさねば、と独り決意する俺であった。


 ん?そういえば俺、頑張りすぎじゃね?っていうか妹が望んで妹の国となったのに口も手も出し過ぎじゃね?


「いいのよ兄さんは、それで。どうせ私一人じゃ、知識も経験も無いしね。二人で力合わせて治めるくらいで丁度いいんじゃない?」

「まあ、奏音かのんがそう言うなら良いけどよ」

「で、兄さんは神様に何を願ったんだったっけ?」

「俺は……」


 そこに森ゴブリン(キクオ)が割り込んできた。まあ余計な話をしている場合ではなかったな。


「そこのオカゴブリンをカエしてホしい」


 彼が言うには、サチコは森ゴブリンが管理する奴隷どれいで、逃げてきたので返してほしいとのことだった。


「残念ながら、そのまま返すわけにはいきません。なぜなら、我々は奴隷を認めないからです。貴方がたが暮らすこの島の外の世界には、沢山の国があり、そのほとんどが奴隷を認めていません」


 ()()であるが、不要な情報は言わない。数百年前までは奴隷は普通に世界中に存在した。だが、現代ではそのような人格・人権を無視した労働力搾取(さくしゅ)は認められないし、俺も認めたくない。


「タコクのコトはシらぬ。ロードもカミもソンケイにアタイするソンザイであるが、シュリョウのイうコトはゼッタイだ。ツれてカエる」


 キクオも片言だが日本語を話すようだった。ゴブリンの共通語なのだろうか。キクオの発言にサチコが返す。


「モリにハイったコトはシャザイする。だが、ワタシタチもイきていくためにシカタなかったのだ。モハヤ、ヘイチではヒトはスめない」

「シったコトか。おマエラのボスとワレラのシュリョウがキめたコトだ」

「なるほど。森ゴブリンさん達の言い分も理解しました。直接、シュリョウさんに会ってお話がしたい。取り次いで頂けますか?」

「……ワカった」


 ひとまず争いは避けられたかな?この後、手強そうなシュリョウ(首領?)と話をして良い形に持っていければいいけど。


「その前に」


 奏音がキクオに声をかける。


「貴方のひざさせて。少しゆがんでいるようだから」

「これはムカシ、エルフにヤでイられたキズだ。ゼンソクリョクでハシらなければ、どうというコトはナい」

「ということは全速力で走れないんでしょ。さあ、こっちに来て」


 キクオは奏音に押し切られた形で病院の処置室に連れられる。サチコにしたのと同様に包帯で頭部までグルグル巻きにする。サチコの時もそうだったが、意外にも奏音の処置を全面的に信頼しているのか、大人しくされるがままである。


 さっき敬っていると言っていたし、奏音は特別なのだろうな。だが魔法を使う瞬間だけはやはり見られたくないので、それとなく俺はサチコをパーティションの向こう側に連れて行く。


 パッと光り、いつもどおり一瞬で傷を癒してしまった。キクオの反応はサチコの怪我を治した時と同じようなものだった。信頼はしていたが、怪我が一瞬で治るなどとは思っていなかったのだろう。驚きは隠せないといった表情だ。


「フルキズもナオるのか……!」


 ふと俺の隣にいるサチコを見ると自身の傷が治った時以上に驚いていた。確かに言われてみれば、時間や自己治癒力で治せない傷が一瞬で治ったのだ、倍する驚きでも仕方ないだろう。しきりにキクオに調子を尋ねている。


 キクオの膝の半月板が不自然に骨張っていたのだが、綺麗な半月板の形になったことを目の当たりにして、二人のゴブリンがどういう技術なのかと不思議に思っているらしかった。


「さて、それじゃあ、森ゴブリンさん達の集落へ向かいますか」


 残念ながら、治癒魔法の種明かしはするつもりがないので、俺たちは森ゴブリンの集落へ話を聞きに伺うこととなった。


 キクオもお腹を空かせていたようだが、サチコの時と違い、もうあまり日没まで時間が無い。今日中に集落についておきたいので、彼にはシャケおにぎりとミートパイを持たせている。ちょっと行儀は悪いが、時間が勿体ないので、道すがら食べてもらうこととして先を急いだ。


 ◇◇◇


 キクオはすっかりこの兄妹を気に入ってしまっていた。去年の夏に気の立ったエルフと争いになった際に受けた矢で、走るには辛い身体になってしまっていたのだが、今は飛び跳ねても、木の周りを8の字に猛ダッシュしても痛くないのだ。


 そもそも、全力で走ってさえ、サチコの足の速さには追いつけない。ましてや古傷をかばいながらであれば、サチコをみすみす逃してしまったのは仕方ないことと言えよう。


 それでも見失わない自信がキクオにはあった。匂いだ。嗅覚の鋭い森ゴブリン、その中でも3日経っても匂いを辿れるキクオからは逃げられないのだ。


 サチコを集落から逃した負い目もあって、追手を買って出たからには、捕まえるまでは帰れない。


 実際には逃げるどころか待ち構えられていたので、 1対3になって焦ったのだが、結果としては上々だ。


 キクオとしては譲れない「サチコを連れ帰る」ことについて、あっさり認めてくれたのだから。


 加えて、耳タブも同じ時期に楔形くさびがたに千切られてしまっていたのだが、どうやらそれも治っているらしい。触ると切れ目がなくなり、元通りの滑らかな肉の感触がある。


 領主ロードの兄から貰った食べ物もこの世の物とは思えぬくらいの雑味の少ない、それでいて食べ易く柔らかな食感であった。


 まさしく神業かみわざ。何も心配のない帰り道だった。


 ◇◇◇


 4人は日が暮れないうちにと、急いだお陰で、夕方には森ゴブリンの集落に着いた。


 また俺たちをかついでサチコが走れば早いとの申し出があったのだが断った。そのせいで集落まで2時間くらいかかったが、あの担ぎ方だと、俺たちのお腹がたないし、なにより酔いそうだったのである。


 森ゴブリンの集落は当然、森の中にあった。といっても木が生茂る場所では暮らしにくいのだろう、小さな山と山の間の谷間に流れる小川周辺を切り拓いて100軒くらいの集落を作っていた。


 周りは盆地であり崖も多く天然の要塞然という雰囲気はあるのだが、実際には谷間は要塞に向かない。現代戦はともかく、剣やら銃やらでの戦いにおいて、高低差というのは無視できないのである。


 日本のお城が軒並み山や丘の上にあるのはそういうことだ。


 集落を覆う壁は築いてあるが、圧倒的に高い側が有利となるので正直なところ無駄だ。だが、あんまりそういうのに慣れていないのか、理解がないのか安全と信じて疑っていないようだった。


 そのような攻め込まれると比較的弱い土地ではあるが、暮らすにはとても良い立地であった。


 綺麗な小川は枯れることなく命の水を届けてくれている。綺麗な広葉樹林が手入れされているようで等間隔に並んで生茂る森も美しい。現代日本なら観光地として活用できそうな場所だ。


 キクオが言うには、例年であれば建築材料として木材には困らないし、山の幸として山菜やきのこや木の実の他、昆虫や川魚、それから猪や鹿などの肉も例年は余る程であるらしい。水と食料に困らない最高の場所だと豪語するのも分かる気がする。


 だが今年は違った。以前は一年を通して、魚も獣も獲れる豊かさであったのに、今年は川の水も暖かく魚が明らかに少ない。獣に至っては、森ゴブリンの狩り専門の部隊が1日駆けずりまわって1体狩れるかどうかがやっとだと言う。


 毎日狩りに出掛けては疲れが回復せず危険なのであるが、ここのところは出ずっぱりなのだそうだ。食糧難は深刻だということか。


 そこに陸ゴブリンがやってきた。彼らの言う陸とは平地のことで、平地で育てていた作物が暑さで枯れたりしたため、森で生活することになったのだ。


 しかし彼らには狩りの素養もなく、毒キノコの見分けもつかないため、森での生活が困難だ。それにそもそも森ゴブリンに言わせれば森を「使う」権利が無い。滞在費用も払えないことから、集落の中でも落ちこぼれ扱いとして、雑用を割り当てているようだ。


 なるほど。狩りも山菜採りも出来ないとなると、確かに避暑に来ただけの邪魔な存在に見えるかもしれない。


 そんなことをキクオに教えてもらっている内に、大きな木製の壁が道の先に立ち塞がる場所にやってきた。


「立派なものだな」


 俺は思わず声を漏らす。攻め込まれたら役に立つかどうかはあやしいが、関所として見ればこの付近を簡単に通り抜けることはできまい。


 この壁をサチコはどうにかして抜け出てきたのだろうが、想像もつかない。


「そうでしょう。ガイジュウはゼッタイにハイれません。ワタシタチのホコりです」


 キクオが帰還したことを壁の向こうに伝えると、壁の一部が門のように開いた。


 中に入ると、森ゴブリン達が出迎える。キクオとサチコ以外の人影が居ることに気づいたのか、数名の森ゴブリンに俺たちは囲まれてしまった。


 キクオがロードが話し合いに来たことを告げると囲みは崩されたが、周辺からの緊張の糸は張り巡らされたままだった。


「初めまして。私は拓人。こっちは妹の奏音です。先日、神の御告げがあったと聞いてますが、その御告げにあったロードです。今日は、陸ゴブリンの処遇についてお話を伺いに来ました。首領様にお目通り願えますか?」


 告げるや否や周りがざわめきだす。


 やれ、あれがロードか、とか。なんだゴブリンじゃないのかよ、とか。まだ子供じゃねーか、とか。歓迎ムードではないようだ。


 俺は、正直なところ、この首領との接見を甘く考えていた。キクオだって話せばわかってくれたのだ。このトラブルだって元を正せば飢餓問題であり、充分に食糧があれば解決できると考えていた。そして妙案も考えてはいた。


 だが、本質を見誤っていた。


 しばらくして1人のゴブリンが出てくると、ざわつきが収まる。


「これはこれは、ロードサマ。ワタシはシュリョウのツカい、カズオです。どうぞコチラへ。カンゲイいたします」


 サチコとキクオは別の場所に連れて行かれるようだ。まあ話し合いに直接関係しないから仕方ないことか。


 俺たちはカズオの他に10人ほどの森ゴブリンに囲まれて、小さな建物に連れられる。


 こんな小さな建物に首領は住んでいるのか。権力を振りかざさない良い奴なのかも知れないな、なんて思っていた。


 気がつけば、狭い部屋に通される。


「ココでおマチください」


 騙された、と思った瞬間には、ガチャリと部屋に鍵をかけられてしまった。


「しまった」


 ゴブリンがいなくなった部屋に俺の舌打ちが響く。


「あれ?首領は?」

「呑気なことを言ってるなよ。俺たちは、牢に閉じ込められたんだ」

「ええっ?これ牢なの?今から豪勢な料理でもてなしてくれるんじゃないの?」

「そもそも彼らは食べ物で困ってるんだよ。そんなの出てくる訳ないじゃないか」

「うそでしょーー!」


 まあ、どんな牢をもってしても、物質を変換できる(錬金魔法)を縛り付けられる訳が無いので、どこ吹く風である。だが、これまでの誠意の微塵みじんも無い森ゴブリンの態度については、どうしたものかと考えていた。


「牢屋自体はどうとでもなるんだが、果てさてこの敵愾心てきがいしんを持つ相手をどう説得しようかね」


 危害を加えられなかったのは良かったと言うべきか。あれだけの数のゴブリンを相手にするのは、ちょっとどころではなく骨が折れる。ボコられたら、物理的にも骨が折れる。


 ポケットの中に忍ばせたミニカーがある限りは大丈夫だと考えているが、全面戦争は避けたい。痛いのは嫌だ。


 窓はないが、おそらくもう日が落ちただろう。谷間の集落だから、日の入りも早いのだ。暗い中、動くのは色々と不利だよなあ、ということで。


 俺は突然床を削り始めた。さらに床下の土も削って、拓人は清潔なベッドとトイレと風呂を作って、風呂に入って寝た。


「ちょ。兄さんマイペースすぎ!」


2020.01.05 三人称視点を一人称視点で書き直し。

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