どうしてこうなった?!
マズいな。もう鎖国した方がいいんじゃないか、と思う心に蓋をして、俺は打開策を考える。
他国に救援を……ってさっき自分で他国には接触しないと宣言したばかりではないか。焦るな。元より経験不足なんだ。冷静になって考えよう。
しかし、どうなってるんだ?自衛隊の言うことを信じるならば、俺たちの戸籍は無い、両親に子供は居ない、無い無いづくしだ。
ここは俺たちが住んでいた地球では無いという考えはどうだ?例えば並行宇宙の、違う世界線の地球に飛んできてしまった可能性はどうだろうか?この世界の神がいうこの世界とはどこまでこの世界なんだ?
今は神のことは考えても仕方ないのかもしれないな。人智の及ばない力なのだから、神が何をどうこの世界に辻褄を合わせて、俺たちを新しい島に移動させたのかなんて想像がつかないからな。
……。いや。これこそが突破口じゃないのか。
この世界の神が別の星に連れてきた可能性はまず無いな。日本という国に「俺の両親と同じ名前の人」が「同じ場所に住んで」いて「結婚して」いるというのは確率として考えにくい。
並行世界も可能性は低い。ちょうど「俺たちだけが産まれていない」世界というのも確率論からすればほぼ有り得ない。
だとすれば俺たちが住んでいた世界が、神によって改変されたと考える方が自然だ。だとすれば何らかの違和感が生じているんじゃないのか?
《妹の国》は、この地球からみれば違和感の塊だから干渉してきたのだ。違和感が無ければ、とっくに俺たちは馴染んでいるはず。
俺たちが違和感ゼロで現れた訳ではないんだから、日本側にも俺たちの痕跡が残っているんじゃないのか?ようやく会話の糸口を掴んだ気がした。
俺は、神がどうこう言う前に、まずは自己の立ち位置をはっきりと示す。
「東島さんの仰ることは分かります。ですが、貴方がたが私達を疑うのと同様に、私達も貴方がたが言う事実が信じられません。少なくとも、私と妹は、天乃徹と灯の子供です。そこだけは、誰が何と言おうと譲れません」
この気持ちは本物だ。それを率直で誠実に訴えかける。両親は転生してしまったが、だからといって親子の絆を無かったことにさせる訳にはいかない。
たとえ鎖国することになろうとも。
「ですが、そんな事実は……」
「そして、神の存在を認める人が増えたと言ったのは東島さん、貴方です。御告げがあったのは事実でしょう?」
「……」
「であれば、私達の知っている世界が神によって改変されたとしても有り得なくはないでしょう?」
俺たちがいない日本の事実なんて知ったことではない。が、俺たちが居たという痕跡を感じて貰えれば、俺たちの言ってることが間違っていないと証明できる。
割り込むように訴えかける。
「貴方がたの事実は貴方がたの世界では正しいのでしょう。今から言う私達の世界の事実を確認して戴けますか?そこに少しでも不自然な点があれば、それは神が歴史を改変した軌跡。神はこの世界の事実を曲げて私達の国を作りあげたのです」
「それで?」
「確認点のひとつめは、私達が昨日まで住んでいたT市K町の自宅がどうなっているか、です。今朝未明に、自宅の土地を残してまるごと我々の国に神の力で移って来たというのが私の認識です。そこになんらかの違和感があるはず」
不自然に空き地になっていないか?空き地になっているのだとしたら、いつからそうなったのか近所の人は知っていないか?色々と痕跡があることを祈ろう。
「ふたつめは、コレです」
そう言って、俺は密かに家から取ってきた、親の遺した銀行通帳、印鑑、特別失踪宣告書、戸籍謄本、生命保険金の申請記録、遺族年金健康保険証、マイナンバーなどの証明書類をカメラで写す。
それらの書類は軍事用ドローンに載った状態のまま撮影され、エージェントが持つ小型モニターに映し出されていた。
「本物ですか?」
「私達と両親の存在した証です。今からそちらに届けます」
ブゥーン。ドローンが音を立てて飛び立つ。書類を持って護衛艦に向かっていく。
このドローンはミサイルの調査に派遣したものと同型の汎用性の高い機体で、コントローラーで指定した緯度経度に自動で向かう他、自動で障害物を回避したりもできるし、コントローラーで人工腕を操作し、カメラの前の物体の採取や、逆に積載物の設置などもできる、とっても優れものなのだ。
いったい開発費にいくら掛かるんだろうな、と想像するのが怖いシステム一式だが、使い勝手が良く、まだこの島を離れるわけにはいかない俺たちの頼りになる相棒だ。
実はミサイルの調査にドローンを派遣した際に、ついでに別のこのドローンを飛ばし、家から大事なものだけ取ってきておいたのだ。
折角取ってきた書類であるが、役に立つかは未知数だ。戸籍が改変されているなら、これらの証明書類も改変されているだろうからな。それでも神が何か小さな点でも改変し忘れていて、少しでも矛盾があれば交渉材料にできる。そんな一縷の望みに賭けたのだ。
「それから、みっつめは、学校関係です。私が通っていた高校や卒業した中学校について、情報をお伝えしますので、卒業アルバムや先生方の記憶に何か抜けている点がないか調査をお願いします」
そう言って、学校名などを伝えた。
「最後は、病院についてです。先日まで妹は入院していました。奇跡的に病気が治って学会発表をしたい、とまで言われたんです。何らか私達の痕跡があるはずです」
「奇跡で病気が治った、だって?!」
「疑っておいでですか?では、いずれ妹の元気な姿はお目にかけましょう。今日は貴方がたの艦の衝突や、ミサイルもあって疲れておりますので、いずれ」
「奇跡というのは神の力か?」
やけに東島氏が突っかかってくるな。
「そうです。同室で同じように長く入院していた、加藤さんという方も神の力で病気が治っています。私達のことは日本という国から消えてしまった存在かもしれませんが、その加藤さんはおそらく存在するはず。どつぞお調べください」
「……わかった、いえ、承知いたしました」
まだ何か言いたそうだが、今日はもう遅い。あとはお互いの連絡手段を確保して、ドローンが運んだ書類を渡して、話を打ち切る。
「では今日のところは、一旦ここまでとさせてください。お互い今日のところは神様に振り回されすぎたことでしょう。続きはまた明日にでも」
「神の奇跡はあるのだ……あるのですね?」
「貴方が信じれば、そこにきっと。では、失礼します」
ふううう。俺は大きく溜息を吐く。
「なんとか?」
「なったみたいだな」
妹から話しかけられて返す。
「貿易は結局後回しになっちゃったね」
「これでいいんだ。日本と接触し続けている、というだけで他国の干渉は少しは避けられるだろう。欲を言えば、今日の接触が公になって、さっさと国交を開きたかったかな。さっき言ったように、全部日本が交渉するんだと会見とかで言うこと自体が他国の牽制になると思うんだ。そうすれば、他の国から秘密裏に交渉しようとしてくることはあるかもしれない。でも基本的には日本が何故優先交渉権を持てたのか?とか勝手に痛くもない腹を探られたり、やっかみを受けたりと全部面倒な作業を日本に押しつけられるからな」
「鎖国じゃダメなの?」
「ダメじゃないさ。だけど、天岩戸に閉じ籠っても無理矢理開かせようとしてくるだろう?余計に干渉してくると思うんだよ。そしたら、奏音が痛い思いをするし嫌かなーって。いろんな国から放っておいてもらうには、日本にスケープゴートになってもらった方が良いと思ったのさ。まあそんな上手くいくとは限らないけどな」
結局今日のところは日本に何も協力を取り付けることはできなかったし、確約なども得られなかった。しかし、俺たち自身は色々なことを知ることができた。自衛隊と接触したことはプラスだったと考えよう。
おおっと。ちょうど、ドローンがミサイル現場に到着したようだ。だが真っ暗で調査するどころではない。まだバッテリーは十分に残っているので、一旦近くの森の中に潜ませておく。調査も明日に先送りだ。
護衛艦まで飛んで行ったドローンとエージェントくんは、護衛艦内でお休み中だ。エージェントのバッテリーが心許ないが、まあなんとかなるだろう。
今日やるべきことはやった。
飯を食って大きな湯船の風呂にゆっくり入ると、ようやく気が張ってたのが緩んできたのか、めちゃくちゃ眠たい。もう、全部明日に回して寝ても(ゴールして)いいよね、とベッドにダイブした瞬間、俺は寝ていた。
「明日も頑張ろー!」
隣から妹の声が聞こえた気がした。