他国からの干渉
護衛艦に乗り込んだエージェントは、案内係の指示と俺の操作に従い、奥の部屋へと進んでいく。
案内係が立ち止まったのは船の後部、食堂であった。入ると、数名の自衛官が出迎える。服装から偉そうな人だとは分かったが、知識がないので階級などは分からない。
とりあえず、まずは失礼をして交渉が不利にならないようにと、こちらから名乗る。
『私たちは、あの黒く見えるバリアの向こうに住んでいる、天乃拓人と、天乃奏音と申します。昨日まで日本に住んでいた兄妹です。もしかすると、ニュースなどで私たちのことをご存知かもしれませんね。そして、目の前のロボットは、今話している兄の私が作成した会話用ロボットです。まずは、お話を聞いていただけるようで、そして、船の上にお招きいただきありがとうございます。また、失礼ながらロボットが代理としてお話させていただくこととなりますが、他意はありません。新興国ゆえ、人手が足りずにこのような形となり恐縮です。また、若輩者ゆえ、他にもご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒ご配慮くださいますよう、お願い申し上げます』
一気にまくし立てる。ここまで下手に出ていれば、おおよその日本人ならば少しくらい失礼があっても許してくれると信じている。
そして相手は国家権力だ。どうせ調べれば俺たちのこともバレるだろうとこの時は思っていた。なぜなら両親が消えた時と同様、俺たちは家ごと消えているのだ。トップニュースになっているに違いない。
その上、第一声が流暢な日本語で語りかけてしまったのである。日本語というのは独特である。ある程度日本に住んでいないとカタコトになってしまう。流暢な時点で、情報を与えすぎた。ちょっと失敗したと思ったが、まあ問題ない。
そして開国するならば、いずれ俺たちの素性はバレる。ならばさっさと手札を切って、同じ日本人なら仲良くできる、という印象を与えたかった。
最初から嘘をつけば信用を失う。それは鎖国してからでも遅くはない。今は信頼できるに足る情報を提供するのみ。
「私はこの船の艦長の山口一等海佐です。海の向こうから、ようこそお越しくださりました。歓迎いたします」
おっと。なるべく情報を持ってそうな人との対談を要求したけど、一番偉い人がきちゃったよ。
『山口艦長殿直々のご挨拶誠に感謝する次第です。我々は、我々にも与り知らぬ理由で、この海の向こうの国を神より頂戴しました。まだ名もない小さな国ではありますが、貴殿とそして日本と友好な関係を築きたいと考えております。まずは、情報交換をさせて頂けないでしょうか?』
「むろん、我々、そして日本国としても、共に道を歩けるとすれば幸いです。しかして情報交換とは何からお話しすればよろしいでしょうかな?」
お互いが出方を探るように、そして情報を引き出すように会話をしている。兄としては、妹の国は守りたいから、譲歩はするつもりはあるが、まずは対等な立場で会話をしようとしているつもりだ。
『ありがとうございます。私たちの国の成り立ちは先程お話ししたとおりです。それから、私たちは元々は日本に住んでおりましたので、日本の事も良く知っています。ここが日本に近い場所であることも』
まあさっきまでは確信は無かったんだけどな。だけど日本の自衛隊が嘘は言わないだろう。ここが排他的経済水域(EEZ)内であることは確実だ。すると、日本の領土は遠くても200海里、つまりは370km以内ってことだ。
『私が乗船前に皆さんに聞かれたことを包み隠さずお話ししましょう。我々がここで何をしているかというと、貴方がたの船が故障したことを神の力で知りましたので、助けに参ったのです』
「左様ですか。かたじけない。ですが、損傷は軽微ですので、その気持ちだけで結構です」
本心はここからだ。充分に情報は与えているつもりなので、今度は貰う番だ。神の存在はどうせ信じる人しか信じないし、情報提供としては痛くも痒くもない。
強いて言うなら、俺たちは暗闇の中、ピンポイントでバリアを潜り抜けようとした存在を知り駆けつける能力がある、ということのアピールである。
これは侮れない相手だ、と思ってくれれば良いが。
『そうですか。それは何より。ところで、我々の目的はお話ししましたので、こんどは貴艦が我々のバリアに接触する程近づいた理由をお聞かせいただけますか?ああ、自衛隊というのは機密性の高い任務を帯びているもの。機密事項は結構ですので、せめて我々の国を発見した経緯を教えて頂けますか?』
ここまではこちらのペースで会話が出来ていると思う。ちょっと緊張して喋りすぎなのはご愛嬌。
そして難しい話題を振って、その後に簡単な話題を振った理由の種明かしをすると、俺が聞きたかったのが「どうやってこの広い太平洋上で俺たちの国を見つけたのか?」という一点だったからだ。
こんな初歩的な話術じゃあ大人相手には通じないかもしれないが、できることを精一杯するのみ。
「そうですな……では、この海域に異変が起きたことを知る経緯からお話ししましょう。我々は二つの点から、この海域に何かが起こっていると推測したのです」
そう言ったところで、周りが騒がしくなった。食堂の外から伝令がやってきて、何事かを艦長に囁く。
何か緊急事態が発生したようだ。
「済みませんが、障害が発生したようだ。一旦この船を降りていただき、しばらくした後にもう一度会話をする、というので如何だろうか?」
『障害であればお手伝いしますが?』
「いえ、任務に関することですので、大変申し訳ないがご遠慮願えれば」
『承知しました。では一旦下船させていただきます』
「降りていただいている間、貴殿のお時間を無駄にするのは勿体ないので、私の代わりに1名話し相手をつけましょう。東島2尉、君に頼む」
「わかりました」
せっかくの話し合いに水を差された感じだが、実はもの凄く緊張していたので、兄としては一息つけて良かったという思いだ。
兄は緊張で足は震えていたが、エージェントを前面に出しておいて助かったと、振り返る。やはり大人相手に交渉するのは経験が不足しているようだ。
しかし、取りつく島もない様子を引き出せたのは借りを作れたことになるので大きい。そんなことを考えながらエージェントは足早に船を降ろされる。
後ろから東島と呼ばれた男が付いてくる。艦長との会話の席でも同席した若者だ。背が高く、短髪で清潔感のある男だが、2尉と呼ばれていたからにはエリートだと推測する。
小型船の上に男とロボットだけとなったので、波の音がうるさく感じる。もう一度気を引き締めて、話し相手として寄越してくれた男に問いかける。
『何か緊急事態が発生したようですが、その内容についてはお答えいただけないのですよね?』
「はい。私自身も、何事か聞かされておりませんので」
さすがに幹部候補。お互いが傷つかない理由をさらりと述べてくる。
障害ねえ……。やはり何か任務絡みなんだろうなあ。そもそもEEZでの取り締まりであれば、海上保安庁の管轄だろうし。とか勘ぐることはできるのだが。
『わかりました。機密事項を詮索するつもりはありません。とりあえずは、先程もお聞きしましたが、貴方がたが我々の国を発見した経緯をお話しいただけますか?』
こちらは素人。あまり機嫌を損ねてしまわないうちに、訊きたいことを訊いてみる。
「ええ。大きくは二つの経緯となります。ひとつは、気象衛星をはじめとする衛星群がいずれも、この海域の情報を得られなくなったことです。気づいたのは今朝の未明のことです。合衆国の衛星でも同様でした。何かがこの海域にある、という結論がすぐにでました」
『なるほど。このバリアの所為ですね』
俺は――否、あまりのVRの没入感に俺とエージェントを一体視しそうになるが――俺のエージェントであるロボットは、自分の頭部にあるライトを照らし、黒くそびえ立つバリアを見上げる。ライトで照らされているにもかかわらず、光をすべて吸い込むのか、文字通りの黒だ。海面の反射がバリアで切れてなければ、そこにバリアがあることに気づけないほどである。
ライトを上向きにし数十m先を照らすと、ライトが点いていないのかと錯覚する。つまりは高いとんでもなく高いところまでバリアが続いており、ライトの光をすべて吸収してしまうのだ。そしておそらく上空にも蓋をするようにバリアがあるのだろう。
そういえば今朝、奏音が衛星から見られていると言っていたが、衛星軌道には日本以外も含めれば無数の衛星があるから当たり前のことだったか。
「それからふたつめは、神の御告げがあったからです。今朝7時頃に日本と周囲の国の一部に、神からの御告げがありました。神の御告げは、その時間に寝てる人以外には全員に聞こえたようで、それぞれの母国語で語りかけられました。同時多発的かつ人によって言語が異なることを鑑みて、御告げが本物であるという結論となりました。今日のトップニュースにもなったようですが、ご存じないですか?」
『恥ずかしながら今日はテレビもラジオも聴いてなかったもので』
ここが太平洋上なら、地上波は無理にしても衛星放送なら受信できるはずだ。ラジオも海を越えて受診できる可能性がある。こんなに簡単に情報を得る手段があることを思いつかなかったとは。反省だな。後で、試しておこう。
あとそれから、情報の大切さを考えると、早急にネット環境が欲しい。携帯の電波は届かないだろうから、今のところ衛星をジャックするしかネットサーフィンする方法を思いつかない。ほかに何か良い方法はないものか。これも後で妹と相談してみよう。
『神はなんと?』
「神の御告げは、私が覚えている限りの要約ですと、こうです。私はこの世界の神である。先程、この世界に新しい国を作った。その国には既に主を勅命している。現在は他の国から隔離しているが、新しい生物もいるので、必要以上の干渉はせず、仲良くせよ。とのことでした」
『だいたい私たちが受けた啓示と同じですね』
俺たちは神からの御告げを受けた訳ではなく、俺たちから神へ願っただけだ。だが嘘は言っていない。屁理屈だが、願いの受理を啓示と言っただけだ。
「神を信じてなかった人々も、今回のことで信じるようになったとか。ネットでは今日は神に選ばれた主は一体どんな人なのか、と言う噂で持ちきりですね。それから一部のカルト教が自分たちこそ選ばれし人間だ、という主張も為されているようです」
『残念ながら、我々は神から国を託されただけで、神そのものではないので、新興宗教が発生しても、責任は負いかねますし、教祖になるつもりもありません。ですが、我々の力はバリアひとつを見ても疑いようはないでしょう?』
「そうですね。神から選ばれたのが、貴方がたというのは客観的に見て事実だと思います」
それから衝突までの経緯を聞こうとしたところ、東島2尉から先に質問をされてしまった。
「私からひとつ質問をしてもよろしいですか?」
『ええ、我々に答えられるものであれば』
「どうして貴方がたが神に選ばれたと思いますか?」
『……。神の御心は分かりかねます。ですが、私たち兄妹は、先日、両親を神隠しに遭いました。もしかするとその影響かもしれません』
これまた嘘ではなく事実を混ぜた説明をすることで、とても曖昧な真実味を持たせる。
まあ俺たちの本当の経緯を説明したところで、何も問題は無さそうであるが、余計な情報は与えない方がいい。
「神隠しですか、貴方がたは以前日本に住んでいたと仰られていましたね。日本に住んでいた頃に神隠しに遭われたのですか?」
『そうです。1年半くらい前に、自動車事故で車2台と人ふたりが消えた事件をご存知ないですか?ニュースでも散々報道されました』
「いえ。すみません。そのようなことがあったのですか。……私たちは海の上にいることが多いので、世間の話題に疎いようです」
あれだけ日本中を騒がせた両親の失踪を知らないのを不思議に思ったが、一年のほとんどを海上で過ごすのだから仕方ない。
『いえいえ。人知れず任務を遂行なさっている貴方がたに感謝こそすれ、非難などいたしません。こちらこそ、問い詰めるような口調になってしまい申し訳ありません。話を変えましょう。……朝にこの海域が何かいつもと違うと判明されてから、すぐにこちらに向かってきたのですか?』
「そうです。先程お話しした気象衛星の話と神の御告げを結びつける人も多数いまして。神の国が気象衛星に影響を与えている、と。噂話ではありますが、見過ごせないという結論となり、比較的近場で演習をしていた我々が向かうこととなった次第です」
なるほどね。御告げとはびっくりしたが、おそらく神様にとってはアフターフォローの一環だったのかもしれない。
何せ急に島をひとつ作り上げたのだ。そしてそれを妹の国とした。干渉されれば妹の国ではなくなるかもしれない。だから忠告をしたのだ。と、少しだけ俺は都合の良いように解釈しておいた。
そもそも逆効果じゃないか?「干渉するなよ、絶対だぞ」ってニュアンスを取り違えれば、「干渉しろよ」にならないか?まあ神が何を考えたかなど想像しても無意味なので、放っておく。
さて、大体の経緯は分かったぞ。最早、この島の存在を多くの人が知ることとなっているのだ。早めに対策を打たないと、周囲の国から干渉されるのも時間の問題だったわけだ。
『すみません。今いただいた情報を整理する時間をいただけますか?』
「もちろんです。こちらも今の会話を他の隊員に伝えてもよろしいでしょうか?」
『ええ。では、このロボットはしばらく動かなくなるかもしれませんが、お気になさらず』
そう言って俺はエージェントを自律モードに変更する。エージェントは、ぼけーっと突っ立っているように見えるが、東島2尉がおかしな行動を取らないか、また波に流されていないかなど周囲に目を光らせながら待機している。
◇◇◇
(はあーー。しんどいな。どこかに賢い奴、落ちてないかな?)
なんて心の中で愚痴を吐いてみても仕方ない。そろそろ大人相手、国相手に辛くなってきたが、とりあえず一旦頭を整理したい。
「奏音、これで俺たちの置かれている状況が分かってきたね」
「私には大人の会話過ぎてよく分からなかったよ」
「大丈夫だ。俺も良く分かっているか自信ない」
そう言いながら俺は苦笑する。
「さて。あまり時間がないようだ。すぐにでも、色々な干渉が来るぞ。例えば日本政府は様子見しててくれるかもしれないが、民間人にも島の存在が知られている以上、スクープだとか言って調査船やヘリなんかが来るかもしれないな」
日本の場合は政府なんかより民間の方がよっぽど過激だ。なるべく保守だろうが革新だろうが極端な人たちは相手にしたくない。
「その上、他国まで乗り出してきたら、俺たち二人じゃ絶対に手が足りない。できるだけ早急に日本と友好関係を結んで、他国の干渉は全部日本に押し付けないと!そうじゃなきゃ、鎖国の道しかない!」
「分かった。まずは情報整理なんでしょ?何か手伝え……ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛がぐぐぐうううう」
突然、妹が発狂したような声をあげる。
妹は護衛艦がぶつかったどころではない苦悶の表情に濡れていた。
「どうしたっ!!」
「うううう…はっ…はっ…ひっ…ひっ…」
妹の呼吸が荒い。足元から崩れる。とっさに妹を抱きしめる。背中を撫でてやり、ゆっくり腰を下ろした後、息をゆっくり長く吐くんだ、と伝える。
「はあーーー、はあーーー」
しばらくは過呼吸らしき苦しそうな呼吸をしていたが、次第に治まってきた。妹の青白かった顔色も戻ってきた。
「ミサイルらしいものがぶつかってきたよ」
やつれたような顔で妹が呟いた。
2019.10.23:ルビ修正&一部加筆
2019.10.28:次の話との関係で、後半(下船後)の調査シーンを削除しました。