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剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
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第六章 再び死都にて






 *




 黒い獣の大樹。

 初が名付けたその力は、智貴にとって忌むべきものだった。


 智貴が初めてその力に気付いたのは五歳の頃。

 理由はもう覚えていない。きっと思い出せないくらいに些細なことだったのだと思う。

 ちょっかいをかけられたとか、ちょっと口げんかをして興奮したとか、多分そんな理由だろう。

 とにかく理由は覚えていない。だがなにが起きたのかは覚えている。


 簡単に言えば、智貴が通っていた幼稚園が、その日、無くなった。

 建物全部がなくなったわけではない。

 部屋を一つボロボロにして、その部屋にいた人間の多くを病院送りにしてしまったのだ。


 結果、その件で幼稚園には悪評が立ち、通っていた子供たちは全部他に移ってしまい、閉園。更にその原因と目された智貴も追い出されるように、引っ越しを余儀なくされたのである。

 引っ越しするような大惨事が起きたのは後に一度ほど。それ以下の、怪我人を出したり、施設や備品を破壊すると言った事態は何度も起きた。

 それこそ智貴が『黒い獣の大樹』を抑え込めるようになるまでずっと、何度も起きていた。そしてその度に智貴の周りから人は離れていき、気付けば智貴はいつも一人でいるようになっていたのである。


 もっとも、それは下手に被害者を出したくない智貴にとって都合がよかった。だから智貴は意図的に人を避けるようになり、それは『黒い獣の大樹』を抑え込めるようになってからも変わらなかった。

 引きこもりこそしなかったが、しかし智貴は友人を作ろうとすることはなかった。

『黒い獣の大樹』を抑え込めるようになっても、その力がなくなったわけではなかったから。


 だから凍結封印されると言われた時、それも仕方ないかと智貴は思ったのだ。

 強くなった『黒い獣の大樹』の力を目の当たりにして、むしろそうした方がいいのではないかと智貴自身思ってしまったから。


 現実はそうはならなかった。

 凍結封印することを脅しに使って、喜咲が力を貸すよう要求してきたからだ。

 いや、平和や安全と言うものを求めるなら、喜咲の要求など蹴って凍結封印されるべきだったのだろう。


 別段、智貴としては他者が傷つくこと自体はたいして忌避感はない。

 だがそれはあくまで必要な場合だ。

 必要もないのに誰かを傷つけたいとは思わないし、ましてや命を奪いたいとも思わない。


 確実に過剰な殺傷能力を持つ『黒い獣の大樹』は封印されるのが妥当な判断に思えた。智貴の知らない間に、大量破壊兵器のような力へと変貌してしまったならなおのことである。


 だからやはり、智貴は凍結封印されることが大局的に見れば正しいことだったのだと思う。

 だが智貴はその選択肢を取らなかった。

 封印されるのが嫌だったから、ではないとは言わない。

 それ以上に思ってしまったことがあるからだ。それは――――――






 *




「――なあ。前々から思ってたけどさ、お前ってエルフっぽいの見た目だけだよな」


 暗く狭い部屋の中。穂群智貴は爽やかと言うには目つきのせいで怖すぎる笑顔を持って、神宮喜咲にそう言った。


「……なにが言いたいのよ?」

「いや、一般的にエルフって前衛って言うより後衛……肉体派って言うより頭脳派、みたいなイメージあるじゃん」

「なにその偏見」

「この世界では一般的にエルフって言うのはそう言うイメージが強いんだよ」

「って言うか、その言い方だと、まるで私の頭が悪いって言ってるように聞こえるんだけど」

「じゃあ逆に聞くけど、今の状況どう思う?」


 そう言って智貴が視線を向けた先――この部屋唯一の出入り口である扉から連続して衝突音が響く。衝撃には獣のような声が付いており、なにかが扉を破ろうとしているのは明白だ。

 扉の前には大量の棚や机などが積まれて簡易的なバリケードのようになっているが、扉を叩く激しさから考えると、それらが破られるのは時間の問題だろう。

 そしてその扉を破ろうとしているなにかの狙いは、疑うまでもなく智貴たちだ。なにせそのなにかは智貴たちを追って、扉を破ろうとしているのである。


 さっき言ったように出入り口は扉一つだけ。今いるのは地下であるため、窓の類もない。

 つまり逃げ場がない場所に追い込まれて、最後の防衛線が破られようとしているというのが現状だ。


「……端的に言って窮地じゃないかしら」

「そうだな。で、そんな窮地を招いたのは誰だ?」

「私……とアナタね」

「俺は関係ねーよ! お前だけだ! お前がゴブリンの巣に手持ちの槍をぶちかましたからこうなったんだろうが!」


 勝手に自分まで共犯にされそうになって、智貴は全力で訂正した。


「……それはどうかしら。確かにゴブリンを怒らせたのは私だけど、そもそもアナタがあのゴブリンの巣穴が怪しいとか言い出さなければ、私だってあんなことはしなかったわけで――――」

「俺は怪しいって言っただけで、なにもゴブリンを皆殺しにしろとか言ってねえからな! そもそも俺が提案したのはスニークして潜入するって作戦だったのに、お前が面倒くさがって槍をブッパしたんだろうが! しかも逃げるのに全部使い切りやがって、こっからどうするんだよ!」


 それが二人がこの場から動けない理由だった。

 智貴と喜咲は死都に『とある物』を探しに来て、ゴブリンの巣に手を出したのだ。そして返り討ちにあい、ここに逃げ込んだ。そして唯一の出入り口を塞がれて今に至る。


 平時――喜咲の装備が消耗していなければ、それでもどうにかなったのかもしれない。

 だが喜咲は先日『黒い獣の大樹』を発動させた智貴を止めるために、手持ちの槍『八脚の神馬槍』を全て消費していた。


 今日持って来ていたのは予備として置いてあった六本のみだったのである。

 普段持ち歩いている槍の数は六十四本。今日はそのわずか十分の一だ。しかもその内二本は調子が悪い、と予備のそれと入れ替えたばかり。

 つまり実質的には、普段の十分の一より戦力的には低い。

 それにも関わらず、喜咲はどうしてゴブリンの巣に手を出してしまったのだろうか。


「面倒くさがったんじゃないわ。姿を隠しながら探すなんて、そんなまどろっこしい真似をしたくなかっただけよ」

「だからってなにもあんな無謀な真似しなくてもいいだろ」

「無謀かどうかなんてやってみなければわからないじゃない。無理だと思ってもやってみたら案外いけるものよ」

「実際いけなかったじゃねーか……」


 智貴の言葉に喜咲はなにかを言おうとして視線を逸らす。多分、いい言い訳が思いつかなかったのだろう。

 やはり頭が悪いのでは……いや、どちらかと言うと考えるより前に体が動いているのかもしれない。

 いわゆる脳筋と言う奴だ。


「そ、それよりも今はこの場をどうやって脱するかの方が大事でしょう。罪の所在なんかはその後にきゃんぎゃえ――――」

「……無理して難しいこと言おうとしなくていいぞ。舌を噛むから」


 あるいはさっきまで頑張って難しいことを喋っていた反動かもしれない。


「か、噛んでなんかないわよ!」


 目に涙を溜めて言ってもなんの説得力もない。

 智貴は呆れてため息をつきながら、しかし内心では同意もしていた。確かに喜咲の言う通りだ、と。

 この場で口論をしていても仕方がない。今はなによりもこの場を切り抜けることが重要だ。その為にまず必要なのは――情報整理である。

 一見詰んでいる現状だが、改めて見分してみれば、状況を打破できるなにかがあるかもしれない。


「とりあえず、場所の確認だな。ここってどこに思える?」


 まず間違えないとは思うが、それでも一人では思わぬミスをしかねない。

 智貴は確認を兼ねて喜咲に尋ねた。


「……旧東京の地下モール。多分ここは倉庫じゃないの」


 口元を押さえながら、喜咲が智貴に答える。

 周りに見えるのは棚に積まれた様々な資材だ。飲食店かなにかの倉庫のようで、小麦やサラダ油などのストックが所狭しと並べられていた。

 当然、電気は来ていない。その為、光源は首に着けているコネクタのライト機能をオンにして使用している。


 ここに来る前、智貴もコネクタをもらっている為、光源は二つ存在している。

 この明かりを消せば自分たちを見失ってくれないだろうかと思ったが、喜咲によればゴブリンたちは視覚より嗅覚と聴覚が優れているため、効果は薄いとのことだった。

 向こうに諦めさせることができないなら、他の方法を考えるしかない。


 一番はやはりここから逃げだすこと。

 だが前にも確認した通り逃げ場はない。一応、天井に通気口は見つけていたが、十年放置されていたせいか、入ってすぐのところで瓦礫が詰まっていた。通り抜けるのは無理だろう。

 ならばこの場を生き残るには、ゴブリンをどうにかするしかないらしい。


「ゴブリンはランクはどんなもんなんだ?」

「危険度はFランク、下から二番目ね。でもそれはあくまで個体としての脅威度で、集団の脅威度はEランク。更に巣全体程の集団とまで行けばDランクまでいくわね」

「おお、そんな難しそうな長い台詞、よく噛まずに言えたな」

「言えるわよ! 馬鹿にしないで!」


 どちらかと言うと褒めたのだが、その意図はどうやら彼女に伝わらなかったらしい。

 智貴は肩を竦めながら話を進める。


「今回のあれはEランク相当って認識でいいのか?」

「どちらかと言うとEだとは思うけど、ほとんどDランク相当と思っていいと思うわ」

「まあ、巣の中からうじゃうじゃ出てきたからな……じゃあDってランクは具体的にはどれくらいヤバいんだ?」


 一応危険度については簡単に説明された記憶はあるが、まだ馴染めていない。咄嗟にそれがどの程度の脅威なのか、智貴にはわからなかった。


「殲滅するにはチームが大体五つほど必要なレベルね。私の槍換算で言えば四十本用意して、その全部を消費すれば潰せるレベルだと思うわ」

「それがわかってて本当になんで手を出したんだよ、お前……」

「……槍が三十四本足りなくても、気合で補えばいけると思ったのよ」

「ならねーよ、その数はどう考えてもならねーよ! 気合だけでどうにかなるんだったら、東京は死都になってねえっての!」

「ああ、もう、考えなしに突っ込んだ私が悪かったわよ! これで満足!?」

「なんで逆切れしてるんだよ……」


 この少女は素直に謝ることができないのだろうか。ツンデレか?

 ドジで脳筋なツンデレエルフ。なんと言うかエルフらしくない属性がてんこ盛りな奴である。

 ああ、でも全くデレてないからデレはないのか。

 思考がどうでもいい方にズレていることに気付いて、智貴は思考の路線を元に戻す。


「それより神宮、武器はどれだけ持ってる?」

「………………」

「神宮?」


 智貴が呼びかけるが、何故か喜咲は答えない。

 不思議に思って見てみれば、そこには唇を尖らせた喜咲の姿があった。


「私がなにか言ったら、武器が少ないとか言ってまた馬鹿にするんでしょう」

「なんだ、さんざんっぱら正論言われて拗ねてるのか?」

「拗ねてないわよ」


 確実に拗ねてる人間の言動だが、それを指摘しても面倒になるだけだろう。

 智貴は一瞬考えて、


「はいはい、馬鹿にちてまちぇんよー。だからお話ちましょうねー」

「完全に馬鹿にしてるじゃない!?」

「冗談だよ。一応はさっき謝ってくれたんだし、これ以上弄る気はないさ……たぶん」

「最後、小声で余計なこと言わなかった?」

「キノセイダヨー」


 目を合わさずに告げる智貴の片言に、喜咲は半眼を向ける。しかし相変わらず激しい音を立てている扉の方を一瞥すると、諦めたようにため息をついた。


「…………持って来てる魔術機アーティファクト無尽の弾丸ドラウプニルを一丁と突き刺す守りフロッティ。使い捨ての魔晶カートリッジが……四本使ったから二本ね。それと八脚の神馬槍用マウント。これでいい?」

「ああ、サンキュ」


 礼を言って智貴は思考を巡らせる。

 無尽の弾丸と言うのは、以前智貴が間宮学園の生徒に襲われた際、生徒が持っていたハンドガンだ。

 普通の銃器ではなく、魔術的な仕組みとなっている。専用の魔晶カートリッジに封入されている魔力を使い、魔力弾を撃ちだすのだ。どちらかと言うとファンタジーより、SF作品に出てくるレーザーガンのようなものらしい。


 そして突き刺す守りは、リーダー格の少年が使っていた突撃槍だ。その本質は槍と盾。魔力で盾を作り出し、相手の攻撃に怯まず槍の突撃を行うことができるという代物らしい。

 ちなみに魔晶カートリッジ一本につき無尽の弾丸はニ十発、突き刺す守りなら二十秒間シールドを展開することができる。カートリッジの差せる数は無尽の弾丸が一つで、突き刺す守りが三本だ。


「それを使って籠城戦に持ち込めば、どうにかゴブリンを倒せないか?」

「突き刺す守りを使わないで二発で確殺できれば、なおかつゴブリンが一体ずつ前に出てくれるなら可能かもしれないわね」


 扉が破られればゴブリンはまず間違いなくこの部屋になだれ込んでくるだろう。そして智貴たちを追いかけてきているゴブリンの数は多分四十ちょっと。

 その際二発でゴブリンを一体確殺できるとは思えない。ましてや増援や仲間の死体を盾に使われる可能性まで考慮すれば、まず無理だ。

 狭い場所では数の優位を生かしにくいとは言うが、しかしそれでも相手の数が圧倒的に上であれば、それも大した問題ではないだろう。

 つまり結論、


「……短い人生だったな」

「冗談はもう言わないんじゃなかったの?」

「弄らないって言っただけだろ。それに冗談自体は緊張をほぐすいい薬になるんだぜ?」

「私は大抵神経を逆なでされるから嫌いよ」


 喜咲の言葉に智貴は理解が及ばず、内心で首を傾げる。しかしすぐに喜咲のそのわかりやすすぎる表情を見て理解した。


 多分だが、彼女は弄られキャラなのだ。

 さっきのやり取りからもわかるように墓穴を掘ってそれを弄られる。そう言う役どころなのだろう。そしてそのわかりやすい態度がさらに拍車をかけているのだ。

 だんだん、神宮喜咲と言う人物がわかってきた気がする。


「それで、結局どうするのよ? 策がないなら、私一人で突っ込むけど」

「待て待て待て待て待て。お前はどれだけ無謀なんだよ。ゴブリンにもみくちゃにされたいわけじゃないだろう?」


 それとも実はそう言う性癖なのだろうか。

 いい加減しびれを切らした喜咲が動こうとして、智貴が慌ててそれを止める。


 諦めたのは半分冗談だったが、しかしやはり正面から戦ってゴブリンを蹴散らすというのは無理だろう。

 そもそもそんなことができていれば、こんなところまで追い詰められてはいない。


「俺たちはアイツらに敵わないからこんなところに逃げ込んだんだ。それなのに一人で突っ込むとか、無茶が過ぎる」

「だけどいつかはそうしなくちゃいけないでしょう。いつまでもこのままって訳にはいかないんだし、それなら向こうに先制攻撃を許すより、こっちから仕掛けた方がまだ戦いやすいわ」

「そうかもしれないけど……それ、ちゃんと勝算はあるのか?」

「多少の無茶なら気合でなんとかなるわよ」

「なあ、その思考がこの状況を生んだってわかってるか?」


 やはりこのまま喜咲に任せるのは危険だ。

 喜咲だけ突っ込ませて隠れていれば、智貴は助かるかもしれないが、流石にそんな後味の悪い助かり方はしたくない。

 これでもなんだかんだ、喜咲のことは気に入っているのだ。


「仕方ない、ちょっと気は進まないけどあの方法でいくかな……」

「なにか思いついたの?」

「まあな。ちょっと、いやかなーり荒っぽくてこっちも無事で済むかはわからないけど。多分ゴブリンどもは確実に吹っ飛ばせると思う」


 そう言って、智貴は嫌中を浮かべながら、傍に転がっている小麦粉の袋に手を伸ばした。





 *




 そして数分後、バリケードが破られた。

 相当古かったのか、はたまた埃が堆積していたのか、バリケードが壊れた瞬間、部屋の中を大量の粉のようなものが舞い出すが、ゴブリンたちは気にしない。


 一気に十匹ほどなだれ込み、部屋の中にいるはずの二匹の人間えものを探す。

 部屋を満たしている粉塵のせいで部屋の中はよく見えないが、元々ゴブリンは視覚にはあまり頼らない。彼らは夜行性で、住んでいる場所も暗くて狭い洞窟の中だ。

 聴覚と嗅覚が彼らにとってのメインセンサーである。


 部屋の中は粉塵で満たされているが、臭いの元がいなくなってなければ臭いで追える。

 だが室内に人間の匂いは感じられない。

 いや、臭いそのものは感じられるが、それだけだ。

 動く者の気配や、音は聞こえてこない。


「グギャ?」


 まさか逃げられた?

 ゴブリンの一体がそんな思いに駆られて首を傾げるが、しかしその耳が上からの物音を聞きつける。同時に上から人間の匂いが強く香るのを感じて、その顔に醜い笑みを張り付けた。


 彼らは地下の所々に、地上に通じる穴が開いていることを知っていた。それがなんの為にあるかまでは知らなかったが、空気の流れを感じることから、この室内にもその穴があると理解する。

 人間はきっとそこにいるのだ。しかもこの臭いの強さからすると、まだ遠くには行っていない。いや、動いている音を感じないことから、この部屋の天井に潜んでいるのかもしれない。


 ゴブリンは仲間に人間が天井に潜んでいることを伝えて、上に攻撃するよう促す。

 背の低いゴブリンではそのままでは天井に攻撃することはできない。しかしそこは彼らが戦利品として得た人間の武器がある。

 銃こそまともには使えず、他に手に入れた剣と槍も本来施された機能は使用できないが、武器として使うには十分だ。


 ゴブリンたちはそれらを天井に突き刺す。

 一撃ではさほど深くまで刺さらず、そこにいる人間にも届かない。しかし上にいると思われる人間に逃げる気配はない。ならばいずれは天井を突き破り、その柔肉に刃が届くだろう。

 そうなった時の人間の無残な姿を思い浮かべ、ゴブリンは汚い笑い声を上げながら何度も何度も槍を天井に突き刺した。

 そしてそのうちの一撃が、通気口を塞ぐ、金属製の格子に当たった瞬間、それは起きた。


 大爆発。


 まるで部屋そのものが爆弾になったような爆発が起き、部屋もろともその中にいたゴブリンを吹き飛ばす。

 部屋の外にいたゴブリンも出入り口に近いところにいた者たちはその余波によって吹き飛ばされた。

 そして爆発による直接の被害を受けなかったゴブリンたちも、無事だったかと言えばそう言うわけではない。


 部屋が爆発した際に飛び散った廃材や油、そういったモノを受けて、ある者は絶命し、ある者はその痛みから逃れようと地面の上をのたうち回る。


 その様はまさに地獄絵図。

 火炎地獄が現実化したかのような光景に、後方に控えていた数少ないゴブリンたちも思わず怯む。

 だから、彼らは考えもしなかった。

 その地獄のように燃え盛る炎の中から、彼らが狙っていた獲物が無事な姿で飛びしてくる、その可能性を。






 *




 粉塵爆発。

 大量の可燃性の粉塵が大気に拡散した状態で引火し、爆発を起こす現象である。


 今回、智貴はそれを小麦粉を使ってそれを引き起こした。

 具体的には入り口のバリケードが破壊されたら小麦粉が部屋の中に舞うように罠を仕掛け、彼らの持つ金属製の武器で通気口を塞ぐ金属製の格子を攻撃させることで、生じた火花を使って爆発を引き起こしたのである。

 そして天井の通気口に潜んでいた智貴たちは、喜咲が持っていた突き刺す守りを使ってその爆発から逃れた、と言うのが事の次第だ。


「うおっ、アッちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 智貴は肌で感じる想像以上の熱に悲鳴のような声を上げながら駆けていた。

 すぐ傍には槍を構えた喜咲の姿。

 その槍から生じる半透明な光の壁――俗に言うバリヤーが彼らを爆発炎から守ってくれていた。もっとも熱の方は完全に遮断とまではいかないようだったが。


 とにかく智貴たちは炎から脱し、それらの前に姿を現した。驚愕の表情を浮かべる数少ないゴブリンたちの前に。


「あっついんだよ、こん畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!」


 バリヤーが解除されるとともに、智貴はゴブリンの一体に全体重を乗せたドロップキックをぶちかます。

 理由は特にない。言ってしまえば、ひどい目に遭ったことに対するただの八つ当たりだ。


 本当はゴブリンたちがいなくなるまで天井に潜んでいられれば良かったのだが、無理だったのである。天井は抜けこそしなかったが、炎によって高温になり長時間いられなくなったのだ。そうでなくても突き刺す守りが発するバリヤーは長時間使える物ではない。

 だからバリヤーが使える間に炎から脱する必要があったのだ。


 しかし、結果的に炎から飛び出したのは正解だったらしい。

 あまつさえ仲間を大勢失った爆発から飛び出してきて、その上で戦意を失っていないとばかりのドロップキック。

 しかもドロップキックをして倒れこんだ後、立ち上がった智貴は笑顔を浮かべてみせたのだ。

 他人から見てみれば失禁しそうなほどに恐ろしいと言われた笑みを。


 それを見てゴブリンたちはどう思ったのか、ゴブリンでない智貴にはわからない。

 ただ、ゆらりと起き上がった智貴にゴブリンたちは顔を引きつらせ、そしてその直後に蜘蛛の子を散らすように逃げだしていった。


「……確かに多少脅すつもりはあったけど、そんな逃げ出すほど俺の顔って怖いのか?」

「言って欲しいなら言うけど、後悔すると思うわよ」

「いや、いいです。今の台詞で俺のハートの耐久値はゼロになったんで」

「ならとっととここを離れるわよ。さっきの爆発で、ここもどのくらい持つかわからないし」


 言われて気付く。

 智貴たちがいる死都の地下は、十年間人の手入れが入っていない場所である。それだけでも耐久性には十分問題があったのに、そこに止めとばかりに爆発を引き起こしてみせたのだ。もう何時崩落してもおかしくない状況だろう。

 以前崩落に巻き込まれた身である智貴としては、可能な限り早くこの場を離れたいところである。


「よし、じゃあとっととこの場から離脱を――――」


 しよう。そう言おうとして、それを阻むような不吉な異音が二人に頭上から響いた。

 反射的に上を見上げると、そこには現在進行形で亀裂が広がっていく天井が見えた。


「やべえ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 智貴が叫んで走り出すのと同時に、その二人を追いかけるように天井が崩落を始める。

 やはりこの世界は智貴に優しくないらしい。

 そんな現実を再認識し、智貴は目に涙を浮かべながらもう何度目になるかわからない崩落に巻き込まれていった。









 出ましたよ、粉塵爆発。

 やっぱ便利ですね、これ。とりあえず困ったら、粉塵爆発させとけばいいんじゃないかと思う今日この頃。

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