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剣と魔女と魔王の乱舞(ディソナンスワイルドダンス)  作者: 知翠浪漫
第一部 魔王降臨
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第五章 黒い獣の大樹






 *




 智貴が目を覚ますと、そこは白い部屋だった。

 十二メートル四方ほどの広くも狭くもない部屋である。その部屋の中心で、何故か智貴は椅子の上に座わっていた。


 自分は何故ここにいるのだろう。疑問に思いながら立ち上がろうとして、智貴は気付く。

 立ち上がれない。

 そう思って自分の体を見下ろしてみれば、白い、袋のような服の上から幾重ものベルトで椅子に縛り付けられている。

 袋のような服、と言ったのは袖の部分がファスナーで閉じられており、手を出すことができないからだ。

 口元も閉塞感がある事から、どうやら口も塞がれているらしい。


 全く状況がわからない。

 自分は一体いつ、どうしてこのようなプレイを受け入れたのだろうか。少なくとも自分にこんな趣味はなかったように思う。現に今、智貴は興奮よりも先に戸惑いが先立っている。いや、勘違いされそうだから訂正しておこう。興奮はなく戸惑いだけが、今の智貴にはあった。

 誰かにこの状況を説明して欲しい。そんな智貴の切なる願いにこたえるように、正面にあった扉が開く。

 そして二人の人物が姿を現した。


 一人は染めているのか疑いたくなるほど赤い髪をおざなりに後ろでまとめた、長身を白衣で包んだ女性。首には皮のチョーカーが付けられていた。知らない人物である。

 そしてもう一人は神宮喜咲。残念ながら耳を隠すように再びヘッドホンを身に着けていた。

 耳が見えないことに残念な気持ちを抱きつつ、同時に疑念を抱く。

 すなわち、なぜこのような姿をした自分の前に喜咲が姿を現すのか、と。


「おやおや出合い頭に女子を視姦とは、なかなかにいい趣味をしているね」


 視姦と言われて、智貴の熱視線を受けていた喜咲がドン引きするように数歩下がる。

 おい、テメエ。なんてこと言いやがる。口をふさがれている智貴は、怒りを込めて白衣の女性を睨みつけた。


「ふむ、この程度の怒りなら魔術器官ミスティックオーガンが発動することはないか。これなら警戒レベルを下げてもよさそうだな」


 よくわからないが、どうやら自分はなにかを試されたらしい。

 自分に許可なく試された事も気に食わないが、その内容も気に食わない。そこまで考えて、智貴は白衣の女性について評価を下す。


 すなわち、コイツは敵だ。

 警戒のレベルを下げたらしい白衣の女性に反して、智貴は警戒度を引き上げる。

 そもそもこの女は何者だ? 彼女が智貴をこの部屋に閉じ込めたのだろうか? だとしたらなんの目的で? 喜咲もそれに一枚噛んでいるのか?


 様々な疑問が脳裏をよぎるが、しかし残念ながらそれを尋ねようにも口がふさがっていて叶わない。

 智貴がもどかしい気持ちにモヤモヤしていると、白衣の女性はそんな智貴の様子を楽しむように口の端を吊り上げた。


「私のことを罵倒しない。質問には必ず答えるというのなら、とりあえずその口の拘束だけは外してやってもいいが、どうする?」


 完全に自分の方が立場が上だと思っている言葉だ。

 智貴は眉根に力が入るのを感じる。しかしここで断っても事態は進まない。相手にイニシアチブを握られるのは癪だが、ここは頷くしかないだろう。


「従順でなにより、なら拘束具を外してやろう」


 白衣の女性が指を鳴らす。直後、智貴の口元の閉塞感がなくなった。

 まるで手品のような出来事に智貴は目を丸くする。


「では場も整ったところでまずは自己紹介から始めようか。神宮は知っているだろうから省くとして、私の名前は間宮初。統合魔術学校間宮学園の理事長を務める者だ」

「統合魔術学校?」

「簡単に言えばうちの学校なら、魔術に関することなら大体学べるという意味だ」


 そう言えば喜咲から智貴を襲った奴らが、間宮学園の生徒だと言っていたのを思い出す。


「それで君は自己紹介してくれないのかな?」


 促されて、しかし智貴は渋い顔になった。

 何故自分を拉致監禁したと思しき相手に、自分の名前を教えなければいけないのか。

 だが、ただの反抗心でまた口をふさがれてはたまったものではない。


「穂群智貴だ」

「ああ、知っている。神宮から聞いたからな」

「………………」


 ならなんで言わせた! 智貴は白衣の女性――初に半眼を向ける。


「私は人をみじめな気分にさせるのが好きなんだ」

「最低だな。アンタ、友達いないだろ」


  言ってから、今のが罵倒に当たらないか心配になるが、


「ああ、いないな。君と同じでね」

「初対面の相手に失礼だな、おい! そんなに俺が友達いなさそうに見えるか!?」

「そうだな……目つきも悪ければ口も悪い。後は友達ができないオーラを纏ってるな」

「そんなオーラあってたまるか!」

「それに」

「まだあるのかよ!」


 智貴の指摘を無視して、初はかすかに声のトーンを落とす。


「傍にいるだけで死にかねないような相手、私なら友達にはなりたくないな」

「あん……? どういう意味だ?」

「そのままの意味だとも。君は存在するだけで世界を滅ぼしかねない、そう言う危険な存在なのさ」


 冗談、ではないのだろうか。

 初の視線は本気のそれで嘘を言っているようには見えない。


 だが心当たりがない。

 確かに智貴は多少他人より危険であるが、あくまでそれは多少だ。

 存在するだけで世界を滅ぼしかねないなど、そんな物騒な存在になった記憶など――そこで、智貴はズキリと頭に痛みを覚えた。


 なにか、大事なことを忘れている気がする。


「時に、穂群智貴君。君はここにくる前になにがあったか覚えているかな?」

「……いや、さっぱり。俺はなにがあってこんな所に拉致監禁されているんだ?」

「こんな所とは失敬な。これでもここは最新かつ最硬のセキュリティで守られているのだぞ」

「知らねえよ」

「核爆発にも耐えれば、蜘蛛の子一匹すら通さないのだからな」

「だから知らねえって――――」


 自由気ままな初の言葉に、智貴はどうでもよさげに返そうとして、不意に言葉を止める。

 何故か今の言葉に引っかかりを覚えたからだ。

 セキュリティの高さ? 違う。なら核爆発? 違う。蜘蛛の子一匹――これだ。


 気づいて、そして思いだす。無残な姿で床に転がる、蜘蛛の存在を。

 瞬間、頭が沸騰しそうになった。


 怒りが、熱となって殺意となって、智貴の体から溢れそうになる。しかしそれらが溢れ出すことはなかった。

 そうなる直前、急に智貴の視界がぼやけたからだ。それだけではない。体の感覚が遠くなって、眠気にも似た気だるさが体を襲う。そして体の中を暴れまわっていた熱は、蜘蛛の子を散らすようにいずこかへと拡散する。


「なにを、しやがった……?」

「なに、君の中の暴食が発動しそうだったのでね。鎮静剤と魔力を散らす薬剤を打たせてもらった」

「テメエ……!」

「そう怒らないで欲しいものだな。なにせこちらも命懸けだ。こうしなければ私たちは死にかねない」

「なにを言って、やがる……?」

「可能であればここで焦らして君をからかいたいところだが」

「――理事長」


 咎めるように、喜咲が鋭い声を発した。


「怖い見張りが付いているので止めておこう。それに薬が効いている内に君には見ておいて欲しいものがあるからな」


 そう言うと、初は空中に指を滑らせる。その挙動はまるで見えないキーボードでも叩いているような動きだった。

 直後、部屋の景色が切り替わる。

 無味無臭な白から、見覚えのある荒廃した街の姿へと。


「これは十六時間前、防壁のカメラが写した死都東京の映像だ。あちらを見たまえ」


 そう言って指を指された方を智貴は見る。

 そこにあったのは智貴とラグネが拠点にしていた廃ビルだ。ビルの壁に見覚えのある穴が開いているから間違いない。


「この映像の三十分前、うちの生徒がアラクネを討伐するためこのビルに入った。そして討伐に成功した」


 なんでもない事のようにラグネが死んだと告げられる。智貴は重い頭を持ち上げて初を睨みつけた。しかし初は気にせず続ける。


「そして三十分後。つまり今のこの映像が取られている時間だな。君がこのビルに帰ってきた。一応確認だが、君は討伐対象のアラクネと親しくしており、この時に討伐された後のアラクネを発見した。間違いないかね?」

「……ああ。だったらなんだって言うんだよ」

「見ていればわかる」


 言外に映像を見ていろと言われて、智貴は不愉快に思いながらも、視線を初からビルへと戻した。

 そして次の瞬間、起きた出来事に目を見張る。


 なにが起きたか、端的に言えばこうだ。

 智貴が拠点していたビル。その上半分が消し飛んだ。

 破壊を成したのは黒い木のようななにかだった。

 それが突如ビルの中腹辺りから生え、上半分を貫いたのだ。


 黒い木のようなものは、そのまま成長するように枝葉を伸ばし、それが周辺のビルや地面に突き刺さる。

 まるで枝葉ではなく、根のような、それも目に見える形で養分を吸い上げる暴食の根のように黒い木は周囲の地形を喰らい広がっていく。


 それがなにを意味するのか、智貴にはわからない。

 ただ何かよくないことが起きている、と言うことだけがかろうじて読み取れた。


 そしてどれほどの時間、智貴はその黒い木が成長する様を眺めていたのだろうか。

 不意に、黒い木は成長を止めるといきなり跡形もなくその姿を消した。


 後に残されたのは上半分がなくなった廃ビルと、それを中心に存在するクレーターのような大穴だけ。ビルがなければ核爆弾でも落とされたと思えるような、巨大な破壊痕だけが、そこにはあった。


「なんだ、今の?」


 意識せず、智貴の口からそんな言葉が漏れる。

 鎮静剤を打たれているにもかかわらず、心臓の鼓動が一際強くなるのを感じた。


「私は仮に黒い獣の大樹ビーストヘッドブラックツリーと呼んでいる」

「ビーストヘッド?」

「ああ、今の映像ではわかりにくかっただろうが、さっきの黒い木のようなものの先端。あそこにはすべて獣の頭のような物が付いていてね、それがありとあらゆるものを食べていたんだ。だからあそこまで不自然に、なんの残骸も出さないで大穴が開く結果となったんだ」


 それはなんとも恐ろしい話だった。智貴の見たところ、枝葉、あるいは根の数は百や二百では利かないような量があった。それだけの数の獣が頭だけとは言え襲い掛かり、あらゆるものを喰らい尽くすというなら、つまりあの範囲内にいたすべての生物はもれなくあの木の養分になったと言うことだろう。


 無数の頭に噛みつかれて死ぬ自分の姿を思い浮かべて、智貴は背筋が冷たくなる。

 しかし本当の恐怖はまだだった。それは続く初の言葉がもたらしてきた。


「そしてあれは君が引き起こした現象だ」

「………………は?」

「より正確に言えば、君が親しくしていたアラクネ。その亡骸を見て、君が暴走した結果、生じた現象だ」

「嘘だ!」


 反射的に智貴は叫んでいた。

 体の気だるさも忘れ、ただただ目の前に生じた信じたくない現実に、叫ばずにはいられなかった。


「嘘じゃないさ。その証拠に映像を拡大してやろう」


 クレーターの中心、半分になった廃ビルに近づく。

 新たにできた屋上に、複数の倒れる人間の姿があった。


 そしてそのうちの一つ、いや二つ。折り重なるようになって倒れる人間の姿がある。

 上に喜咲。下に智貴。そしてすぐにそれが倒れているわけではない、と智貴は気付く。

 喜咲は倒れた智貴の胸に、槍を突き立てているのだ。

 更に智貴の体からはさっきの黒い木の残骸と思しき黒い粒子が漏れ出ているようだった。


「黒い獣の大樹が消えたのは、核たる君を神宮がああやって止めたからだ。ちなみに報告によれば、四十本残っていた槍の内、ニ十本は獣に食われたが、残りの二十本は全て君に叩き込んだらしい。普通の人間なら一発で跡形もなくなるような威力のそれを頭に八発、胴体に十二発。そこまでやってやっと君は止まったらしい――さてそうなると不思議だな。それだけの攻撃を受けて、君はどうして生きているのかな?」


 どうして生きているのか。そんなものは智貴の方が知りたいぐらいだ……そう言いたいところだが、しかし智貴はその現象に心当たりがあった。

 いや、あの黒い獣の大樹の方も全く心当たりがないわけではない。


「君には悪いが、君のことはいろいろと調べさせてもらった。それによると、どうやら昔から、君は感情が高ぶると似たような現象を引き起こしていたらしいじゃないか。周囲に大量の破壊をもたらして、しかし君自身は傷一つない。小学校高学年からはなりを潜めていたらしいが、それまでは問題児として実に有名だったとか。おかげで十年以上前の話にもかかわらず調べるのが楽だったよ」


 実に楽しそうに初はそう告げる。

 なにが楽しいのか、智貴には全くわからない。

 人の古傷を抉って一体なにが楽しいというのか。


「ち、違う! 昔は確かにそんなこともあったけど、今はちゃんと制御できるようになって――――」

「つまり、あれは君が意図して起こした、と?」

「ち、ちが……」


 どうやら自分で思っている以上に智貴は動揺していたらしい。思わず妙なことを口走って、反射的に口ごもってしまう。


「それともあれかな。昔制御できるようになったから、あんなことが起きるわけがない、と。そう言いたかったのかね?」

「……そうだ」

「なるほど」


 智貴の言葉に、初は今度は茶化すことなく頷いてみせる。

 確かに智貴は昔、さっき映像で見たような力を度々暴走させていた。

 だがそれは小学校の低学年までである。それ以降は祖父の指導の元、出さないように訓練した。そしてそれ以降は出なくなったため、智貴はその存在を忘れていた。


 いや、忘れようとしていたのである。自分が危険な存在であることを、忘れたかったから。

 そんなことを思い出していると、智貴の周囲に展開していた映像が解けるように消えて、元の白い部屋に戻った。


「さて、それでは状況を纏めようか」


 映像が完全に消えたところで、初が口を開く。


「君は自分に危険極まりない力がある事を知っていた。そしてそれを隠した上で神宮と取引を行った。これではまるで彼女を罠に嵌めようとしたようだな?」

「違う。俺はそんなつもりはなかった……!」

「そうなのかね? まあ、君がどういうつもりかはこの際どうでもいいんだが。今重要なのは、君は野放しにするには危険すぎる、と言うことだからな」


 封印。喜咲に言われていた言葉が智貴の脳裏をよぎる。


「君が存在していて起こりうるリスクは二つ。一つは神宮が言ったように地獄変が起こりうる可能性。そしてもう一つ、それがさっきの黒い獣の大樹となって直接的な破壊をもたらす可能性だ。どちらにせよ、人類にとっては非常に危険度は高い。なら、君はどうするのが正解だと思う?」

「殺すか、閉じ込めるとか、か?」

「そうだな。だがさっきも見てもらった通り、君を殺すことは難しい……黒い獣の大樹を発動させる前に、全身を分子レベルまで分解してやれば、ワンチャンあるかも、ぐらいなものだ。それでもおそらくは黒い獣の大樹が発動して、周囲の物質を喰らい、君を再構成するだろうが」


 聞けば聞く程、化物にしか聞こえない話である。


「ならあとは、君が言ったもう一つの手段。閉じ込める方だな。だが君は感情が高ぶると黒い獣の大樹を発動させてしまう。そして意識がある限り、感情が高ぶる可能性を排除できない」

「なら、なんだ。仮死薬でも投与してくれるのか?」

「そうだな。確かに仮死薬は使うが、基本的にそれは最初の一回だけだ。その後、君の体は凍結し、強力な結界を施した部屋の中に君を封印する。この結界は熱を逃がす機能を持っていてね、結界が維持されている限り、君の凍結が解けることはない。すなわち君の意識が浮上することはないだろう。これならば君を完全に封印することができる」

「ひっでー話だな……」


 だがなにが一番ひどいかと言えば、それをわざわざ智貴に教える事だろう。

 なんというか、被害者にどうやって殺すかを丁寧に説明してから殺す、猟奇殺人者のようだ。肉体だけではなく、精神すら痛めつけてから殺す。そんなひどい方法のように思えた。


「そうだな。それには同意しよう。だがこれは必要な過程だ」

「なんだ、アンタが楽しむためのか?」

「それは半分だな。もう半分は、君にそれを了承してもらうためだ。君の同意が得られれば、比較的安全に封印ができる上に、封印中に君が暴走する確率もぐっと下がるだろう」

「……それ、俺が断ったら逆効果じゃないのか?」


 と言うか、これで断ったらどうするのだろうか。わずかに智貴の好奇心が疼く。


「だからその説明が有効な相手かどうか、確認しに来たのだよ。有効でなさそうなら途中で話を切り上げて、問答無用で先述の封印を施していた」


 なるほど、妥当な考えだ。智貴は納得して、苦笑する。

 それはつまり、智貴が自身のこの力を忌避していると言うことを見抜かれているということだ。

 さすが理事長と言うことだけはあって、人を見る目はあるらしい。


「じゃあ俺はこの後、その凍結封印って言うのを施されるのか?」


 だがそう言ってから、ふと違和感を覚える。

 成程、初がここに来た理由はわかった。

 智貴の人となりを見て、智貴の協力を仰ぐためだ。


 だが、なら喜咲は? 彼女は一体なんのためにここにいるのだろうか?

 そんな智貴の疑問を見抜いたように、初の口が弧を描く。


「それは彼女の交渉次第だな――ほら、神宮。君は彼に話があるんだろう」


 初に呼ばれ、口をへの字に引き結んだ喜咲が、なにかの”交渉”の為に前に出た。






 *




 初の前に出て、喜咲が仁王立ちする。

 その表情は厳しい。

 智貴が他に類を見ない力を持っているのを危険視しているのか、それともそれを隠していたことを怒っているのか。


 なんにせよ、その表情から察するに、智貴に対して友好的な感情を抱いていないのは間違いない。

 果たしてその口から放たれる言葉は、どのようなモノなのか。

 かすかに緊張する智貴に向かって、喜咲は口を開いた。


「穂群智貴。凍結封印をされたくなかったら、黙って私にぷくじゅうちな――――」


 唐突に喜咲は言葉を切ると、口元を押さえてしゃがみこんだ。

 台詞を噛んだ羞恥からか、それとも舌でも噛んで痛かったのか。あるいは両方かもしれない。

 そんな喜咲に、初は憐れみと呆れのこもった視線を向ける。


「……神宮。前から思っていたのだが、君はなにかをしようとする度、一度はしくじらないと死ぬ病気か呪いにでもかかっているのかね?」

「そんな妙なものになんかかかってないわよ!」


 赤い顔で否定して、喜咲はまだ痛むのか再び口元を押さえる。どうやら相当に強く口の中を噛んだらしい。


「……そう言えば死都で追いかけてきた時も、勝手に貧乳呼ばわりされたと勘違いして憤慨してたよな」


 そのおかげで智貴の策はうまくはまったわけだが、見方を変えればそのせいで喜咲は罠にはまり、パンツを晒す羽目になったのだ。

 クール系美少女かと思っていたが、どちらかと言うと喜咲はポンコツ系美少女だったらしい。


 ポンコツ美少女エルフ……ありだな。

 また転んでパンツでも晒してくれれば面白いのに。

 智貴がそんな馬鹿なことを考えていると、喜咲がキッと睨んでくる。


 心を読まれたわけではないだろう。単純に恥ずかしいのを誤魔化す為の悪あがきだと思われた。


「……アナタ、体の方はもう大丈夫なの?」


 そして脈絡なく、そんなことを聞いてきた。


「体? なんのことだ?」

「少し前に薬を打たれてたでしょう。それはもうなんともないの?」

「言われてみれば……なんともないな」


 拘束されているから手足が普通に動くかはわからないが、頭の方はすっきりしている。少し前まであった気だるさはなくなっていた。


「やっぱり、そうみたいね」

「ああ、だろうな」


 喜咲と初が顔を合わせて頷き合う。なにかをわかりあっている風だが、そのなにかがわからない智貴は疎外感を覚えてしまう。自然、眉間に力が入った。


「大した話じゃないわ。アナタの持つ力がなんなのかって話よ」

「なるほど……って、俺からしたらとんでもなく重要な話なんですけど!」


 サラリと流しそうになって、智貴は思わず大声を上げる。

 なにが大したことではない、だ。それは智貴が是非とも知りたいものだ。

 智貴の力についての詳細に触れてこなかったから、てっきりわかっていないのだと思っていたが、どうやらそう言うわけではないらしい。


「俺のこの力がなんなのか、知ってるなら教えてくれ!」


 その力がなんなのか、智貴は知りたい。いや、知らなければならない。

 それはきっと、智貴が最低限なさなければならない責任だ。

 だから智貴は重ねて問おうとして――――


「ほう、君はそんなに君の力について知りたいのか」


 初が邪悪にほほ笑んだ。


「例えそれを知ったところで、それで君の処遇は変わったりしない。それでも君は知りたいのかね?」

「ああ」

「それを知ることで更なる絶望に襲われるとしても?」

「……ああ」


 どうやら智貴の回答が満足いくものだったらしい。初は邪悪な笑みを深くして、喜咲にそれを向ける。


「よかったじゃないか、神宮。彼は君の持つ情報に多大な価値を見出しているらしいぞ」

「だから?」

「なんだ、わからないのか。相変わらず察しが悪いな、駄目ルフめ……つまりまた一つ、君の交渉を有利に進めるための材料が得られたと言うことだ」


 そう言って、初は喜咲になにかを耳打ちする。それを聞いた喜咲は一瞬だけ嫌そうな顔をするが、しかしすぐに思い直したように息をついた。そして毅然とした表情を智貴に向ける。

 そして彼女はこう言った。


「アナタの力について教えて欲しければ、私に服従を誓いなさい。断るなら、アナタは切り刻まれた上で凍結封印されることになるわ」


 それは実に素敵で素晴らしい、選択の余地があるようでない、選択肢だった。








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